痛みなくして得るものなし リチャード・ポインダー 痛みなくして得るものなし リチャード・ポインダー No Gain Without Pain / Richard Poynder Information Today Vol.21 No.10 – Nov. 2004 前回報告のあった同氏の論文「10年を経て」の続きにあたり、 同じ雑誌の翌月号に掲載されたもの 今回のポイントは、OAに対する出版社の対応とOAの現状である。
前回の報告で思い出してもらいたい事柄 バーナッドの破壊的提案(1994) 論文共有のため、無料で提供し、インターネット上にアーカイブすることを提案 BioMed Centralの創設(1998) 最初の商業OA出版社 OA(オープンアクセス)の方法(BOAI 2002) グリーンルート → セルフアーカイブ ゴールドルート → OA出版 英国下院の報告書(2004.7) 機関リポジトリの設置、公的助成を受けた研究者は、論文のコピーをデポジットし、オンラインで無料提供することを命令するよう勧告 米国下院の勧告(2004.7) NIHの助成を受けた研究論文は、出版6ヶ月後にBioMed Central にアーカイブされるよう勧告した
出版社の経営方針 エルゼビア・サイエンスの戦略 自社出版論文の著作権を取得し、手放さない。 論文という収入源の確保ができていたので、紙媒体の雑誌だけで、収益があった。 しかし、インターネットの普及により、新たな経営モデルの再構築を始めた。 エルゼビア・サイエンスの戦略 「食べ放題」戦略 出版社の有するすべての雑誌の電子購読権 を新たに提供すれば、研究者はセルフアーカ イブされた論文を求めてWebを彷徨うようなこ とはないだろう(デルク・ハーンク会長) 「論文の囲い込み」から、「購読者の囲い込み」へ 新たな模索を始めた Derk Haank
↓ ビッグディール (Big Deal)戦略 「雑誌の囲い込み」を通じて「購読者の一括囲い込み」へ ・他の出版社を傘下に収め、大量の雑誌を 囲い込み、利用できるコンテンツを増やす。 ・機関契約する。 合併吸収を繰り返し、STM雑誌ではエルゼビアとシュプリンガーが40%を占め、市場の寡占化が進行した。 ↓ ・雑誌価格が高騰 ・図書館財政を圧迫 OA運動に注目を集めることとなった。 ↓
公益という問題 2003年のイギリスの私的助成機関のウェルカムトラストのレポート 出版産業は「研究コミュニティの長期的発展に寄与しておらず」、また、 「科学的著作は『公共財』であるという要素を持っており、市場原理には なじまない」と結論付けた。 OA出版は「出版経費を30%程度抑えることができる」と推定された。 こうして、「公益」という問題に焦点が当たってきて、明らかになってきたのが、「公的助成を受けた研究成果が、営利企業に無償で渡されている」ことである。 この公益性の問題が、2004年の英国および米国の勧告を導くこととなった。
OAに対する幾多の意見(その1) 学会はどう対応したか OAに反対するものは出版社だけではなく、学会も反対した。 米国化学会の「C&EN」誌乃編集長ボームは、OAを国家独占事業を作り出す「社会主義科学」と読んで糾弾した。 これは、もし、OA出版(ゴールド・ルート)が一般化すれば、学会が収入源の大部分を失うからである。 この点を考慮し、英国下院の報告書でも、セルフアーカイブを選択した。 Rudy Baum
OAに対する幾多の意見(その2) 「セルフアーカイブは長期的ソルーションの一部であり、それ自体長期にわたって実行可能であるが、もっと劇的な変化のための触媒のようなものであると考える」 英国特別委員会議長 イアン・ギブソン 「出版されたコンテンツをインターネット上に無償で公開することは、現在存在する安定し、かつスケーラブルで手頃な出版システムを危うくする」 リードエルゼビア社CEO クリスピン・デービス Ian Gibson Crispin Davis
OAに対する幾多の意見(その3) セルフアーカイブは出版業に有益 ・セルフアーカイブはおそらく人々を出版社版の 論文に導くので、出版社が提供するサービスの 利用は増加こそすれ減少はしない。 ・重要な点は、出版された正式版だけが、たとえば、 CrossRefリンクやデジタルオブジェクト識別子(DOI)など 付加的機能のすべてを持つことである。それゆえ、人々 はオープンアーカイブ版ではなく、出版社版の論文を参 考文献として挙げることになる。 Bob Campbell ; President of Blackwell Publishing こういった点から、セルフアーカイブは、まだまだ脆弱であるため、 OA出版(ゴールドルート)の方に長所が多いとポインダーは考える。 CrossRefは,参加している電子ジャーナルの引用文献をマウスで1回クリックすると即座にその論文が利用できる電子交換機の役割を果たしている DOI:インターネット上のファイルに恒久的に与えられる識別子
ビジネスとしてOAジャーナル ゴールドルートはビジネスとして成り立つのだろうか? OAジャーナルの理想と現実 現在1200誌ほどのOAジャーナルは、どれも利益を出していないし、(BNCで発表論文数は、一般雑誌の10分の1である。)将来利益を出せるかどうかも明らかでない。 そのため、財政的援助を所属機関から受けている。 著者支払いが望ましいが、金額的に高額となり難しい。 その結果 著者の所属機関が経費を負担する「会費制」を導入した。 コーネル大学の図書館員フィル・デイビスは会費の影響を 分析し、「購読者支払いの出版モデル」と「OA」は、すべて の経費を機関が払うという点で、大して変わらないと結論 付けた。 「このように言葉を変えてみると、我々は従来の出版で問 題となった開始地点に戻ったように思える」 Phil Davis
痛みを感じたもの OAは図書館に何をもたらしたか? 図書館は従来の雑誌購読料を支払い続けるだけでなく、OAの会費も支払わなければならない。 機関リポジトリも運用経費がかかる。 OAは図書館の経費を(少なくても短期的には)増加させるもので、減少させるものではない。 つまり、OAにより、得たのは研究者、痛みを感じたのは図書館であった。痛みなくして得るものなし、ということである。
後日談 2006年10月にウェルカムトラストがエルゼビア社と合意 研究助成をうけた研究者がエルゼビアの雑誌に投稿した場合、 ウェルカムトラストが掲載料をはらって、オープンアクセスと することとした。