情報生命科学特別講義III (11) RNA二次構造予測 阿久津 達也 京都大学 化学研究所 バイオインフォマティクスセンター
講義予定 第1回: 文字列マッチング 第2回: 文字列データ構造 第3回: たたみ込みとハッシュに基づくマッチング 第1回: 文字列マッチング 第2回: 文字列データ構造 第3回: たたみ込みとハッシュに基づくマッチング 第4回: 近似文字列マッチング 第5回: 配列アラインメント 第6回: 配列解析 第7回: 進化系統樹推定 第8回: 木構造の比較:順序木 第9回: 木構造の比較:無順序木 第10回: 文法圧縮 第11回: RNA二次構造予測 第12回: タンパク質立体構造の予測と比較 第13回: 固定パラメータアルゴリズムと部分k木 第14回: グラフの比較と列挙 第15回: まとめ
RNA二次構造予測
RNA二次構造予測 RNA二次構造予測(基本版) 塩基対 入力: RNA配列 a=a[1]…a[n] 出力: 以下を満たし、スコア 二次構造 U G C 塩基対 二次構造 二次構造でない RNA二次構造予測(基本版) 入力: RNA配列 a=a[1]…a[n] 出力: 以下を満たし、スコア Σ(i,j)∈M μ(a[i],a[j]) が最小となる塩基対 の集合 M={(i,j)|1≤i+1<j≤n,{a[i],a[j]}∈B} (a[i],a[j]) ,(a[h],a[k]) ∈M となる i ≤h ≤j ≤k が存在しない 塩基対: B={{a,u},{g,c}} スコア関数(最も単純なもの) μ(a[i],a[j])= -1 if {a[i],a[j]} ∈B μ(a[i],a[j])= 0 otherwise スコアが最小でないものも二次構造とよび、最小のものを最適二次構造とよぶこともある {g,u} も塩基対に含まれる場合がある
RNA二次構造の二種類の表現
RNA二次構造の例 RNA配列
Nussinovアルゴリズム
予測アルゴリズム(Nussinovアルゴリズム) 入力配列: a=a[1]…a[n] 動的計画法 初期化 メインループ 最適解(= -塩基対の個数)
アルゴリズムの説明 メインループ
Nussinovアルゴリズムの解析 定理: 上記アルゴリズムは O(n3) 時間で最適解を計算 略証: テーブル W(i,j) のサイズはO(n2)。1個のテーブル要素の計算にO(n)時間(最後の行)。
RNA二次構造予測と 確率文脈自由文法
RNA二次構造予測と確率文脈自由文法 (1) 確率文脈自由文法(SCFG): 導出確率が最大となる構文解析木を計算 ⇒ 確率の代わりにスコアを用いる 文法表現としては X→aYu, X→XY などではなく、S→aSu, S→SS などが正式 RNAの場合はスコアは1ではなく、-1に置き換えることが必要
RNA二次構造予測と確率文脈自由文法 (2) スコア最大(≒確率最大)の構文解析木 ⇔ 最適二次構造 実際、NussinovアルゴリズムはCYKアルゴリズム(文脈自由文法の構文解析アルゴリズム)に類似
Valiantアルゴリズムの利用 [Akutsu: J. Comb. Opt. 1999] [Zakov et al.: Alg. Mol. Biol. 2011]
二次構造予測の計算量の改良 文脈自由文法の構文解析 高速行列乗算に基づくRNA二次構造予測 高速行列乗算に基づく Valiant アルゴリズムを用いれば O(nω) 時間 O(nω) は n×n の行列乗算にかかる計算時間 高速行列乗算に基づくRNA二次構造予測 基本的に Valiant アルゴリズムを適用 しかし、行列乗算の基本演算を (+,×) から (max,+) に変える必要 (max,+) の行列演算は、ほんの少し O(n3) より良くなるだけ O(n3((log log n)/(log n))1/2)時間 [Akutsu: J. Comb. Opt. 1999] O(n3(log3(log n))/log n)時間 [Zakov et al.: Alg. Mol. Biol. 2011] SCFGの内側アルゴリズム[Akutsu: J.Comb.Opt. 1999]、外側アルゴリズム[Zakov et al.:Alg. Mol. Boil. 2011] は(+,×)演算で済むので O(nω) 時間で可能 Four-Russian アルゴリズムに基づくRNA二次構造予測 O(n3/log n)時間 [Frid, Gusfield: Proc. WABI 2009] ω は二十数年ぶりに 2.3737 から 2.3736 へ、さらに、2.327 へ改善された [Wiliianms: Proc. STOC 2012]
Valiantアルゴリズムの概略(1) 基本的に分割統治 W(i,j)=Σk W(i,k)×W(k+1,j) の計算(青のベクトルと赤の ベクトルの乗算)を 高速化 行列乗算を適用する ため、複数の W(i,j) の計算をまとめて 実行 左下三角は計算不要
Valiantアルゴリズムの概略(2) 基本戦略 白と黄が計算済みとして、青を計算(青は一部計算済み) ピンクの部分の行列積を計算後、青と加算(⇒結果は緑) 緑と黄色からなる行列を作り、再帰計算により青を計算 (左下の白は不要なのですべて0としてOK) 高速 乗算 再帰計算
Valiantアルゴリズムの概略(3) 時間計算量 T2(n)= T2(n/2)+ 2T3(3n/4)+ T4(n)+ O(n2) T3(n)= M(n/3)+ T2(2n/3)+ O(n2) T4(n)= 2M(n/4)+ T2(n/2)+ O(n2) ⇒ T2(n)= 4T2(n/2)+ 4M(n/4)+ O(n2) M(n)はn×n行列の乗算の計算量
Valiantアルゴリズムの概略(4) メインルーチン: 下図のとおり 時間計算量:
二次構造予測の 平均計算時間の改良 [Wexler et al.:J. Comp. Biol. 2007]
最悪の時間計算量の O(n3) からの本質的改良は極めて困難 高速行列乗算は実用的でない 平均計算時間の改良: アイデア 最悪の時間計算量の O(n3) からの本質的改良は極めて困難 高速行列乗算は実用的でない Nussinovアルゴリズムや他の動的計画法アルゴリズムは平均的にも O(n3) 時間かかる ⇒ 平均計算時間の改良 [Wexler et al.:J. Comp. Biol. 2007] ブランチループの計算がボトルネックとなっていた Valiant 型のアルゴリズムでは行列乗算により改良 アイデア: 必要な k のみをチェックすることにより改良
詳細なエネルギーモデル(1) W(i,j): 部分配列 a[i..j] に対する最適解 V(i,j): a[i]とa[j]が塩基対として結合する場合の最適解
詳細なエネルギーモデル(2) 前述のモデルを j≧i+4 の場合のみを考えて簡略化 定理: V’(i,j)≧V’(i,k)+W’(k+1,j) がある k (i < k < j)について 成立すれば、すべての j’>j について V’(i,j)+W’(j+1,j’) ≧ V’(i,k)+W’(k+1,j’) が成立
必要な k のみの計算 定理: V’(i,j)≧V’(i,k)+W’(k+1,j) がある k (i < k < j)について 成立すれば、すべての j’>j について V’(i,j)+W’(j+1,j’) ≧ V’(i,k)+W’(k+1,j’) が成立 V’(i,j’) の計算においては、V’(i,j)≦V’(i,k)+W’(k+1,j) (i < k < j) が成立する j について計算すれば良い ( j’>j ) アイデア:塩基対を作ることによりエネルギーが減る場所のみを k の候補とする
アルゴリズム V’(i,j)<W’(i,j) となる j のみを以降では k の候補として採用 ψ(n): 長さ n の配列に対する L の大きさの最大値の期待値 定理: CandidateFold は平均的に O(n2 ψ(n)) 時間で動作 妥当な現実的な仮定(polymer-zeta property)のもとで ψ(n) は定数になることが知られている ⇒ RNA二次構造予測は平均的に O(n2) 時間で実行可能
単純擬似ノットつき 二次構造の予測 [Akutsu: Disc. Appl. Math. 2000]
擬似ノット 擬似ノット i ≤h ≤j ≤k を満たす塩基対ペア (a[i],a[j]) ,(a[h],a[k]) ∈M A G C U 単純擬似ノット: 下の図に示される擬似ノット(定義は省略)
単純擬似ノットに対する動的計画法 (1) もとの W(i,j) に加え、3種類のテーブルを用いる WL(i,j,k): a[i] と a[j] が塩基対をなす場合 WR(i,j,k): a[j] と a[k] が塩基対をなす場合 WM(i,j,k): a[i] , a[j], a[k] のどのペアも塩基対をなさない場合
単純擬似ノットに対する動的計画法(2) WL(i,j,k) 計算の説明 より複雑な擬似ノットつき二次構造の予測 木接合文法に基づく方法 [Uemura et al.: Theoret. Comp. Sci. 1999] O(n4) 時間、 O(n5) 時間(再帰的構造を含む場合) PKNOTSアルゴリズム [Rivas, Eddy: J. Mol. Biol. 1999] 擬似ノットを組み合わせた構造にも対応、O(n6)時間 平面的擬似ノット: NP困難 [Akutsu: Disc. Appl. Math. 2000]
まとめ RNA二次構造予測 擬似ノットつきRNA二次構造予測 補足 動的計画法により O(n3)時間 Valiant アルゴリズムなどの利用により少しだけ改善 Polymer-zeta propertyを仮定すると、平均的にO(n2) 時間 擬似ノットつきRNA二次構造予測 計算量は対象とする擬似ノットの複雑さに依存 補足 Valiantアルゴリズムは、RNAアラインメント・構造同時予測問題や結合RNA二次構造予測問題にも適用可 [Zakov et al.: Alg. Mol. Biol. 2011] 擬似ノットなしRNA二次構造予測の(クリークによる)下限は Ω(nω-ε) 時間[Abboud et al.: FOCS 2015]。現状では上限 とのギャップ。 ⇒ 肯定的に解決された(O(n2.8…) time) [Bringmann et al.: FOCS 2016]