法務部・知的財産部のための 民事訴訟法セミナー

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法務部・知的財産部のための 民事訴訟法セミナー 関西大学法学部教授 栗田 隆 第8回 一部請求

第8回 一部請求 一部請求と時効中断 一部請求と判決の効力 明示の一部請求と相殺 知的財産権の侵害を理由とする賠償請求訴訟の多くは、一部請求となる。原告に生ずる損害額が大きく、しかも、どれだけ認容されるかの予測が難しいからである。一部請求に関する判例を概観しておこう。 T. Kurita

一部請求 金銭債権のような数量的に分割可能な権利関係について、1つの権利関係の一部のみを請求することを一部請求という。 次の要因を考慮して、一部請求の訴えが提起される。 訴え提起の手数料 勝訴の見込み 相手方の支払能力 T. Kurita

論点 1億円の債権の一部である1000万円の支払いを求める訴えが提起された場合に訴訟物となるのは、1億円の債権全体なのか、それとも1000万円部分のみか。 請求認容判決が確定した後で、債権者が残額9000万円を請求することは、前訴判決により妨げられるか(114条1項の問題)。 最初の訴訟による時効中断は、1億円全額に及ぶのか、それとも1000万円のみに及ぶのか。 T. Kurita

一部請求をめぐる見解の対立 明示の一部請求肯定説(折衷説) 判例・通説の立場。 一部請求否定説・新一部請求否定説 一部請求肯定説 明示の一部請求肯定説(折衷説)  判例・通説の立場。 一部請求否定説・新一部請求否定説 一部請求肯定説 T. Kurita

明示の一部請求肯定説(判例) 一部請求であることを明示した場合には、当該部分のみが訴訟物となり、請求認容判決が確定した後で残部を請求することも許される 一部請求であることを明示しなかった場合(黙示の一部請求の場合)には、一部請求認容判決により、当該請求権は認容された金額でしか存在しないことが確定し、残部請求は遮断される。 時効中断の効果は訴訟物となった部分にのみ及ぶ。 T. Kurita

時効中断の範囲 明示の一部請求の場合  訴提起による消滅時効中断の効力は、訴訟物となっている部分にのみ生ずる。時効完成前残部につき請求を拡張すれば、残部についての時効は、拡張の書面を裁判所に提出したとき中断する(F3.最判昭和34年2月20日)。 黙示の一部請求の場合  時効中断の効力は、債権の同一性の範囲内においてその全部に及ぶ(F4.最判昭和45年7月24日)。 T. Kurita

重複訴訟にあたるか 設例1 X 1億円の債権の一部請求 Y この訴訟の係属中に、別訴で X 1億円の債権の残部請求 Y 重複訴訟にあたるか 設例1 X 1億円の債権の一部請求 Y この訴訟の係属中に、別訴で X 1億円の債権の残部請求 Y F19.最判平成10年6月12日に注意すること T. Kurita

重複訴訟にあたるか 設例2 X 1億円の債権の一部請求 Y この訴訟の係属中に、Yが別訴を提起 X 1000万円の支払請求 Y 重複訴訟にあたるか 設例2 X 1億円の債権の一部請求 Y この訴訟の係属中に、Yが別訴を提起 X 1000万円の支払請求 Y 1億円の債権の残部で相殺する 許されるか? T. Kurita

F10.最判平成10年6月30日 別訴において一部請求をしている債権の残部を自働債権として相殺の抗弁を主張することは、特段の事情の存しない限り、許される。 T. Kurita

明示の一部請求を全部棄却する場合 訴求部分を他から区別する指標が存在しない場合には、裁判所は、債権がまったく存在しないことを確認してから当該一部請求を棄却することになる(弁済期未到来を理由に棄却する場合は、除外する)。 明示の一部請求棄却判決は、訴求債権全部の不存在を判断していることになるが、この判断に既判力は生じない。 T. Kurita

信義則の適用 F19.最判平成10年6月12日 金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、信義則に反して許されない。 この判決と次に紹介するF13判決との整合性はどうか。 T. Kurita

明示の一部請求の一部棄却の場合 F13.最判昭和37年8月10日 第1 訴訟 30万円の損害のうち 10万円について賠償請求 X Y Xの過失を斟酌して8万円のみ認容 第2 訴訟 X 残額20万円の賠償請求 Y 第一審:後訴は、前訴判決の既判力に抵触するから許されない。訴え却下。 控訴審・上告審:前訴判決の既判力は、残部の請求に及ばない。 T. Kurita

黙示の一部請求を認容する判決の効力 貸金債権のように原告が債権額全体を知ることができる場合に、一部を請求したとき。⇒残部請求は遮断される 交通事故による損害賠償請求権のように、原告が賠償債権額を必ずしも把握できない場合 口頭弁論終結時に予想できる損害⇒残部請求は遮断される 予想できない損害(口頭弁論終結後に顕在化した損害)⇒ T. Kurita

F14.最判昭和42年7月18日 同一の不法行為により生じた損害のうち、前訴はその事実審の最後の口頭弁論終結時までに支出された治療費を損害として主張しその賠償を求めるものであり、後訴(本訴)はその後に再手術を受けることを余儀なくされるにいたったと主張してその治療に要した費用を損害としてその賠償を訴求するものである場合には、 両者は訴訟物を異にし、前訴判決の既判力は後訴に及ばない。 T. Kurita

継続的不法行為の場合 地代相当額損害金として明渡しまで毎月10万円支払え 土地 不法 所有者 占拠者 判決確定 予想し得ない地価の高騰により固定資産税が高騰 適正地代が月20万円となった 適正地代との差額を追加請求できるか T. Kurita

F17.最判昭和61年7月17日 土地の所有者が不法占拠者に対し、将来給付の訴えにより、土地の明渡に至るまでの間、その使用収益を妨げられることによって生ずべき損害につき毎月一定の割合による損害金の支払を求め、それを認容する判決が確定した場合に 事実審口頭弁論の終結後に公租公課の増大、土地の価格の昂騰により、又は比隣の土地の地代に比較して、右判決の認容額が不相当となったときは、 所有者は不法占拠者に対し、新たに訴えを提起して、前訴認容額と適正賃料額との差額に相当する損害金の支払を求めることができる。 T. Kurita

Y X 明示の一部請求と相殺の抗弁 4億円の一部請求 反対債権4億円と相殺する Yの債務不履行により10億円の損害が生じた。 裁判所はどのように判決すべきか。 T. Kurita

見解の対立 外側説  まず原告の主張する債権の全体の額を確定し、不訴求部分(外側)からまず相殺をなし、反対債権に余剰があれば、訴求部分(内側)と相殺すべきである。 内側説  まず訴求部分と相殺をすべきである。 案分説  反対債権を訴求部分と不訴求部分とに案分し、訴求額とこれに案分された額とが対当額で相殺される。 T. Kurita

F23.最判平成6年11月22日 特定の金銭債権の一部を請求する事件において、被告から相殺の抗弁が提出されてそれに理由がある場合には、 まず、当該債権の総額を確定し、その額から自働債権の額を控除した残存額を算定した上、原告の請求に係る一部請求の額が残存額の範囲内であるときはそのまま認容し、残存額を超えるときはその残存額の限度でこれを認容すべきである。 T. Kurita

続 特定の金銭債権の一部を請求する訴訟においては、相殺の抗弁により自働債権の存否について既判力が生ずるのは、請求の範囲に対して「相殺ヲ以テ対抗シタル額」に限られるから、 当該債権の総額から自働債権の額を控除した結果残存額が一部請求の額を超えるときは、 一部請求の額を超える範囲の自働債権の存否については既判力を生じない。 T. Kurita