債権者代位権とその転用 名古屋大学大学院法学研究科 加賀山 茂
目次 直接訴権 債権者代位権の位置づけ 債権差押え 直接訴権の種類 債権者代位権(間接訴権) 債権者代位権の転用 要件 効果 完全直接訴権 不完全直接訴権 要件 効果 債務者の第三債務者に対する債権の移転 債権者の債務者に対する債務の連帯保証債務への転化 第三債務者の抗弁の対抗不能 債権差押え 債権者代位権の位置づけ 債権者代位権(間接訴権) 債権者代位権の転用 登記請求権(大判明43・7・6民録16巻537頁) 賃借人の不法占拠者に対する妨害排除請求権(最判昭29・9・24民集8巻9号1658頁) 抵当権者の第三者に対する明渡請求の代位(最大判平11・11・24民集53巻8号1899頁)
債権者が第三債務者に権利行使できる制度の比較 債権者代位権(間接訴権)(民法423条) 直接訴権(民法613条,自賠法16条など) 債権差押え(民事執行法143条以下)
債権者代位権の根拠 第423条〔債権者代位権〕 (1)債権者ハ自己ノ債権ヲ保全スル為メ其債務者ニ属スル権利ヲ行フコトヲ得但債務者ノ一身ニ専属スル権利ハ此限ニ在ラス (2)債権者ハ其債権ノ期限カ到来セサル間ハ裁判上ノ代位ニ依ルニ非サレハ前項ノ権利ヲ行フコトヲ得ス但保存行為ハ此限ニ在ラス
債権者代位権の要件と効果 他の制度と共通の要件 特別の要件 3つの制度に共通の効果 債権者の債務者に対する債権の存在 債務者の第三債務者に対する債権の存在 特別の要件 債務者の無資力(ただし,債権者代位権の転用の場合には,不要とされる) 3つの制度に共通の効果 債権者の債務者に対する債権の範囲内で,債権者が,債務者の第三債務者に対する債権を行使することができる。
債権者代位権の転用 登記請求権(大判明43・7・6民録16巻537頁) 賃借人の不法占拠者に対する妨害排除請求権(最判昭29・9・24民集8巻9号1658頁) 建物の賃借人が,賃貸人たる建物所有者に代位して,不法占拠者に対し建物の明渡しをする場合には,自己に直接その明渡しをなすべき旨を請求できる(最判昭29・9・24民集8巻9号1658頁) 抵当権者の第三者に対する明渡請求の代位(最大判平11・11・24民集53巻8号1899頁)
登記請求権の代位行使
妨害排除請求権の代位行使
抵当権者の代位請求
抵当権者の第三者に対する明渡請求の代位 最大判平11・11・24民集53巻8号1899頁 結論 根拠 批判 抵当権者が権利の目的である建物の所有者の不法占有者に対する妨害排除請求権を代位行使して直接抵当権者に建物を明け渡すよう求めることができる。 根拠 抵当権者は,原則として,抵当不動産の所有者が行う抵当不動産の使用又は収益について干渉することはできない。 しかし,抵当権者は,抵当不動産の所有者に対し,その有する権利を適切に行使するなどして右状態を是正し抵当不動産を適切に維持又は保存するよう求める請求権を有する。 批判 債権者代位権の行使は,債権者の債務者に対する債権の範囲,および,債務者の第三債務者に対する債権の範囲の両者によって二重に制約される(民法423条)。
直接訴権(債権者代位権の進化系)の概要 直接訴権⇔債権者代位権の転用 特別の要件 特別の効果 賃料債権と転貸料債権(民法613条),交通事故に基づく損害賠償債権と交通事故の責任保険の保険金請求権(自賠法16条)などのように, 債権者の債務者に対する債権と債務者の第三債務者に対する債権との間に密接不可分の関係がある 特別の効果 第三債務者が債務者に対抗できる事由のうち,一定のもの(例えば借賃の前払い等)は,債権者に対抗できない。 債権者は,債務者の他の債権者の競合を排除したり,先取特権(民法314条)を有する。
直接訴権の典型例 不完全直接訴権 完全直接訴権 第613条〔転貸の効果〕 自賠法15条 (保険金の請求) 賃借人カ適法ニ賃借物ヲ転貸シタルトキハ転借人ハ賃貸人ニ対シテ直接ニ義務ヲ負フ此場合ニ於テハ借賃ノ前払ヲ以テ賃貸人ニ対抗スルコトヲ得ス (2)前項ノ規定ハ賃貸人カ賃借人ニ対シテ其権利ヲ行使スルコトヲ妨ケス 完全直接訴権 自賠法15条 (保険金の請求) 被保険者は、被害者に対する損害賠償額について自己が支払をした限度においてのみ、保険会社に対して保険金の支払を請求することができる。 自賠法16条 (保険会社に対する損害賠償額の請求) (1)第三条の規定による保有者の損害賠償の責任が発生したときは、被害者は、政令で定めるところにより、保険会社に対し、保険金額の限度において、損害賠償額の支払をなすべきことを請求することができる。
不完全直接訴権 (民法613条,314条)
完全直接訴権(自賠法16条)
直接訴権の分類 不完全直接訴権 完全直接訴権 例 転貸借 要件 効果 例 責任保険 要件 効果 α債権とβ債権との関係の密接不可分性 例 転貸借 要件 α債権とβ債権との関係の密接不可分性 債務者の無資力は必要なし 効果 Β債権は,直接訴権の行使の後に移転し,その効果が発生する。 完全直接訴権 例 責任保険 要件 債権者の保護のため,第三債務者の債務者に対する弁済を禁止する必要性 効果 β債権は,発生と同時に債権者に移転し,その効果が発生する。
不完全直接訴権の成立要件 成立要件 2つの債権の存在 α債権とβ債権との間には,密接不可分の関係がある ただし,債務者の無資力要件は不要 α債権(債権者の債務者に対する債権)の存在 β債権(債務者の第三債務者に対する債権)の存在 α債権とβ債権との間には,密接不可分の関係がある ただし,債務者の無資力要件は不要
不完全直接訴権の効果(1/2) 直接訴権による権利関係の変動 β債権が債権者へと移転 α債権の転化 β債権の移転により,債務者の他の債権者の競合が排除される。 β債権の移転に随伴して,債務者の第三債務者に対する先取特権も移転する(民法314条)。 α債権の転化 β債権の移転によって,α債権は代物弁済によって消滅するはずのところ,債権者を保護するため,連帯保証債務に転化して存続する(民法613条2項)。
不完全直接訴権の効果(2/2) 第三債務者の抗弁の対抗力 直接訴権の発生前 直接訴権の発生後 期日後の弁済…債権者に対抗できる(成立要件の問題・当然のことなので条文に規定なし) (詐害的な)前払い…債権者に対抗できない(民法613条1項後文) 期日前の前払い…詐害的な前払いと推定される→通常は,債権者に対抗できない。 ただし,慣習的な前払い等は,詐害的な前払いではないので,債権者に対抗できる。 直接訴権の発生後 すべての抗弁が債権者に対抗できなくなる(直接訴権の効力の問題・当然のことなので,条文に規定なし) 通説は,期日後の弁済は,613条1項の反対解釈として,債権者に対抗できるとする。しかし,完全な誤解。なぜ?。
対立が生じている問題に関する設例 Aはその所有する家屋と土地を月額10万円でBに賃貸した。賃借人Bがその土地家屋をさらにCに転貸したいとの希望を述べたので、AはCの資力を調査し、資力が十分であることを確認した後、賃料を同額の10万円とし,転貸料の支払期日も賃料の支払期日と同じ日にすることでBの転貸に同意した。 Bが賃料の支払を怠ったため、Aは,転借人Cに対して、賃料の10万円を請求したところ,Cはこれを拒絶し、転貸人であるBに転貸料10万円を支払ってしまった。Bはそのお金を借金の返済に当ててしまい、Aには賃料を支払っていない。Aは再度Cに対して10万円の支払を請求できるか。
対立が生じている問題に関する設問 問1 通説は、民法613条を根拠に、Aからの請求にもかかわらず,CはBに支払うことができると解している。このような解釈を何解釈と呼ぶか(10点)。 問2 このような解釈が成立する条件はなにか。本件の場合,そのような解釈をする条件はみたされているか。613条の直接請求権の成立要件,613条の効力要件と効果とに言及しつつ論じなさい(40点)。 問3 民法613条1項後段の解釈を通じて、Aの請求が認められるかどうか論じなさい。その際,BもCも支払を拒絶した場合にAがとり得る手段についても言及しなさい(50点)。
直接訴権の第三債務者の抗弁に関する通説の誤解 民法613条1項前文の誤った反対解釈(通説) 転貸借契約の期日前の弁済(前払い)は債権者に対抗できない。 その他の後払いは,直接訴権行使後の弁済も含めてすべて債権者に対抗できる。 期日前の弁済(前払い)と直接請求権の行使前の弁済(行使前支払)とを混同 直接訴権の行使前の弁済 原則として債権者に対抗できる ←直接訴権の成立要件の問題 期日前の(詐害的な)前払いのみが債権者に対抗できない 直接訴権行使後の弁済 いかなる場合も,債権者に対抗できない 民法613条1項前文の正しい反対解釈 その他の直接訴権行使前の支払いは,債権者に対抗できる。 反対に,直接訴権行使後の支払いは,債権者に対抗できない。
債権差押え 金銭債権の実現を目的とする民事執行のうち,債務者が第三者(第三債務者)に対して有する債権(例えば預金債権,給料債権)を対象として,債権者がこれを差し押さえ換価して執行債権の満足にあてる手続のこと(民事執行法143条~167条,193条) 債権者は,債務者に対する債務名義を有することが必要であり,これをもって,第三債務者に対して執行を行うことができる。