第7章:農業 ー開発のミクロ経済学への入口ー

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第7章:農業 ー開発のミクロ経済学への入口ー 第7章:農業 ー開発のミクロ経済学への入口ー 6月29日 

はじめに この章のテーマ 1.農業は経済発展につれてどう変化し、逆に経済発展にどのように影響を与えてきたか。 2.開発経済学は途上国の農業・農村における市場や制度をどのように分析してきたか。 ポイント:開発経済学がマクロ的視点から、ミクロ経済主体の行動原理に基礎を置いた制度や組織の分析に重点が移行している。(経済学におけるミクロとマクロの融合:New Keinzian やNew Classical) 工業部門との本質的な違い 1.有限な土地を使用することによる、農業の発展の制約 2.生存に不可欠なため、重要性が消滅しない。 3.農業生産が主に農村で行なわれているために取引方法の多くが先進国の市場取引と異なる。→開発経済学のテーマ

1.農業は経済発展につれてどう変化し、逆に経済発展にどのように影響を与えてきたか。 食料品および工業原材料の供給、工業化のための資本蓄積、農産物輸出による外貨の獲得、工業製品の販売先(購入)(Meier[1984] p.427) 工業化による経済発展が十分な雇用を生み出さない場合の雇用吸収先(Mellor[1976]pp.13-14) 経済発展に重要とされる技術革新→「緑の革命」

2.開発経済学は途上国の農業・農村における市場や制度をどのように分析してきたか。 古典的な2部門モデル 二重経済論 工業化開始以前の農村労働市場では労働の限界生産性ではなく、生産水準を基準 とするので、効率的資源配分ができなくなる。(セーの法則から逸脱) (Lewis[1954],Ranis and Fei [1961]) 「途上国の農業は合理的でない。」 構造調整路線 二重経済論を否定し、市場を通じた経済的要因が働いている. (Schultz[1964]) 「途上国の農業は合理的であるが、資本が少なすぎるために貧しい。」 という農民感の台頭 →農業近代化論や人的資本論へ発展 →新古典派復興へ発展 →世界銀行・IMFの政策に影響、行動調整融資政策 「政府の介入さえなければ途上国農村・農業においても市場メカニズムは十分機能する。」 問題点 伝統部門と近代部門との二分化を強調することで、工業部門との対比によって、農業部門が単純化されてしまう。

1980年代後半からの流れ 途上国の経済主体は個別には合理的かもしれないが、その取引環境は不完全情報や顕 著な取引費用の存在などのために狭義の新古典派経済学が想定するものとは大きく 隔たっているとみなす、「開発のミクロ経済学」の登場。(先進国を対象にした分析ツー ルの応用) 「途上国の農民は合理的であるが、不完全情報に晒されているために貧しい。」 →「開発経済学における反・反革命」(Krugman[1993]) 市場のみに任せては社会的な最適資源配分は行なわれない。 途上国における様々な伝統的制度や組織は、経済的合理性を持たない時代遅れのものではなく、市場メカニズムの不十分さを補う説教的な意義をもつ。 →ハウスホールド・モデル  途上国の農家や家内企業といった小規模生産者は生産者であると同時に消費者であるという性格をもつ。この1経営体内での清算と消費の相互作用を見るもの。例えば、生産の価格上昇によって、得られた所得を自家消費を増やすことによって、合計として市場への販売量が減少する。など、一見価格反応が鈍いような農民も経済要因の変化に対して経営体内部で合理的に対応しているのがわかる。 定義 不完全市場の下での取引の特徴を明示的にモデル化し、その条件のもとでの各経済主体の最適化行動及び市場均衡を通じた市場条件と経済主体の相互既定としての経済発展を分析する枠組み。 →では、具体的になぜリスク(不完全情報・取引費用(transaction cost )がそんざいするのかまた、どのようなリスクがそんざいするのか

付録:ハウスホールドモデル 基本モデル:分離型における食料価格上昇の比較静学分析 生産面の財=q 家計が消費行動を決定する際の指針となる主体均衡価格をp* 外政的に与えられる市場価格をP(bar) 消費財(食料、購入財、余暇)=c 家計の初期賦存=E 市場に家計が参加している財(貿易財)=T 市場に家計が参加しない財(非貿易財)=NT 世帯構成、世帯資産など消費者としての家計の特徴= zh 効用関数 u(c,zh) 生産関数制約式 g(q, zh)=0 家計の最適化問題について考える。

分析手法 取引費用が存在するために市場が不完全になる。 取引費用・・・財・サービスの取引をするに当たって、価格以外に売り手と               買い手が直接的、あるいは間接的に支払わなければならない         コスト 取引費用が、途上国の農村で大きくなる理由 1.天候などの価格変動リスクが、農業部門の重要性の高い途上国においては、先進国に比べて大きくなる。 2.情報の不完全性。情報の非対称性から、コストを払ってもその情報を完全に、売り手と買い手で共有することができない。 3.履行強制(enforcement)の不完全性。労働者の生産性を最大にすることができない。 4.農業は多くが、相対取引であることから、自分の行動が相手の行動に影響を与えることを考慮に入れた戦略的な行動にでる。 →ゲーム理論(エージェンシーモデル)土地や資本を誰かが所有しているのにも関わらず、競争的な市場取引が、社会的に最適な資源配分が成立する。(例外もある。) ではその例外とは?

小作制度の経済分析 分益小作制・・・地主が土地を小作に貸す代償として収穫の一定比率αを受け取り、小作が収穫の残りを手元に残す契約。 小作の生産意欲が損なわれ、自作農の場合と比べ、投入財の使用量が小さくなり、社会的に非効率な資源配分である。(マーシャルの非効率仮説) ↓反論 投入財の指定と、費用無しで完全に小作を履行させればよい(S.N.S.Cheung)(無限繰り返しゲームの理論の応用) ↓現在の理論(論理構造) スティグリッツによれば、小作制度はリスクの共有だけではなく、地主による履行強制が不完全な場合に採用される。ここで、地主が小作に対して一定比率αと固定支払いを設定する時、α=0と置けば、小作は豊作の場合の便益をすべてもらえるが、不作の場合、損失をすべて負担しなければならない。また、α=1ならば、不作の損失は地主が負うが、小作の意欲を失う。よって、0<α<1の範囲出選択される。ただし、地主が保険を与えるなど、これ以外にも生産の社会的効率は改善される可能性がある。 ↓ これから先、このモデルは必要資金を融資する信用契約などと小作契約を複合させた形、あるいは農村での長期契約などを取り入れた方向へ応用される。また、小作への後払いや費用の折半などは、近代的借地契約を基準とした場合に、小作に信用を与える効果をもつと言われている。

ここでは、利子率は需給を一致させる価格としての機能を十分に持たず、信用市場を歪めてしまう。 農業信用市場 農業金融の自由化の問題点 モラルハザード(借り手が正しく投資しない)と逆選択(情報の非対称性により、借り手の情報がわからないので、金利を上げると質の悪い借り手にしか資金が割り当てられない。)により、貸手は利率を下げて(質の良い)小数のものだけに割り当てようとする。 ここでは、利子率は需給を一致させる価格としての機能を十分に持たず、信用市場を歪めてしまう。 (Stiglitz and Weiss[1981]) ↓ フォーマルな信用市場が機能しないために、インフォーマルな信用供与がそれを補っている。(Udry[1994]) 効率的な農業生産が阻害されてしまう (黒崎[2001])

まとめ 取引費用を様々な角度から節減させる必要がある。 1.国家は農村の諸市場の不完全さを克服するために、伝統的な古典派経済学が主張するような私的所有権の確立や公共財の供給のみに限定されず、取引費用を減らすような積極的な介入を行なうことが必要である。 2.国家と個人、あるいは国家と市場の間で取引費用を節減させるための経済組織・制度が重要な役割を果たすようになる。 3.個々の地域や事例ごとに市場の実例は異なり、それぞれに固有の制度や組織が存在しているので、その現状を的確に判断しながら、共同体はどのように影響していくかを地道に検証していく作業が開発政策策定に求められる、基本情報をもたらす。

参考文献 アジア経済研究所[2004] テキストブック開発経済学[新版] 有斐閣ブックス アジア経済研究所[2004] テキストブック開発経済学[新版] 有斐閣ブックス 黒崎 卓[2001] 開発のミクロ経済学 ー理論と応用ー 岩波書店