大学院理工学研究科 2004年度 物性物理学特論第8回 -磁気光学スペクトル-

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大学院理工学研究科 2004年度 物性物理学特論第8回 -磁気光学スペクトル- 大学院理工学研究科 2004年度 物性物理学特論第8回 -磁気光学スペクトル- 佐藤勝昭

磁気光学効果の測定法 直交偏光子法 振動偏光子法 回転検光子法 ファラデー変調法 光学遅延変調法 スペクトル測定システム 楕円率の評価

直交偏光子法(クロスニコル) /4 rotation /2 rotation  rotation P B A D P F L P B A D P F A I P=A+/2 /4 rotation /2 rotation  rotation (a) (b) S

直交偏光子法の説明 検出器に現れる出力Iは,偏光子の方位角をθp,検光子の方位角をθA,ファラデー回転をθFとすると, (5.1)        (5.1) と表される.ここにθP,θAはそれぞれ偏光子と検光子の透過方向の角度を表している.直交条件では,θP-θA=π/2となるので,この式は        (5.2) となる.

振動偏光子法 P B P F +F A D ID S

振動偏光子法の説明 偏光子と検光子を直交させておき,偏光子を のように小さな角度θ0の振幅で角周波数pで振動させると,信号出力IDは Jn: n次のベッセル関数

振動偏光子法の説明(cont) θFが小さければ,角周波数pの成分が光強度I0およびθFに比例し,角周波数2pの成分はほぼ光強度I0に比例するので,この比をとればθFを測定できる

回転検光子法 P A D S B E F A=pt ID

回転検光子法 検光子が角周波数pで回転するならば,θA=ptと書けるので,検出器出力IDは, と表される.すなわち,光検出器Dには回転角周波数の2倍の角周波数2pの電気信号が現れる.求めるべき回転角θFは,出力光の位相が,磁界ゼロの場合からずれの大きさΨを測定すれば,Ψ/2として旋光角が求まる.

ファラデー変調器法 =0+sin pt Faraday modulator F B ID S D I=I0+ I sin pt

ファラデー変調器法 試料のファラデー効果によって起きた回転をファラデーセルによって補償し,自動的に零位法測定を行う 光検出器Dの出力が0になるようにファラデーセルに電流を流して偏光の向きを回転して試料による回転を打ち消している.感度を上げるために,ファラデーセルに加える直流電流に,変調用の交流を重畳させておき,Dの出力を,ロックイン・アンプなどの高感度増幅器で増幅した出力をフィードバックする.

ファラデー変調器法つづき 検出器出力IDは, となって,p成分の強度はsin(θ0-θF)に比例する.この信号を0にするように(θ0=θFとなるように)ファラデーセルに流す電流の直流成分にフィードバックする。

楕円率の測定法 x y x’ y’ l/4plate h E0 E0sinh E0cosh Optic axis E’ E

円偏光変調法(光学遅延変調法) PEM(光弾性変調器)を用いる i /4 B D j PEM A quartz P Retardation Isotropic medium B fused silica CaF2 Ge etc. Piezoelectric crystal amplitude position l Retardation =(2/)nl sin pt =0sin pt PEM(光弾性変調器)を用いる

円偏光変調法の原理 直線偏光(45) Y成分のみδ遅延 円偏光座標に変換 右円偏光および左円偏光に対する反射率をかける 元の座標系に戻す x軸からφの角度の透過方向をもつ検光子からの出力光 光強度を求める

円偏光変調法の原理 磁気光学パラメータに書き換え φ=0 かつθKが小のとき = 0sinptを代入してBessel関数展開 周波数pの成分が楕円率、2pの成分が回転角

円偏光変調法の図解 図 (a)は光弾性変調器(PEM) Mによって生じる光学的遅延δの時間変化を表す.この図においてδの振幅δ0はπ/2であると仮定するとδの正負のピークは円偏光に対応する. 試料Sが旋光性も円二色性ももたないとすると,電界ベクトルの軌跡は図(b)に示すように1周期の間にLP-RCP-LP-LCP-LPという順に変化する.(ここに,LPは直線偏光,RCPは右円偏光,LCPは左円偏光を表す.) 検光子の透過方向の射影は図(c)に示す様に時間に対して一定値をとる. 旋光性があるとベクトル軌跡は図(d)のようになり,その射影は(e)に示すごとく角周波数2p[rad/s]で振動する.一方,円二色性があるとRCPとLCPとのベクトルの長さに差が生じ,射影(g)には角周波数p[rad/s]の成分が現れる.

円偏光変調法の特徴 同じ光学系を用いて旋光角と楕円率を測定できるという特徴をもっている. また,変調法をとっているため高感度化ができるという利点ももつ. この方法は零位法ではないので,何らかの手段による校正が必要である.

磁気光学スペクトル測定系 M1 L MC PEM S P C (f Hz) M2 A D LA1 (f Hz) LA2 (p Hz) Electromagnet D Preamplifier LA1 (f Hz) LA2 (p Hz) LA3 (2p Hz)

磁気光学スペクトル測定上の注意点 磁気光学スペクトルの測定には,光源,偏光子,分光器,集光系,検出器の一式が必要であるが,各々の機器の分光特性が問題になる.さらに,試料の冷却が必要な場合,あるいは,真空中での測定が必要な場合には,窓材の透過特性が問題になる.

光源 ハロゲン・ランプ (近赤外-可視) キセノンランプ(近赤外-近紫外) 重水素ランプ(紫外)

偏光子 複屈折(プリズム)偏光子 二色性偏光子(偏光板) ワイヤグリッド偏光子

分光器 分解能よりも明るさに重点を置いて選ぶ必要がある.焦点距離25cm程度で,fナンバーが3~4のものが望ましい. 回折格子は刻線数とブレーズ波長によって特徴づけられる. 高次光カットフィルタが必要

集光系 狭い波長範囲:レンズ使用 広い波長範囲:ミラー使用 色収差が重要 たとえば,石英ガラスのレンズを用いて,0.4~2μmの間で測定するとすれば,δf/f=-0.067となり,f=15cmならばδf~1cmとなる.

検出器 光電子増倍管 半導体光検出器

 電磁石と冷却装置、素子の配置 ファラデー配置とフォークト配置 穴あき電磁石 鉄芯マグネット 超伝導マグネット (a) (b)

電気信号の処理

磁気光学効果を用いたヒステリシス測定 差動検出器 コイル 試料 偏光板 青色LED 電磁石

差動検出系 差動検出による高感度化 偏光ビームスプリッター 光センサー P偏光 偏光 S偏光 - 出力 + 光センサー

(Gd2Bi)(Fe4Ga)O12の ファラデーヒステリシスループ

磁気光学顕微鏡による磁区観察 クロスニコル条件では、磁化の正負に対して対称になり、磁気コントラストがでないので、偏光子と検光子の角度を90度から4度程度ずらしておくと、コントラストが得られる。

ファラデー効果を用いた 磁区のイメージング 検光子 偏光子 対物レンズ 試料 穴あき電磁石 光源 CCDカメラ ファラデー効果で観察した (Gd,Bi)3(Fe,Ga)5O12の磁区 NHK技研 玉城氏のご厚意による

CCDカメラによる磁気光学イメージング

磁性ガーネットの磁区の変化 趙(東工大)、 佐藤(農工大)

各種材料の磁気光学効果 局在電子系 局在・遍歴共存系 遍歴電子系 酸化物磁性体:磁性ガーネット 磁性半導体:CdCr2Se4, CdMnTeなど 遍歴電子系 金属磁性体:Fe, Co, Ni 金属間化合物・合金:PtMnSbなど アモルファス:TbFeCo, GdFeCoなど

復習コーナー 局在電子磁性と遍歴電子(バンド)磁性 絶縁性磁性体:3d電子は電子相関により格子位置に局在→格子位置に原子の磁気モーメント→交換相互作用でそろえ合うと強磁性が発現 金属性磁性体:3d電子は混成して結晶全体に広がりバンドをつくる(遍歴電子という) 多数スピンバンドと少数スピンバンドが交換分裂で相対的にずれ→フェルミ面以下の電子数の差が磁気モーメントを作る ハーフメタル磁性体:多数スピンは金属、小数スピンは半導体→フェルミ面付近のエネルギーの電子は100%スピン偏極

Mott-Hubbard 局在(Mott絶縁体) 復習コーナー 局在電子系のエネルギー準位 Mott-Hubbard 局在(Mott絶縁体) 電子相関がバンド幅より十分大きいとき 電子の移動がおきるとクーロンエネルギーを損する d↑bandとd↓band間にMott-Hubbard gap NiS2、V2O3など 電荷移動型局在(Charge-transfer絶縁体) Mott-Hubbard gap内にアニオンのp価電子帯 d↑bandとp価電子帯間にcharge transfer gap MnO, CoO, NiO, MnS,

復習コーナー さまざまな絶縁体 (a) Wilson型絶縁体、 (b)Mott絶縁体、 (c) 電荷移動絶縁体 E E E conduction band upper Hubbard band charge transfer gap Wilson gap Mott Hubbard gap valence band lower Hubbard band DOS DOS DOS DOS DOS DOS

局在電子系磁性モデル 常磁性 強磁性 反強磁性 H=-JS1S2 交換相互作用 J>0 J<0

局在電子系の光学遷移 配位子場遷移(結晶場遷移) 電荷移動遷移 インターバレンス・ホッピング dn多重項間の遷移;parity forbidden 実際にはd軌道と配位子のp軌道が混成t2軌道とe軌道に分裂 弱い遷移なので普通は磁気光学効果への寄与小 電荷移動遷移 P軌道からd軌道への遷移;allowed インターバレンス・ホッピング

磁性ガーネット 磁性ガーネット: 3つのカチオンサイト: YIG(Y3Fe5O12)をベースとする鉄酸化物;Y→希土類、Biに置換して物性制御 3つのカチオンサイト: 希土類:12面体位置を占有 鉄Fe3+:4面体位置・8面体位置、反強磁性結合 フェリ磁性体 ガーネットの結晶構造

YIGの光吸収スペクトル 電荷移動型(CT)遷移(強い光吸収)2.5eV 配位子場遷移 (弱い光吸収) 4面体配位:2.03eV 8面体配位:1.77eV,1.37eV,1.26eV

磁性ガーネットの3d52p6電子状態 品川による Jz= J=7/2 3/2 6P (6T2, 6T1g) 5/2 7/2 -7/2 - 6S (6A1, 6A1g) 6P (6T2, 6T1g) without perturbation spin-orbit interaction tetrahedral crystal field (Td) octahedral (Oh) J=7/2 J=5/2 J=3/2 5/2 -3/2 - Jz= 3/2 7/2 5/2 -5/2 -3/2 -7/2 P+ P- 品川による

Faraday rotation (arb. unit) Faraday rotation (deg/cm) YIGの磁気光学スペクトル experiment calculation 300 400 500 600 wavelength (nm) Faraday rotation (arb. unit) -2 +2 Faraday rotation (deg/cm) 0.4 x104 0.8 -0.4 (a) (b) 電荷移動型遷移を多電子系として扱い計算。

Bi置換磁性ガーネット Bi:12面体位置を置換 ファラデー回転係数: Bi置換量に比例して増加。

Bi置換YIGの磁気光学スペクトル 実験結果と計算結果 スペクトルの計算 3d=300cm-1, 2p=50cm-1 for YIG 2p=2000cm-1 for Bi0.3Y2.7IG K.Shinagawa:Magneto-Optics, eds. Sugano, Kojima, Springer, 1999, Chap.5, 137

Co置換ガーネット YIGに添加されたCoイオンはYIGのウィンドー領域に大きな磁気光学効果をもたらす そのスペクトルは,Coイオンにおける,交換相互作用とスピン軌道相互作用で分裂した3d電子系の多重項間の光学遷移で説明される

Co置換ガーネットのエネルギー準位図 .Coイオンは四面体位置に入りFeを置換するが,Siを共添加すると2価(Co2+)に,添加しないと3価(Co3+)になる. 四面体配位におけるCo2+(3d7)とCo3+(3d6)の電子準位 を図示する。 (a) (b)

磁性半導体CdCr2Se4の磁気光学スペクトル p型CdCr2Se4の磁気光学スペクトルの温度変化である.この図には,誘電率テンソルの非対角成分のスペクトルを示してある.スペクトルは大変複雑で多くの微細構造を示している.各構造のピークの半値幅は狭く,遷移が局所的に起きていることを示唆する

希薄磁性半導体CdMnTe Faraday Rotation(x10-3 deg/cm) Photon Energy (eV)

CdMnTeの電子構造 II-VI族希薄磁性半導体:Eg(バンドギャップ)がMn濃度とともに高エネルギー側にシフト 磁気ポーラロン効果(伝導電子スピンと局在磁気モーメントがsd相互作用→巨大g値:バンドギャップにおける磁気光学効果 Furdynaによる

Feのカー回転スペクトルの 理論と実験 Exp. Krinchik Exp. Katayama Calc. (ASW) Oppeneer Calc. (FLAPW) Miyazaki, Oguchi

復習コーナー 強磁性金属のバンド磁性 多数(↑)スピンのバンドと少数(↓)スピンのバンドが電子間の直接交換相互作用のために分裂し、熱平衡においてはフェルミエネルギーをそろえるため↓スピンバンドから↑スピンバンドへと電子が移動し、両スピンバンドの占有数に差が生じて強磁性が生じる。 磁気モーメントMは、M=( n↑- n↓)Bで表される。このため原子あたりの磁気モーメントは非整数となる。

復習コーナー バンドと磁性 通常金属 強磁性金属 交換分裂 Ef ハーフメタル

復習コーナー バンド電子系の磁気光学 金属磁性体や磁性半導体の光学現象は,絶縁性の磁性体と異なってバンド間遷移という概念で理解せねばならない.なぜなら,d電子はもはや原子の状態と同様の局在準位ではなく,空間的に広がって,バンド状態になっているからである.このような場合には,バンド計算によってバンド状態の固有値と固有関数とを求め,久保公式に基づいて分散式を計算することになる.

第1項は運動量の演算子,第2項はスピン軌道相互作用の寄与である。導電率の非対角成分 復習コーナー 運動量演算子πとσxy 運動量演算子π 第1項は運動量の演算子,第2項はスピン軌道相互作用の寄与である。導電率の非対角成分

対角成分の実数部は,散乱寿命を無限大とすると, 復習コーナー 対角・非対角成分 対角成分の実数部は,散乱寿命を無限大とすると, 非対角成分の虚数部は,        と置き換えると, (4.45)

復習コーナー バンド系の磁気光学効果の模式的説明 図 (a)に示すように磁化が存在しないと左円偏光による遷移と右円偏光による遷移は完全に打ち消しあう.この結果,σ“xyは0になるが,磁化が存在すると図 (b)のようにJ-とJ+との重心のエネルギーがΔEだけずれて,σ”xy (したがってεxy‘)に分散型の構造が生じる.σ“xyのピークの高さはσの対角成分の実数部σ’xx が示すピーク値のほぼΔE/W倍となる. ここに,Wは結合状態密度スペクトルの全幅,ΔEは正味のスピン偏極と実効的スピン軌道相互作用の積に比例する量となっている.

復習コーナー 磁性体のスピン偏極バンド構造 ↑スピンバンド ↓スピンバンド ↑スピンバンドと↓スピンバンドの占有状態密度の差によって 磁気モーメントが決まる Callaway, Wang, Phys. Rev. B16(‘97)2095

スピン軌道相互作用の重要性 Misemer;Feにおいて交換分裂の大きさとスピン軌道相互作用の大きさをパラメータとしてバンド計算。 磁気光学効果はスピン軌道相互作用には比例するが,交換分裂に対しては単純な比例関係はない (a) (b)

PtMnSbの磁気光学スペクトル カー回転と楕円率 誘電率対角成分 誘電率非対角成分 (a) (b) (c)

復習コーナー ハーフメタルの例:PtMnSb L21型ホイスラー合金PtMnSbは室温で大きなカー回転角を示す物質として知られるが、オランダの理論家de Grootによるバンド計算の結果、ハーフメタルであることが初めて示された。 多数スピン(up spin)バンド 少数スピン(down spin)バンド Half metalの典型例とされるPtMnSbのバンド構造

復習コーナー ハーフメタルと半金属の違い 半金属はsemimetal。伝導帯と価電子帯がエネルギー的に重なっているがk空間では離れている場合をいう。 一方、ハーフメタルは英語でhalf metalでスピン的に半分金属であることを表す。バンド計算の結果、上向きスピンは金属であってフェルミ面があるが、下向きスピンは半導体のようにバンドギャップがあり、フェルミ準位がギャップ中にあるような物質をそう呼ぶ。金属と半導体が半々という意味。 ハーフメタルでは、フェルミ準位付近に重なりがないので、伝導に与る電子は100%スピン偏極している。

復習コーナー 金属、半金属、ハーフメタル 金属 半金属 Ef DOS ハーフメタル k DOS E

ハーフメタルPtMnSbの磁気光学スペクトルの第1原理計算値(P. Oppeneer)と実験値(K.Sato) (d) (c) 復習コーナー 第1原理計算と実験 ハーフメタルPtMnSbの磁気光学スペクトルの第1原理計算値(P. Oppeneer)と実験値(K.Sato)

アモルファスGdCo膜の磁気光学効果

アモルファス希土類遷移金属合金膜の磁気光学効果 Wavelength (nm) Polar Kerr rotation (min)

アモルファス希土類遷移金属合金膜の磁気光学効果 5 4 3 2 Photon Energy (eV) -0.2 -0.4 -0.6 Polar Kerr rotation (deg) Wavelength (nm) 300 400 500 600 700 軽希土類は短波長側のカー回転を増強することが明らかになった. Y-Coでは4f電子の寄与がないと考えられるので,長波長側で増大するスペクトルはCoに由来していると考えられる. 希土類の違いは短波長に現れている.Tbでは4f電子系の寄与がCoの寄与をうち消す方向に働くが,NdではCoのスペクトルに加わる方向に働く. これは,重希土類と遷移金属のスピンは反強磁性的に結合しているのに対し,軽希土類と遷移金属は強磁性的に結合するためであると考えられている.

希土類(rare earth) 周期表3属に属するSc(#21),Y(#39)およびランタノイド (#57~#71)の元素の総称 Ce (cerium), Pr (praseodymium), Nd (neodymium), Pr (promethium), Sm (samarium), Eu (europium), Gd (gadolinium) Tb (terbium), Dy (dysprosium), Ho (holmium), Er (erbium), Tm (thulium), Yb (ytterbium), Lu (lutetium) 軽希土類 重希土類

周期表