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静電型イオントラップの開発 三谷雅輝
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分子イオンを振動基底状態にそろえるために、イオントラップを開発する
目的 分子イオンを振動基底状態にそろえるために、イオントラップを開発する イオントラップの性能 数ミリ秒、イオンをトラップできる 原理が単純で小型である 当研究室では現在、2原子分子イオンの解離性電離反応や解離性捕獲反応を調べている。イオン源で生成されたイオンの多くは生成される際に与えられたエネルギーの一部によって振動励起状態になる。解離性電離反応や解離性捕獲反応の反応確率は分子イオンの振動状態に依存すると考えられる。しかし、振動状態を区別して確率測定をすることは難しくほとんどなされていません。そこで、研究室ベースで振動基底状態にそろった分子イオンを使った実験が出来るように、巨大な電磁石等を使わずにミリ秒のオーダーでイオンを捕捉できるイオントラップの開発をすることにしました。 そのためにイオントラップに必要な性能としては、振動励起状態の2原子分子イオンを振動励起状態に脱励起させるために数ミリ秒間イオンをトラップできなければなりません。そのためにはトラップ周辺の真空度が少しでも良いほうがいいので、真空度を向上させるために、単純で小型なイオントラップでなければなりません。
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HeH+の振動励起状態の寿命1 ΔEν,ν-1 : ν番目とν-1番目の振動状態のエネルギー差 [J]
τ : 寿命 [s] A : アインシュタイン係数 [J・s] ΔEν,ν-1 : ν番目とν-1番目の振動状態のエネルギー差 [J] e : 素電荷 [C] h : プランク定数 [J・s] c : 光速 [m/s] イオンをトラップしておく時間はイオンの振動状態の寿命決まる。そこで、イオンの振動励起状態の寿命を求める。 この図は水素化ヘリウムイオンの電子基底状態のポテンシャルエネルギーで、このポテンシャル内で2つの原子核が調和振動をしていると仮定して、その振動状態のエネルギーを計算します。そのために、このポテンシャルエネルギーを2次関数で近似すると赤で描いたようになります。ここでご覧のように高励起状態になるにつれ、この近似が合わなくなってきます。そこで調和振動のエネルギーは換算質量の逆数の平方根に比例するので、重水素化3ヘリウム分子の振動エネルギーを参考にして、水素化ヘリウムイオンの振動エネルギーを算出しました。その結果を青色で描いてあります。つぎに、このエネルギーから電磁波の自然放出に関するアインシュタインのA係数を求め、各励起状態の寿命を計算しました。 一般的に、イオン源で生成された水素化ヘリウムイオンの振動励起状態は2~3のところにピークをもつ。しかし、これはイオン源によって変わるので、今回は安全のためにイオン源で生成される水素化ヘリウムイオンは計算することができた最も高い励起状態である第5振動励起状態にあると仮定して振動励起状態の寿命を計算した。 その結果、寿命は4.6ミリ秒と計算されました。
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電子雲のポテンシャルの中での2つの原子核の調和振動
HeH+の振動励起状態の寿命2 電子雲のポテンシャルの中での2つの原子核の調和振動 k : 定数 μ: 換算質量 振動励起状態の寿命 第5振動励起状態にあるイオンが振動基底状態に脱励起するまでにかかる時間
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N(p) : 単位体積あたりの残留ガス粒子の個数 v : イオンの速度 k : 定数
イオンの寿命 τ : イオンの寿命 σ : 衝突断面積 p : トラップ内の真空度 N(p) : 単位体積あたりの残留ガス粒子の個数 v : イオンの速度 k : 定数 次にトラップされているイオンが残留ガスなどと衝突することによって、壊れて減少していくことによるイオンの寿命を計算しました。イオンの寿命はこのような式によって計算されます。イオンの寿命τはイオンと残留ガスなどの粒子との衝突断面積σと、単位体積中に存在する残留ガスなどの粒子の個数N(p)、イオンの速度vの積の逆数になります。これを計算するとイオンの寿命τはトラップ内の真空度pの逆数に比例します。すなわち、イオントラップ内でイオンを少しでも長くトラップするためには、真空度をできる限り向上させる必要があります。
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イオンをトラップしている時間と 冷却されたイオンの割合
Ratio (arbs. unit) 先ほどの振動励起状態の寿命とイオンの寿命の両方を考慮して、イオンをトラップしている時間と入射イオンの数に対する冷却されたイオンの割合をトラップ内の真空度毎に計算したものがこのグラフです。横軸はイオンをトラップしている時間をミリ秒単位で表しており、縦軸は入射したイオンの数に対する冷却されたイオンの数の比を表しており、真空度はTorr単位で表しています。この結果から目標とする到達真空度は5×10-8 Torrとしました。 Time [ms]
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イオントラップの概要
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出口側電極付近のイオンの軌道(VL=1600 V)
イオン種 : Ar+ エネルギー : 2 keV 0 V V V V 1600 V V V これが実際にシミュレートした結果の1つです。この図の上下から出ている黒い物がトラップの電極で中央に描かれている線がイオンの軌道です。電極の左側がトラップの中央で右側がトラップの外側です。イオンのエネルギーは2 keV、イオン種は実際にトラップの性能をテストするときに使うアルゴンの1価のイオンです。これはレンズ電圧が1600Vのときのシミュレーション結果ですが、イオンがトラップ内で8の字を描いて飛行することが分かります。
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出口側電極付近のイオンの軌道(VL=1940 V)
イオン種 : Ar+ エネルギー : 2 keV これがもう1つのシミュレートの結果です。レンズ電圧が1940Vの時のもので、イオンの軌道がトラップ内で0の字を描いて飛行するのが分かります。この二つのときにイオンが安定な軌道を描くことが分かりましたが、イオンがトラップに入射するときには理想的にイオントラップの中心で中心軸に平行に入ってくるとは限りません。そこで、レンズ電圧が1600Vと1940Vのときのどちらがイオントラップ内で安定軌道を描くための入射条件の許容範囲が広いかをシミュレートした結果、1600Vの時の方が入射条件の許容範囲が広いことが分かりました。そこで、1600Vのときにイオンがイオントラップ内で安定軌道を飛行するための入射条件をシミュレートにより求めました。 1940 V
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イオントラップ内で安定軌道を飛行するための イオンの入射条件 (VL=1600 V)
これが、トラップ内で安定軌道を飛行するためのイオンの入射条件です。横軸はトラップの中心軸からの位置xをmm単位で表し、縦軸は中心軸からx軸の正の方向への傾きθをmrad単位で表したものです。図の赤い点で囲まれた部分が安定軌道を飛行するためのイオンの入射条件になります。
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製作したイオントラップの写真 イオンの進行方向
先ほどのシミュレーションに基づいて製作したのがこのイオントラップです。全長が約500mmで、イオンは下側から入射しこのあたりで一定時間往復運動をした後、上側に出て行きます。写真下側がイオンの入り口側、上側がイオンの出口側になります。これでは写真が小さくてわかりにくいので、入り口側と出口側の電極を拡大した写真を次に示します。
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製作したイオントラップの写真 入り口側 出口側
製作したイオントラップの写真 入り口側 出口側 これが入り口側と出口側の電極を拡大した写真です。これがイオンを跳ね返すための電極で、この3つの電極がアインツェルレンズを構成している電極で、これが電場を一定にするための補助電極です。これらの電極に電位を与えるのにはこれらの銅の丸棒を利用しました。極板の間隔を固定するのにはセラミックのスペーサーを用いました。その多のパーツは全てステンレスで作られています。このように材質を選択することで、イオントラップ周辺の真空度の低下を最小限に抑えました。
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イオントラップを真空ダクトに取り付け、真空 ポンプでイオントラップの周辺を排気した
真空度の測定 イオントラップを真空ダクトに取り付け、真空 ポンプでイオントラップの周辺を排気した イオントラップ内の真空度は8.8×10-8 Torr はじめにトラップ内の真空度を測定したところ、8.8かける10の-8乗だった。当初の見積もりよりも悪くなってしまいましたが、これはトラップからポンプまでの距離が実験の都合で伸びてしまったので、この真空度でどの程度冷却されたイオンが取り出せるのかを先ほどの冷却されたイオンの割合のグラフから見積もってみました。 見積もりよりも多少悪いが、原因はイオントラ ップから真空ポンプまでの距離が伸びたため
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イオンをトラップしている時間と 冷却されたイオンの割合
Ratio (arbs. unit) 8.8×10の-8乗はグラフ中の赤色で示されたグラフで、青色が目標としていた5×10の-8乗のグラフです。水素化ヘリウムイオンの励起状態の寿命の約2倍に当たる9ミリ秒トラップした場合に、はじめにトラップした量の約3割が冷却して取り出せるということになります。 Time [ms]
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トラップされているイオンが残留ガスと衝突して中性化する
イオンの寿命の測定 トラップされているイオンが残留ガスと衝突して中性化する 中性化した粒子はイオントラップを抜け出てくる 出てきた粒子数をカウントすることでイオントラップ内のイオンの寿命が測定できる
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イオンの寿命の見積もり Ratio (arbs. unit) Time [ms]
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実験装置の概略図 このような装置でイオンの寿命を測定した。イオン源でアルゴンガスをイオン化した後加速し、レンズでビームを平行にする。このビームをウィ-ンフィルターに通すことによって今回利用するアルゴンの1価イオンのみを直進させる。その後、ビームをスリットで整形しデフレクターを使ってビームをイオントラップに導く。トラップを抜け出た粒子はその先にある検出器で検出される。
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イオン源、レンズ、ウィーンフィルターの写真
これが今回の実験に用いたイオン源、レンズ、ウィーンフィルターの写真です。これがイオン源でニア型と呼ばれる電子衝撃型のイオン源です。これがアインツェルレンズです。これでイオン源から発散して出てくるイオンビームを平行にします。そして、この箱がウィーンフィルターです。これでイオン源から出てくる様々なイオンのうちアルゴンの1価イオンのみを選別して直進させます。
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計測系の概略図 次に計測系の概略を説明します。検出器には2次電子増倍管の一種であるセラトロンを用いています。このセラトロンから送られてきた信号をプリアンプ、メインアンプ、シングルチャンネルアナライザーを通してマルチチャンネルスケーラで信号の数を数えます。一定時間毎に数えた数をメモリに記憶し、これをパソコンに送ることでスペクトルとしてディスプレイに表示されます。
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検出器に到達する中性粒子が全体の5 %も存在した。
計測 イオンが検出器に到達していることを確認した 出口側の電極に電圧をかける 検出器に到達する中性粒子が全体の5 %も存在した。 はじめに、イオンがイオントラップの後方にある検出器に到達しているのを確認した後で、トラップの出口側の電極に電圧をかけてみたところ、かける前に到達していた毎秒7×10の4乗個の粒子が、毎秒3.5×10の3乗に減少した。出口側の電極に電圧をかけたことによって電荷を持つ粒子は検出器に到達できなくなっているはずなので、電圧をかけた後に検出されている粒子は全て中性粒子だと考えた。そこで、この中性粒子がどこから発生しているのかを調べるために、真空ダクトの外から磁石を当てることでイオンを曲げて中性粒子の数を測定した。 これではトラップ中で中性化した粒子をカウントできない
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中性粒子の発生源の特定 はじめに磁石をここのところに当ててみた。これはイオントラップの出口側の電極に電圧をかけたときに計測された量と変わらない。次にこのベローズのところに磁石を当ててみた。ここでも計測される中性粒子の量は変わらない。このように縦方向にビームを操作するためのデフレクターのところ、横方向にビームを操作するためのデフレクターのところ、スリットの手前のところと当ててみたが計測される中性粒子の数は変わらなかった。次にウィーンフィルターの直後のところに磁石を当ててみたところカウント数が多くなった。これはこれまでに磁石を当てたところの真空ダクトが2インチだったのに対して、ここのダクトは4インチと大きくビーム軌道上の磁場が弱いためにあまり荷電粒子を曲げることができなかったためだと考えた。そこでウィーンフィルターの電源を落として全てのイオンがウィーンフィルターで曲げられるようにして計測してみたところ、イオントラップの出口側の電極に電圧をかけたときに計測された量とほとんど変わらない量の中性粒子が計測された。
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この中性粒子のほとんどがイオン源付近で発生している トラップの直前に中性粒子を除去する装置を付ければ中性粒子は取り除ける
見積もり1 この中性粒子のほとんどがイオン源付近で発生している トラップの直前に中性粒子を除去する装置を付ければ中性粒子は取り除ける イオン源から発生させることのできるイオンは最大3×1011個程度 1回でトラップできるイオンは3×106個程度 先ほどの実験の結果、検出器に到達している中性粒子のほとんどがイオン源付近で発生していることがわかった。従って、ビームライン上のイオントラップの直前に中性粒子を除去する装置をつければ、中性粒子は取り除くことが出来ます。
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見積もり2 寿命を測定するためには1 msの間にイオントラップから発生する中性粒子の数がバックグラウンドよりも多くなくてはならない イオンの寿命は13 ms程度 13 msから14 msの間にトラップから出てくる中性粒子の数は9×104個程度 中性粒子除去装置からイオントラップまでの間で1msの間に発生する中性粒子の数は9×104個程度 イオンの寿命の測定はできる
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静電型のイオントラップを製作し、正常に動作することを確認
まとめ 静電型のイオントラップを製作し、正常に動作することを確認 イオン源付近で発生している中性粒子は取り除くことができる イオントラップ中でのイオンの寿命を測定することが出来る イオントラップだけを切り離して測定した真空度が当初の見積もりよりも悪くなったが、これはポンプとイオントラップの間のダクトの取り付けやその作業のためのスペースを確保するために、ポンプからトラップまでの距離が想定していたものよりも長くなってしまったためである。しかし、この真空度でもまだ十分使用には耐えうる量の振動冷却されたイオンが取り出せると考えられる。 トラップの出口側の電極に電圧をかけてイオンを跳ね返すことが出来たので、入り口側でも同様にイオンを跳ね返すことが出来ると考えられる。よって、極板に電圧をかけることによる放電等の問題はないと考えられる。また製作した電源にも問題はないと考えられる。 また、入射イオンに対して5 %もの中性粒子がイオントラップに入ってきているが、そのほとんどはイオン源付近で発生しているので、イオントラップの直前に中性粒子を取り除くための装置をつければライン上で発生する中性粒子も取り除くことが出来る。 現在利用しているイオン源から発生させることの出来るイオンビームの量は5 nAで、これは個数に直すと3×1011 個である。これより1回でトラップされるイオンの個数は3×106 個程度となる。次にイオンの寿命を計測するには先ほどの計算よりイオンの寿命は13 ミリ秒程度なので、1 ms毎に誤差以上の中性子数がカウントされなければならないので、13 msから14 msの1msの間に中性化するイオンの割合ははじめにイオントラップにトラップしたイオンの個数の2.7 %になる。これは入射イオンの量に対しては2.7×10-5 %になる。ビームライン上で発生した中性粒子の量は2.4×10-5 %なので、イオントラップ中で中性化した粒子を誤差以上で計測できる。 従ってイオントラップにイオンを捕捉し、イオントラップ中のイオンの減衰による中性粒子の数を数えることでこのイオントラップの性能を知ることが出来ると考えられる。
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おしまい 目的 冷却グラフ HeH+の振動励起状態の寿命1 寿命測定 HeH+の振動励起状態の寿命2 寿命見積もり イオンの寿命 装置概略図
I.S. to W.F. Photo トラップ概要 計測系概略図 軌道 1600 計測 軌道 1940 発生源の特定 入射条件 中性粒子の見積もり1 写真 中性粒子の見積もり2 拡大写真 まとめ 真空度の測定 ポテンシャルカーブ 冷却グラフ(τ3)
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