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事実的因果関係と相当因果関係 名古屋大学大学院法学研究科 加賀山 茂
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因果関係の問題 目次 司法試験問題(短答式) 事実的因果関係と相当因果関係とに関する問題 問題1 事実的因果関係 問題2 相当因果関係の基礎
因果関係の問題 目次 司法試験問題(短答式) 事実的因果関係と相当因果関係とに関する問題 問題1 事実的因果関係 sine qua non の意味の理解 問題2 相当因果関係の基礎 クリースによって提唱された相当因果関係説の原点の理解 問題3 相当因果関係の応用 相当因果関係説と民法416条の接点の理解
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平成6年度・司法試験(短答式問題)(1/2) 不法行為事件において相当因果関係の有無が争いになっている場合につき,これを,以下の3つに分けて解決しようとする考え方がある。 (a)不法行為責任が成立するかどうかが問題になっている場合(不法行為責任の成否) (b)賠償されるべき損害の範囲が問題になっている場合(因果関係の範囲) (c)賠償されるべき損害の金額への換算が問題になっている場合(損害の金銭的評価)
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平成6年度・司法試験(短答式問題)(2/2) 次のアからオまでのような相当因果関係についての判断がされたとして,これらを(a)不法行為責任の成否,(b)因果関係の範囲,(c)損害の金銭的評価のいずれかに分類しなさい。 ア 自動車事故により死亡した者の子Aが,留学先から葬儀のため飛行機にて帰国した場合,Aが飛行機代の支払を余儀なくされたことは,自動車運転者Bの不法行為と相当因果関係がある。 イ Aの船がBの過失で沈没した後,船の代金が著しく上昇しその後再び下落した場合,この中間最高価格による船の代価の喪失は,Bの不法行為と相当因果関係がない。 ウ Aが医師Bの治療を受けてから二日後に,突然重い症状の脳障害を示した場合,その発症の態様からみて,その脳障害は,医師Bの治療と相当因果関係がない。
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短答式問題の解説 ア ア 自動車事故により死亡した者の子Aが,留学先から葬儀のため飛行機にて帰国した場合,Aが飛行機代の支払を余儀なくされたことは,自動車運転者Bの不法行為と相当因果関係がある。 解答 (b) 自動車運転者Bの不法行為によって被害者の子Aに不法行為責任が発生していることを前提にして,飛行機代の支払いが賠償されるべき損害の範囲に含まれるかどうかが問題となっている。
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短答式問題の解説 イ イ Aの船がBの過失で沈没した後,船の代金が著しく上昇しその後再び下落した場合,この中間最高価格による船の代価の喪失は,Bの不法行為と相当因果関係がない。 解答 (c) Bの不法行為によって生じた船の沈没というAの損害を,価格の上昇・下落があった場合に,どのように金銭的に評価するかが問題となっている。
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短答式問題の解説 ウ ウ Aが医師Bの治療を受けてから二日後に,突然重い症状の脳障害を示した場合,その発症の態様からみて,その脳障害は,医師Bの治療と相当因果関係がない。 解答 (a) Aに生じた脳障害が医師Bの治療によって生じたどうかが問となっており、不法行為自体の成立が問題となっている。
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事実的因果関係と相当因果関係に関する問題
事実的因果関係に関する問題 問題1 事実的因果関係の判定に使われている「あれなければこれなし(sine qua non)」の本質に迫る問題 相当因果関係に関する問題 問題2 事実的因果関係と相当因果関係の違いを明らかにする問題 問題3 相当因果関係と民法416条との関係を理解する問題
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問題1 事実的因果関係 事実的因果関係については,「あれなければこれなし」(sine qua non)というテストを通じて,因果関係があるかどうかが判断される。 問題1: 次のうち,事実的因果関係のテストとして正しいものを選びなさい(複数回答も可)。 (a)「風が吹けば桶屋が儲かる」という命題は,事実的因果関係の一例を示している。 (b)「火のないところに煙は出ない」という命題は,煙の原因が火であるという事実的因果関係の一例を示している。 (c)スモン病の原因として,キノホルム剤とウィルスとの両者が疑われたが,キノホルム剤の販売が停止されてからスモン病は発症していないことから,キノホルム剤とスモン病との間に因果関係があることが判明したというのは,事実的な因果関係の一例である。
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問題1の解説(1/3) 事実的因果関係のテスト 事実的因果関係を判定するための用いられる「あれなければこれなし(sine qua non)」のテストとは, 原因と考えられる事象aを取り除いたときに,結果bが起こるかどうかを仮定してみて, 結果bが起こらなければ,aは結果bの原因である,すなわち,aとbとの間には因果関係があると考え, 結果bが起これば,aは,結果bの原因ではない,すなわち,aとbとの間には因果関係はないと考える という推論のことをいう。 法律上は,因果関係の有無の判定に際して,最初に用いられるテストであるが,必ずしも正確な推論ではないことに留意する必要がある。
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問題1の解説(2/3) sine qua nonの問題点
aからbが発生するかどうか」を知るのに,「¬aの場合¬bとなるかどうか(sine qua non)」でテストするというやり方は,論理学上は,「逆・裏」の論理を使うものであり,正確には,元の命題と等値ではない。 この命題が正しくなるのは,aのみからbが発生する場合(a⇔b)だけである。 a以外の原因からもbが起こりうる場合,例えば,共同不法行為の場合には,このテストを利用することは,危険である。
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問題1の解説(3/3) 結論 風が吹けば桶屋が儲かるという命題は,a → bという命題そのものであって,裏命題を使ったsine qua non のテストは含まれていない。 「火から煙が出る」という命題の裏命題は,「火がなければ煙は出ない」という命題である。つまり,「火のないところに煙が出ない」という命題は,「煙の原因が火である」ことを示すためのsine qua nonのテストの適用ということができる。 確かに,形式的に見ると,「火のないところに煙は出ない」は,「煙が出れば火がある」の対偶であって,裏命題ではない。しかし,元命題を,「火から煙が出る」であると考えれば,「火のないところに煙はでない」は,この命題の裏命題と考えることができ,sine qua nonのテストに該当するといえる。 スモン病の場合については,キノホルムが服用されなくなって以来,スモン病の発症がなくなったというのであるから,キノホルム剤の服用とスモン病の発症との間には,事実的因果関係があることになる。
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問題2 相当因果関係(1) 事実的因果関係を「あれなければこれなし」というテストで認めると,因果関係の範囲が広がりすぎるとして,事実的因果関係のうち,法的な因果関係として相当なものだけに制限しようとする考えが提唱された。 それが,ドイツのクリース(J. von Kries)によって提唱された相当因果関係説である。 問題2: 事実的因果関係と相当因果関係との違いを説明するものとして適切な例は,次のうちのどれか(複数回答も可)。 (a)夫婦が子供をもうけたところ,その子供が,15年後に殺人を行った場合。 (b)御者が不注意で,右側の道を間違えて左に行ったため,馬車に雷が落ちて乗客が死亡した場合。 (c)機長が操縦を誤って,空路をはずれ,国交関係のない他国の領空を侵犯したため,その航空機が攻撃され, 乗員乗客が全員死亡した場合。
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問題2の解説(1/3) (a)の例は,ドイツの刑法の教科書で取り上げられる典型的な例であり,「あれなければこれなし」のテストを行ってみると,事実的因果関係があることになる。 しかし,殺人という犯罪の発生の確率は,子供の出生率の増減とは,統計上も相関関係がないため,子をもうけることは,殺人犯の増加に寄与するわけではない。 したがって,子をもけることと,その子が殺人を行うこととの間には,相当因果関係はないとされている。 結論として,(a)の例は,事実的因果関係と相当因果関係とが異なる例として適切であるといえる。
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問題2の解説(2/3) (b)の例は,相当因果関係の提唱者であるクリースが取り上げた有名な事例である。この場合も,(a)の場合と同様に,「あれなければこれなし」のテストを行ってみると,事実的因果関係があることになる。 しかし,通常の気象の下では,右の道を行っても,左の道を行っても,落雷の確率は同等であるから,御者が左の道を選択したことは,落雷の確率を増やすことに寄与していない。 したがって,御者が誤って左の道を選択したことと,落雷との間には,相当因果関係はないとされる。 結論として,(b)の例も,事実的因果関係と相当因果関係とが異なる例として適切であるといえる。
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問題2の解説(3/3) (c)の例は,クリースが上げた馬車の御者のミスの例を航空機の機長のミスへと応用した事例である。この場合も,「あれなければこれなし」のテストを行ってみると,事実的因果関係があることになる。 しかも,無断で国交関係のない他国の領空を侵犯した場合には,航空機が攻撃される蓋然性が一般に高められるといえよう。 したがって,機長が誤って空路を外れ,国交関係のない他国の領空を侵犯したことと,航空機が攻撃されて乗員乗客ともに死亡したことには,相当因果関係があるといえよう。 結論として,(c)の事例は,事実関係と相当因果関係とが異なる例としては,適切でないことになる。
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問題3 相当因果関係(2) 運転手が交通事故を起こして他人を骨折させたため,被害者を病院に運んだところ,その病院の医師の医療ミスで,そのけが人が死亡した場合について。 以下の事情があるとき,運転手の行為(交通事故)と被害者の死亡との間に相当因果関係の有無について,以下の問いに答えなさい。 (1)運んだ病院が,たびたび医療事故を起こしていることを運転手が知っていた場合。 (a)相当因果関係がある (b)相当因果関係がない (2)運んだ病院がたびたび医療事故起こしていることを運転手は知らなかったが,病院の評判を聞けば,そのことがわかる場合。 (c)相当因果関係がある (d)相当因果関係がない (3)運んだ病院が,たびたび医療事故を起こしていることは,専門家だけが知っており,世間の人は知らなかった場合。 (e)相当因果関係がある (f)相当因果関係がない (4)運んだ病院は,設備もよく,その地域では,最も優秀な病院であって,これまで,医療事故を起こしたことがなかった場合。 (g)相当因果関係がある (h)相当因果関係がない
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問題3の解説(1/3) 相当因果関係説による説明 相当因果関係あり 通常損害 通常事情による損害 損害賠償請求に,予見可能性は不要
(民法416条1項) 特別事情による損害 損害賠償請求には,予見可能性が必要 (民法416条2項) 相当因果関係なし 特別損害 損害賠償請求は,常に,認められない 英米の判例の法理 Hadley v.Baxendale(1854) 通常損害 損害賠償請求に,予見可能性は不要 (民法416条1項) 特別損害 損害賠償請求に,予見可能性が必要 (民法416条2項)
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問題3の解説(2/3) 運転手が引き起こした交通事故によって被害者が骨折事故を被らなければ,病院の医療過誤によって死亡することはなかったのであるから,運転手の過失行為と被害者の死亡との間には,事実的因果関係があることになる。 骨折した患者を病院に運ぶことによって患者の死亡の確率が増加するかどうかは,病院の施設・医師の資質等の病院の状況に依存する。 まず,(4)の場合のように,設備もよく,医師等のスタッフの資質の高い病院に運んだ場合には,患者が死亡する蓋然性は高くならないので,予期できない偶然の事故であって,相当因果関係はないと考えてよい。
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問題3の解説(3/3) 次に,設備が悪く,医師等のスタッフの資質が低い病院に運んだ場合には,患者が死亡する蓋然性が高くなる場合もあろう。
その場合,債務者である運転者がそのような病院の状況を把握することが予見できたかどうかが,相当因果関係があるかどうかの決定要因となる。 (1)の場合のように,運転手が病院の事情を知っていたか,(2)の場合のように,過失によって知らない場合には,相当因果関係が肯定される。 しかし,(3)の場合のように,運転手が病院の状況を知らないことに全く過失がない場合には,相当因果関係が否定されることになる。
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参考資料 相当因果関係に関する判例 新司法試験について(新聞記事)
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相当因果関係に関する判例 1.通常事情による通常損害として相当因果関係を認めたもの
2.特別事情から生じた通常損害として相当因果関係を認めたもの 3.特別損害として相当因果関係を否定したもの
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1.通常事情損害として相当因果関係を認めたもの
最一判昭和49年4月25日民集28巻3号447頁 交通事故の被害者の近親者が看護等のため被害者の許に往復した場合の旅費(21万6,278円)は、その近親者において被害者の許に赴くことが、被害者の傷害の程度、近親者が看護にあたることの必要性等の諸般の事情からみて、社会通念上相当であり、かつ、被害者が近親者に対し旅費を返還又は償還すべきものと認められるときには、右往復に通常利用される交通機関の普通運賃の限度内においては、当該不法行為により通常生ずべき損害に該当するものと解すべきであり、このことは、近親者が外国(モスクワ)に居住又は滞在している場合でも異ならない。 裁判官大隅健一郎の意見 本件旅費は、不法行為による損害賠償制度の基本理念たる公平の観念に照らし、本件交通事故により被上告人の被った損害として加害者である上告人にその賠償をさせるのが相当と認められるが、しかし一般の常識からいえば、これを本件のような交通事故から通常生ずべき損害と見るのは無理であって、特別の事情によって生じた損害と考えるのが素直ではないかと思う。
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2.特別事情損害として相当因果関係を認めたもの
最一判平成5年9月9日判時1477号42頁 交通事故により受傷した被害者が自殺した場合において、その傷害が身体に重大な器質的障害を伴う後遺症を残すようなものでなかつたとしても、右事故の態様が加害者の一方的過失によるものであつて被害者に大きな精神的衝撃を与え、その衝撃が長い年月にわたって残るようなものであつたこと、その後の補償交渉が円滑に進行しなかつたことなどが原因となって、被害者が、災害神経症状態に陥り、その状態から抜け出せないままうつ病になり、その改善をみないまま自殺に至つたなど判示の事実関係の下では、右事故と被害者の自殺との間に相当因果関係がある。 批評 交通事故による傷害事件で,被害者が自殺するということは,特別事情から生じた通常損害ではなく,特別事情から生じた特別損害であるが,予見可能であれば,損害賠償の対象となるとする方が,説得的ではないだろうか。
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3.特別損害として因果関係を否定したもの 最一判平成11・12・20民集53巻9号2038頁
平成3年9月18日に発生した交通事故の被害者が事故のため介護を要する状態(脳挫傷による知能障害,四肢痙性麻痺等(後遺障害等級1級3号))となった後に別の原因(胃がん)により,平成8年7月8日死亡した場合には、死亡後の期間(平均余命を基礎とすると12年間)に係る介護費用を右交通事故による損害として請求することはできない。 裁判官井嶋一友の補足意見 口頭弁論終結前の被害者の死亡により爾後の介護の必要がなくなった以上は、口頭弁論終結後の被害者死亡の場合における請求異議の訴え等の許否についてどのような結論を採るにせよ、死亡後に要したであろう介護費用を損害として認める余地はないものと考えられる。
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新司法試験について
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