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1. 目次 論争を巻き起こした研究 マウスポックスウイルス ポリオウイルスの化学合成 天然痘の病原性 スライド 2 - 8 スライド 9 - 14 ポリオウイルスの化学合成 スライド 15 - 18 天然痘の病原性 スライド 19 - 20 注釈:フィンク委員会による生命科学のデュアルユース問題の扱いをより詳細に注目することが本講義の目的である。そして、同委員会が生命科学において「論争を巻き起こした研究」と称する3つの事例を特に検討することである。このchapterでは、原版のフィンク報告書並びに当該問題に関する他の参考文献のウェブリンクを見ることができる。 2

2.論争を巻き起こした研究(i) フィンク報告書 第一章 現在の生命科学 「デュアルユース」ジレンマ 生物兵器の歴史概観* フィンク報告書 第一章 現在の生命科学 「デュアルユース」ジレンマ 生物兵器の歴史概観* 米国の政策と生物毒素兵器禁止条約の制定 *付属書: 生物兵器の歴史 注釈:フィンク報告書の導入部の前半は、本講義シリーズの以前の講義で紹介したような、より広い分野における現代生命科学の潜在的不正利用に関する問題を設定している。例えば、近代生物兵器の歴史を補追するものとして、前科学的な生物兵器の歴史を説明した短い付属文書がある。 追加情報 3

3.論争を巻き起こした研究(ii) フィンク報告書 第一章(続き) 新たな脅威 生命科学における「論争を巻き起こした研究」の最近の事例 フィンク報告書 第一章(続き) 新たな脅威 生命科学における「論争を巻き起こした研究」の最近の事例 これまでの問題に対する生命科学コミュニティーの対応 委員会の義務と運営過程 注釈:フィンク報告書の導入部において紹介されたもう一つの内容は、遺伝子組み換えの新技術に関する懸念が生じた際に科学コミュニティが迅速に反応し、1975年のアシローマ会議におけるこのような実験の安全性についての議論が、米国及びその他の多くの国で発展した当該研究分野に関する実験のための安全指針を主導したということである。したがって、生命科学者にとってデュアルユース問題は全く新たな難問というわけではない。 4

4.論争を巻き起こした研究(iii) 現在の生命科学 「前世紀において、生物学は目覚しい発展を遂げた。」 「拡大を続ける研究活動は数多くの新製品を生み出し医療に変化をもたらした。」 「現在、バイオテクノロジー(生命工学)研究は真に世界的な企業活動である。」 「そのような企業活動に加え、出版物や人材も広範囲に広まった。」 注釈:報告書は現代生命科学の良く知られた特徴を列挙し、次のスライドで紹介される根本的な結論を下している。 追加情報 5

5.論争を巻き起こした研究(iv) 現在の生命科学 (続き) 現在の生命科学 (続き) 「科学知識と応用の急速な広がりは、知識と生物材料が科学者間で共有され、人々が大学、政府機関及び民間企業を自由に行き来するという研究環境に大きく依拠している。多くの留学生や博士研究員が生物学研究活動の成功の鍵を握ってきた。科学的労働力は非常に国際的になってきている。」 注釈:人間の福祉における現代生命科学の大きな成功は、人間の移動と知識の交換の自由が広く担保された制度の下で可能となった。ゆえに、そのような自由を制限することは、よほど重大な理由が無い限り正当化されない。同委員会によるデュアルユースジレンマの検討はそのような文脈において行われている。 追加情報 6

6.論争を巻き起こした研究(v) デュアルユースジレンマ 「デュアルユース関連のバイオテクノロジー研究の規制は、技術的、政治的そして社会的に非常に論議を呼び起こす問題である。 軍備管理や軍備縮小の分野においては、デュアルユースとは民生利用の技術の軍事的転用(又はその逆)を意味する。」 「中心的な問題は、科学的に重要な研究を進めると同時にその研究が潜在的に伴う不正利用のリスクをいかに軽減することができるかという点である。」 注釈:科学事業の公開性を担保する重要性と科学の不正利用の可能性に対する認識に基づいて、同委員会は「重要な研究の進歩を担保しつつ、不正利用に伴う危険を軽減できるかどうか」をその中心的な関心事に設定した。同委員会報告書の導入部は生物兵器の歴史に関する項目においてその危険を明示し、新たな脅威に関心を向ける前に生物毒素兵器禁止条約を手短に紹介している。 追加情報 7

7.論争を巻き起こした研究(vi) 新たな脅威 「金属学、爆発物、内燃機関、航空機産業、電気工学、核物理学など、全ての主要な技術は、平和利用だけでなく敵対的な目的のために集中的に開発されてきた。来る21世紀の主要技術として疑う余地の無いバイオテクノロジーにおいても、これと同じようなことが起きるに違いない…?」 注釈:同報告書は生命科学者が現在直面している本当の問題は何かを説明するために、ハーバード大学マシュー・メセルソン博士の言葉を引用している。科学者の研究の不正利用の予防において彼らの責任とは何か?生命科学の敵対的目的への集中的な開発を防止することに失敗した場合、同博士が次の文章(次のスライドに提示)で明確に示しているような悲惨な結果を招くことが予想される。 追加情報 8

8.論争を巻き起こした研究(vii) 新たな脅威(続き) 「21世紀の始まりと共に、根本的な生命過程を改変する我々の能力は急速に発展しており、生命を破壊する新たな方法を生み出すだけではなく、… 認識、発達、生殖及び遺伝過程を含む生命を操作することが可能となる。このような能力が敵対的目的に広く利用される世界は、紛争の本質が決定的に変化した世界になるであろう。 そこには、暴力、脅迫、抑圧及び服従の目的に前例の無い機会が存在している。」 注釈: ここでは大きな問題が明確に設定されている。紛争においてもし生命科学が広範囲に応用された場合、誰もが望まないような形で紛争は変化するであろう(講義その6における現代世界における兵器に関する議論を想起するとよい)。そして、本報告書におけるこの導入部分は「論争を巻き起こした研究」とフィンク委員会が呼称する科学研究の3つの事例の検討に進む。これらは悪意ではない民生的目的で進められた研究であるが、敵対的目的へと不正利用される潜在的な懸念を明らかに引き起こしたのである。 追加情報 9

9. マウスポックスウイルス (i) 「…生物テロリストが使う可能性のある研究を広めたとしておそらく最も注目を浴びた最近の例は、オーストラリアにおいてマウスを駆除するために行われたエクトロメリアウイルス株(マウスポックス)の遺伝子操作が予想外の効果をもたらしたという報告であろう…。(避妊目的で作成されたウイルスが、予期しないことに本ウイルス株に対して免疫を有するマウスも死亡させるほどの強い致死性を持っていた。) この論文の公表は、予防接種を受けた人の免疫システムを凌駕するような毒性の強い天然痘ウイルス株を作成する青写真若しくは道筋をテロリストに提供しているに等しい、として懸念を表明する者が現れた。」 注釈:本スライドの引用論文は、研究活動に携わる生命科学者の間ではあまり知られていないかもしれないが、安全保障に関心のある者の間では疑いなく知れ渡っている。この学術原著は2001年に雑誌 Journal of Virologyにおいて発表された。本セミナーの受講者は同論文を注意深く学習する必要がある。 追加情報1 追加情報2 10

10. マウスポックスウイルス (ii) 「この論文の著者は当初、マウス受精卵の抗原をコードしている遺伝子をエクトロメリア(マウスポックス)ウイルスのゲノムに組み込むことにより、 野生マウス用の感染性避妊薬の生産を計画していた。この受精卵抗原をウイルスに発現させても避妊効果が無かったため、研究者達は、免疫応答を増強させる目的でエクトロメリアウイルスの病原性を強める操作を行った。」 注釈:論文が民生目的で進められた点は明らかである。げっ歯類の被害に対処するため、自然感染するポックスウイルスを改変して卵蛋白を産生するようにした。この改変により十分な免疫反応が起きるとマウスは受精卵を拒絶するようになることが期待され、ゆえにマウスの異常発生を予防することができるものと期待された。(そのようなマウスの異常発生の映像を見ると極めて衝撃的である)。 追加情報 11

11. マウスポックスウイルス (iii) 「彼らは先行研究を引用した。…その中では、ウイルスゲノムにIL-4 遺伝子を組み込み生体内で過剰発現させると 、マウスにおけるワクシニアウイルスの病原性が増加することが示されていた。この病原性の増加は、 IL-2のような競合的なサイトカインによってもたらされる抗ウイルス免疫応答を抑制することによるのであろう… これは免疫エフェクター(効果を有する)細胞を刺激しウイルス感染細胞を殺すように働く、したがって、ウイルス感染を制御するのである。」 注釈:このように当初の計画はマウスポックスウイルスに二重の改変を加えることであった。まず、卵蛋白の遺伝子が挿入され、もしそれが十分な免疫応答をもたらさない場合、 IL-4 遺伝子の追加により免疫応答の増強が起きるものと考えた。 追加情報 12

12.マウスポックスウイルス (iv) 「そして彼らは、この遺伝子改変されたマウスポックスウイルスは親ウイルスよりも遥かに強毒であり、例えマウスが遺伝子的に耐性のある系統であっても、感染マウスの60%に致死効果をもたらすことを示した。さらに予測不能であったことは、ワクチン接種を受け親ウイルスに対して完全に抵抗性を示すマウスであっても、… IL-4発現ウイルスにより致死効果がもたらされたという実験結果である。 」 注釈:本実験の科学者達が予想外であったことは、二重に改変されたマウスポックスウイルスが元々のウイルスに対するワクチンを受けたマウスにも致死効果をもたらした点であった。さらに、同論文の実験方法欄に記載されているように、彼らは極めて単純な技術を用いたのであった。フィンク委員会の報告書は同論文の学術雑誌における公表の是非に関する議論を報告した(尤も、雑誌Journal of Virologyにおける同論文の公表以前に既に、著名な科学誌New Scientistにおいて、改変マウスポックスウイルスとの潜在的な関係を非常に明確に説明した主要な研究論文及び論説が発表されていたことは特記しておく必要がある)。 追加情報 13

13. マウスポックスウイルス (v) 「この論文の公表は、予防接種を受けた人の免疫システムを凌駕するような毒性の強い天然痘ウイルス株を作成する青写真若しくは道筋をテロリストに提供しているに等しい、として懸念を表明する者が現れた… 公表の指し止め若しくは、少なくとも「材料と方法」の箇所は… 変更するか若しくは論文から完全に削除する形での公表を行うべきであった … と提案された。」 注釈:論文の著者達は同論文が公表を目的に投稿されるべきか相談し、編集者も指針を模索した。しかしながら、最終的に同論文は提出時と同じ内容で公表された。 追加情報 14

14. マウスポックスウイルス (vi) 公表の合理性? 「まず、科学者コミュニティーはこの実験に基づいた知識により、どのように遺伝子改変ウイルスに対処すべきかを考察することが可能になる。」 「第二に、関連するサイトカインを不活化させる抗体やIL-4の効果に対抗するガンマインターフェロン若しくはその両方を用いて、遺伝子改変ウイルスによる感染の治療に準備する必要性が考えられる。」 注釈:複合的に改変されたマウスポックスウイルスがワクチンの投与を受けたマウスをも致死させたという事実にも関わらず、フィンク報告書はこのスライドの引用に示すように同論文の公表を支持するような理由を示した。もちろん、同実験の知名度が高いため、本セミナーの受講者が当該問題に関する多くの著述をインターネット上で容易に検索することが可能である。1998年にJournal of Virologyにおいて発表された当該問題に関連する先例研究はスライド下の追加情報1のリンクボタンから参照可能である。後の仕事として2008年にAntiviral Researchに掲載された論文は追加情報2のリンクボタンで参照できる。 参考文献: Parker, S., Touchette, E., Oberle, C., Almond, M., Robertson, A., Trost, L. C., Lampert, B., Painter, G.., and Buller, R. M.(2008) Efficacy of Therapeutic Intervention with an Oral Ether-lipid Analogue of Cidofovir (CMX001) in a Lethal Mousepox Model. Antiviral Research 77(1):39-49. Available from http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17904231 追加情報1 追加情報2 15

15. ポリオウイルスの化学合成 (i) 「ワイマーと共同研究者は(2002年) 、化学合成したオリゴヌクレオチドを繋ぎ合わせ細胞内に移入することでポリオウイルスを再構築したと報告した。この研究報告は報道メディアの高い関心を招き、幾つかの関係当局から懸念も表明された… これは…生物テロの観点から社会的な関心を集めた。なぜなら、ワイマーの実験はテロリストがウイルスを製造するための方法を提供したと考えられるからである。」 注釈:2001年の米国炭疽菌テロの後、ワイマーは2002年に彼の研究を発表して再び高い関心を集め、下院での決議をもたらすに十分な懸念材料となった。 参考文献: Cello, J., Paul, A. V., and Wimmer, E. (2002) Chemical Synthesis of Poliovirus cDNA: Generation of Infectious Virus in the Absence of Natural Template, Science 297(5583), 1016 – 1018. Available from http://www.sciencemag.org/cgi/content/abstract/1072266 追加情報1 追加情報2 16

16.ポリオウイルスの化学合成 (ii) 「多くの科学者が、ワイマーの実験は新発見でもなければ潜在的な脅威でもないと結論づけた。DNAの鋳型から生きたポリオウイルスを生成することができる一般的原則は1981年に既に知られていた。当時、ボルティモアと彼の仲間は、ポリオウイルスのプラス鎖RNAゲノムのDNAコピーを、ある一定の条件下で生きた細胞に移入することが可能で、それが被包化された感染性ウイルスの生成に繫がることを報告していたのである…」 注釈:同論文の実験手法は特に面倒で時間を労するため、フィンク委員会報告書は同論文から生じる生物テロ上の脅威に関してかなり懐疑的である。しかし、遺伝情報の解析能力を遺伝子合成能力に結びつけるといった生命科学者が抱く興味に親しみの無い多くの者にとって、同研究は驚くべき内容であった。更に驚くべき内容が次のスライドで紹介される。 追加情報 17

17.ポリオウイルスの化学合成 (iii) 「我々は、方法論を改善し、合成オリゴヌクレオチドから5~6-kbのDNA断片を正確に組立てるのに必要な時間を劇的に短縮した。この方法論の試行により、我々は、化学合成オリゴヌクレオチドの単一プールからバクテリオファージ  X174 (5,386 bp)の完全な感染性ゲノムの組み立てを、短期間(14日間)で実現するための環境を整えた。」 注釈:2003年12月、Science誌は化学合成をより高速で行う方法を示したクレイグ・ベンターと彼の同僚による論文を紹介し、2004年 Nature誌はプログラム可能なチップを用いた遺伝子合成を記述したジョージ・チャーチと彼の同僚による論文を紹介した。遺伝子(DNA)合成の能力が急速に発展していることにもはや疑いの余地は無くなった。 追加情報.1 追加情報.2 18

18.ポリオウイルスの化学合成 (iv) 「インフルエンザAウイルスは、飛沫感染により容易に人から人へ伝染するため、広範囲な人での流行蔓延の原因として重要である。最近の出来事は生物テロ兵器としてのインフルエンザAウイルスの潜在性を強調している。それらは、1997年に香港で人に感染したインフルエンザAウイルスの高病原性、そして (複製用の)ヘルパーウイルスを使用せずに、DNAトランスフェクションによるインフルエンザAウイルスの作製をおこなう実験方法の開発等である…」 注釈:インフルエンザの生物兵器としての使用可能性に関する慎重な検討から生じたこの問はロバート・クラッグ(以下参考文献)によるものである。もちろんこれらの懸念の全ては、1918年のスペイン風邪が2005年に再び生み出された際に明白となった(次のスライド)。 Ref: Krug, M. R. (2003) The Potential Use of Influenza Virus as an Agent for Bioterrorism, Antiviral Research 57, 147-150 Available from http://www.elsevier.com/wps/find/journaldescription.cws_home/521852/description#description 19

19. 天然痘の病原性 (i) 「大痘瘡ウイルスは天然痘を引き起こし、30 - 40%の致死率を示す、一方、人間の天然痘に対するワクチンとして使用されるワクシニアウイルスは、免疫が保たれている人に対しては無害である…  ワクシニアウイルス補体制御タンパク(VCP)そして天然痘補体酵素阻害因子 (SPICE)というように、両ウイルスは免疫応答酵素の阻害因子を備えている。本研究の研究者達は、この阻害因子をコードしている遺伝子の比較分析を行った… 」 注釈:フィンクリポートにおけるこの第三の事例は、潜在的な生物兵器剤として非常に危険な天然痘ウイルスの病原性を直接的に取り扱ったローゼンガードらの論文に注目している。 追加情報 20

20.天然痘の病原性 (ii) 「…生きた 痘瘡ウイルス を実験のために入手するのは不可能であるため、彼らはSPICE遺伝子の化学合成という一般的な手法を採用した。彼らは、痘瘡ウイルス のSPICE遺伝子がヒト補体に対してより高い選択性を有し、 VCPがヒト免疫系のこの成分(ヒト補体成分C3b)を不活性化する働きのほぼ100倍以上の活性を示すことを発見した。」 注釈:フィンク報告書は再び、同研究が公表されるべき理由を示しているが、我々が講義その13で確認したように、同研究分野の研究計画の監視が必要なこともフィンク報告書は提言している。我々は、講義その18において科学の監視制度に関するより詳細な検討を行う。 21

参考文献と質問 参考文献 質問