人工知能特論2011 No.3 東京工科大学大学院 担当教員:亀田弘之
命題論理(Propositional Logic) 命題論理では、自然言語の文を単純化・ 形式化し、その枠組みで推理等を整理・ 体系化することを目指す。 例(推理の例): 泳げば、濡れる。(If P, then R.) シャワーをかかれば濡れる。(If Q, then R.) → 泳ぐかシャワーをかかれば濡れる。 (If P or Q, then R.)
命題論理の体系(概要) syntax(文法) semantics 記号の並びに関する規約(well-formed) 論理式とはどんな形式のものなのか。 semantics Well-formed な論理式相互の関係 真・偽
Syntax どのような形式言語にもシンタックスがある。 例: プログラミング言語(Java, C, Prolog etc.) XML (eXtensible Markup Language) HTML (HyperText Markup Language) UML (Unified Modeling Language) UNL (Universal Networking Language) etc.
定義3.1 命題論理の字母は以下の記号からなる。 アトム記号(atom)の集合A(非空集合) A ={ P, Q, R, … , P1, P2, …, Q1, Q2, …} 結合子(connectives): ~, ∧, ∨, →, ↔ 補助記号(右括弧と左括弧): (, )
定義3.1のコメント 命題論理はすでに述べたように、形式化された文に対して定義される。対象となる文は何らかの記号の列であり、その記号を 字母(alphabet)として定義している。 字母として {あ, い, う, …, あ1, あ2, あ3,…, い1,…, not, and, or, then, eq, [, ] } を採用してもよい。表現には自由度があるが論理体系としては同一である。
定義3.2 (well-formedな)論理式 (Well-formedな)論理式(formula)とは 以下のようなものである。 アトムは論理式。 ( if P ∈ A , then P is formula.) φが論理式ならば、~φは論理式。 φとψが論理式ならば、 (φ∧ψ), (φ∨ψ), (φ→ψ), (φ↔ψ) は論理式。
定義3.2のコメント 任意のアトムPは論理式(原始式ともいう) アトムではない論理式、例えば、~Pや(P→Q)は複合論理式ともいう。 Pがアトムのとき、Pと~Pをリテラル(literal)と呼ぶ。特に、Pを正リテラル(positive literal)、~Pを負リテラル(negative literal)と呼ぶ。
論理式の例 P (P∧Q) ~((P3∧P8)∨~Q2) ((P∨Q)→R) (P→(P→P)) (~P↔(~(Q∧P)))
問題:論理式でない例を3つ挙げよ。
定義3.3 命題論理言語 命題論理言語(propositional language)とは、所与の字母から構成される論理式全体の集合のことをいう。
定義3.3のコメント 定義3.1と定義3.2から得られる記号列全体のこと。 この場合、「記号列=論理式」である。 論理式は「形式文」ともみなせるので、 命題論理言語という言い方をする。
Semantics 文=論理式 には意味を与えることができる。 論理学ではまずは 「真と偽」を考える。 (「真・偽」以外は後日考察する。) (「真・偽」以外は後日考察する。) 今の段階では、∧や ~ は単なる記号であり、論理積や論理否定の意味はまだ導入されていない点に注意。これからそれらを導入する。
定義3.4 解釈 Intp 命題論理言語 L に対し、Lのアトムの集合をA とする。このとき、L の解釈 Intp とは、A から{T, F}への写像のことをいう。 ここで、TとFを真理値と呼ぶ。 解釈Intp: A → { T, F }
定義3.5 解釈の表現法 解釈 Intp はアトム A の集合の部分集合として記述することとする。 つまり、 Intp = { x | Intp(x) = T, x∈A }
解釈の例 A = { P, Q, R }において、 Intp(P)=T, Intp(Q)=T, Intp(R)=F のとき、これを Intp = { P, Q } と書く。また。 Intp(P)=T, Intp(Q)=F, Intp(R)=F のときは、 Intp = { P } と書く。
定義3.6 結合子の意味の定義 表.結合子の定義表 P Q ~P (P∧Q) (P∨Q) (P→Q) (P↔Q) T F 定義3.6 結合子の意味の定義 表.結合子の定義表 P Q ~P (P∧Q) (P∨Q) (P→Q) (P↔Q) T F これは真理値表である。
定義3.7 φを論理式、Intpを1つの解釈とする。 このとき、もしφの真理値がIntpのもとで T であれば、 「φは解釈Intpのもとで真である」 あるいは 「解釈Intpはφを満たす(満足する)」 という。
例 φ=~(P∧Q), Intp={P} のとき、 φの真理値はTとなるので、φはIntpのもとで真であり、Intpはφを満足する。
定義3.8 モデル φを論理式、Intpを解釈とする。このとき、Intpがφを満足するならば、「Intpはφのモデルである」という。また、「φはIntpをモデルとしてもつ」ともいう。
例 φ=((P∧Q)↔(R→Q)) Intp = { P, R } このとき、Intpはφのモデルである。 (各自確認せよ。)
定義3.9 モデル(その2) 論理式の集合をΣ、Intpを解釈とする。このとき、Σに属するどの論理式に対してもIntpがそのモデルになっているとき、「IntpはΣのモデルである」という。
例 Σ= { P, (Q∨R), (Q→R) } Intp1 = { P, R } Intp2 = { P, Q, R } Intp3 = { P, Q } このとき、Intp1とIntp2はΣのモデルであるが、Intp3はΣのモデルではない。 (各自確認せよ。)
定義3.10 論理的帰結 Σ:論理式の集合 φ:論理式 定義3.10 論理的帰結 Σ:論理式の集合 φ:論理式 このとき、Σのどのモデルもまたφのモデルになっているとき、「φはΣの論理的帰結(logical consequence)である」といい、 Σ |= φ と書く。また、「Σは論理的にφを含意する」などともいう。
定義3.11 論理的帰結(その2) Σ,Γ:論理式の集合 このとき、Σのどのモデルも論理式φ∈Γの モデルとなっているとき、「ΣはΓのモデルである」といい、Σ |= Γ と書き、また、「ΣはΓを論理的に含意する」という。
例 P = “私は外にいる” Q = “雨が降っている” R = “私は濡れる” このとき、 ( (P∧Q) → R ) かつ Q から ( P → R ) が結論付けられる。
つまり ( (P∧Q) → R ) , Q |= ( P → R ) (この証明は次の通り)
P Q R ((P∧Q)→R) (P→R) T F 解釈1 解釈2 解釈3 解釈4 解釈5 解釈6 解釈7 解釈8
つまり ( (P∧Q) → R ) , Q |= ( P → R ) (この証明は次の通り) これのモデルは、1,2,5,6の4つ。 これのモデルは、解釈2以外の解釈。 解釈1,5,6は これのモデル でもある。 これらに共通のモデルは、1,5,6の3つ。 (この証明は次の通り)
練習問題 Σ={(P∧Q), (P→R)} は Γ= {P,Q,R} を含意する、すなわち、Σ|=Γ であることを示せ。
定理3.1 演繹定理 Σ|=(φ→ψ) のとき、またそのときに限り、Σ∪{φ} |= ψ である。
証明 Σ∪{φ} |= ψ Σ∪{φ} のどのモデルもψのモデル Σのどのモデルも~φかψのモデル Σのどのモデルも(φ→ψ)のモデル Σ |= (φ→ψ)
定義3.12 論理的に等価(⇔) 論理式φとψは、 φ |= ψ と ψ |= φ とがともに成り立つとき、「φとψは論理的に等価である」といい、「φ⇔ψ」と書く。
定義3.13 論理的に等価(その2) 論理式の集合ΣとΓが論理的に等価であるとは、以下の条件が成り立つことを言い、 Σ⇔Γ と書く。 Σ |= Γ かつ Γ |=Σ
例 Σ = { P, ~Q, (P∨R)} , Γ = { (R∨P), (~R∨~Q), P, (P→~Q)} のとき、 Σ⇔Γである。 (各自証明せよ。)
定義3.14.1 φのどの解釈もφのモデルになっているとき、φは妥当(valid)であるといい、また、φは恒真式(tautology)であるという。 このとき、 |= φ と書く。
定義3.14.2 φの解釈の中にモデルが存在するとき、φは充足可能(satisfiable)である、あるいは、無矛盾(consistent)であるという。
定義3.14.3 φの解釈の中に1つもモデルが存在しないとき、φは充足不可能(unsatisfiable)である、あるいは、矛盾(inconsistent)であるという。
定義3.14.4 充足可能な論理式のうち、恒真式(ト-トロジ)でないものをcontigentという。
論理式の分類 Contigent 矛盾 Tautology 真のこともあれば偽のこともある 常に偽 常に真 充足不可能 充足可能
例(トートロジの例) (P∨~P) ( ( P∧(P→Q) ) → Q ) (各自で例を考えよ。)
命題3.1 Σ |= φ iff Σ∪{~φ} が充足不可能。 ただし、 Σ:論理式の集合 φ:論理式 (注) iff とはif and only if の略記法で、A iff B とは、AとBが同値であることを意味する。
証明 Σ |=φ iff φはΣのどのモデルに対しても真 iff Σ∪{~φ} はモデルを持たない iff Σ∪{~φ} は充足不可能
ここまでは前回の復習
論理式の標準形(Normal Form) 論理積標準形 論理和標準形 conjunctive normal form (CNF) disjunctive normal form (DNF)
定義3.15 論理和/積標準形 Aijをリテラルとするとき、 ∨∧Aij の形の論理式を論理和標準形といい、 ∧∨Aij の形の論理式を論理積標準形という。
例(論理和標準形) (P∧Q ∧ R)∨(~P ∧ Q ∧ R) ∨(P ∧ Q ∧ ~R) (注)論理回路のときには、 P・Q・R + ~P・Q・R + P・Q・~R などと書いていた。
例(論理積標準形) (P∨~Q)∧(P∨~R) (P + ~Q)・(P + ~R)
定理3.2 標準形の存在 任意の論理式 φ に対して、それと等価な CNF と DNF が存在する。 (証明は各自に任せます。)
そこで、例えば論理式(P∨~Q)∧(P∨~R) を { {P, ~Q}, {P, ~R} } などと書くことにする。 これ以降、論理式は CNF で考える。 そこで、例えば論理式(P∨~Q)∧(P∨~R) を { {P, ~Q}, {P, ~R} } などと書くことにする。 (P∨~Q)∧(P∨~R) の別表記法として { {P, ~Q}, {P, ~R} } を導入する。 この表現方法に 慣れてください。
練習問題 { ~P, Q} { {P, Q, ~R}, {~P,Q} } { {P, R}, {~P, ~R} }
定義3.16 節と節集合 節とはゼロ個以上の リテラルの並び のこと。 { P, Q, ~R } などと標記する。 定義3.16 節と節集合 節とはゼロ個以上の リテラルの並び のこと。 { P, Q, ~R } などと標記する。 節集合とは、節の集合のこと。
例 節: 節集合: { P, ~Q } { } (空節) { P1, Q3, R } { } (空節) { P1, Q3, R } 節集合: { { P, ~Q }, { }, { P1, Q3, R } }
Horn節とHorn節集合 高々(at most)1つの正リテラルしか持たない節の ことをHorn節という。 例: F=(P∨~Q)∧(~R∨~P∨S)∧(~P∨~Q)∧S∧~U F={ {P,~Q}, {~R,~P,S}, {~P,~Q}, {S}, {~U} }
例: G=(P∨~Q)∧(R∨~P∨S) G={ {P,~Q}, {R,~P,S} } (これはHorn節集合ではない)
導出原理(Resolution法)
定義 リテラルの相補性 リテラルAとBが相補的であるとは、 A=~B であるか B=~A であることである。 また、Aと相補的なリテラルをA*と書く。
定義 導出節(resolvent) 2つの節C1とC2に対して、C1に属する1つのリテラルAの相補的リテラルA*がC2に属しているとする。 このとき、 節(C1ー{A})∪(C2ー{A*}) をC1とC2からの導出節(resolvent)と呼ぶ。
定義 導出原理 2つの節から導出節を作り出すことを 導出原理という。 また、この操作による推論法をresolution法と呼ぶこととする。
導出原理の意味 {~P, Q}, {P} から {Q} を作り出す(導く)のが導出原理法であり、これは、いわゆる三段論法(modus ponens)に相当するものである。
練習問題 導出節をすべて求めよ。 { {A,~B,E}, {A,B,C}, {~A,~D,E},{A,~C} } (注)アトムとしてA,B,C,D,Eという記号を 用いた。今後は適宜さまざまな記号を 用いることとする。
答え(後日掲載します)
Lemma K1とK2が節集合Fの要素(節)であるとする。このとき、もしRがK1とK2の導出節ならば、F∪{R} はFと論理的に同値である。 すなわち、 F∪{R} F 証明は各自で挑戦してみてください。
定義 Res(F) Res(F) = F∪{ R | R はFからの導出節} Res0(F) = F Resn+1(F) = Res(Resn(F)) for n≧0 Res*(F) = ∪Resn(F)
練習問題 Resn(F) (n=0,1,2) をそれぞれ求めよ。 ただし、 F={ {A,~B,C}, {B,C}, {~A,C}, {B,~C}, {~C} }
Resolution定理 節集合Fに対して、Fが充足不可能であることと、□∈Res*(F) であることとは同値である。 F is unsatisfiable □∈Res*(F) .
推論とは 推論(inference)とは、いくつかの命題(論理式)からなる前提(premise)から、1つの 命題(論理式)を結論(conclusion)として導き出す過程のこと。例えば、 彼はギリシア人かインド人である。 彼がギリシア人ならば彼はギリシア語を話せる。 彼はギリシア語を話せない。 したがって、 彼はインド人である。 前 提 結 論
分析 P = 彼はギリシア人である Q = 彼はインド人である R = 彼はギリシア語を話せる とすると、 (P∨Q)∧(P→R)∧~R 故に、Q
(P∨Q) (P→R) ~R ---------------------------------- Q
この推論の正しさを示すためには、前提がすべて真のとき結論も真であることを示せばよい。つまり、 この推論の正しさを示すためには、前提がすべて真のとき結論も真であることを示せばよい。つまり、 (P∨Q)∧(P→R)∧~R |= Q が成り立つことを示せばよい。
そこでまずは、… Resolution法の妥当性を確認しよう! {~P, Q}, {P} |= Q (~P∨Q)∧P |= Q P Q F
Resolution法を用いた証明方法 Σ |= φ を証明するには、 Σ∪{~φ} |= □ を示せばよい。 Σ |= φ を証明するには、 Σ∪{~φ} |= □ を示せばよい。 (演繹定理とResolution定理より。) つまり、前提であるΣに証明したいφの否定を追加すると矛盾が生じることを示せばよい。(いわゆる“背理法”。)
証明: (P∨Q)∧(P→R)∧~R |= Q これにresolution法を適用する。 (次のスライド参照)
{ {P,Q}, {~P,R}, {~R}, {~Q} } {P,Q} {~P,R} {~R} {~Q} {P} {~P} □
問題:次の推論は正しいか? 山田か田中が参加できれば、この企画は成功する。 山田が海外に出張中であれば、山田はこの企画に参加できない。 田中も忙しければ、この企画に参加できない。 山田は海外に出張中であるが、田中は忙しくない。 故に、この企画は成功する。
P=山田はこの会議に参加できる Q=田中はこの会議に参加できる R=この会議は成功する S=山田は海外出張中である T=田中は忙しい (P∨Q)→R, S→~P, T→~Q, S∧~T |= R
(P∨Q)→R, S→~P, T→~Q, S∧~T |= R
((~P∨R)∧(~Q∨R))∧(~S∨~P)∧(~T∨~Q)∧S∧~T |= R
(~P∨R)∧(~Q∨R)∧(~S∨~P)∧(~T∨~Q)∧S∧~T ∧ ~R これから、 Res*(F) を求めるとこの中には□が含まれない。 ということは、この推論は誤っている。 (真理値表を書いて確認せよ。)
練習問題 次の論理式はトートロジであることを示せ。 F=(~B∧~C∧D)∨(~B∧~D) ∨(C∧D)∨B
練習問題 F = A∧B∧C が次の論理式の帰結であることを示せ。( G |= F ) G={{~A,B},{~B,C},{A,~C},{A,B,C}}
推論の完全性・健全性
今後の予定 述語論理の導入 ユニフィケーション 述語論理における導出原理 など 述語論理のシンタックス 述語論理のセマンティックス 標準形(冠頭標準形) ユニフィケーション 述語論理における導出原理 など
参考文献 ライプニッツの哲学 ー 論理と言語を中心に ー, 石黒, 岩波書店(1984). Beginning Logic, E.J.Lemmon, Chapman & Hall/CRC(1965). 情報科学における論理,小野寛晰,日本評論社(1994). 1は言語哲学の本です。論理学をより深く学ぶ場合、一度目を通しておくとよいと思います。2は論理学の古典的名著の1つです。日本語訳もあります。 3は皆さんのような人たちの学習参考書です。