エンタングルメント・エントロピー と 重力エントロピーの双対性

Slides:



Advertisements
Similar presentations
1 宇宙は何からできてくるか ? 理学部 物理 森川雅博 宇宙を満たす未知のエネルギー:暗黒エネル ギー 局在する見えない未知の物質:暗黒物質 銀河・星・ガス 何からできているか … 2006/7/25.
Advertisements

熱流体力学 第4章 番外編 熱力学的系 状態方程式 熱力学で扱う偏微分公式 熱力学の第一法則(工学系と物理系)
Dynamical Lifshitz spacetimes and aging phenomena 2013 年 3 月 25 日露共同研究ミニワークショップ 吉田 健太郎 ( 京大理 ) 鵜沢報仁 ( 関西学院大 ) 氏 との共同研究: arXiv: [hep-th] 1.
相対論的場の理論における 散逸モードの微視的同定 斎藤陽平( KEK ) 共同研究者:藤井宏次、板倉数記、森松治.
111 Coset construction of gravity duals for NRCFTs 基研研究会「場の理論と弦理論」 2009 年 7 月 9 日 京大 理学部 吉田 健太郎 Sakura Schäfer Nameki (Caltech), 山崎雅人 ( 東大& IPMU) との共同研究に基づく.
ブラックホール時空での摂動 冨松 彰 御岳セミナー 2011.9.1. 内容 1. Anti-de Sitter (AdS) BH と第1法則 2. BH− 円盤系における電磁波の伝播.
◎ 本章  化学ポテンシャルという概念の導入   ・部分モル量という種類の性質の一つ   ・混合物の物性を記述するために,化学ポテンシャルがどのように使われるか   基本原理        平衡では,ある化学種の化学ポテンシャルはどの相でも同じ ◎ 化学  互いに反応できるものも含めて,混合物を扱う.
AdS Branes and Symmetries
高柳 匡 東京大学数物連携宇宙研究機構 (IPMU)
自己重力多体系の 1次元シミュレーション 物理学科4年 宇宙物理学研究室  丸山典宏.
・力のモーメント ・角運動量 ・力のモーメントと角運動量の関係
ゲージ/重力対応の直接検証と ブラックホールの弦理論的記述
第2回応用物理学科セミナー 日時: 6月 2日(月) 16:00 – 17:00 場所:葛飾キャンパス研究棟8F第2セミナー室
木村 匡志 極限ブラックホール近傍の 高速粒子衝突における “バックリアクション“の影響について (YITP 元OCU)
電荷を持つ5次元ブラックホールにおける地平線の変形と特異点
周期境界条件下に配置されたブラックホールの変形
クラスター変分法と確率的情報処理 --Belief Propagation と画像処理アルゴリズム--
BRST対称性とカイラル対称性の破れの 格子QCDシミュレーションによる検証 scirqcd 帝京大学理工学部 古井貞隆
流体のラグランジアンカオスとカオス混合 1.ラグランジアンカオス 定常流や時間周期流のような層流の下での流体の微小部分のカオス的運動
重力レンズ効果を想定した回転する ブラックホールの周りの粒子の軌道
Is ``Quark-Gluon Plasma = Black Hole'' in string theory?
量子ブラックホールのホログラム的記述の数値的検証
◎ 本章  化学ポテンシャルという概念の導入   ・部分モル量という種類の性質の一つ   ・混合物の物性を記述するために,化学ポテンシャルがどのように使われるか   基本原理        平衡では,ある化学種の化学ポテンシャルはどの相でも同じ ◎ 化学  互いに反応できるものも含めて,混合物を扱う.
行列模型を用いたR×S3上のN=4 SYMにおける相関関数の数値的解析
原子核物理学 第4講 原子核の液滴模型.
超伝導のホログラフィック双対な記述に向けて
現実の有限密度QCDの定性的な振る舞いに
課題研究 Q11 凝縮系の理論  教授  川上則雄 講師 R. Peters 准教授 池田隆介  助教 手塚真樹  准教授 柳瀬陽一.
1次元電子系の有効フェルミオン模型と GWG法の発展
非エルミート 量子力学と局在現象 羽田野 直道 D.R. Nelson (Harvard)
原子核物理学 第8講 核力.
正規分布における ベーテ近似の解析解と数値解 東京工業大学総合理工学研究科 知能システム科学専攻 渡辺研究室    西山 悠, 渡辺澄夫.
確率伝搬法と量子系の平均場理論 田中和之 東北大学大学院情報科学研究科
重力・重力波物理学 安東 正樹 (京都大学 理学系研究科) GCOE特別講義 (2011年11月15-17日, 京都大学) イラスト
3パラメーター解の 相対論的・弦理論的解釈と タキオン凝縮について
Supersymmetry non-renormalization theorem from a computer
量子系における 確率推論の平均場理論 田中和之 東北大学大学院情報科学研究科
量子ブラックホールのホログラム的記述の数値的検証
量子力学の復習(水素原子の波動関数) 光の吸収と放出(ラビ振動)
LHC計画が目指す物理とは × 1:ヒッグス粒子の発見 2:標準理論を越える新しい物理の発見 未発見!
東邦大学理学部物理学科 宇宙・素粒子教室 上村 洸太
平成20年 4月 18日 (金) 高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所、理論研究系 西村 淳
広島大学、高エネルギー物理学特論 スーパーコンピュータで探る超弦理論
pp-wave上の共変的超弦の場 における低エネルギー作用
基研研究会「弦理論と場の理論---量子と時空の最前線」
超弦理論の数値シミュレーション 西村 淳 (KEK理論センター、総研大) 日本物理学会2009年秋季大会、素核合同シンポジウム
わかりやすいパターン認識 第7章:部分空間法  7.1 部分空間法の基本  7.2 CLAFIC法                  6月13日(金)                  大城 亜里沙.
Perturbative Vacua from IIB Matrix Model
曲がった時空上の場の理論の熱的な性質と二次元CFT
磯 暁 氏(KEK), 梅津 裕志 氏(OIQP) との共同研究
B03 量子論理回路の 最適化に関する研究 西野哲朗,垂井淳,太田和夫,國廣昇 電気通信大学 情報通信工学科.
インフレーション宇宙における 大域的磁場の生成
格子ゲージ理論によるダークマターの研究 ダークマター(DM)とは ダークマターの正体を探れ!
山崎雅人 東大 (本郷&IPMU), Caltech
Marco Ruggieri 、大西 明(京大基研)
Massive Gravityの基礎と宇宙論
α decay of nucleus and Gamow penetration factor ~原子核のα崩壊とGamowの透過因子~
Sine-Gordon Integrability of Classical String Solutions on AdS5 × S5
原子核物理学 第7講 殻模型.
ガウス分布における ベーテ近似の理論解析 東京工業大学総合理工学研究科 知能システム科学専攻 渡辺研究室    西山 悠, 渡辺澄夫.
大阪工業大学 情報科学部 情報システム学科 学生番号 B02-014 伊藤 誠
行列模型から4次元は出るのか? ~ガウス展開法とシミュレーションの進展と展望~
4.プッシュダウンオートマトンと 文脈自由文法の等価性
記者懇談会 重力の謎に迫る ~ブラックホール、ストリング、10次元宇宙~
第3回応用物理学科セミナー 日時: 7月10日(木) 16:10 – 17:40 場所:葛飾キャンパス研究棟8F第2セミナー室
媒質中でのカイラル摂動論を用いた カイラル凝縮の解析
Massive Gravityの基礎と宇宙論
ブレーンガスを用いた ダークマターの可能性
Hidden Yangian symmetry in sigma model on squashed sphere
? リー・ヤンの零点 これまでの格子QCD計算の結果 今年度の計画 リー・ヤンの零点分布から探る有限密度QCDにおける相構造の研究
Presentation transcript:

エンタングルメント・エントロピー と 重力エントロピーの双対性 研究会「超弦理論と宇宙」2008 エンタングルメント・エントロピー と 重力エントロピーの双対性 高柳 匡 (京都大学理学部)

文献   Ryu-T, hep-th/0603001, PRL96(2006)181602.      Ryu-T, hep-th/0605073, JHEP0608:045,2006. Hirata-T, hep-th/0608213, JHEP 0702:042,2007. Nishioka-T, hep-th/0611035, JHEP 0701:090,2007. Headrick-T, arXiv:0704.3719  Hubeny-Rangamani-T, arXiv:0705.0016   Azeyanagi-Nishioka-T, arXiv:0710.2956    笠-高柳, 日本物理学会誌 62(2007)421

内容 ① イントロダクション ② エンタングルメント・エントロピーとは? ③ AdS/CFTによるホログラフィックな解釈 ① イントロダクション ② エンタングルメント・エントロピーとは? ③  AdS/CFTによるホログラフィックな解釈 ④ ブラックホールへの応用 ⑤ まとめと今後の展望

①イントロダクション 一般相対論における重力的エントロピー ブラックホールのエントロピーは、   一般相対論における重力的エントロピー       ブラックホールのエントロピーは、   Bekenstein-Hawkingの面積則で計算される。 この公式は、理論の詳細によらず普遍的に成り立つ。 漸近的に平坦でも、(反)ドジッターでも良い。 物質場の詳細(例えば、スカラー場が何個?)に依存しない。

注) 超弦理論のような量子効果を取り入れた量子重力理論では、ブラックホールのエントロピーは面積則から変更を受ける。曲率が小さい極限では、その補正項は無視できるが、   小さなブラックホールでは、補正が重要になる。   この解析は、超弦理論における最近の話題の一つである  が、今回のテーマに本質的ではないので触れない。             [Ooguri-Strominger-Vafa, Dabholkar, Sen,… 04’~]

エントロピーが面積に比例することは、重力理論における 自由度が、実際には1次元低く見えることを示唆する。       ホログラフィーの原理  [t ‘Hooft, Susskind,…] 最も詳しく理解されているホログラフィーの例:AdS/CFT対応 等価 d+2次元の(量子)重力理論 d+1次元の場の理論など 例: ブラックホールのエントロピー =  熱力学的エントロピー         重力理論の分配関数 = 場の理論の分配関数

今回の話では、ホログラフィーの考え方を仮定すると エントロピーの面積則がブラックホール以外のもっと一般の 時空でも成り立つことを説明したい。    地平線の面積    =   熱力学的エントロピー     (BHエントロピー )          任意の最小曲面の面積 = エンタングルメント・エントロピー 重力側 場の理論側 拡張 拡張

② エンタングルメント・エントロピーとは? ② エンタングルメント・エントロピーとは? Quantum Entanglement (量子もつれ合い、絡み合い) の度合いを測定する量         「基底状態がどれほど量子的か?」をあらわす。 現在まで、様々な分野に応用されてきている。 量子情報、量子コンピューター(量子情報量の定義) 物性理論(低次元量子多体系のオーダーパラメーター) 量子重力理論(ブラックホールのエントロピーとの関係)

エンタングルメント・エントロピーの定義と性質 まず、多体系の量子力学において、全体系を部分系AとBに 二分割する。このとき、もとのHilbert空間は、二つの Hilbert空間の直積に分かれる 具体例: スピン系を2分割する。 A B

全体系の密度行列を   とする。 例えば絶対零度(純粋状態)では、           。 このときBを観測しない(Bをトレースアウトする)と仮定した場合の密度行列は、 と書け、これをAに制限した密度行列と呼ぶ。

この設定で、「Aに関するエンタングルメント・エントロピー」 を   に対するフォン・ノイマンエントロピーとして定義する。 もともとの系が純粋状態すなわちS=0であっても、部分系Bを 見えないと仮定することで、   は一般に非自明になることに 注意。

簡単な例 : スピン1/2を持つ二つの粒子系(2 qubit) Not Entangled ? ? Entangled ?

エンタングルメント・エントロピーの基本的性質 Aと Bの間に相互作用がなく独立 全体系が純粋状態の場合     熱力学エントロピーと違って示量的ではない! (iii) 有限温度では、一般に        である。    特に高温極限では、

(iv) 強劣加法性(Strong Subadditivity)  [Lieb-Ruskai 73’ ; See also Nielsen-Chuang’ text book 00’] ある種の凸性(Concavity)を表す B A C

場の理論におけるエンタングルメント・エントロピー 場の理論におけるエンタングルメント・エントロピーを考える。 時空Mは、d+1次元で定義され、静的であるとする。 このときHilbert空間をAとBの二つに分けるのを幾何学的に 行なえる。(幾何学的エントロピーとも呼ばれる。) B A

幾何学的エントロピーの物理的意味 観測者がBを観測できないと仮定したときに生じる     あいまいさ    ブラックホールのエントロピーと類似 AとBの(非局所的)相関     相関関数よりもウイルソンループに近いが、どんな場の        理論でも定義可能。     量子相転移に応用可能 (iii) 場の理論の自由度の一つの見積もり         実際、2次元では、central chargeに比例する。

場の理論は、無限の自由度を有するので、幾何学的エントロ ピーは紫外発散する。そのとき、最高次の項に関して次の 幾何学的エントロピーの面積則 場の理論は、無限の自由度を有するので、幾何学的エントロ ピーは紫外発散する。そのとき、最高次の項に関して次の 面積則が知られている(aは正規化のための格子間隔)。                       [Bombelli-Koul-Lee-Sorkin 86’, Srednicki 93’] これはブラックホールのエントロピーの面積則に似ている。                       実際に、量子補正に対応                            していると考えられている。                          [Susskind-Uglm 94’]                 

③AdS/CFTによるホログラフィックな解釈 ロピーの計算は、煩雑な量子的計算を要求する。 またブラックホールのエントロピーとの関係の理解を深めるに は、その重力的解釈が欲しい。 そこで、AdS/CFT対応を思い出してみると、この両方の問題を 解決する可能性が期待できる。     量子的な物理量       微分幾何学的量(古典的) 共形場の理論 超重力理論

Near horizon limit

AdS/CFT 対応(Poincare 座標)

AdS/CFTに基づくエンタングルメント・エントロピーの計算   漸近的にAdSd+2に近づく空間                      UV固定点を持つd+1次元の場の理論      主張                                  ここで、 は、d+2次元時空中のd次元の極小曲面 で、境界が部分系Aの境界と一致するもの。[Ryu-TT 06’]

コメント(1): このホログラフィックな公式は、Bekenstein-Hawkingのブラック ホールエントロピーの式と見かけ上同じであるが、   は、 一般にホライズンではない。 しかし有限温度のときに現れるAdSブラックホールを考えると    はホライズンの一部を覆う。その寄与は、熱力学的 エントロピーに相当する。 BH

直感的解釈      があたかもブラックホールのホライズンであるかのように振る舞い、Bの情報を中に隠している。

コメント(2): 幾何学的エントロピーの面積則の導出は、この公式を用いると とても容易である。 なぜならば、AdSの計量は、境界付近(紫外領域)で発散する からである。

[07’ Headrick-TT, 06’ Hirata-TT] コメント(3) 強劣加法性のAdS/CFTによる証明                [07’ Headrick-TT, 06’ Hirata-TT] A B C = A B C = この証明で明らかなように、余次元が重要な役割をする。 強劣加法性は、一般の量子多体系のホログラフィーの存在を示唆する。

この場合は、2次元共形場理論の結果が解析的に分かってい るので、完全な比較が可能。両者の一致が厳密に証明できる。 具体的比較(AdS/CFTの検証) AdS3/CFT2 この場合は、2次元共形場理論の結果が解析的に分かってい るので、完全な比較が可能。両者の一致が厳密に証明できる。 AdS3 z 測地線の長さ 測地線

超重力理論に対応するのは、共形場理論が強結合な領域なの で比較が困難。N=4超対称性ゲージ理論で、自由場の場合 (ii)高次元の場合 超重力理論に対応するのは、共形場理論が強結合な領域なの で比較が困難。N=4超対称性ゲージ理論で、自由場の場合 に比較すると数10%程度係数がずれるが、関数形は一致する。 高次元の場合に場の理論側からの一般的な理解は進んでいな い。エンタングルメント・エントロピーのスケーリングの一般論に 関しては、AdS/CFTを用いた計算が現在のところ唯ーの結果と なっている。 (AdS/CFTのbulk-boundary関係からある仮定のもとに示されたFursaev  06’ 。しかし最近、微妙な点があることがSchwimmer-Theisen 08’で指摘さ れ、高次元で面積則からのずれをAdS/CFTが予言する可能性もある。)

部分系Aの境界が球面の場合のスケーリング A universal quantity which characterizes odd dimensional CFT Conformal Anomaly (~central charge)

2次元AdS空間は、3次元以上のAdS空間とは違って、global座標だと境界が二つある。 ④ブラックホールへの応用  2次元AdS時空 時間 AdS2 CQM1 CQM2 2次元AdS空間は、3次元以上のAdS空間とは違って、global座標だと境界が二つある。

AdS2 は、4次元の電荷を帯びたBPSブラックホールの Near horizon極限で得られる。 AdS2/CFT1を仮定すると、2つの共形量子力学が、AdS2空間 上の重力理論(=4D ブラックホール)と等価ということになる。

そこで、二つのCFTのエンタングルメント・エントロピーを AdS/CFTによる前述の公式を用いて計算すると、 となり、4次元BPSブラックホールのエントロピーと一致すること が分かる。 このように見ると、 4次元BPSブラックホールについても、 二つのCFTのエンタングルメントを考えるとエントロピーの 微視的理解を得られることが分かる。                              [Azeyanagi-Nishioka-T 07’] AdS2/CFT1

高階微分項を含む重力作用の場合(Wald公式の導出) Wald Entropy !

⑤まとめと今後の展望 以上では、場の理論エンタングルメント・エントロピーを   ホログラフィーを用いて幾何学的に計算する方法について説明した。今後の課題は以下のとおり。 (1) ブラックホールのエントロピーの量子力学的解釈 (2) 閉じ込めなどの相転移の秩序変数 (cf. Klebanov-Kutasov-Murugan, Nishioka-TT 07’, Velytsky 08’) (3) トポロジカルな理論の解析の道具 (e.g. topological EE) (4) AdS/CFT対応や、一般にホログラフィー原理の定式化?         逆問題:CFTの情報で、dualな計量を完全決定できるか?   (5) AdS/CFT対応によるホログラフィックな計算を第一原理       的に行う。