平成20年6月27日 老化・加齢 老年内科 池脇克則
老化(加齢)概念 寿命(人口動態) 老化の学説 老化による変化 細胞レベル 臓器レベル 老化と疾患 成功加齢(健康寿命)
老化とは 広義の老化とは、誕生から発育、成熟、衰退、死亡までの全過程を示し、aging(加齢、老齢化)と表現される。 狭義の老化は、成熟期以降、衰退期に起こる.現象でsenescence(老衰)、あるいはsenility(老年、老衰)を表現される。 ホメオスターシスの崩壊 aging senescence death aging senescence death
生理的老化(physiological aging) -Strehlerの4原則- 内在性(intrinsic) 誕生、発育、成熟の後に出現し、あらかじめ遺伝的にプログラムされている現象である。環境の影響を受けず時間にのみ依存する。 普遍性(universality) 生物体のすべてに認められる。 進行性(progressive) 進行性で不可逆的な現象である。 障害性(deleterious) 生存に対して不利に働き死の確率を高める。 → これらの総和が、最終的に生体の機能を破綻させる。
病的老化(pathological aging) 生理的老化の過程が著しく加速され、病的状態を引き起こすこと。 動脈硬化、高血圧、高脂血症、糖尿病、骨粗鬆症などは高齢化に伴って急増する慢性疾患で、Strehlerの4項目の条件を満たさないので“病的老化”である。 骨量減少の加齢的変化 脳の加齢的変化
過去半世紀の人口動態 急速な高齢化 総人口1億2777万人 高齢者人口21%、80歳以上713万人(世界一の長寿国) 6.8年 総人口1億2777万人 高齢者人口21%、80歳以上713万人(世界一の長寿国) 老齢化指標=老年人口/年少人口(0〜14歳)*100 高齢化社会(高齢者人口が全体の7%)、高齢社会(14%) 日本24年、ドイツ42年、英国46年、イタリア59年、フランス114年
ヒトの生存曲線の時代による変化 最大寿命の延びではない 生下時と乳幼児期の死亡率の低下の減少(栄養失調、感染症) 矩形:くけい 最大寿命の延びではない 生下時と乳幼児期の死亡率の低下の減少(栄養失調、感染症) 青年期以降、結核、災害、飢餓、戦争 直線下降型から矩形化現象(rectangularization)
わが国と諸外国の平均寿命の年次推移の比較
世界各国の平均寿命(2005年)
世界各国の平均寿命(2005年)
平均寿命(都道府県、男女別、2005年) 県独自の保健補導員制度。主婦を中心に 県内一万数千人 高齢者就業率は全国トップ 長野は一人当たりの老人医療費が全国一少ない。 「PPKの里」 「ピン・ピン・コロリ」 「健康で長生きしてコロリと死ぬ」
沖縄ショック、26ショック 2000年の男性の平均寿命が4位から26位に急落 沖縄ショック、26ショック 2000年の男性の平均寿命が4位から26位に急落 本来長寿県でありの沖縄の伝統料理がそれを支えてきた 1972年までアメリカだったため、欧米の食生活が普及した。 氾濫するファーストフード(一人当たりの消費:ケンタッキーフライドチキン 1位、モスバーガー 1位、ミスタードーナツ 5位、 スターバックス 2位、吉野家 7位)と車社会が原因となって肥満が多い(2000年から男女とも5年連続全国一)。 脂肪摂取比率が28.4%。 飲酒量も多い。 中高年の男性に咽頭がん、食道がんが多く、肝疾患死亡率や飲酒運転死亡事故発生率が高い。 これらは、若年から中年にいえることで高齢者は欧米の食文化には影響されなかった。
百寿者数の推移 2007年 32,000人(女性85%) この10年で4倍
百寿者:ヒトの限界寿命(120歳)に近い長寿モデル 人口10万人あたりの100歳以上の人数は、全国平均で22.23人。昨年より2.22人増加 西高東低の傾向 都道府県別では、沖縄が54.37人で34年連続の1位。 以下、高知、島根。最下位は埼玉で次点は千葉。 鹿児島県の奄美地方:64.86人 長寿日本一 女性:福岡県福智町の皆川ヨ子(よね)さん 113歳(現在世界最高) 男性:宮崎県都城市の田鍋友時(ともじ)さん 111歳 アメリカの百寿者は日本の5倍! 長生きを規定する2つの要素 「遺伝的要素」と「生活習慣」 平均寿命まで生きるかどうかに遺伝が関与する割合は25%程度 百寿者の場合は、遺伝的要素はやや増大 百寿者は性格 :「誠実性」「開放性」「外向性」
老化の学説 プログラム説(遺伝子による規定) 老化はあらかじめ遺伝子にプログラムされた積極的な現象であり、寿命も遺伝子により制御されているという説。 動物固有の最大寿命(maximum life span:MLS) ヒトの培養線維芽細胞に寿命がある:Hayflickの限界 遺伝的早老症(progeroid syndrome) 老化を制御していると考えられる種々の研究事実 テロメア、アポトーシス、プロテアソームの存在など
線維芽細胞の分裂可能回数(Hayflickの限界)と動物最長寿命との関係 生下時の繊維芽細胞の分裂回数と動物の最大寿命は相関する ・ヒト 50回 最大寿命は110-20歳 (成長するまでの期間の6倍) ・マウス 20回 ・Werner 20回 分裂を重ねた細胞の遺伝子を若い細胞に入れると分裂を停止する。 →細胞の死滅は老衰ではなく積極的死滅である。 分子的機序として、テロメア長の短縮が重要
ヒト、マウス、ハエ、線虫における加齢に伴う生存率の変化 加齢に伴って死亡率も指数関数的な増加がある。 この曲線は種に拠らない。→背景に共通の機序があることを示唆。
老化の学説 ② 突然変異説(エラー説) DNA、RNA、タンパク質は突然変異や化学修飾により本来とは違った配列になることがある。このような変異(エラー)が蓄積して細胞の機能が正常に働かなくなったり老化が起こるという説。 現在では、蛋白合成の正確度が加齢では低下しないことが明らかになり、歴史的な価値をのみをもつ説との理解。 ➂ 活性酸素説(フリーラジカル説) 1950年代に米国のHarmanらによって唱えられた(free radical theory of aging) 生体内で酸素からできたフリーラジカルは反応性に富み、タンパク質、核酸、脂肪などの生体構成成分と化学反応を起こして障害を起こす。これにより細胞機能を低下させ老化を引き起こすという説。 哺乳類の最大寿命と個体の単位体重あたりの酸素消費速度には負の相関関係がある。小動物ほど体重あたりの酸素消費量が多い。一方、ヒトは体重あたりの酸素消費が最も少なく、最も長命である。 肝臓のSOD(Superoxide dismutase)と最大寿命が負の相関。
肝SOD活性と動物最大寿命(MSLP)
老化の学説 ④ 架橋結合説(クロスリンキンク説) グルコース誘導体であるアマドリ産物による架橋形成から細胞障害が引き起こされる。またコラーゲンやエラスチンは相異なる複数の高分子と結合して新しい高分子を作る(クロスリンク)。このような物質は分解され難く蓄積して細胞障害を起こす。 ⑤ 免疫異常説 加齢に伴い免疫機能(体を外的から守ろうとする防衛機能)を担当する細胞の機能が低下し、自己の体の成分に対して抗体を形成することが増える。これにより体の一部を外的と見なして攻撃してしまい、老化が起こるという説。 代謝調節説 細胞の代謝速度(代謝とは栄養物質を摂取し自体を構成したりエネルギー源とし、不必要な生成物を排出するといった物質の変動のこと)が細胞分裂速度に影響して、老化や寿命を支配するという説。代謝の高い動物ほど短命で、代謝の低い動物ほど長命という傾向がある。 老廃物蓄積説(リポフスチン、アミロイドなどの蓄積) 加齢に伴う変異酵素や変異蛋白の出現は、これらを除去するプロテアーゼ系の調節障害によるものという考え方。
早老症 病 名 発症年齢 患者数 プロジェリア症候群 生後6カ月~2歳 世界で約30名ぐらい ハンチントン・ギルフォード症候群 病 名 発症年齢 患者数 プロジェリア症候群 生後6カ月~2歳 世界で約30名ぐらい ハンチントン・ギルフォード症候群 世界で約100名ぐらい ウェルナー症候群 10~40歳 比較的多い 800万人に1人の割合 Werner症候群については、第8染色体の短腕に存在するヘリカーゼ遺伝子異常であることが判明。 ヘリカーゼは、DNAの二重らせんを一重にほどく時に働く。この異常により染色体が不安定になり、老化現象が発現する。
テロメア 5’-(TTAGGG)n-3’
テロメア ヒトの正常体細胞を培養しても無限には分裂できず、50~70回分裂すればもはや分裂できなくなる。この原因はテロメアの短縮にある。テロメアは染色体の末端にある保護構造であり、細胞分裂によりDNA複製が行われる度に短縮していく。そしてテロメアが一定の長さ以下になると細胞は分裂を停止してしまう。このためテロメアは「分裂時計」あるいは「細胞分裂数の回数券」ともいわれている。 テロメアDNAは各染色体の末端に 5’-(TTAGGG)n-3’ という6塩基の繰り返し配列でおよそ1万塩基対存在している。テロメアには二本鎖テロメアDNA結合タンパク質(TRF1)が結合していて、tループと呼ばれる大きなループ構造を形成している。そして一本鎖オーバーハング部分が二本鎖DNA部分を少し開いてもぐりこみ、テロメアDループ結合タンパク質(TRF2)が結合して二本鎖を形成している。この部分はDループと呼ばれている。こうして形成されたループ構造は、テロメアDNAの一本鎖や末端の存在を隠し、DNA末端がDNA損傷と認識されないようにしている。また、ループの形成には一定の長さのテロメアDNAが必要であり、テロメアが短縮しループを形成できなくなるとDNAの末端は異常なDNA末端として認識される。 細胞が分裂する過程でDNAの複製が行われるが、新生DNA鎖の5’端は50~150塩基ずつ短縮していく(末端複製問題)。そして、テロメアDNAが5千塩基対程度になると分裂寿命の限界に達し、細胞周期はDNAの準備段階であるG1期で止まり、分裂は起こらなくなる。テロメアはヒト細胞1個あたり92存在するが、その中の一箇所でも一定の長さより短くなれば、細胞分裂は停止する。特に、染色体末端のテロメアのうち第17染色体短腕のテロメアが短く、テロメア短縮を検知している。
テロメア 過剰栄養がテロメア短縮を促進 活性酸素もヒト老化を進行させる。テロメアDNAのもつグアニンは酸化による変異を受けやすく、変異するとTRF2の結合が低下し、テロメアのループ構造を作れなくなり細胞は増殖を停止する。 生殖細胞は、酵素が発現しているため分裂を繰り返してもテロメアDNAが短縮しない。すなわち無限分裂寿命細胞である。 癌の初期段階でテロメラーゼが発現すると臨床的な癌にまで発達する。ヒトではテロメラーゼが体細胞で抑制されているために癌にはなりにくいとされている。一方、マウスの細胞はテロメラーゼがわずかに発現しており、ヒトの細胞よりも癌化が容易である。 ヒトの体細胞はテロメラーゼ活性をもたず、誕生の時点で1万から1万5千塩基対あるテロメア長は、異なる組織であってもおよそ年間100塩基対ほど短くなっていき、細胞増殖の限界である5千塩基対に近づく。これに対して無脊椎動物の体細胞はテロメラーゼ活性を持つものが多く、脊椎動物でも魚類を始め、哺乳類のマウスやハムスター等の体細胞でもテロメラーゼ活性がある。また、類人猿を含む霊長類でもテロメア長は4万から5万塩基対もあり、一生のうちに増殖限界までテロメアが短縮することはない。つまりヒトはテロメア短縮が個体の老化に関わる可能性のある例外的な動物といえる。
カロリー制限と寿命(マウス) 1935年のMcCayらの報告以来数多くの研究 酵母、線虫、ショウジョウバエ、魚類でも確認された。霊長類で検討中。
カロリー制限と寿命延長のメカニズム 線虫でインスリン受容体/IGF-I 受容体のホモログをコードするdaf-2 遺伝子の変異体が長寿に関係 転写因子であるPHA-4およびSKN-1が関与(インスリン/IGF-I シグナル伝達経路とは別) Sir2遺伝子の活性化 Sir:silent information regulator(サーチュイン) NADを加水分解すると同時にアセチル化されたヒストンからアセチル基を取り去る反応(NAD依存性ヒストンデアセチラーゼ)を触媒→ヒストンは不活性はクロマチン構造(サイレンシング)をとり遺伝子の発現を抑制する サーテュイン:Sir2類似蛋白(ヒト) ぶどうの皮や赤ワインに含まれるレスベラトロールというポリフェノールが強いサーテュイン活性作用
生物の寿命についての一考 -短命で種族繁栄- 地球上の最初の生命体である植物、昆虫 :短命であるものの繁殖能力が高い。 個体が長命であるより、子孫を短期間に次々と受け継いだほうが新しい環境に適応能力をもった強い種族を繁栄させることができる。
細胞の老化 細胞の老化とは、細胞が死滅して数が減少すること。 特に、ある時期以降細胞増殖しない臓器(脳、筋肉)で顕著である。 加齢色素(リポフスチン) 細胞内の形態変化で最も特徴低なのがリポフスチンの蓄積 心筋細胞、神経細胞に特に著明 その実態については今尚不明。おそらく蛋白質主体で老廃蛋白質の細胞外排泄遅延の産物ではないかを考えられている。 細胞の脱落=apoptosis 普遍的に見られる現象 神経系、内分泌系、免疫系に顕著 これによりホメオスターシス機能が減弱する。 細胞形態の変化 細胞容積の増加、ミトコンドリア数の減少、二核細胞の出現
加齢に伴う臓器重量の変化 最大値を100とした 一般的に10-20歳台がピーク 臓器毎に萎縮進行の速さは様々
中枢神経系 ニューロン数は100億ぐらい、毎日5-10万程度の脱落 細胞の減少は大脳皮質で著明、脳幹では軽度 血流量は15-20%減少する 神経伝達機能では、コリン系で大脳皮質、尾状核のコリンアセチルトランスフェラーゼの減少、ドーパミン系でもレセプターの減少 生理的な老化は、リポフスチン。病的老化は、βアミロイド(アルツハイマー病)、神経原線維変化、レビー小体(パーキンソン病) 機能面では、記憶と認知機能の低下が特徴的
循環器系 心筋肥大、線維組織や脂肪組織の増加、弁膜変性、石灰化、刺激伝導系の障害、アミロイド、リポフスチンの沈着 収縮機能は比較的保持されている。拡張障害のほうが出やすい。 左房負荷の増大→心房細動の増加 収縮期圧の上昇→脈圧の増大、左心肥大 大動脈壁の進展性の低下、細小動脈壁の肥厚 加齢とともに収取期圧の上昇、拡張期の変化はない βレセプターの反応性低下 最大心拍数の減少→運動予備能の低下 カテコールアミンに対する反応の低下、頚動脈洞反射などの動脈圧受容器反射 (Baroreflex)機能の低下→血圧の動揺が激しく、自動調節能が障害されて、主要臓器の灌流が低下する。 低レニン・低アルドステロン 血中カテコールアミン、ANPの上昇
呼吸器系 コラーゲン、エラスチンなどの変性によって硬化する。 気管、主気管支の拡張、石灰化 小気道は虚脱・閉塞 してクロージングボリュームが増加するため、換気-血流不均衡が起こり、血中酸素濃度が低下する。 弾性線維が減少し弾性収縮力が低下→肺は過膨張 肋軟骨の骨化や呼吸筋の萎縮によって胸壁コンプライアンスが低下する。 肺活量の減少、残気量の増加、呼気流速の低下 気道の繊毛運動の低下:特に喫煙者に強い。 嚥下反射、咳反射の低下による誤嚥性肺炎の危険が高まる。
消化器系 比較的良く維持されるので、臨床的に問題になることは少ない。 口腔内衛生状態は悪化 唾液分泌量の減少による口腔内乾燥、歯牙の脱落、適正な歯磨きが困難になってくることなどが原因。 胃:胃粘膜の萎縮と粘膜上皮の線維化する。胃酸分泌は当初亢進するが、腸上皮化生を伴う萎縮性胃炎が進行して胃酸分泌は低下する。また、食道裂孔ヘルニアや胃前庭部運動機能不全のために胃液の逆流が起こりやすくなる。 肝臓はタフ!
骨・運動器系 骨 関節 筋肉 産生と吸収のバランス、35歳以降吸収>産生 骨の喪失:年間0.2%、閉経期後の女性は年間1%。 病的老化現象と考えられる病態が骨粗鬆症 エストロゲン欠乏により骨吸収亢進、男性においても性腺機能低下(アンドロゲン)により骨塩減少。 加齢の伴い骨中のInsulin-like growth factor(IGF)-1が低下し骨塩量の減少をおこす。 Klotho遺伝子が骨代謝回転に関与するとの動物実験。ヒトでも加齢による骨塩減少にklotho遺伝子が関与している可能性がある。 関節 結合組織:コラーゲンの変性(架橋化)によって柔軟性の低下、弾力性の低下→関節腔、椎骨間腔の狭小化 筋肉 高齢化に伴って萎縮、菲薄化する。
腎・泌尿器系 腎の萎縮、ネフロンの減少 輸入細動脈の硝子様変化を主体とする細動脈硬化性腎硬化、基底膜肥厚、メサンギウムの拡大が生じる。 尿細管では萎縮と基底膜の不規則な肥厚。 結果として、腎血流量、糸球体濾過率、尿細管排泄、尿濃縮能の低下 膀胱、尿道では筋成分が膠原線維を主体とした結合組織に変わる。結果、膀胱容量は減少する。 前立腺は性ホルモンと深く関係していて、テストステロンの減少、エストラジオールの増加により前立腺肥大がおこる。
内分泌系 最も顕著な変化は性ホルモンの低下である。 一方、甲状腺、副甲状腺、副腎には、大きな変化認めない。 加齢による耐糖能の低下 農耕民族である日本人はインスリン分泌不全が多かったが、近年食生活の欧米化、内臓肥満の増加によりインスリン抵抗性が増加している。