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人はなぜ虫歯や病気になるのか 〜健康の社会的決定要因 の視点から考える〜

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1 人はなぜ虫歯や病気になるのか 〜健康の社会的決定要因 の視点から考える〜
人の健康は、何に左右されているのでしょうか?あるいは、人の歯の健康は、何に左右されているのでしょうか? 例えば、感染症は微生物の感染で生じると言われています。また生活習慣病は、ライフスタイルや生活環境が影響しています。 あるいは感染症は、微生物が感染するような、不衛生な状況が原因である、ともいえるでしょう。さらに、不衛生である原因は、上下水道がないせいかもしれません。上下水道が無いのは、また他の理由があるのかもしれません。 健康の社会的決定要因とは、このように、健康を決定する原因をさかのぼって行く旅のような一面があります。 このグラフは、健康の決定要因の探求の発端となった空気感染による死亡率の推移を表したグラフです。また後で、説明します。

2 M:I-2 (2000) という映画 トム・クルーズ主演のアクション映画
薬の売り上げを伸ばすため、病原微生物と治療薬を同時に開発した製薬企業の計画の頓挫から話が始まる… 健康の決定要因とは、みなさんどのようなものをイメージするでしょうか。 2000年に公開されたミッションインポッシブル2という映画があります。トムクルーズが主演するスパイを題材としたアクション映画なのですが、この映画は、薬の売り上げを伸ばすため、病原微生物とその治療薬を同時に開発した製薬会社が、微生物をばらまいて薬を売ろうと計画しますが、その計画が頓挫するところから、話は始まります。 こちらが、主演のトムクルーズで、こちらは映画に出てくる微生物と薬のアンプルです。

3 製薬会社の社長の告白 「ペニシリンで、あらゆるばい菌を退治できた時代は、過ぎた。過去のことだ」 それは「真実」か?
20世紀前半は、ペニシリンが健康の決定要因だった、という前提 それは「真実」か? さて、この映画の中では、その製薬会社の社長が病原微生物とその治療薬をセットで開発した理由を告白するシーンがあるのですが、その告白の中に「ペニシリンが世界を救った時代はもう終わったのだ」という台詞があります。 つまり「いくらいい薬を作っても、感染症が流行しないと、その薬も売れない」と、この映画に携わった人たちは考えていたのかなぁと思います。 さて、この「薬が健康をもたらす」あるいは「ペニシリンの薬効で20世紀の前半は人々は健康を享受できた」という視点は、どのくらい真実でしょうか? また、この映画に限らず、優れた薬、医師、施設が健康をもたらす、という視点を前提に作られている小説や映画、漫画といった娯楽はたくさんあります。あるいはある地方から医師がいなくなるとその地域の健康状況は悪くなるのではないか、っといった視点から地方の医療の危機を唱える意見なども、あります。 健康の社会的決定要因という概念は、このような視点はどのくらい真実なのか?というのを明らかにします。

4 健康の社会的決定要因 ヘルス・プロモーションの源流 「健康の湧き出る泉」とは? 医療はどのくらい健康に寄与してきたのか 社会格差と健康格差
地方の医療はどうあるべきなのか 臨床における漠然とした無力感の原因 健康の社会的決定要因がわかれば、こんなことが分かります。 健康の社会的決定要因は、ヘルス・プロモーション、健康増進、健康づくり、そういった概念と深い関わり合いがあります。実際、オタワから始まったヘルス・プロモーション国際会議では、たびたび健康の決定要因の追求が強調されています。健康の社会的決定要因の考え方が分かれば、オタワ憲章やアデレード宣言など、ヘルスプロモーション国際会議の流れがよく理解されますす。 また健康の決定要因は、「健康の湧き出る泉はなにか?」という疑問で表されることもあります。何が健康を決定しているのかが分かれば、健康の湧き出る泉がどこにあるのかも明らかになります。 健康の決定要因の原点は、「医療はどのくらい健康に寄与してきたのか」というある研究者の疑問に端を発しています。医療はどのくらい健康に寄与してきたのか?健康の社会的決定要因が分かれば、医療はどうあるべきなのか、現代の医療のどこに課題があるのかが、よく理解されます。 近年社会格差のあり方が論じられる機会が増えてきていますが、健康の社会的決定要因が分かれば、近頃のワーキング・プア、あるいはネットカフェ難民と呼ばれる階層の充実が、集団の健康にどのような影響をもたらすのかがよくわかります。 健康の社会的決定要因が理解されれば、地方における医療の課題が明らかになります。現在、地方の医療現場ではあらゆる資源の不足が強調されています。では、地方に病院を増やせば、人員を充実させれば、それで地方の医療問題は解決されるのでしょうか。あるいは、この分野では、よく使われる言い回しですが、中央であれば病院や人員といった資源は不足していないのでしょうか?健康の社会的決定要因はこのような課題に対しても、合理的な指針を与えます。 また、臨床との関わりでは、健康の社会的決定要因は、臨床医の漠然とした現状への無力感の原因を明確にします。これにより、臨床医は、目前の患者はなぜ病気に苦しんでいるのか、その本当の原因に目を向けることができるようになる、と言われています。

5 健康とは? 「身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態であり、たんに病気あるいは虚弱でないことではない」 世界保健機関, 1946
健康とは、身体面のみからなるのではない 健康の社会的決定要因という言葉の解説として、健康の定義について復習しておきましょう。 もっとも有名な定義として、またもっとも批判される定義が、この世界保健機関による「身体的精神的社会的に完全に良好な状態であり、たんに病気あるいは虚弱ではないということではない」という定義でしょう。 健康の社会的決定要因という言葉を理解する上では、ここにあるように、健康とは社会的状況にも左右される概念である、と明文化してありますので、この定義をもって、健康を理解していただいて、よいかと思います。

6 社会とは? 生活空間を共有したり、相互に結びついたり、影響を与え合ったりしているひとびとのまとまり。またその人々の相互の関係。
大辞林, 三省堂 健康の社会的決定要因という言葉の解説として、社会の定義について確認します。 健康や健康の社会的決定要因を考える上では、この大辞林の説明がよくまとまっています 。 社会とは、生活空間を共有したり、相互に結びついたり、影響を与え合ったりしているひとびとのまとまりである。まとその人々の相互の関係である。と、説明されています。 ひとびとは一人で生きているのではなく、生活空間を共有し、相互に結びついたり、影響を与え合ったりして、まとまりとして生きている、という面を確認していただければ、よいかと思います。 これらの定義に基づくと、健康の「ひとびとのまとまりのなかで決定される」という一面があることが、理解されるかと思います。

7 健康の社会的決定要因 「健康の社会的決定要因(けんこうのしゃかいてきけっていよういん、Social determinants of health)は、人々の健康を規定する経済的社会的状況である」 世界保健機関、カナダ公衆衛生機関 カナダ公衆衛生機関による、健康の社会的決定要因の説明です。 健康の社会的決定要因(けんこうのしゃかいてきけっていよういん、Social determinants of health)は、人々の健康を規定する経済的社会的状況である。疾病は一般に、社会的経済的政治的環境的な状況に関連している。 これを読んで、健康の社会的決定要因に対して、具体的にどんなイメージを持つでしょうか? 「なるほど、衣食住には困らない人、そうではない人よりも、健康なんだろうなぁ」というイメージを持つかもしれません。 一方で、健康を守る上で最も大切なのは、遺伝であったり、「正しい情報を持っていることや健康に対する個人の気づき」だよね、という感想を抱くかもしれません。

8 健康の社会的決定要因 「健康の社会的決定要因(けんこうのしゃかいてきけっていよういん、Social determinants of health)は、人々の健康を規定する経済的社会的状況である」 世界保健機関、カナダ公衆衛生機関 この概念を端的に表しているのが、この図です。この図は健康の社会的決定要因が整理される以前に描かれたものなので、細かい部分に違いはありますが、社会的決定要因の一面を的確に表現しています。 (図はStrategies and approaches in oral disease prevention and health promotion, Bull World Health Organ Sep;83(9): Epub 2005 Sep 30.を改変した資料より) 真ん中には個人が描かれております。個人の健康はこのように年齢・性別・先天的、遺伝的要因の影響を受けます。また健康は、集団の健康としてみるとより明らかですが、そのライフスタイル、生活様式の影響も受けます。例えば学生であれば授業の間に、大人であれば喫煙をたしなみながら仕事や生活をする、というライフスタイルは、集団の健康に一定の影響を与えます。 そしてそれらのライフスタイルは社会や地域のネットワークと関連があります。ネットワークとは、社会学用語で、個人や組織とそのつながりをさす概念で、個人と周囲との関連、環境のようなものです。 喫煙であれば、仲間や職場のつながりや環境と個人のライフスタイルは密接に結びつきます。あるいは、身近なネットワーク形態のひとつである携帯電話を考えると、個人のライフスタイルとして、携帯電話を持つというよりは、まわりとのつながりの関係で、携帯電話をもつという側面から、社会や地域のネットワークとライフスタイルの関連は、実感されるところかと思われます。 またこの社会・地域のネットワークは全般的な社会経済・文化・環境状態と社会状態の関連から、健康を決定している社会的要因の存在を認める、という一面があります。密接に結びつきます。具体的には、農産物、食品、教育、労働環境、失業、水、衛生、医療、保健、住居といった労働・生活状態は、社会・地域ネットワークと結びつき、全般的な社会状態を決定しています。 健康の社会的決定要因は、このように真ん中に描かれた個人と外周にある全般的な社会状況との関係から、健康と社会的状況の関連を認める概念であり、より実践的には、健康のための社会的状況への働きかけを要請する概念です。

9 疫学の3要因との関係 病原要因 宿主要因 環境要因 健康異常の要因 病原要因 宿主要因 環境要因 物理的環境 社会的環境 ウィルス・化学物質
体調・生活習慣・免疫 環境要因 物理的社会的環境・ストレス 疫学に詳しい方であれば、疫学の3要因との関連を思い浮かべるかもしれません。 疫学では健康異常の要因を、病原要因、宿主要因、環境要因に分類する考え方があります。 健康の社会的決定要因は、この環境要因、とりわけ集団の健康における社会的環境の影響力についての考察と深く結びついた概念という一面を持っています。

10 目次 健康の社会的決定要因とは何か? 健康の社会的決定要因の探究と変遷 健康の社会的決定要因の導く戦略

11 健康の社会的決定要因とは 何か? 健康に決定要因があるのは、誰も疑わないでしょう
生物学的決定要因(年齢、性別、遺伝)があるのも疑わないでしょう 同様に社会的決定要因(社会的地位、社会的結束)という概念が考えられています 単なる理屈や視点の違いか? より本質的な要因か? 健康の社会的決定要因とは何でしょうか?健康に決定要因があるというのは、だれも疑わないでしょう。「例えば、風邪をひけば、体を冷やしてしまったのか、あるいは、体力的に無理をしたのか、とかそういうような要因がある」ということには、疑いは無いと思います。またそのカテゴリとして、生物学的決定要因というものがあるというのも、疑いは無いでしょう。例えば、一般的に、年齢や性別、遺伝は健康に強く影響しているのは、誰もが実感しているところです。歯科で言えば、虫歯菌に感染しているか、唾液の分泌量はどうか、蔗糖の摂取量や頻度といった要因は、虫歯と因果関係にあると言われています。 そして1998年この健康の決定要因についての長年の研究の成果として、社会的決定要因という概念が整理されました。社会的決定要因は、名前だけ聞くと、いろんな考え方や捉え方があると思われます。歯科で言えば、より社会的地位の高い人々は、集団で見れば、より清潔で衛生的な環境におり、それは歯磨をする回数にも影響する、ということは、想像に難くないと思われます。 これは単なる理屈や視点の違いでしょうか?つまり、社会的要因があるにしても、個人の行動を通じて規定された生物学的要因がすべてを決定しているのでしょうか?なんらかの指導や介入により個人の行動を改善できれば、あるいはその積み重ねで個人や集団の健康は改善されるのでしょうか? あるいは、健康の社会的決定要因はより決定的な要因でしょうか?つまり、社会的決定要因は、年齢や性別といった生物学的要因にも影響を及ぼし、また個人の行動や生活様式を根本から支配しているのでしょうか?

12 社会的決定要因がまやかしなら 健康の生物学的要因の理解 健康の生物学的要因の管理 年齢、性別、遺伝… 衛生、栄養、医療…
医療従事者への責任の集中 Lalonde Report (1974) 健康への気づき(行動変容、健康教育) 社会的決定要因が単なる理屈や視点の違いであるのか、あるいは本質的な違いであるのかは、重要です。 たとえば、社会的決定要因が単なる理屈や視点の違い、つまり「まやかし」や「錯覚」であるのなら健康を守る上で大切なことは、生物学的要因の管理です。歴史的には、コッホの細菌学説の登場以来、細菌由来ではない疾病が広がりつつある現代も、生物学的要因の管理は、健康管理における本質の中の本質、最も重要な概念として輝き続けています。そして、生物学的要因の理解は、健康における衛生や栄養、医療の重要性を強調し、また健康管理においては、個人の健康の価値への気づきに重心をおいた、行動変容や健康教育を強調につながることが、明らかとなっています。

13 社会的決定要因が本質なら 健康の社会的決定要因の理解 健康の社会的決定要因の管理 健康の社会的決定要因とは何か? 社会的要因を管理するとは?
管理における医療従事者の役割は? 一方、社会的決定要因が単なる理屈や視点の違いではなく、健康の決定要因の本質であるならば、医療従事者の役割には、大きな見直しが必要となります。例えば、医学研究においては、生物学的要因と同様に社会的要因にも焦点を絞る必要が出てきます。社会的決定要因は具体的にはどのようのものがあるのか?どのように管理できるのか?そのやり方、手法は?そして医療従事者の具体的な役割は?

14 健康の社会的決定要因の 理解の難しさ 「社会」という概念の漠然さ 健康をターゲットとしたフィールドに存在する既存の概念との「あつれき」
Health promotion: concepts and principles (1984) 健康をターゲットとしたフィールドに存在する既存の概念との「あつれき」 Impediments to health promotion in developing countries: the way forward (1996) ここで簡単に「ああそうですね。健康は社会的な状況に決定されていますね」と、皆さんの理解、合意が得られれば、次に具体的に今どこまで健康の社会的決定要因が明らかになっているのか、そして世界の保健機関はどのような宣言や勧告をしているのか、についてお話しできるのかなと思います。 しかし、実際のところ、いくつかの報告で、社会的決定要因という概念は、その性質上なかなか理解されるものではないと言われています。 例えば、社会という概念の漠然さがあります。なんでも社会のせいにすれば良いってものではないでしょうし、個人と社会の関係が整理されていなければ、あるいはそういう誤解を招く可能性もあるでしょう。あるいは、健康をターゲットとしたフィールドに存在する既存の概念、例えば「従来の医学」ですとか「従来の医療」あるいは、混同されがちな概念である「従来の予防医療」とのあつれきも、健康の社会的決定要因の理解を妨げると言われています。

15 健康の社会的決定要因とは 何か? 個人の意思 VS 健康の社会的決定要因 あなたの場合 受診者の場合 スラムの場合 開発途上国の場合
そこで、ここからは、公衆衛生の教科書で社会的決定要因の理解のために引用されるたとえ話を利用しながら、社会的決定要因が皆さん一人一人にもたらす影響、あるいは具体的にどのようなものが健康の社会的決定要因であるのかについて、考えてみたいと思います。 健康の社会的決定要因は、さまざまな状況で健康に影響を与えます。健康の社会的決定要因は、個人や集団、地域に大きな影響力を持っています。その影響力の大きさを理解するために、個人や集団、地域の判断における、個人の意思と社会的決定要因の影響力の大きさを比較してみましょう。

16 あなたの場合 今まで人生の判断は、誰にも影響を受けずに、一人で決めてきた 今まで自分の健康は、誰にも影響を受けずに、一人で守ってきた
今日、ここには、誰にも影響を受けずに、一人で決めてきた 今まで自分の健康は、誰にも影響を受けずに、一人で守ってきた 自分は、どんな環境、地域、国に生まれても、この健康状態だ 簡単な質問をいくつか用意してきました。順番に質問してみます。 「今まで人生の判断は、誰にも影響を受けずに、一人で決めてきた」 イエス/ノーで御答えください。心の中で御答えいただければ、手は挙げなくても結構です。例えば学校を選ぶとき、仕事を選ぶとき、伴侶を選ぶとき、あるいは一人で生きようと決めた時、皆様方は、何を基準に、判断を下したのでしょうか? 「今日、ここには、誰にも影響を受けずに、一人で決めてきた」 どうでしょうか。例えば私は、何でも自分で決めていると思って生きてきています。では、私がここに立っているのは、自分の意志なのでしょうか。みなさんが、ここに来られたのは、皆さんの意志でしょうか。 「今まで自分の健康は、誰にも影響を受けずに、一人で守ってきた」 同じように、健康についてはどうでしょうか。個人の健康は、さまざまな要因に影響されていますが、それらの要因のすべてを、自分一人で管理できるでしょうか?あるいは管理してきたでしょうか。 「自分は、どんな環境、地域、国に生まれても、この健康状態だ」 健康状態というのは、生まれついた部分もありますが、その後の要因はどのようなものに左右されているのでしょう。それは、健康への気づきや健康志向の強さやでしょうか。

17 健康の守れない人は 意志の弱い人? 女性、17歳、妊娠3ヶ月、アルバイター、DMFT index 20 男性、2歳、dft index 6
意志の弱さが虫歯を招いた? 男性、2歳、dft index 6 保護者の不注意が虫歯を招いた? さて次の質問はどうでしょうか。 健康の守れない人は、意志の弱い人?ちょっと視点を変えて、受診者の場合で考えてみましょう。受診者は、健康状態に不安を感じて受診するかと思いますが、受診者が健康状態に不安を感じるのは、あるいは健康を守りきれないのは、健康行動をとるという意思が持続できない、意志の弱い人なのでしょうか? 女性、17歳、妊娠3ヶ月、アルバイター、DMFT index 20。例えば、未成年で、生活のために仕事をしており、まだ結婚はしていないもののお腹に子供がいて、歯の痛みを訴えて来院される患者さんがいたとします。この患者さんの虫歯の原因は、問診・診査の上で、例えば、ブラッシングであったり、食生活、虫歯菌の活動性であったり、と説明することはできるかも知れません。 ではブラッシングや食生活といった健康行動あるいは、保護者の不注意が、この患者さんの健康状態を決定しているのでしょうか? 男性、2歳、dft index 6。例えば、乳幼児で、離乳しておらず、生えてきた歯が次々と虫歯になってしまう患者さんがいたとします。この患児さんの虫歯の原因は、やはり問診や診査をして上であれば、ブラッシングの拒否であったり、離乳の遅れであったり、虫歯菌の活動性であったり、と説明することはできるでしょう。 ではブラッシングの拒否や離乳の遅れといった健康行動あるいは保護者の意志の強さが、この患児さんの健康状態を決定しているのでしょうか?

18 受診者の健康行動 なぜ、人々は喫煙習慣の健康への危険性を知りつつ、禁煙できないのか?
喫煙者の1/4は禁煙に挑戦 禁煙の成功は意志が左右? なぜ、親たちは歯への有害性を知りつつ、小児にお菓子を与えるのか? なぜ、人々は喫煙習慣の健康への危険性を知りつつ、禁煙できないのでしょうか? 毎年多くの人たちが禁煙に挑戦し、一部の人たちは成功します。一方で、未成年を含む、多くの人たちが喫煙を始めます。彼ら/彼女らは、喫煙の害を、知らないのでしょうか?あるいは健康を守ろうという意志が弱いのでしょうか? なぜ、親たちは口腔健康への有害性を知りつつ、小児にお菓子を与えるのでしょうか? 店は、多くの小児のためのお菓子をとりわけ小児の目につきやすいように、並べます。そしてある親は虫歯の原因であると認識しながらも、ある親はそうとは認識せずに、子供にお菓子を与えます。親たちは、お菓子の歯への有害性については、どのように考えているのでしょうか?その考えに影響をもたらしているのは、健康を守ろうという意志の強さでしょうか。あるいは、その他の要因でしょうか?

19 スラムの場合 正しい情報や個人の気づき、意志の強さは、どれくらい大切なのか? 健康の社会的決定要因は、どれくらい大切なのか?
スラムに住むから不健康? 不健康で意志の弱い人たちが集まるからスラム? さて、正しい情報や個人の気づきは、どれくらい大切なのでしょうか?自分の健康に興味のなさそうな患者さん、健康より仕事の方が大切そうな患者さん、自業自得で病気になっているようにみえる患者さん、世の中にはいろんな理由で病気を持っている人たちがいます。彼ら、彼女らが病気になってしまったのは、どこかで健康の大切さに気づく機会が無かったせいでしょうか?彼ら、彼女らは「正しい情報を持っていれば、病気になる機会(可能性)を減らすことができた」のでしょうか? では、社会が健康に与える影響は、どのくらいの大きさなのでしょうか?大げさに表現して、不健康な社会というのを仮定しますと、例えば空気は汚れ、水は足りず、わずかながらの水もやはり汚染され、食事も十分に採れず、冷たく硬い床の上で騒音に悩まされながら睡眠をとり、歯磨きはもちろん、お風呂という概念もない、というあるいは「スラムのような極端な環境」に生活していて、個人で健康の決定要因を管理できるでしょうか? それは、逆だろう。不健康なライフスタイルの人たちが集まっているから、不健康な社会なのだろう。例えば、地方で仕事にありつけず、着の身着のままで大都市へと繰り出すような「ちゃんとした生活様式を築く意志がない人たち」が集まっているから、そのような環境を作ってしまうのであろう。そのように考えると、やはり個人個人の知識や、気づき、行動が大切という考え方もあるかと思います。 健康の社会的決定要因というのは、このように、単なる理屈や視点の違いであり、本質的な要因ではないのでしょうか?

20 開発途上国の場合 不健康 健康 http://www.who.int/whr/2004/annex/en/index.html
開発途上国の場合を考えてみましょう。 こちらは、世界保健機関による基本資料の1つで、5歳以下の低体重児の割合や、5歳児死亡率、乳児死亡率、そして妊婦死亡率の目標値です。どれも数字が小さいほどよい、というそういう指標ですが、国によって大きく数字が異なります。例えば、アフガニスタンはどの数値も他の国より大きく、またオーストラリアはどの数値も他の国より小さい、そういう値になっています。 これはその国の国民一人一人の健康意識の高さを反映したものでしょうか? 乳児の死亡率を、国際的に比較して、健康の社会的決定要因の有無を論じるなんて、極端すぎると思われるかもしれません。水道や食糧事情、衛生的な住居、治安、平和といった健康の前提条件の整っていない国と整っている国を比較して、その要因が社会にあるなんて論じ方は、極端過ぎると思われるかもしれません。人生の最初の数年間の数字を比べて、その国の代表的な健康状態の指標にするとは、飛躍があるように思われるかもしれません。確かに数字を比べると、あまりにはっきりとしていて、極端な例、あるいは現実を反映していない例にも見えます。 しかし、よく考えてみて下さい。公衆衛生の教科書では、よくこんな表現が出てきます。アフガニスタンは、確かに健康の前提条件に恵まれた国であるとは、言えないでしょう。「では、先進国では、すべての条件が整っていると言えるでしょうか?」あるいは、5歳までの健康でこれだけの差が現れていて、そこから後、個人の意思や努力のみで、先進国並みの健康状態を獲得することは、可能でしょうか?妊婦死亡率が子供に及ぼす影響を想像すると、なかなか難しい、というように理解する方が、現実的ではないでしょうか? このような数字は、健康の社会的決定要因という概念なしで理解すると、本質的な要因を捕らえ損なうのではないでしょうか?健康の社会的決定要因を積極的に評価すれば、個人の健康志向とは関係なしに、健康の前提条件が整っているか、そうではないかで、集団、地域、国家においては、これだけの差が生じるという見方も出来るでしょう。 健康

21 次に先進国における平均寿命の推移から、健康の社会的決定要因の影響力について考えてみたいと思います。このグラフを見て、何を感じるでしょうか。グラフは、沖縄、日本、スウェーデン、アメリカの平均寿命を示しています。平均寿命という指標の特徴や性質を踏まえなければ、こういうグラフを適切に読み取るのも難しかったりしますが、ここでは難しく考えずに感じてもらいたいと思います。 赤が沖縄、水色が日本、緑色がスウェーデン、オレンジ色がアメリカです。 (グラフはhttp://okicent.org/から引用) まずは、すべての地域の平均寿命が改善しています。ここに集まる方であれば、2000年の段階で虫歯の多い日本が、アメリカより寿命が長かったり、国内で虫歯の多い沖縄県が日本の平均寿命より優れているのは、なぜなんだろう。という見方をするかと思います。日本に注目すると、1960年代には4つのグラフで最下位の日本が1985年には、2位に上昇しています。これは、日本人一人一人が他の地域より強く健康的な生活、ライフスタイルを意識した結果でしょうか?それともなんらかの健康的な環境、あるいは衛生状況の改善の結果でしょうか?

22 先進国の場合 平均寿命はすべての地域で改善 平均寿命の改善は、幼少期の死亡の改善が大きい 改善は、一人一人の努力の成果?
健康的な環境が、集団の健康を改善? 平均寿命の改善は、幼少期の死亡の改善が大きい ペニシリンの開発が平均寿命を改善? 平均寿命は、このグラフに示されたすべての地域で改善を示しておりますが、この要因は何なのか?ということです。 これらの改善は、地域の人々の一人一人の健康意識の高まりや努力の成果でしょうか?あるいは環境の変化が健康的な方向へと向かい、それにより集団の健康が改善されたのでしょうか? もう少し具体的に考えると、平均寿命は、乳児死亡率など幼少期の死亡に敏感な指標です。では、幼少期の死亡は本人の健康行動の影響によるものでしょうか?または健康的な環境の影響によるものでしょうか?あるいは、ペニシリンの開発のような医学の発展によるものでしょうか?

23 健康の社会的決定要因とは 何か? 個人の意思 VS 健康の社会的決定要因 あなたの場合 受診者の場合 スラムの場合 開発途上国の場合
もう一度整理してみましょう。今確認しましたように、健康の社会的決定要因は、さまざまなレベルで機能しています。具体的には、個人の健康、地域の健康、そして先進国や開発途上国といった集団の健康。これらのすべての水準で健康の社会的決定要因が機能していると理解することは、一体何を意味しているのでしょうか?健康の社会的決定要因が、単なる理屈や視点の違いではなく、健康の決定要因の本質として存在していると理解することは、一体何を意味しているのでしょうか?

24 健康の社会的決定要因とは 何か? 個人の意思 VS 健康の社会的決定要因 あなたの場合 受診者の場合 スラムの場合 開発途上国の場合
さきほど引用しましたこの図と逢わせて繰り返しますと、中心にある個人の生物学的要因やライフスタイル、そしてそれを大きく取り囲む社会的状態。このような視点は、どのくらい健康について表現しているのか、ということになります。 ある程度の真実を含んでいるのなら、その程度はどの程度なのでしょうか?

25 社会的決定要因が本質なら 健康の社会的決定要因の理解 健康の社会的決定要因の管理 健康の社会的決定要因とは何か? 社会的要因を管理するとは?
管理における医療従事者の役割は? 先進国の保健機関は、社会的決定要因が単なる理屈や視点の違いではなく、健康の決定要因の本質であることが明らかとなるにつれて、医療従事者の役割には、大きな見直しが必要であると主張するようになりました。例えば、医学研究においては、生物学的要因と同様に社会的要因にも焦点を絞りましょうと呼びかけています。 そして、社会的決定要因は具体的にはどのようのものがあるのか?どのように管理できるのか?そのやり方、手法は?そして医療従事者の具体的な役割は? 今日は、これらについて、理解を深めることで、世界保健機関がなぜ、健康の社会的決定要因管理を訴えているのか、それは何を意味しているのか、そして健康の社会的決定要因の存在をふまえると、現代の医療、歯科医療のさまざまな課題は、どのようにとらえられるのか、ということについてあらためて考えていただきたいと思います。

26 健康の社会的決定要因の 探究と確立 1970年代 マキューン教授の分析 1984年 健康づくりプログラムの確立
1970年代以前 医学者・歴史学者の指摘 1970年代 マキューン教授の分析 1974年 ラロンド報告での分析 1979年 ヘルシーピープルの分析 1980年 ブラック報告 1984年 健康づくりプログラムの確立 1986年 健康づくり国際会議(オタワ憲章) 具体的な健康の社会的決定要因を確認したり、そして医療従事者の具体的な役割を確認する前に、健康の社会的決定要因は、いつ頃からどのような経緯で提唱された概念であるのかに付いて、確認させていただきたいと思います。 というのも、現在の健康の社会的決定要因は長年の研究の積み重ねにより、医療従事者が臨床にて感じていることとギャップのない要因から、ものすごくギャップのある要因まで、さまざまです。健康の社会的決定要因の確立について、その始まりから順に追えば、そのギャップをそれほど意識せずにそれぞれの要因について確認できるのかなと思いますので、このよう順番でお話しさせていただきたいと思います。

27 医学者の指摘 「空気、水、場所について」 ペッテンコーファーの環境医学 コッホの細菌学説 ヒポクラテス(BC460-377)
下水道の整備と分離(1830年代) スノーとの上水道論争(1890年代) コッホの細菌学説 炭疽菌、結核菌の発見(1870年代) 何が健康を決定しているのでしょうか?なにがそれぞれの時代の流行病を、そして現代の病を生み出しているのでしょうか? 紀元前の疫学の祖であるヒポクラテスとその弟子たちは、 「空気、水、場所について」という書物で、気候や飲み水、土地が健康に影響するとまとめました。 また、医学的の発見の連続した、19世紀末から20世紀初頭、環境医学の祖であるペッテンコーファーは、当時大流行していたコレラを通じて、下水道の整備を訴え、またジョン・スノーは上水の濾過が健康にもたらす大きな影響を強調しました。 あるいは、近代細菌学の祖であるコッホは、炭疽菌や結核菌の発見を通じて、細菌こそが感染症の原因であると説き、ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。 そのような医学界とは別の流れからも、健康の決定要因を探ろうという動きがありました。それが歴史学者たちによる考察です。

28 偉大な医学者の肖像 コッホ ヒポクラテス 1843-1910 BC460-377 ペッテンコーファー 1818- 1901 結核菌の発見
これは、現代の医学に大きな影響を及ぼしている3人の肖像です。 ヒポクラテスの「空気、水、場所について」という論文は、 人間の健康と環境の関係を初めて明文化したものと言われています。 また「近代衛生学の父」「環境医学の父」「実験衛生学の父」と呼ばれるペッテンコーファーは、生活環境が健康にもたらす影響を重要視し、ドイツにおける下水道の普及に貢献しました。 そして結核菌の発見の功績によりノーベル生理学賞を受賞したコッホは、病原体が健康にもたらす影響を明らかにしました。コッホの発見とその指摘は、明快であり、また同時期には感染症による死亡数の減少も生じていため、現代に至る医学の発展に大きな影響を及ぼしました。 余談ですが、ペッテンコーファーに学んだ日本人としては、文豪である森鴎外( )、そしてコッホに学んだ日本人としては、北里柴三郎 )が有名です。 コッホ 結核菌の発見 ノーベル生理学賞 ヒポクラテス BC 「空気、水、場所について」 ペッテンコーファー 下水道の普及

29 社会学者の指摘 衛生改革(1848), 公衆衛生法(1875) 「社会医学の意味」(1954)
トマス・サウスウッド・スミス( ) エドウィン・チャドウィック( ) 「我々は、健康を押しつけられるくらいなら、コレラへの感染を選ぶ」(Times, 1854) 「社会医学の意味」(1954) イアゴ・ガルドストン 「我々は、押しつけの健康ではなく、コレラの感染を選ぶ」は、BMJ 2000;320:1482 (27May) (http://www.bmj.com/cgi/content/full/320/7247/1482) からの引用

30 社会学者の指摘 衛生改革(1848), 公衆衛生法(1875) 「社会医学の意味」(1954) エドウィン・チャドウィック
その警察医は、他殺事件の被害者を剖検し、心臓内に弾丸が入っているのを発見し、この事件の原因は弾丸であると断定した。 そのご、彼は戦場におもむき、戦争は大規模な殺人と考え、多くの戦死体に弾丸を発見し、これが戦争の原因と信じた。 やがて毒ガスが殺人の原因であること知り、彼は弾丸と毒ガスが戦争の原因であると考え、戦争を防ぐには、ばくぜんとした人種的・経済的・政治的条件ではなく、ともかく、原因中の原因である弾丸と毒ガスを何とかする方法を発見しなければならないという研究に熱中した。 社会学者の指摘 衛生改革(1848), 公衆衛生法(1875) エドウィン・チャドウィック トマス・サウスウッド・スミス 「我々は、健康を押しつけられるくらいなら、コレラへの感染を選ぶ」(Times, 1854) 「社会医学の意味」(1954) イアゴ・ガルドストン

31 歴史学者の指摘 病気と文明の相互作用 飢餓・飽食、住生活・衣食住、文明の接触が、それぞれの時代の流行病/健康状態に影響する。
戦争・貧困・病気、とくに貧困と病気の関係は、病気の階級性をもたらす。 病気の社会史(1971) 医学的発見の相次いだ20世紀の半ばを過ぎると、歴史学者たちは、医学者とはまた別の視点から、健康に影響をもたらすものに注目をしました。 歴史学者たちは、大規模な戦争につきものである病気の流行、病気と宗教、ルネサンスと売春と梅毒の関係、産業革命と結核、職業と病気、化学物質の普及とガン、といった様々な事例から、人間の健康状態は文明、社会、環境に大きな影響を受けているということを指摘し始めました。 例えば1971年にはすでに、スライドにあるように、貧困と病気の関連から、社会階層と病気の関連についても考察されるようになってきていました。 既に、疾病の生物学的要因が明らかとなっている時代に、これらの指摘は、さほど重要ではないように思われるでしょうか?すなわち、これらの社会的な要因は直接/間接に生物学的要因に影響する、見かけ上の要因でしょうか?

32 ジュリアン・チュ−ダー・ハートによる指摘
医療反比例の法則 (Lancet, 1971) 医療の提供とニーズは反比例する 医療が市場の力学にさらされると、よく機能する 医療資源の不適正配分が生じる 社会の健康への影響力とは別に、医療がその発展とは別の課題により、集団の健康にもたらす影響は限定的である、という指摘もありました。 それは、医療反比例の法則と呼ばれる指摘で、医療の提供は病気の少ないところに偏在しやすいという性質です。 現代社会においては、人口は環境の整った地域に集中しがちですが、それは比較的健康的な環境でもあります。また医療の提供もこのような環境の整った地域に集中しがちですので、このような市場の力学を考慮すると、医療の提供、医療資源の配分は、不適切に偏在するのではないか、という視点から、医療の提供の性質や限界を提示しています。 現代においても、地方における医師不足に、どのように取り組むべきかという、似たような課題が提示されることがあるのは、実感されるところかと思います。

33 トマス・マキューンの考察 バーミンガム大学公衆衛生学教授 医学の役割:夢か幻か (1976) 現代の人口増加 (1976) 人口増加の要因
感染症の減少の要因 健康の階級性 1970年代、これらの課題について、慎重な考察を重ねた研究者がいました。バーミンガム大学公衆衛生学教授のトマス・マキューン先生です。マキューン先生は、健康を決定している要因は何かという課題に、つまり健康の決定要因に、真正面から取り組み、その後の医学研究に大きな影響を与えました。 バーミンガム大学に在籍していたマキューン教授は、ある資料の整理を行い、健康の決定要因は何か、何が健康を決定しているのかということを、その資料から入念に読み解きました。マキューン教授が検討したのは、現代の先進諸国における、人口の増加の原因です。そして感染症減少の要因、そして健康の階級性でした。 その疑問に取り組みため、マキューンが目をつけたのは、イングランドとウェールズにおける死亡統計でした。 マキューンの考察は、そのまま健康の決定要因の原点であり、決定要因の考え方、その調べ方の基本を成立させたため、順にその考察をなぞってみます。

34 現代の人口増加 (1976) まずこれが紀元後1000年以降の世界人口の推移の推定値をグラフに表したものです。1700年までは5億人程度で推移しています。1800年後半、歴史的には産業革命とよばれる変革以降急激に人口の増加が始まっています。

35 現代の人口増加 (1976) これはイングランドとウェールズにおける人口の推移の推定です。1700まで1000万人前後で増加しており、1800年を境に4-5000万人へと急激な増加を遂げています。

36 イングランドの死亡率 これはマキューンによる死亡統計の整理・分析です。マキューンは、標準化など適切な処理を施した上で、イングランドとウェールズにおける死亡率の推移を確認し、資料の残っている1840年から1970年まで、19世紀中頃から現代までの130年間、死亡率は徐々に改善されていることを明らかにしました。そして、この死亡率の減少が現代の先進国における人口増加の要因であることを示しました。 マキューンは、社会学者たちの指摘を踏まえ、さらに考察を深めました。この死亡率の減少の要因は、何にあるのか、という考察です。 そこでマキューンは、1840年代から1970年代までの死亡率の減少に、どのような何が寄与しているのかを確認しました。

37 年代別死亡率 これは全妊娠における、年代別死亡率です。出産前の死亡は、この130年間で改善していませんが、0-44歳までの死亡が減り、その分65歳以上の死亡が増えているのが確認されます。 青と赤、どちらも足すと1000になるように調整してあります。全体の死亡率の低下は、0-14歳の死亡の減少と、それにともなう死亡するタイミングの遅れ、つまり長生きの人が増えていることにより生じていることが確認されます

38 空気感染による死亡率の推移 またマキューンは、この寿命の延長、人口増加における医学の役割を確認するため、死亡減少の4割を説明している空気感染による死亡率の推移をグラフにしました。水色は結核、赤色は肺炎とインフルエンザ、肌色は百日咳、黄緑色は麻疹、紫色は猩紅熱、オレンジ色は天然痘です。

39 医学の役割 (1976) アンチトキシンの利用 抗生物質の利用 予防接種の利用
そしてこの空気感染による死亡率の推移に、医学的発見の時期を重ね合わせました。 みなさんもこの空気感染症による死亡の減少と医学的発見の関連を考察してみてください。 どうでしょうか?マキューンはこのように考えました。 「空気感染による死亡の減少は、抗生物質や予防接種の開始より早くに始まっている。つまり、集団の健康の改善は、居住空間の改善、食品衛生の改善、上下水道の整備など人間をとりまくさまざまな環境の変化によりもたらされたのではないか」ということです。 そしてマキューンは、これらの健康に影響に及ぼす要因を検討し、それを健康の決定要因と呼びました。 抗生物質の利用 予防接種の利用

40 健康の階級性 死にやすい 専門職 肉体労働 死ににくい 死産にもみられる階級性
また、マキューンは将来の医学の役割を考察する上で、社会階級と健康の関連に目を向けました。 環境が健康に害を及ぼすのなら、より悪い環境にいる人々はより不健康な状態になることが推測されます。マキューンは、イングランドとウェールズにおける社会階級と年齢で分けた相対死亡率のグラフを示し、すべての年齢層において健康に階級性が生じていることを示しました。 このグラフは、青が専門職階級、赤が管理職/技能職階級、黄色が非肉体労働技能力、黄緑が肉体労働技能職、紫が半技能職、オレンジが非技能職です。簡単にいうと左の方が比較的社会的地位の高い職業で、右の方が比較的地位の低い職業です。 4つのまとまりは、左から、死産、幼少期、小児期、成人期です。就労以前、そして生まれる前から、このように人間は、社会階級の影響を受けていることが分かります。健康の社会的決定要因を理解すれば、驚くことではありませんが、人間は生まれる前から、このように健康の格差を有しているというのは、興味深いところです。 死亡率の低下、空気感染による死亡率の推移、そしてこの健康の階級性から、マキューンは、医療の進むべき方向には、従来の医学の推進だけではなく、もう1つの柱として、環境改善への訴えかけが必要なのではないかと提唱しました。特に、この健康の階級性からは、国内においては社会経済的に恵まれない層、そして国際的には開発途上国における環境整備が、将来の医療のテーマの1つとなるだろうと、推察しました。 このようにして、古くはヒポクラテスから、近代では上下水道の完備を目指した社会改革者の目指したこの「環境が健康に影響を与える」という概念は、マキューンの指摘により、再び現代における医療のあり方を問う新たなる潮流である、健康の社会的決定要因の出発点になりました。 これらのテーマの重要性をいち早く認識し、その事実の確認に当たった国がありました。それが、将来第一回ヘルス・プロモーション国際会議の主催国となる、カナダです。 死ににくい 死産にもみられる階級性

41 ラロンド・レポート (1974) カナダ人の健康のための新たなる展望 医術あるいは医学のみが、健康の湧き出る泉なのか?
マルク・ラロンドは当時のカナダの保健大臣 医術あるいは医学のみが、健康の湧き出る泉なのか? ラロンド・レポートとは、当時のカナダの保健省大臣であるマルク・ラロンドにちなんだ呼び名で、実際には「カナダ人の健康のための新たなる展望」と題された、カナダ保健省による数十ページの報告書です。 現在の日本の状況では、舛添厚生労働大臣の名前をとって「マスゾエ報告」と呼ぶような感じでしょうか。 趣旨としては、マキューンの指摘を鑑みて、当時のカナダの健康状態が、何に左右されているのかを確認しようという、すなわちラロンドの言葉を借りれば「健康の湧き出る泉」を探し求め、そこに医療資源を投じることで、国民のさらなる健康を後押ししよう、そういう報告書でした。

42 ラロンド・レポートには、さまざまな統計が出てきますが、例えばこの統計はカナダの全死亡を性、年齢、死因で分類しています。10代20代では青色系統で示される交通事故が、50代を越えると赤色系統で示される心臓疾患により、多くの命が奪われていることが分かります。 とくに若者の命が交通事故により多く奪われているという事実から、ラロンドレポートでは、3大死亡原因などに目を奪われるのではなく、死亡により失われた年数による死亡原因の重み付けなど、さまざまな面からカナダ人の健康に影響を与えている要因を検討しました。 たとえば、死亡により失われた年数という概念では、20代の死亡は平均年齢の70歳に対して50年の余命を奪っており、また70代の死亡は平均年齢から余命を奪っていません。このような考察のなかでも、もっとも健康づくりに影響をもたらした考え方が、医療という概念を4つに分類したことにあります。 カナダ保健大臣マルク・ラロンド

43 ラロンド・レポート (1974) 疾病の要因を生物学的要因、環境、行動様式、医療に解体
環境:個人では管理できない 行動様式:個人で一部管理できる カナダの疾病と死亡の多くの原因は、環境と行動様式にある 環境と行動様式の研究の推進 ラロンド・レポートでは、病気の原因にこそ医療資源を投じるべきであるとした上で、医療資源を投じるべき分野を、4つに分類しました。それが、生物学的要因、環境要因、行動様式あるいは生活習慣要因、そして従来の医療です。 そして多くの資料を検討し、カナダの疾病と死亡の多くの原因は環境と行動様式、あるいは生活習慣にあることを示し、これからの医療の方向性の大きな柱として、環境と行動様式の研究が打ち立てられました。マキューンという一学者の指摘から始まった健康の社会的決定要因という概念は 、ここに国家的保健機関による追認に至ったのです。 ちなみにラロンドレポートでは、環境は「個人では管理できない」行動様式あるいは生活習慣は「個人では一部管理できる」ということで分けられていますが、この「一部管理できる」というのは、現在ではむしろ「支援などの、十分な資源がなければ個人では管理できない」と理解すべきである、ということが明らかになっています。

44 ラロンド・レポート (1974) 疾病の要因を生物学的要因、環境、行動様式、医療に解体
環境:個人では管理できない 行動様式:個人で一部管理できる カナダの疾病と死亡の多くの原因は、環境と行動様式にある 境と行動様式の研究の推進 この図は、ラロンド・レポートよりは後に出ましたので、ラロンド報告と直接の関係はありませんが、ラロンドにて採用した4つの医療領域を視覚的に説明するのに便利なので、この図にて説明します。 ラロンドの利用した4つの医療領域は、この図で見ると、中央にある生物学的要因、その周りにある生活様式、それを取り囲む環境、そして右にある医療、この4つで健康を考え、それぞれの重みを評価し、重要性を考えましょうという概念です。 ライフスタイルは、個人とも社会的環境とも関連しています。この図から、個人で一部管理できるできるものを行動様式と分類した意味も、理解されるかと思います。

45 ヘルシー・ピープル (1979) ラロンド・レポートの分析をアメリカに適応 アメリカの死亡10大原因 (1976)
行動様式50% 環境20% 生物学的要因20% 医療の力不足10% 行動様式と環境の重要性を追認 1979年には当時のアメリカ保健教育福祉省(1979年には保健福祉省と教育省に分離)が、カナダのラロンドレポートと同様の手法でアメリカの死亡原因を分析しました。そして4つの医療領域である行動様式、環境、生物学的要因、医療の力不足が10大死亡原因にもたらす相対寄与率を分析したところ、70%が比較的費用をかけずに改善することのできる、行動様式と環境により説明されることが明らかとなりました。

46 ヘルシー・ピープル (1979) 20% 10% 50% 20% ラロンド・レポートの分析をアメリカに適応
アメリカの死亡10大原因 (1976) 行動様式50% 環境20% 生物学的要因20% 医療の力不足10% 行動様式と環境の重要性を追認 10% 先ほどの図に数字を重ねると、このような具合です。 まだ健康の社会的決定要因という概念は登場されていませんが、ヘルシー・ピープルにおけるこの分析により、ある程度、健康の社会的決定要因という概念の枠組みができたと理解されるのではないでしょうか。 50% 20%

47 ブラック・レポート (1980) イギリスにおける、健康の階級性を再吟味
多くの疾病において、高い死亡率と有病割合を占めているのは低い社会階層 拡大傾向にある(Acheson report, 1988) 無料診療は、健康格差には影響しない 健康格差と社会経済的状況の相関 1982年にはイギリスでサー・ダクラス・ブラックによるブラックレポートと呼ばれる報告書が公開されました。 ブラック・レポートにおいては、マキューンの指摘した下層階級の死亡率の高さを多くの資料から分析し、その原因として、病気の多くが下層階級に集中して生じていることを明らかにしました。またこれに続くアチソンレポートでは、この傾向が拡大していることも、確認されています。 また従来の医療は、たとえ無料診療とであっても、病気の発生には影響しないため、健康格差には影響をもたらしていないことも確認されました。 これらの健康格差についての考察は、ある集団にはさまざな悪い状況が重なっていること、またある悪い状況はいくつもの病気の発生に影響をもたらすことを示唆しました。

48 健康づくりの精神 (1984) 健康づくりと生活様式/環境の改善 人々と環境の仲介的戦略の採用 個人の選択と社会的義務の統合
Health promotion: concepts and principles (1984) マキューンが死亡率や感染症の減少から考察した健康の決定要因は、このようにしていくつかの保健機関において検討され、健康と環境を結びつける概念として形が整いました。 これらの報告を受け、1984年には、世界保健機関によって環境と健康を結びつける概念であるヘルスプロモーションが整理されました。 この1984年の会議では、今までの報告をふまえ、 1. 健康づくりは生活様式/環境の改善と密接に関連する概念であるということ 2. 生活様式/環境の改善とは、人々と環境の仲介的戦略の採用を意味すること 3. この仲介的戦略とは、個人の選択の自由と社会的義務の統合に他ならない という、いわゆるヘルスプロモーション、健康づくりの中心となる考え方、健康づくりの精神が提唱されました

49 健康づくり:禁煙の場合 健康づくりと生活様式/環境の改善 人々と環境の仲介的戦略の採用 個人の選択と社会的義務の統合
環境が人々の健康にもたらす影響の認知 人々と環境の仲介的戦略の採用 禁煙環境の推進の影響の認知 個人の選択と社会的義務の統合 環境の整備による、喫煙の自由と公共での禁煙というジレンマの統合的解決 この健康づくりの考え方を、禁煙で考えてみましょう。ここでは公共における喫煙が、本人と周囲の人たちに深刻な健康障害をもたらすことが、明らかとなった、という前提で考えます。 健康づくりの概念においては、今や明らかとなった、環境がひとびとの健康にもたらす影響の大きさを認めることから始まります。そのような観点からみると、深刻な健康障害をもたらす喫煙であっても、個人個人に禁煙を押し付けるというのではなく、環境の改善から半ば自然と禁煙をもたらす、つまり環境を仲介して人々の禁煙を導くという、仲介的戦略こそが、大きな影響力をもつということを認めることにつながります。 喫煙の自由のような個人の選択と、公共の場での喫煙という社会的義務は、公衆衛生の抱えてきた本質的なジレンマです。健康づくりという概念は、環境の整備という仲介的戦略を強調することにより、この公衆衛生のジレンマを統合的に解決しようという、概念なのです。

50 健康づくり国際会議 (1986) 健康の前提条件 3つの戦略 5つの活動分野 健康づくりのためのオタワ憲章
1986年、ラロンド・レポート発祥の地であるカナダにて、健康と生活様式/環境を統合する考え方である、健康づくりについての国際会議が開かれました。この国際会議における合意は有名な「健康づくりのためのオタワ憲章」にまとめられていますので、ここでまず、このオタワ憲章について復習しておきましょう。 この復習が終われば、健康の社会的決定要因の解明とその理解まで、後一歩です。というのも、健康づくりのためのオタワ憲章のこの5つの活動分野の最後の一つこそが、健康の社会的決定要因の解明と働きかけへの最後の一押しとなっているからです。

51 健康の前提条件 平和、住居、教育、食品、収入 安定した環境、持続可能な資源 社会的公正と公平 環境的要因 急激な環境変化の管理
より有効な資源の利用 これが健康づくりのためのオタワ憲章で掲げられた、健康の前提条件と呼ばれるものです。健康の社会的決定要因に極めて似ているため復習しておきましょう。 最初に平和を持ってきているセンスもあれですが、最初に確認しましたオーストラリアとアフガニスタンの違いの大きさなどから、平和が健康には不可欠であるということに、異論はないでしょう。 住居、教育、食品、収入は交絡している部分もあり、互いに影響しながら健康に影響をもたらしているというのは、環境の健康にもたらす影響を考えれば、納得のいく条件です。 また、環境の急激な変化が健康を害するというのは、誰しも経験のあることでしょうし、環境を安定させるためにも、資源は持続可能な範囲で活用しなければいけないというのも、理にかなったことです。 最後にあげられている、社会的公正と公平が健康の前提条件であるというのは、わかりにくいかもしれません。とりあえずは、公正で公平な社会でこそ資源は有効利用され、健康的な環境の整備につながる、というように考えていただくとよいかと思います。資源のより限られた環境では、このような資源の分配のありかたも、健康の前提条件となることを明文化した意味という意味で、オタワ憲章にかけた参加者の思いが伝わってくるような気がします。

52 3つの戦略 可能にする 推奨する 調停する 積極的に健康を選択できるような環境を創造する 協働:多部門との提携活動
変化することの利点を説明する事により、積極的に生活習慣を変化するよう後押しする 調停する 利害関係の対立する2つの政党を仲立ちし、健康づくりにむけた妥協点を模索する これは健康づくりのためのオタワ憲章の鍵となる3つの戦略です。 1番目が可能にする、という戦略で、健康的な選択をしたい人には、そのような選択肢を選べるような環境を用意しましょーという意味です。また、このような環境を用意するためにはコラボレーション、あるいはパートナーシップと呼ばれるさまざまな部門との提携活動、社会学では協同して働くと書いて「協働」とよばれる、そのような働きかけが大切であると訴えています。 2番目は推奨する、という戦略で、健康的な選択をすると、こんなメリットがありますよーと、選択を後押ししようという、そういう戦略です。 3番目は調停する、という戦略で、健康的な選択を用意すると、基本的には従来の選択は選ばれなくなるため、従来の選択を提供することを生業としてきた利権集団と健康づくりの推進派は利害関係が対立することになります。この利害関係を仲立ちし健康づくりに向けた妥協点を提供することで、健康的な環境の整備を後押しましょーと、そういう戦略です。 具体的に、例えば健康の社会的決定要因には「公共交通機関の利用」というのがありますが、これを「可能にする」とは、公共交通機関のみで、さまざまな移動をカバーできる環境を整備することにあたります。またこれを「推奨する」とは、公共交通機関を利用することが自家用車の利用に比べてどれだけ様々なメリットがあるのかをアピールすることにあたります。そして公共交通機関の利用推進は、自家用車に関連した企業の活動と利害関係が対立しますから、 「調停する」とは、どのように自動車関連企業の活動をサポートするか、という具体的な解決策を提案することにほかなりません。 これら、可能にする、推奨する、調停する、という戦略がそろわなければ、「公共交通機関の利用」は広がりをみせません。

53 5つの活動分野 保健政策の制定、支援環境の整備 地域活動の強化、個人スキルの開発 医療の再設定 健康づくりと生活様式/環境の改善
人々と環境の仲介的戦略の採用 地域活動の強化、個人スキルの開発 個人の自由と社会的義務の統合 医療の再設定 健康の決定要因の解明と働きかけへシフト さて、これがオタワ憲章の5つの活動分野です。 保健政策の制定、支援環境の整備というのは、生活様式や環境の改善と健康の関連を考えれば、当然必要な活動領域です。 また地域活動の強化、個人スキルの開発といった分野もありますが、これは環境整備のもつ、個人の自由と社会的義務のジレンマを克服するために必要とされる活動領域です。 そして最後の活動分野が今日のテーマである健康の決定要因の解明を促すこととなる、医療の再設定という分野です。医療の再設定の訴えていることは、単純です。つまり、保健政策や支援環境、地域活動や個人スキルが健康づくりにおいて大切であることは、既に明らかでしたが、では「どのような方向に政策は向けばよいのか?そのような支援環境を整えれば健康的な環境といえるのか?」というのは、簡単で明らかなようでいて、実際にはそうではない。従来の医学的研究は、このような疑問に対して真っ正面からは取り扱ってきていなかったことを認め、そしてこれからの医学的研究は、このような疑問を積極的に取り扱うべきである、という、そういうメッセージが、オタワ憲章には5つの活動分野の一つとして込められました。 ちなみに、オタワ憲章では「ヘルス・プロモーションとはヘルス・エデュケーションではない」つまり「健康づくりとは、保健教育ではない」という注意まで添えてあり、いろいろと考えさせられるところであります。

54 その後の健康づくり国際会議 第1回-オタワ憲章(前提条件,’86) 第2回-アデレード勧告(保健政策,’88)
第3回-スンツバル声明(支援環境,’91) 第4回-ジャカルタ宣言(決定要因,’97) 第5回-メキシコ声明(健康格差,’00) 第6回-バンコク憲章(国際社会,’05) さて、健康づくり国際会議は今日の主なテーマではないため、第二回目以降については詳しく復習しませんが、世界の健康づくりの流れをリードする大切な会議ですので、簡単にまとめておきます。 第1回は今まとめました、オタワ憲章です。特徴としては、健康の前提条件を明示したことにあります。 第2回のアデレード勧告では、5つの活動分野の一つ、保健政策について掘り下げました。そこでは、健康づくりにおける保健政策とは、保健医療部門の政策という意味ではなく、政府のすべての領域の政策が、健康を考慮している、という概念であると整理され、具体的には、政府のすべての政策において健康と公平さを考慮されていること、そして政府があらゆる政策の健康への影響の説明責任を果たすよことが勧告されています。 第3回はスンツバルで開かれ、支援環境とは社会的政治的経済的側面からなり、またすべての側面において女性のスキルと知性を生かそうと、地域活動の基盤は女性にあると、そういう声明になっています。 第4回では、オタワ憲章の内容が復唱され、そして21世紀を控えた今、健康の決定要因を整理し直す時期が来ていると、そう主張しています。そしていよいよこの翌年、1998年に健康の社会的決定要因が提唱されました。

55 健康の社会的決定要因の解明 ウィルキンソン&マーモット(1998) 社会格差、ストレス、幼少期 社会的排除、労働、失業、社会的支援
薬物依存、食品、交通 こうしてようやく今日のテーマである健康の社会的決定要因が1998年に提唱されました。この概念は、その名前の通り、健康の決定要因は社会的背景にある、という点を明確にしており、また医療が健康をめざすなら、その活動分野はオタワ憲章にある通り、保健政策や支援環境といった社会的な取り組みを避けることはできないということを示しています。 何度も引用した図では、社会ネットワークとくくられている中でも、社会格差やストレス、社会的排除、社会的支援の重要性を強調し、またあの図では表現の難しい、幼少期の重要性や交通の影響など、社会的決定要因として10の要因が提示されました。 この、社会格差というのは、どのような社会においても、社会的地位が低いと、平均寿命は短く、疾病が蔓延している、という事実に基づいています。 ストレスは、ストレスのある環境は、人々を不安と憂慮で満たし、ストレスにうまく対応することを難しくし、健康を害し、早世へつながる、という事実に基づいています。 これらの要因のすべてが、健康に影響をもたらしている、という事実とそして個人の努力だけでは、かえることのできない社会的な要因である、ということに注意してください。 特に、健康の決定要因に「幼少期」が入っていたりするのは、「子供の健康を守る」ということの意義を改めて認識させれくれるかと思います。幼少期の健康は、その後の一生に大きな影響を与えているのです。

56 健康の社会的決定要因

57 口腔の健康の場合 健康の社会的決定要因は、人間の平均寿命を物差しにしている 健康の社会的決定要因は、歯の寿命にも、適応できる?
歯の寿命は個人で管理できる? 歯の寿命も社会の影響を受けている? さて、ここまで個人の努力では管理できない「環境と行動様式」が健康にもたらす影響についての考察を確認してきました。 また、その考察から、健康づくりには「環境と行動様式」の改善が必要であり、そのために「人々と環境の仲介的戦略」を採用し「個人の自由と社会的義務」を統合することが重要であるという、ヘルス・プロモーションという考え方の復習しました。 これらは、すべてマキューン教授の考察である、人間の平均寿命の変化を基準に解明されてきたものです。 それでは、同様に、歯の健康、歯の寿命についても同様の考え方やアプローチが可能なのでしょうか? つまり、歯の健康を守るためには、よく言われるように一人一人の健康への意識の改善が最も大切なのか、あるいはヘルスプロモーションの中核である「個人の自由と社会的義務」という言葉に表されるように、環境や行動様式の改善が伴わなければ、歯の健康は守れないのでしょうか?

58 歯の健康の決定要因 砂糖の消費、フッ化物への暴露 喫煙、飲酒 口腔清掃、ストレス、事故
歯の健康の決定要因の多くが健康の決定要因と共通している 社会的決定要因の影響を受けている Oxford Textbook of Public Health (3rd ed.) さて、ここで歯の健康の決定要因とされるものを並べました。 砂糖の消費、フッ化物への暴露、喫煙、飲酒、口腔清掃、緊張、事故、などが、歯の健康の決定要因として知られています。 さて、こう並べてみると、これらの要因の一つ一つが、社会的な状況の影響を受けるものであり、また、歯の健康だけではなく、全身の健康とも深い関わりのある要因であることがわかります。

59 齲蝕の要因の分析 生物学的要因 遺伝、唾液、微生物 環境 フッ化物への暴露 行動様式 口腔清掃習慣、砂糖の消費 医療 歯科医療の提供

60 齲蝕のばらつきの寄与要因 (生物学的要因 ?%) 環境・行動様式 65% 医療 3%
Nadanovsky and Sheiham (1995) Relative contribution of dental services to the changes in caries levels of 12-year-old children in 18 industrialized countries in the 1970s and early 1980s. Community Dent Oral Epidemiology Dec; 23(6):331-9

61 齲蝕のばらつきの寄与要因 65% 3% ?% (生物学的要因 ?%) 環境・行動様式 65% 医療 3%
Nadanovsky and Sheiham (1995) Relative contribution of dental services to the changes in caries levels of 12-year-old children in 18 industrialized countries in the 1970s and early 1980s. Community Dent Oral Epidemiology Dec; 23(6):331-9 3% ?%

62 社会的決定要因の影響 チェアサイドでのメッセージの影響は限定的 健康教育は、 無力感と犠牲者非難により 健康格差の拡大をもたらす
Labonte, R. and Penfold, S. (1981) Canadian perspectives in health promotion: a critique. Health Education, 4, 4-9. Schou, L. and Wight, C. (1994) Does dental health education affect inequalities in dental health? Community Dental Health, 11, これまでの考察をふまえると、歯の健康が健康の社会的決定要因の影響を受けているとは、何を意味しているのでしょうか? 第一に、目の前の患者が健康になるようにと思って、なんらかの働きかけをしても、その効果は限定的であることがわかります。一度公共交通機関の例をあげましたが、行動様式の変容一つとっていても、どのように変容すればよいのかを知るだけでは、長期的な変容はもたらされないのです。行動様式の変容には、その他にもさまざまな資源が必要なのです。 また、既に病気という重荷を背負っている人に、十分な環境や資源を用意せずに、ただ健康教育を行うことは、病気という重荷だけではなく、自分は正しい知識を持っていなかったから、あるいは正しい知識を持っていながらも正しい行動をとれないから、病気になってしまうのは、自業自得なんだという、無力感、精神的な重荷をさらに上乗せする効果を持ちます。これは、一般に犠牲者非難と呼ばれ、健康に結びつかないばかりか、病気の重荷を上乗せすることによる健康格差の拡大に寄与するとされています。

63 社会的決定要因の導く戦略 全身の健康との統合的なアプローチが有効 食事、ストレス、衛生、喫煙、飲酒、運動、事故など
肥満、糖尿、がん、心疾患、呼吸器疾患、精神疾患、歯科疾患、皮膚疾患、外傷 Grabauskas, VJ. Integrated programme for community health in noncommunicable disease (Interhealth). In: Leparski E. , editor. The prevention of non-communicable diseases: experiences and prospects. World Health Organization Regional Office for Europe, Copenhagen; pp また歯の健康の決定要因の多くが健康の決定要因とも重複していることを考慮すると、多くの病気に関連する要因に対して集約的統合的にアプローチすることで、メッセージの食い違いと重複を減らし、資源を節約し、効果を増大させる戦略が有効であることがわかります。 例えば、食事、ストレス、衛生、喫煙、飲酒、運動、事故などは、肥満、糖尿、がん、心疾患、呼吸器疾患、精神疾患、歯科疾患、皮膚疾患、外傷などと複雑に関連しており、これらの要因のもたらす影響はよく考慮されなければ、メッセージの食い違いと、それに伴う一般の方の混乱をもたらします。 よく集約統合されたメッセージは、メッセージの発信にあたり資源の節約となり、また最大の効果をもたらします。 また当然ながら、発信者によって異なる方向性のメッセージやプログラムが提供されると、単に効果が相殺されるだけではなく、健康情報そのものへの不信感も形作ることとなることからも、歯の健康に関する情報はもちろん、全身の健康とも統合したアプローチが重要となります。

64 社会的決定要因の導く戦略 個人の選択は社会的な文脈により形成される 口腔保健を個人単位で考えるのは、効果的ではない
Dickson, M. (1995). Oral health promotion. In Promoting oral health in deprived communities (ed. W. Mautsch and A, Sheiham), pp 社会的決定要因という概念には、個人の選択は社会的文脈により形成されている、という認識があります。 例えば、最近はメガマックが流行したり、コンビニ弁当でも大盛りのものが多いですが、これなどは「何となく選んだら、カロリーオーバーだった」となりがちです。人間すべての選択において、常に健康かそうでないかを意識する余裕のない方もいますから、これは、ありえそうな状況です。 アメリカのヘルシーピープルでも指摘したように、健康は行動様式と環境に左右されていますが、その行動様式も、個人で選択したものであると同時に、社会的文脈により形成されたもの、という一面を持っています。 このようなことを考慮すると、口腔保健を理解するにあたっても、個人単位で把握、管理するより、地域単位で把握、管理するほうが、効果的であるということが導かれます。 ですから、このような状況では、特定の社会経済群の人々、特定の学校、あるいは高い疾病発生率の地域に住む人々を対象にして予防介入を実施するのは、とても理にかなった戦略であるということが、理解されます。(Burt 1998 Prevention policies in the light of the changed distribution of dental caries, Acta Odontologica Scandinavica, 56, や Burt 2005 Concepts of risk in dental public health.
Community Dent Oral Epidemiol, 33, )

65 社会的決定要因の導く戦略 健康的な選択をより易しい選択に
Milio, N, (1986). Promoting health through public policy, Otawa, Canadian Public Health Association. 「健康的な選択を、より易しい選択に」というのは、健康づくりを端的に表現している言葉として有名な言葉です。個人の選択は社会的な文脈により形成されていることをふまえ「なんとなく選んだら、それが健康的な選択だった」というようになるように、環境を整えましょうという言葉です。 例えば、「何となく選んだら、毒入りの食品だった」なんて話題もありましたが「なんとなく手に取っても安全な環境を」「何となく手に取ったらそれが最も健康的な選択であった、というような環境を整えよう」というのは、オタワ憲章以来の健康づくり、ヘルスプロモーションの基本的な戦略となっています。

66 社会的決定要因の導く戦略 「下流」から「上流」へ 現在は下流で努力している 本当の課題は上流にある
MaKinlay, j. (1979). A case for refocusing upstream; the poolitical economy of health . In Patients, physicians and illness (ed. E, Jaco), pp Basingstoke, Macmillan. 健康の社会的決定要因が示唆しているのは、「健康はいかにしてそこなわれるのか」を理解するのが最も大切である、という視点です。 その視点の根底には「損なわれた健康をすべて回復させる介入であっても、新たなる病気の発生には影響しない」という事実があります。 これはマッキンレーという先生が友人のゾーラ先生から聞いたという話です。

67 社会的決定要因の導く戦略 「下流」から「上流」へ 現在は下流で努力している 本当の課題は上流にある
ふと、流れの速い川の岸に立っていると、溺れている人の叫び声が聞こえてきました。 そこで、私は川に飛び込み、彼に手を差し伸べ、岸まであげて、人工呼吸を施しました。溺れた人が息を吹き返すと、また助けを求める叫び声が聞こえてきました。再び、私は川に飛び込み、彼に手を差し伸べ、岸まであげて、人工呼吸を施しました。溺れた人が息を吹き返すと、また助けを求める叫び声が聞こえてきました。もちろん選択肢はありません。私は川に飛び込み、この繰り返しは果てしなく続きました。私は、川に飛び込み、彼らを岸にあげて、人工呼吸を施すだけで、精一杯でした。 分かってください。 私には、上流に分け入って、どんな地獄が彼らを川に落としているのかを確認する時間なんてなかったのです。 社会的決定要因の導く戦略 「下流」から「上流」へ 現在は下流で努力している 本当の課題は上流にある MaKinlay, j. (1979). A case for refocusing upstream; the poolitical economy of health . In Patients, physicians and illness (ed. E, Jaco), pp Basingstoke, Macmillan. ふと、流れの速い川の岸に立っていると、溺れている人の叫び声が聞こえてきました。そこで、私は川に飛び込み、彼に手を差し伸べ、岸まであげて、人工呼吸を施しました。溺れた人が息を吹き返すと、また助けを求める叫び声が聞こえてきました。再び、私は川に飛び込み、彼に手を差し伸べ、岸まであげて、人工呼吸を施しました。溺れた人が息を吹き返すと、また助けを求める叫び声が聞こえてきました。もちろん選択肢はありません。私は川に飛び込み、この繰り返しは果てしなく続きました。私は、川に飛び込み、彼らを岸にあげて、人工呼吸を施すだけで、精一杯でした。分かってください。 私には、上流に分け入って、どんな地獄が彼らを川に落としているのかを確認する時間なんてなかったのです。 マッキンレー先生はこの話から、 現在の医療は下流で努力しているということ また本当の課題は上流にあるということ を感じ、上流に目を向けよう、と提唱しました。 この「上流」こそが、健康の社会的決定要因であり、社会的決定要因に取り組む重要性を強調する際に、この寓話はよく引用されるようになってきています。

68 社会的決定要因の導く戦略 健康格差の要因 病気の発生頻度の格差 医療へのアクセスの格差 医療の質の格差
Goldberg, J., Hayes, W., and Huntley, J. (2004) Understanding Health Disparities, Health Policy Institute of Ohio さてマキューンも指摘したように、健康の社会的決定要因からは、社会的な格差の拡大が健康格差の拡大をもたらすことが、明らかとなっています。 健康格差は3つの領域、病気の発生頻度の格差、医療へのアクセスの格差、医療の質の格差からなる、という分類がありますが、このなかでもとりわけ大きな要因となっているのが、病気の発生頻度の格差です。ヘルシーピープルは、医療の力不足が健康にもたらす影響は全体の10%程度であるとしていますが、この数字の大きさを真に受けるなら、健康格差の要因のほとんどは、病気の発生頻度からもたらされていることになります。

69 社会的決定要因の導く戦略 病気の発生頻度の格差 社会に住む誰もが同じ水準の健康を享受できるというのは、現実的ではない 生物的・遺伝的ばらつき
社会経済的なばらつき (Acheson, 1998) 社会に住む誰もが同じ水準の健康を享受できるというのは、現実的ではない 回避可能で不必要、不公正、不公平な健康のばらつき (Whitehead, 1991) は、社会的決定要因へのとりくみで緩和される 健康の社会的決定要因から、病気の発生頻度の格差には、生物的遺伝的なばらつきと、社会経済的なばらつきがあることが、わかります。 さてそこでこのばらつき、格差は、そのすべてが受け入れられないものなのでしょうか。 健康は、基本的人権を構成する重要な要素ではあるものの、現実には、社会に住む誰もが同じ水準の健康を享受できるわけではない、ということが健康格差の現実を報告したブラックレポートの流れを汲む報告により、指摘されています。それと同時に、社会的決定要因への取り組みにより、社会経済的に生じる回避可能で、不必要で、不公正で、不公平な健康格差は緩和されうるということが、同様の報告により明らかとなっています、 また、健康格差の対策を大きく打ち出した、健康づくりのためのメキシコ声明では、健康の格差は社会的経済的発展の妨げであることを強調した上で、その対策として、健康の社会的決定要因の管理を訴えています。また、国際、国家、地方というあらゆる水準の政策の基本に、健康づくりの考え方、すなわち健康の社会的決定要因への取り組みをすえましょう、と訴えています。 


70 医療従事者の役割 「健康の湧き出る泉」はどこにあるのか? 健康づくりの示す原理/原則 健康づくりの3つの戦略
健康の社会的決定要因への取り組み 健康づくりの示す原理/原則 人々と環境の仲介的な戦略に寄与 個人の選択と社会的義務の統合 健康づくりの3つの戦略 可能にする、推奨する、調停する 今日のまとめです。 従来、医学の発展こそが健康の湧き出る泉であると認識されてきましたが、さまざまな報告から健康を決定する要因は、主に社会的な要因、つまり集団の健康は社会的決定要因により左右されているということが明らかになりました。 集団の健康における健康の社会的決定要因を考慮し、健康づくりは、人々と環境の仲介的な戦略を採用することで、公衆衛生の抱えてきたジレンマである個人の選択と社会的義務の統合する概念として成熟しました。 そして医療従事者は、この健康づくりの精神にのっとり 健康的な選択枝を用意する「可能にする」という概念 健康的な選択肢のメリットを説明する「推奨する」という概念 健康的な選択肢と利害の対立する団体との妥協点を用意する「調停する」という概念 この3つの戦略を軸として、健康づくりを推進する役割を果たせ。と、主張したのが、健康づくりのためのオタワ憲章でした。 今日の研修会の題材は、以上となります。ご清聴ありがとうございました。


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