宇宙X線観測を目指した マグネティックカロリメータの研究

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宇宙X線観測を目指した マグネティックカロリメータの研究 宇宙物理実験研究室 佐藤浩介 5.5 MeV のα線 ・マグネティックカロリメータの原理 ・素子の製作と評価 ・信号検出過程とその解釈 ・今後の見通し 日本初パルス! 80 mK, 0.1 mT 7 mV 250 μs 本研究室では、新しいタイプの検出器の可能性を模索し、マグネティックカロリメータ検出器の開発を始めた。 そして我々は、温度80 mk、印加磁場0.1 mTの下で、Am241からの5.5 MeVのα線を照射したところ、日本で初めてマグネティックカロリメータ検出器による信号波形を取得した。これは世界的にみても3番目となる。 本発表では、マグネティックカロリメータの原理、使用した自作素子の製作と評価、信号検出過程とその解釈、および今後の見通しについて発表する。

マグネティックカロリメータ(MC)の原理 常磁性体 磁気センサー (磁化M) 磁場 マイクロカロリメータとは、1つ1つの粒子が入射した際の温度上昇から入射粒子のエネルギーを精度よく決める検出器であり、極低温で動作させることで優れたエネルギー分解能を実現できる。特に(この式でしめすように)エネルギー入射時の温度上昇ΔTを磁化の変化ΔMとして測定するものがMCである。またこの温度上昇は入射エネルギーと素子全体の熱容量Cで決まる。 (この図のように)磁場Hをかけると磁性体はゼーマン効果により、gμHのエネルギー準位の分裂をおこし、全体としてエネルギー準位の低い方にスピンの向きがそろう。そこにエネルギー入射があると、エネルギー準位の高いほうにスピンの向きが変わり、磁性体の磁化が変化する。その微小な磁化の変化をSQUID(超伝導量子干渉計)によって測定する。その後、エネルギーは熱浴に伝わりもとの状態に戻る。 磁化:M、温度:T、 エネルギー:E、熱容量:C T

MCの利点と困難な点 ・高エネルギー分解能 MCの世界記録 ΔE ~3.4 eV@ 6 keV 半導体検出器・・ Enss et al. (2000) Fleischmann et al. (2003) 340 eV @ 122 keV ・広いエネルギー範囲にわたって使用可能 ・比較的大きな素子がつくり易い( ΔE ∝C1/3、TESは∝C1/2) MCの利点・難点を他のカロリメータを比較してみる。 まず、MCの利点としては超高エネルギー分解能があげられる。従来の半導体検出器と比較してみると、半導体のバンドギャップが数eVであるのに対し、これに対応するMCのエネルギー準位の分裂は数μVであるので、エネルギーの決定精度を飛躍的に改善することができる。6 KeVのX線に対して、現行の典型的な半導体検出器のエネルギー分解能100 eVであるが、MCの現在の世界記録としてはハイデルベルグ大ブラウン大のグループによってエネルギー分解能3.4 eVを達成している。 また、MCは広いエネルギー範囲にわたってその分解力が非常によい線型性を保つことがあげられ、前述のグループでは122 keVのガンマ線に対してもエネルギー分解能が340 eVであった。 そして、エネルギー分解能が熱容量の1/3乗に比例するため、TESの1/2乗に比べるとその依存性が小さく、比較的大きなセンサーが作りやすい。 また磁気バイアスを用いるので、バイアス配線が不要であることも利点としてあげられるが、読み出し系に使うSQUIDは磁場に弱く、その改善もおおきな課題としてある。 また、スピン系の熱緩和が非常に遅いことも問題であるが、磁性体を希釈するものに金属を使用することにより熱化を速めることでX線観測に十分耐えうる非常に速い応答速度(数百μs)が実現可能である。 ・磁気バイアスを用いるので、バイアス配線が不要。 SQUIDは磁場に弱い ・スピン系の熱緩和が遅い 磁性体(エルビウム)を金属(金)で希釈し熱化を速める

磁気センサー(Au:Er系)の特徴 Er : エルビウム 4f系元素 Er 3+ : J = 15 / 2 ⇒ 16 準位 センサーに要求される特徴 ・磁性体には、RKKY相互作用などの  要求から4f系元素が望ましい。  ・磁性体を希釈するものとしては熱伝導  がよく、熱化が速いもの  ⇒金属 or 準金属  ⇒文献も多いことから、Au:Er系とする。 Erのエネルギー準位 エネルギー E 磁場 B Er : エルビウム 4f系元素 そこで我々は、センサーとして金にエルビウムを熔融したAu:Er素子を用いて開発を進めているが、ここでその理由とエルビウムの特徴についてのべる。 また磁性体としては、4f系元素が望ましいとされていて、これはRKKY相互作用(伝導電子を磁性体スピンとの相互作用)によって、スピン同士がカップルする効果が3dや4d系よりも低いからである。またこの効果は互いの距離にも依存するために希釈濃度も制限される。 まず、磁性体を希釈するホストとしては、先ほど述べた通り、熱伝導がよく熱化が速いことが要求されるので金属または準金属がよく、特性がよくわかっていて文献も多いことから金を選んでいる。 エルビウムは、4f系の元素であり、全角運動量の量子数がJ=15/2であり、16個のエネルギー準位をもつが、4K以下では実質、基底状態で磁場をかけることにより分裂した二準位系を考えればよく、その上の準位は温度にして15Kも高いところにあるので今は問題にならない。 全角運動量の量子数 & 磁気モーメント Er 3+ : J = 15 / 2 ⇒ 16 準位  ⇒今は実質 2準位

Au:Er素子の製作と評価 濃度 ~ 3000 ppm 厚さ 0.3 mm 溶融前 Au:Er 2 mm 2 mm 溶融した後、 叩いて延ばして分割 2 mm 素子#34 都立大共用rf-SQUIDで測定 赤外線加熱器 磁化(emu) 再び叩いて分割 0.4 mm 金とエルビウムは、赤外線加熱装置を用いて熔融した。図の写真が溶融前のエルビウムを金に包んだ写真であり、これを赤外線加熱装置の中にいれる。赤外炉の中は、約1300℃まで上昇している。数度熔融したものを叩きのばして、2mm角、厚さ0.3 mm程度の大きさに分割し都立大の共用rf-SQIODで測定し、得られた磁場と磁化のデータをフィッティングすることで、濃度を決めた。この時に、同じものから分割したほかの素子についてもrf-SQUIDで測定して濃度を求めていて、各素子の濃度はファクター2以内の精度で一致していた。 そのようにして濃度を決定したものを再び叩いて延ばして分割し、0.4 mm角の厚さ0.08mmの素子を作った。写真の素子は実際に信号を取得した#34素子である。 濃度 ~ 3000 ppm 厚さ 0.08 mm 磁場(×250 mT) # 34

実験装置とセットアップ 0.4 mm ワニスで貼り付けた ゲルマニウム 0.4 mm 温度計 2 cm 120 cm 0.8 mm 3 cm   温度計 0.4 mm 2 cm 厚さ 0.08 mm 120 cm 0.8 mm 3 cm 5.5 MeVのAm241α線源  希釈冷凍機 (1 Aで10 mTの 磁場を印加可能) ピックアップコイル 20 巻き 今回の実験で使用した実験装置とセットアップについて述べる。 冷凍機は、希釈冷凍機を用い、最低到達温度は~80 mK程度であり、また内部に1Aの電流を流して10mT程度の磁場をかけることができる。 前述したようにして製作した素子をワニスで真鍮製の素子台に貼り付けた。素子台を真鍮製にしたのは、無酸素銅などと比べて(熱伝導がわるいため)熱ゆらぎを抑えようとしたためである。 そのまわりに素子の磁化の変化を検出するピックアップコイルをカプトン管に巻きつけてあり、これが素子台に取り付けられるようになっている。ピックアップコイルはNbTi線(銅被膜あり)を20巻きして作ってあり、コイルの直径は0.8 mmである。 また同時に、素子台にゲルマニウム温度計を取り付け、素子の温度をモニターした。以後使用している温度はこの温度計の読みである。 素子台は真鍮製

信号の読み出し系 磁化変化⇒SQUID T = 0.1 K 1 K SQUIDアレイ ΔV ΔM Linput ピックアップ コイル V Mmutual Lline 磁化変化⇒SQUID ・回路に直列抵抗Rs(1.78 mΩ)を入れて、 信号の時定数を調整(~200 μs) 。 ・現状では伝達効率は悪い。 Linput   190 nH Lline   10 nH Mmutual   58 pH ここで、信号の読み出し系について述べる。 まず、素子の磁化が変化することによってピックアップコイルを貫く磁束が変化しで起電力が生じる。この磁束は、磁気モーメントを割って巻き数をかけた形をしている。そこで発生した起電力に伴い、内部回路に電流が流れ、その磁束の変化がインプットコイルからSQUIDに伝わり、そこから生じた電圧を信号として読み取ることとなる。 図からわかるように、センサー部分は100mK以下のもっともよく冷えるところにあり、SQUIDは1Kの場所においてあります。 ここで、内部回路に4.2 Kで1.78mΩのマンガニン線の抵抗を入れてあり、この回路の式から出力される信号の減衰の時定数が計算でき、それは~150 μs程度である。また、配線の長さは30cm程度である。 また、ここでピックアップコイルで生じた磁束の変化がどれくらいの割合でSQUIDで伝わるかという伝達効率をかんがえてみると、直列抵抗などを考えない、ピックアップコイルとSQUIDのインプットコイルと自己インダクタンスと相互インダクタンスのみを考えた理想化された式はこのようになり、今回のセットアップでは、このような値となっているので、この伝達効率が1万分の3程度となっていて非常に伝達効率が悪くなっている。 Φ:磁束、M:相互インダクタンス、L:自己インダクタンス

予想される出力 PHmax = 4 V @ B= 2 mT T = 80 mK の時に予想される 磁場と出力の大きさの関係 Pulse Height (V) 磁化:M、温度:T、磁場:H、 エネルギー:E Erの熱容量Cspin Auの熱容量Chost B (mT) 次にこのセットアップから予想される出力を計算してみる。 図は、温度80 mKのときに予想される磁場と出力の関係を示したものであり、濃度を変えたときにどのように変化するかも示してある。 図からわかるように、ある磁場においてピークをもつ。また、下の式のようにErの熱容量CspinとAuの熱容量Chostの相関によって実際に測定する磁気モーメントを表すことができ、得られる信号にパラメータの最適値が存在することがわかる。 今回使用する素子は、濃度が~3000 ppm程度と考えられるため、最大の出力を得るために、狙うは印加磁場2 mTで、出力4 Vである。 今回使用する素子は 3000 ppm であるので、 予想される出力は、温度80 mK、5.5 MeVのα線が入射してときに PHmax = 4 V @ B= 2 mT

測定結果(1) 典型的な信号波形 80 mK 0.1 mT 120 mK 0.1 mT 5.5 MeV のα線で温度Tと印加磁場Bを変化させて測定。 T=80, 120 mK、B=0.05, 0.1, 0.2, 0.4, 0.5 mT で信号取得。 ・線源なしの時は信号はでない。 ・磁場を反転させると、信号の極性が変わる。 ・信号の減衰の時定数が回路から予想されるものと一致。 ・カウントレートが予想(0.38 cts/s)とファクターで一致。 典型的な信号波形 80 mK 0.1 mT 7 mV 250 μs 250 μs 4 mV 120 mK 0.1 mT 実験から得られた測定結果を示す。 温度と印加磁場を変化させて測定を行ったところ、5.5 MeVのα線に対して、温度80, 120 mKの時に、印加磁場 0.05, 0.1, 0.2, 0.4, 0.5 mTで信号波形を取得した。 図は、温度80、120 mK、印加磁場0.1 mTの時の典型的な信号波形である。 この時の典型的な信号の波高値は 80 mKの時に7 mV、120 mKの時に4 mV程度と予想された出力よりも非常に小さい。しかし、信号の時定数は両方とも~250 μs程度と回路から予想された時定数と一致していることがわかる。 また線源を取り外すと信号は出ないこと、磁場を反転させると信号の極性が変わること、信号の減衰の時定数が回路から予想されるものと一致すること、カウントレートが予想とファクターであうことから、これが放射線に対する信号であることは確実である。

測定結果(2) 2 積分値 = 80 mK 0.1 mT ・エネルギースペクトル解析 ・・・ 今回は数百個貯めた信号波形を ・エネルギースペクトル解析 ・・・ 今回は数百個貯めた信号波形を  単純に積分することで、スペクトルを求めた。   ⇒分解能は数MeV。 2 次に得られた信号波形からエネルギースペクトルを求めた。 今回は、数百個貯めたパルスを単純に積分することで、エネルギースペクトルを求めた。積分値は信号の立ち上がり時間を0とした時に、0から0.5 msまでを積分したものから、-1から0msまでを積分して1/2倍したものを引いて求めた。 しかし得られた信号波形が小さく、このようにして得られたエネルギー分解能は数MeVと非常に悪く、議論できるレベルにはない。 積分値 = 80 mK 0.1 mT

考察(1) Pulse Height (mV) Pulse Height (mV) B (mT) B (mT) ・80 mK-data ・120 mK-data -80 mK-250000 ppm -120 mK-250000 ppm 80 mK-3000 ppm ・80 mK-data ・120 mK-data Pulse Height (mV) Pulse Height (mV) B (mT) B (mT) 磁場とモデルの磁場依存性から予想される濃度⇒ 250000 ppm ただし、波高値に関しては、1/4000 程度に規格化してある。 得られた測定結果について考察を行う。 実際に信号が得られた箇所は、予想された磁場よりも小さい場所であった。左上の図は得られたデータをプロットしたものに濃度3000ppmの時に予想された線を示している。しかも、ピークがくる印加磁場の場所は0.1から0.2 mTのあたりであった。今、変化させている値は、温度、印加磁場、濃度であるが、温度と印加磁場に関しては、TESの実験やホール素子を組み込んだ時の実験から考えても、これほど大きくずれているとは考えにくい。そこで、今回の印加磁場の時に出力のピークがくるように濃度を調整したものが右上のグラフであり、実際に得られたデータと重ねてみると、濃度が250000 ppmの時にピークが合う。また、温度は80, 120 mKの時のものを描いてあるが、ただし波高値に関しては1/4000倍してある。 しかし、80 mKと120 mKでの波高値の比をとってみると、データ、モデルの間で~2で一致している。 80 mKと120 mKとの波高値の比 得られたデータ、モデルとも~ 2程度で一致している。

考察(2) ・波高値が見積もりより小さい⇒比熱が大きい? 同位体Er167(組成比~23%)が核スピンI = 7/2を持つ ので、比熱が大きい。⇒2500倍。 ・Erの濃度が高い⇒RKKY相互作用でスピンが変化しにくい。 -ゼロ磁場の時のErの比熱 -金の電子比熱 -濃度3000 ppm、磁場1 mT、 の時のErの磁気比熱 -Erの電子比熱 2500 倍 ここで、波高地が見積もりより小さいことの理由としては、素子自体の比熱が予想よりも大きいことが考えられる。 予想ではエルビウムの磁気比熱と、金の電子比熱を考えているが、ここでEr167(組成比~23%)の核スピンI=7/2のもつ比熱の効果を入れると、これは100 mKのところで比熱のピークをもち、今考えている比熱の2500倍となる。このことから波高値の絶対値に関しては説明可能である。 また、Erが、塊状で入っているので、熱容量が大きいだけでなく、Er濃度が高いためにRKKY相互作用になってスピンの反転を起こりにくくしていることも考えられる。

まとめと課題 成果 Au:Er素子を製作し、評価をおこなった。 5.5 MeVのα線に対して信号波形を検出した。 (日本初。世界でも3番目) 信号が見積もりよりもはるかに小さい。 素子の均一性や、濃度の決定に不定要素が多い。 SQUIDへの伝達効率が非常に悪い。 素子関連 Au:Er素子の製作を蒸着装置を用いて行うことと、 メーカーに発注することを並行して検討中。 166Er(核スピンなし)のみを用いた素子を製作 SQUID 磁場に強く、現在のものよりも100倍伝達効率 のよいグラジオメータタイプのものを評価中。 まとめと課題。 今回の得られた成果としては、まずAu:Er素子を製作し、その評価をおこなった。そして、その素子を用いて実験を行い、5.5 MeVのα線に対して信号波形を日本で初めて検出した。これは世界でも3番目である。 今後の課題としては、まだ素子の均一性や濃度の決定に不定要素が多く、その精度をあげることや、現状ではSQUIDへの伝達効率が非常に悪いことからこれを改善することなどが挙げられる。 それでは、将来に向けて考えていることを述べると、まず素子関連では、Au:Er素子の製作を蒸着装置を用いて行うこと(今よりも高い温度で製作することが可能)や、メーカーに外注することも並行して検討中である。 SQUIDに関しては、磁場に強く、現在のものよりも100倍伝達効率のよいグラジオメータタイプのものを評価しているところである。これは、インプットコイルとなるところが、二つ対になっていてそれがねじってあるので外磁場の変動に強くなる。また、二素子の同時読み出しも可能となる。 6 mm 3 mm

質問対策

将来に向けて 素子関連 Au:Er素子の製作を蒸着装置を用いて行うことと、 メーカーに発注することを並行して検討中。 SQUID 磁場に強く、現在のものよりも100倍伝達効率のよい グラジオメータタイプのものを評価中。 6 mm それでは、将来に向けて考えていることを述べると、まず素子関連では、Au:Er素子の製作を蒸着装置を用いて行うこと(今よりも高い温度で製作することが可能)や、メーカーに外注することも並行して検討中である。 SQUIDに関しては、磁場に強く、現在のものよりも100倍伝達効率のよいグラジオメータタイプのものを評価しているところである。これは、インプットコイルとなるところが、二つ対になっていてそれがねじってあるので外磁場の変動に強くなる。また、二素子の同時読み出しも可能となる。 3 mm