南極昭和基地の局地風 気象学研究室 修士2年 小松麻美 (気象庁ホームページより)
目次 1.はじめに 2.南極全域の気象の概観 3.南極大陸での局地風 a) カタバ風 b) バリア風 4.昭和基地周辺の局地風 b) 下層の強風 5.昭和基地における再解析データの精度 6.まとめ 7.今後の課題
氷の塊である大陸や非常に低温な環境など他には見られない特徴を持つ南極では局地風が気象現象として重要な役割を持っている。 1.はじめに 氷の塊である大陸や非常に低温な環境など他には見られない特徴を持つ南極では局地風が気象現象として重要な役割を持っている。 しかし南極は地理的条件などから観測点が少なく、他の地域に比べ南極で起こる気象現象にはあまり着目されていなかった。 また現業天気図の少ない南極大陸で総観場を理解する為に客観解析データの利用は非常に有用であるが、観測点が少ない南極では客観解析データの精度はあまり良くないとされている。 この研究の目的は、日本の基地である昭和基地周辺の局地風を理解することで、周辺の循環場を明らかにすることである。 更に昭和基地での客観解析データの精度を調べ、客観解析データを利用することで、風の水平的な広がりや総観場の理解を深めるようにする。
南極大陸の地形 面積1400万km2 (日本の国土面積は38万km2) 98%は陸氷 南極沿岸は等高線が込んでおり断崖絶壁になっている。 SYOWA STATION 図2 昭和基地側から見た南極大陸の鳥瞰図. 等高線間隔は500m. 図1 南極大陸の地形図. 等高線間隔は500m. 水色の領域は海. 南極沿岸は等高線が込んでおり断崖絶壁になっている。 東南極で標高が高く、南極大陸の最高点Vinson Massif (高度4,897m)も東南極に位置している。
2.南極全域の気象の概観 最低気温-89.2℃ (1983.7.21 Vostok基地) 南極の地勢は南極の気候・気象を大まかに決めている。 (国立極地研究所, 1991,南極の科学 1 総説) 3 南極の地勢は南極の気候・気象を大まかに決めている。 一般に低気圧は南極大陸周辺海域で形成され、沿岸を時計回りに動き、時には上陸することもあるが、大陸中央までは移動しない。上陸の際、沿岸部で降水現象を起こし、熱輸送を行い、斜面下降風を引き起こすこともある。
a) カタバ風 3.南極大陸での局地風 カタバ風の一般的特徴 カタバ風:斜面上で空気が冷やされて出来る下降風 カタバ風:斜面上で空気が冷やされて出来る下降風 カタバ風の一般的特徴 特に晴れた夜間、放射冷却により発生しやすい 吹き始めおよび吹き終わりは突然起こる 風速が突然上昇し、風向・風速が定常的となる 冷たい空気が運ばれることにより気温が低下する Ball(1956)による簡単なカタバ風モデル 境界層内の流れを定常・一様として、 浮力=(コリオリ力+気圧傾度力)+摩擦力 の力のバランスの元で式を解く。 斜面の勾配が強い程、また地表付近の空気とその外の層との温位差が強い程(つまり地表面付近の空気が冷やされる程)、カタバ風は強くなる。 図4 The geometry of the two-layer katabatic wind model. (King and Turner, 1997)
卓越する風の流線 サスツルギ 図5 Simulated streamlines of time-averaged surface winds over Antarctica (heavy lines) from Parish and Bromwich (1987) . Thin lines are elevation contours in 100-m increments. (Guo et al., 2003) 古典的なカタバ風モデルBall(1960)を基に水平解像度50kmで計算した結果とサスツルギ(南極大陸上の定常的な風の雪面の削剥により形成される模様。風上側に鋭く尖った稜線を持ち風下側に伸びている形状から風向が分かる)の観測結果を組み合わせて導き出した図
b) バリア風 山脈に平行に吹くバリア風 低気圧から吹く風が境界層内で、壁(バリア)となる高い地形に阻まれて迂回し山脈と平行に吹く風のこと。 図6 バリア風形成過程の図. Hは壁となる山の 高さ, hは強風層の高さ. (King and Turner, 1997)
4.昭和基地周辺の局地風 昭和基地周辺の地形 (69.00°S, 39.35°E, 海抜18m) 昭和基地はリュツォ・ホルム湾のオングル群島の中の東オングル島という大陸まで約4km離れた小島にある。 図7 昭和基地周辺の地形図. 等高線間隔は100m. 水色の領域は海.
使用データと解析期間 使用データ: 気象庁南極資料CD-ROM収録 昭和基地 ・毎時地表観測データ 昭和基地 ・毎時地表観測データ ・1日2回(00UTC,12UTC)高層ゾンデ観測データ 日本気象庁全球客観解析データ(GANAL)(1.25°格子) アメリカ環境予測センター(NCEP)再解析全球客観解析データ (dsn083.2) (1.°格子) 解析期間: 1999年1月から2003年12月までの5年間 (但し観測データと客観解析データとの比較はNCEP:dsn083.2が2000年以降のみのため、2000年1月から2003年12月までの4年間)
a) カタバ風 守田(1968)によるカタバ風抽出の条件 (a) 風速が1時間当たり50%以上の割合で増大する。 (b) 最大風速が6m/s以上である。 (c) 気温低下を伴って風速が増大する(但し風速15m/s以上では気温降下がなくてもよい)。 (d) 2時間以上にわたって風速が増大する。 (e) 気圧の変化から総観スケールの擾乱に支配されてないと判断される。 (守田康太郎(1968): 昭和基地で観測されるkatabatic風について. 国立極地研究所, 南極資料, 31, 21-32.) 図8 守田(1968)による1959~1961年のカタバ風の発生頻度.左は年別, 右は季節別の風向・風速頻度.
カタバ風の出現頻度 図10 1999年~2003年までの5年間におけるカタバ風事例の季節別の風向・風速の頻度. 夏(a), 春・秋(b), 冬(c). 図9 抽出されたカタバ風の月別頻度. 一番上の図は1999年~2003年までの5年間の月別積算頻度, 以下は年別・月別頻度.
夏の事例 図12 昭和基地ゾンデ観測データからの2001年1月の風と温位の高度分布. 図は風向・風速を矢羽で描いている(矢羽は5m/s). 黒い太線はカタバ風の抽出された時間を示している. 図11 2001年1月の昭和基地地上観測要素. 海面気圧(a), 気温(b), 風向・風速(c)(実線は風速(スケールは左側),点は風向(スケールは右側)), 下向き短波放射(d), 下向き・上向きの長波放射(e), 雲量(f). 黒い太線はカタバ風の抽出された時間を示している.
図13 昭和基地ゾンデ観測データによる2001年1月20日00UTC~23日00UTCの風と温位と湿度の高度分布. 実線は温位, 破線は湿度 図13 昭和基地ゾンデ観測データによる2001年1月20日00UTC~23日00UTCの風と温位と湿度の高度分布. 実線は温位, 破線は湿度. 右側には各高度に対応する風向・風速を矢羽で書いている(矢羽は5m/s).
日射により気温も日変化を示し、放射冷却で逆転層の生成と解消を繰り返している 安定度は比較的低い 風が強いのは高くとも地上2km位まで L L L L L L L L L 図14 気象庁全球客観解析データ(GANAL)による2001年1月21日00UTC~23日12UTCまで12時間おきの天気図.実線は海面気圧, 矢羽は地上風の風向・風速を示す. 夏の事例のまとめ 日射により気温も日変化を示し、放射冷却で逆転層の生成と解消を繰り返している 安定度は比較的低い 風が強いのは高くとも地上2km位まで
冬の事例 図16 期間が2000年5月である以外は図12と同じ. 図15 期間が2000年5月である以外は図11と同じ.
図17 期間が2000年5月10日12UTC~13日00UTCとなっている以外は図13と同じ.
気温の変化は日変化よりも総観スケールの擾乱の変化に対応している 月を通じて安定度は高い(安定成層が上空まで達している) H L L L L L L L L 図18 期間が2000年5月11日00UTC~13日12UTCとなっている以外は図14と同じ. 冬の事例のまとめ 気温の変化は日変化よりも総観スケールの擾乱の変化に対応している 月を通じて安定度は高い(安定成層が上空まで達している) 強風層の高さは2km位まで達している 低気圧が通り過ぎる際、東風の強風が吹いている
b) 下層(700hPa以下)の強風 前節のカタバ風抽出条件で検出された以外にも高さ3km以下でよく見受けられる強風帯がある。そのほとんどが高さ4~7kmの中層では風は弱いが、中には上層のジェット気流にもつながっている事例もあった(図)。 この風を調べるために700hPa以下で風速が10m/s以上の条件で1999~2003年までの5年間、1日2回のゾンデ観測データから強風を抽出し、その出現頻度を調べた。 図19 1999~2003年の昭和基地ゾンデ観測データからの下層強風帯の出現頻度. (a)は月別. (b)は季節別頻度.
極大値 1999~2003年までの5年間、1日2回のゾンデ観測データから250hPa以下で風の極大値を抽出し、その風速が10m/s以上の時の出現頻度を調べた。 図20 左は1999~2003年の昭和基地ゾンデ観測データにおける地上から高度10kmまでの極大値の高度別出現頻度で, 右は極大地の風向別出現頻度.
5.昭和基地における再解析データの精度 まず観測データと客観解析データの平均値と標準偏差を調べた。 2000年1月から2003年12月までの4年間について、地表、850hPa、500hPa、300hPaの各指定面で昭和基地に最も近い点(GANAL (68.75°S, 40.00°E), NCEP (69.00°S, 40.00°E))の00UTC, 12UTCの値と同時刻の地上・ゾンデ観測値とを比較した。 まず観測データと客観解析データの平均値と標準偏差を調べた。 観測値と客観解析データの地上における分散と500hPaにおける分散図を調べた。 次にジオポテンシャルハイト(地上では海面気圧)・気温・風速の3要素について客観解析データと観測データの観測値の二乗平均平方根誤差RMSE(Root-Mean-Square-Error)を計算した。
季節別の平均値
季節別の標準偏差 (Standard Deviation)
季節別の二乗平均平方根誤差RMSE (Root-Mean-Square-Error)
図21 2000年5月の海面気圧, 地上気温, 地上風速の時間変化.太い実線が観測. 細い実線がGANAL. 破線がNCEP.
地上での観測と客観解析データの分散 地上での客観解析データのRMSE 図22 左は海面気圧,地上気温,地上風速のGANALと観測値の分散図. 右は使用データがNCEPである以外は左と同じ. 図23 海面気圧,地上気温,地上風速のRMSEの月別平均. 実線がGANAL. 点線がNCEP.
500hPaでの観測と客観解析データの分散 500hPaでの客観解析データのRMSE 図24 左は500hPaでのジオポテンシャルハイト,気温,風速のGANALと観測値の分散図. 右は使用データがNCEPである以外は左と同じ. 図25 500hPaのジオポテンシャルハイト,気温,風速のRMSEの月別平均. 実線がGANAL. 点線がNCEP.
客観解析データで見たバリア風 GANAL NCEP 図26 上はGANALの2000年5月9日12UTCの海面気圧と風向・風速を実線と矢羽で示し,等高度線を薄い実線で500m毎に引いている.下は実線で温位を,東西線分の風を右のカラーバーに対応する色で示している.また東風を実線で囲っている. 図27 使用データがNCEPである以外は図26と同じ.
6.まとめ 夏のカタバ風は日射の日変化に伴う高さ100~200mの逆転層の生成と解消を繰り返す。時間スケールは小さく、昭和基地のあるオングル島東側の大陸の方向から吹いていた。 冬にもカタバ風は観測されていたが、夏に比べ逆転層の持続時間は長く、強風層の高さも1.5~2kmと高かった。 特に大気が安定している冬に高度3km以下の継続時間が長い下層強風層が顕著であり、カタバ風とつながっている事例もあった。この下層強風層は、南極大陸の壁が左手となる東風はバリア風ではないかと考えられる。 冬季に地上1~2kmで低気圧が通り過ぎる際に東成分を持つ強風が吹くことが多く、地上から250hPaまでの10m/s以上の風速の極大の多くは高度1.5km以下であった。 NCEPとGANALの昭和基地における精度の比較を行った結果、地上を除きNCEPの方が誤差が少なかった。
南極における観測と予報実験計画 1956年 第1次日本南極地域観測隊 以後1958年第2次隊越冬不成立、1962~1965年昭和基地閉鎖を除き毎年観測を行っている。 1957年~1958年 国際地球観測年 (International Geophysical Year, IGY) 1979年 第1回地球大気開発計画全球観測(First Global Atmospheric Research Programme Global Experiment, FGGE) 1975年~1980 年 極域気水圏観測計画(Polar Experiment, POLEX) (FGGEの副計画) FROST (Antarctic First Regional Observing Study of the Troposphere) 英国南極研究所(British Antarctic Survey, BAS) 中心 3回の特別観測(Special observing periods, SOPs) が行われ、多くの観測データや高解像度の衛星画像が得られるようになった。 ⇒リアルタイムメソスケール気象予報を実施するには至らなかった AMPS (Antarctic Mesoscale Prediction System) 米国オハイオ州立大学バード極地調査センター (Byrd Polar Research Center of the Ohio State University, BPRC) 中心 2000-01米国南極研究計画(United States Antarctic Program, USAP)観測期(夏期;10月-2月)より 1日2回の提供が始まった。本来この計画は2年間の実験計画であったが、好評を奏したことから現在も予報は続いている。予報結果はホームページで見ることが出来る。
現在ホームページ上で公開されているAMPS予報結果 南極全域 格子点間隔30km 計算開始時刻2005年10月26日 12UTC 計算時間24時間 地上: 温度、湿度、ジオポテンシャル高度 ロス島を中心とした領域 格子点間隔3.3km 計算開始時刻2005年10月26日 12UTC 計算時間24時間 地上: 風向・風速
カタバ風・バリア風のメソモデルによる再現実験を行う 7.今後の課題 下層強風帯と低気圧の関連を明らかにする 風の立体構造の時間変化を調べる カタバ風・バリア風のメソモデルによる再現実験を行う (気象庁ホームページより)