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大村平和学習研修スポット 【第21海軍航空廠】

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1 大村平和学習研修スポット 【第21海軍航空廠】
大正12年、実戦に役立つ錬成を目的にとした1km四方の滑走路を持つ海軍航空隊が大村に誕生し、昭和16年には、東洋一といわれた飛行機製作工場「第21海軍航空廠」が発足しました。 【戦闘機紫電改】 太平洋戦争時代に海軍航空隊で使われた紫電改が制作・修理されていました。 【第21海軍航空廠空壕跡】  ※大村郵便局近くに現在も残されています。 【慰霊塔公園】 昭和19年10月25日の大空襲の犠牲者を奉っています。 防空壕を利用して建てられた慰霊塔では、毎年10月25日、第21海軍航空廠殉職者慰霊塔奉賛会の主催により、全国各地から遺族や同僚が参列し、慰霊祭が行われています。死者300名以上 【掩体壕 えんたいごう】 飛行機の防空壕。下原口公園内に現在も残されています。 (社)長崎県観光連盟

2 川棚平和学習研修スポット 【川棚海軍工廠石木地下工場跡】
ここ風南山麓には当時20本以上のトンネルが約20m間隔で掘られ、工場として稼働しました。 トンネルの規模は平均で高さ3m、幅4m、奥行き47m、最奥部は横抗で連結され、各坑道の片側に工作機械が並び24時間3交代制で航空魚雷が生産されました。 【川棚魚雷発射試験場跡】 戦前、佐世保や川棚には軍需工場があり、そこで作られた魚雷の発射試験をここで行いました。 【新魚雷発射場跡】  【川棚魚雷発射試験場本部跡】 これは、魚雷発射場本部の建物です。今はもう、壁だけの廃墟ですが、内部には樹木が茂り、蔦が絡み、何か西欧の古城の雰囲気が漂っています。 【川棚魚雷艇訓練所跡】 戦局の押し迫った昭和19年5月から終戦間際までの間、川棚町小串浦では、 特攻兵器に乗り込む隊員の厳しい訓練が昼夜を問わず行われていました。特攻といっても、戦闘機ではなく粗末な魚雷艇を使った攻撃でした。 (社)長崎県観光連盟


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