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講師:佐藤勝昭 (東京農工大学工学部教授) 磁性工学特論2004-4-22 講師:佐藤勝昭 (東京農工大学工学部教授)

第1回(4/15)の復習 磁化、磁気モーメント 磁気ヒステリシス:磁性体を特徴づけるもの 磁界Hと磁化Mの関係(磁化曲線) 飽和磁化、保磁力、残留磁化 硬質磁性体、軟質磁性体、半硬質磁性体 それぞれの特徴を活かした応用がある。

第2回で学ぶこと なぜ初磁化状態では磁化がないのか: 磁区 磁区はなぜできるか: 磁極、反磁界、静磁エネルギー 磁気異方性 交換相互作用 磁壁 磁化のメカニズム:磁壁移動、磁化回転 磁区の観察

強磁性体の磁化曲線(ヒステリシス) O→B→C:初磁化曲線 C→D: 残留磁化 D→E: 保磁力 C→D→E→F→G→C: ヒステリシスループ 残留磁化 飽和磁化 保磁力 初磁化曲線 初磁化状態 Hcによる磁性体の分類 Hc小:軟質磁性体 Hc中:半硬質磁性体 Hc大:硬質磁性体 マイナーループ (高梨:初等磁気工学講座テキスト)

なぜ初磁化状態では磁化がないのか: 磁区(magnetic domain) 磁化が特定の方向を向くとすると、N極からS極に向かって磁力線が生じます。この磁力線は考えている試料の外を通っているだけでなく、磁性体の内部も貫いています。この磁力線を反磁界といいます。反磁界の向きは、磁化の向きとは反対向きなので、磁化は回転する静磁力を受けて不安定となります。 磁化の方向が逆方向の縞状の磁区と呼ばれる領域に分かれるならば、反磁界がうち消し合って静磁エネルギーが低下して安定するのです

磁化過程と磁区(domain) (a)は着磁される前、すなわち磁石としての性質を示さない状態を表しています。構造的に、内部のスピンは互いにうち消しあって磁石としての性質がゼロになるような配置をしています。外から磁界を加えると、 (b)のようにその方向を向くものが増え、 その体積も増えていきます。 (c)のように全部のスピンが 同一方向を向くとこれ以上 磁化が増えないので、飽和 したといいます。 (a) (b) (c)

磁化・磁極・反磁界 磁性体表面の法線方向の磁化成分をMn とすると、表面には単位面積あたり = Mnという大きさの磁極(Wb/m2)が生じる。 磁極からはガウスの定理によって全部で /μ0の磁力線がわき出す。このうち /2μ0の磁力線は外へ向かっており、残りの /2μ0は内側に向かっている。すなわち棒磁石の内部では、Mの向きと逆向きの反磁界が存在する。 反磁界の大きさHdは磁化Mに比例するが、比例係数を反磁界係数と呼びNで表す。Nは磁性体の形状のみによる無次元量で方位によって異なる。 - + M (a)磁化と磁極 反磁界 S N (b) 棒磁石からの磁力線

反磁界係数N: (近角強磁性体の物理より) Nのx, y, z成分をNx, Ny, Nzとすると、Hdi=-NiMi/0 (i=x,y,z)と表され、Nx, Ny, Nzの間には、Nx+ Ny+ Nz=1が成立する。 球形:Nx= Ny= Nz=1/3 z方向に無限に長い円柱:Nx= Ny= 1/2、Nz=0 無限に広い薄膜の場合:Nx= Ny= 0、Nz=1となる。 実効磁界Heff=Hex-NM/0 x z z Nz=1/3 Nz=1 Nx= 1/2 y z x Ny= 0 Nx=1/3 y y Nz=0 Nx= 0 x Ny=1/3 Ny= 1/2

反磁界と静磁エネルギー 磁化Mが反磁界Hdのもとにおかれると U=MHdだけポテンシャルエネルギーが高くなる。 一様な磁界H中の磁気モーメントMに働くトルクTは T=-MH sin 磁気モーメントのもつポテンシャルEは   U=Td= - 0MH sin d=MH (1-cos) エネルギーの原点はどこにとってもよいので ポテンシャルエネルギーはU=-M・Hと表される。 H=-Hdを代入すると反磁界によるポテンシャルの増加は U=M・Hd

表面磁極の分割による静磁エネルギーの減少 結晶表面をxy面にとる 表面でz=0とする 磁区の磁化方向は±z 磁区のx方向の幅d 磁極の表面密度 =Is 2md<x<(2m+1)d =-Is (2m+1)d<x<2(m+1)d 磁気ポテンシャルをLaplaceの方程式で求める + - z x y d

境界条件のもとにラプラス方程式を解くと =n An sin n(/d)x・exp n(/d)z 境界条件 (/ z)z=-0=/20 境界条件のもとにラプラス方程式を解くと =n An sin n(/d)x・exp n(/d)z 係数Anは次式を満たすように決められる (/d) n nAn sin n(/d)x =I/20; 2md<x<(2m+1)d = - I/20; (2m+1)d<x<2(m+1)d →An=2Isd/20n2 (x=0)=(2Isd/20) n (1/n2)sin n(/d)x 単位表面積あたりの静磁エネルギー =(2Is2/20) n (1/n2)∫0d sin n(/d)x =(2Is2d/20) n=odd (1/n3)=5.40104Is2d

磁気異方性 磁性体は半導体と違って形状・寸法・結晶方位とか磁化の方位などによって物性が大きく変化する。 1つの原因は上に述べた反磁界係数で、形状磁気異方性と呼ばれます。反磁界によるエネルギーの損を最小化することが原因です。 このほかの原因として重要なのが結晶磁気異方性です。結晶磁気異方性というのは、磁界を結晶のどの方位に加えるかで磁化曲線が変化する性質です。 電子軌道は結晶軸に結びついているので、磁気的性質と電子軌道との結びつき(スピン軌道相互作用)を通じて、磁性が結晶軸と結びつくのです。半導体にも、詳しい測定をすると異方性を見ることができます。これに比べ一般に半導体の電子軌道は結晶全体に広がっているので、平均化されて結晶軸に依存する物性が見えにくいです。

結晶磁気異方性 磁化しやすさは、結晶の方位に依存する。 鉄は立方晶であるが、[100]が容易軸、[111]は困難軸 z [111] 困難軸 y [100] [110] x 容易軸

円板磁性体の磁区構造 全体が磁区に分かれることにより、全体の磁化がなくなっている。これが初磁化状態である。 磁区の内部では磁化は任意の方向をランダムに向いている訳ではない。 磁化は、結晶の方位と無関係な方向を向くことはできない。磁性体には磁気異方性という性質があり、磁化が特定の結晶軸方位(たとえばFeでは[001]方向および等価な方向)を向く性質がある。 [001]容易軸では図のように(001)面内では[100][010][-100][0-10]の4つの方向を向くので90磁壁になる。 (a) (b) (近角:強磁性体の物理)

磁化のメカニズム 残留磁化状態 逆磁区の発生と成長

磁気力顕微鏡で見ると 磁気力顕微鏡(MFM)は、微小な磁石を尖端部にもつカンチレバーに働く磁気力を測定し画像化する。光学顕微鏡を使っては観測できない小さな磁区もMFMを使えば観測できる。 ミクロンサイズ カンチレバー 磁区 磁性体コートチップ 2μm x

ナノ構造磁性体の磁極 図は、シリコンに埋め込んだ100nm×300nmのサイズの磁性体ドットの電子顕微鏡像と磁気力顕微鏡像である。 白・黒の対が並んでいるが、白がS極、黒がN極である。 走査型電子顕微鏡 でみた磁性ドット像 磁気力顕微鏡で見た磁性ドット配列の磁気構造

mサイズの磁性体と環流磁区 表面に磁極を作らない磁気構造が環流磁区(closure domain)である。 90°磁壁にそって生じるわずかな磁極のため、MFM画像が見られる 90°磁壁 1μm シリコンに埋め込んだパーマロイ(Ni80Fe20) のMFM画像(佐藤研松本剛君測定)

ファラデー効果を用いた磁区イメージング ファラデー効果を用いて磁区を画像化 磁性ガーネットの磁化過程を見る B=0G B=4G B=2G 検光子 偏光子 対物レンズ 試料 穴あき電磁石 光源 CCDカメラ

光で見た磁区 Pt/CoMOディスクに記録された 200nmマークのSNOM像 Bi添加磁性ガーネット磁気光学像

第2回の演習問題 磁気ヒステリシスにおいて、H=0のときM=0であるが、磁界Hを増加するとともに磁化Mが増加し、ついに飽和することを磁区という言葉によって説明せよ。