環境表面科学 ~環境触媒~ 村松淳司
環境触媒とは何だ? 脱硝触媒 光触媒 脱硫触媒 など
環境触媒 自動車排ガス浄化触媒(NOx、CO、HC) 脱硝触媒(火力発電所などのNOx) ディーゼルパティキュレート浄化触媒 ダイオキシン分解触媒 フロン分解触媒 環境光触媒(NOx、VOC、有機成分など) VOC分解触媒(揮発性有機成分、sickhouse症候群の原因) オゾン分解触媒 脱臭触媒 自動車をはじめ、身の水浄化触媒(硝酸イオン、アンモニアなど) などなど
環境触媒 これは、日本が世界に先駆けて提起した技術発想で、1)水処理、2)脱臭、3)排ガス浄化、4)防汚・抗菌・殺菌の4分野を中心に、生活・社会・産業環境のクリーン化に役立つ高機能の触媒を指します。現在の市場は推定で約2000億円ですが、2005年には10倍の2兆円規模に急成長すると予測され、多種多様な応用開発が進んでいます。とくに、光をあてるだけで反応活性を示す「光触媒」は、高温超伝導体の実用に比較されるほど革新的な触媒で、日用品から燃料電池まで幅広い用途で環境問題の解決に貢献すると期待されています。 (広告577,平成12年2月4日掲載)
●環境触媒の用途と市場予測 三菱総合研究所の調査によると、触媒を組み込んだ装置などを含む環境触媒の市場は、全体で約2000億円に達し、うち光触媒が約400 億円を占めると推定されます。これが2005年には、全体で10倍の2兆円。なかでも光触媒は20倍の1兆1000億円強に急拡大すると予測されています。
●環境触媒の用途と市場予測 分野別の予測は次のとおりです。 1)下水し尿処理、水殺菌処理など水処理分野で3500億円、2)冷蔵庫や石油暖房機などの脱臭、消臭・抗菌繊維など脱臭分野で9100億円、3)自動車エンジンや船舶用ディーゼルエンジン、ダイオキシン除去装置などの排ガス浄化分野で4000億円、4)建材・インテリア用品・トイレなどの防汚・抗菌・殺菌分野で2400億円。
●脱硝触媒 脱硝触媒は、光触媒と並ぶ主要な環境触媒です。NOx(窒素酸化物) の分解反応を助けて、無害な窒素ガスと酸素ガスにします。HC、CO、NOx の3成分を同時処理する三元触媒など、反応活性の高い脱硝触媒の開発が進んでいます。すでに自動車排ガスの触媒燃焼に活用されていますが、今後はディーゼルエンジンを搭載したトラックや船舶の排ガスに含まれるNOx の低減化への応用が強く望まれています。
脱硝触媒といっても2種類ある ボイラー、自家発電装置、燃焼炉等各種固定燃焼装置、金属エッチングなどから発生する窒素酸化物(NOx)の除去。還元剤としてアンモニアを使用する選択的還元法触媒。 NOx(窒素酸化物) の分解反応触媒。炭化水素(HC)、CO、NOx の3成分を同時処理する三元触媒 =自動車触媒
光触媒
光触媒の特異性 電子と正孔の生成 電子+プロトン→水素生成 表面機能とバルク機能の両方の制御が必要 光励起はバルクの役割 水素生成は表面触媒機能 表面機能とバルク機能の両方の制御が必要
本多・藤嶋効果 水→水素発生 解説 光利用効率を上げることが必須
光触媒入門 -環境浄化から光エネルギー変換まで- 1.光触媒とはなにか 触媒は「それ自身は変化することなく化学反応を促進する物質」と定義されます。光触媒はこれに「光照射下で」という条件が加ります。身近に見られる光触媒の例は、植物の光合成で重要な働きをしている葉緑素(クロロフィル)でしょう。
図1 植物の光合成も一種の光触媒反応
光触媒特許件数の推移
光触媒特許数(物質別)
光触媒 しかし、残念ながら光合成をできる光触媒を人類はまだ作り出せていません。最近、世間で注目を集めている光触媒は、葉緑素のような有機色素ではなく半導体です。光によって機能する半導体素子(デバイス)には、太陽電池、光ダイオード、光トランジスターなど、いろいろあります。これらが光->電気変換、光->電気信号制御をするのに対し、光触媒は光->化学反応制御をするものであるといえます。半導体光触媒の一般的機能としては、脱臭、抗菌・殺菌、防汚、有害物質の除去、ガラス・鏡の曇り防止、などがあります。
光触媒の用途別マスコミ発表件数 空気清浄機、脱臭フィルター等 52 外壁、外装、建材、テント等の防汚 36 抗菌・脱臭用繊維および紙 15 空気清浄機、脱臭フィルター等 52 外壁、外装、建材、テント等の防汚 36 抗菌・脱臭用繊維および紙 15 蛍光ランプ、街路灯関連の防汚 14 浄水・活水器 14 防汚・抗菌タイル(内装、外装) 10 道路、コンクリート、セメント 10 キッチン関連の防汚・抗菌 10 自動車の防汚コーティング 3 防藻 3
図2 光触媒を応用した商品の例 (a)空気浄化用疑似観葉植物、(b)蛍光灯、(c)自動車サイドミラー用水滴防止フィルム、(d)自動車のコーティング、 (e)光触媒をコートしたテント(右側は未処理)、(f)光触媒コートしたビルの壁面、(g)街灯のカバー、(h)コップ
2.光によって起こる反応 光によって起こる反応を一般に光化学反応と言います。光触媒によって起こる反応(光触媒反応)も一種の光化学反応ですが、従来の光化学反応とはメカニズムが違います。光触媒反応と光化学反応および通常の触媒反応の違いを図3に示します。
図3 光化学反応、触媒反応と光触媒反応の違い
一般的な光化学反応は反応する分子が光を吸収して光励起し化学反応を起こします。この場合、反応を推進する力は光エネルギーです。一方、通常の触媒反応は分子が触媒上に吸着して活性化状態になり反応を起こします。反応を推進する力は熱エネルギーです。
光触媒反応は、まず光触媒が光を吸収して励起状態になり、その上に分子が吸着して活性化状態になって反応します。光触媒反応の基本的な推進力は光ですが、光が関与しない、熱エネルギーによる触媒作用が含まれることが多くあります。光によって通常の触媒ができ、光を切っても反応が継続する場合があります。できた触媒の寿命が非常に短いときには、光照射中にしか反応が起こらず光触媒反応のように見えるので、このような触媒も光触媒として取り扱われています。
3.光のエネルギー 光触媒の話に入る前に光について話しておく必要があるでしょう。光化学反応でも光触媒反応でもすべての光が使えるわけではなく、あるエネルギー以上の光だけしか使えません。光のエネルギーは波長によって決まります。図4に示したように、光のエネルギーは波長が短いほど高くなります。この関係は次の式で表されます。
図4 光のエネルギーと波長 光のエネルギー(eV, 電子ボルト) =(プランクの定数)×(光の速度)÷波長(nm、ナノメートル) =1240÷波長(nm)
人間の目が見ることができる可視光は波長が約0. 4から0. 8ミクロン(1ミクロン=1、000nm)ですから、可視光のエネルギーは約1 人間の目が見ることができる可視光は波長が約0.4から0.8ミクロン(1ミクロン=1、000nm)ですから、可視光のエネルギーは約1.6から3.1eVとなります。400nmより短い波長の光を紫外線と言い、光触媒のほとんどは紫外線領域で働きます。太陽光には紫外線がエネルギーとして約3%含まれており、蛍光灯の光にもわずかですが紫外線があります。白熱電球の光には紫外線はありません。
4.半導体の光励起と光触媒反応 光触媒になるものには大別して半導体と色素(有機金属錯体)があります。ここでは半導体、中でも光触媒として近年もっとも使われている二酸化チタン(TiO2、以下、酸化チタンと呼ぶ)についてのみ述べます。酸化チタンはn型半導体に属し、電子によって電気を通すタイプの半導体です。
図5 光による半導体のバンドギャップ励起
図5に示したように、酸化チタンにあるエネルギー以上の光が当たると、酸化チタンを構成している電子(価電子帯電子)が励起して、上のレベル(伝導帯)の電子になります。これが半導体の光励起状態です。価電子帯(下のレベル)と伝導帯のエネルギー差をバンドギャップエネルギーといい、酸化チタン(アナタース型の場合)のそれは3.2eVです。これを上の式で光の波長に換算すると約390nmになります。
電子が伝導帯に光励起されると、価電子帯には電子の抜け跡が残ります。これを正孔(hole、ホール)と言います。これらの電子と正孔が光触媒反応を起こすことになります。ここで注意しなければならないことは、光で電子が励起されてもエネルギーが変わっただけで空間的位置は動いていないということです。そのままでは電子と正孔はマイナスとプラスの電荷なので再び結びついて(再結合という)元の状態に戻ってしまいます。光触媒反応が起こるためには電子と正孔の寿命が長くなる必要があるのです。
バンドギャップ 価電子帯(valence band) 共有結合型の結晶内電子の量子状態エネルギー準位において電子が完全に満たされているエネルギーバンドをいう。充満帯ともいう。 伝導帯(conduction band) 共有結合型の結晶内電子の量子状態エネルギー準位において電子が一部分だけ満たされているエネルギーバンドをいう。伝導帯があると電子が結晶内を移動できるので導電性を生じる。
pn接合 接触させると二つの半導体のフェルミ準位は同じ準位になり、その結果、伝導帯と価電子帯は曲がって接続することになる。このpn接合部は空間電荷層と呼ばれ、電場勾配があるためにキャリアー(電子や正孔)はほとんど存在しない。pn接合は整流作用があるのでダイオードとして用いられる。さて、空間電荷層とその近辺が光照射されて価電子帯から伝導帯に電子が励起されると、電場勾配のために電子はn-型領域に、正孔はp-型領域に流れることになり起電力が生じる。これがp-n接合太陽電池である。
半導体+金属 n-型およびp-型半導体と金属の接触による半導体の電子構造の変化を図に示す。金属のフェルミ準位がn-型半導体のそれより低く、p-型半導体のそれより高い場合にはフェルミレベルが同じになるように電子移動が起こり、半導体表面の伝導帯と価電子帯に曲がりが生じる。すなわち、空間電荷層ができる。この空間電荷層は整流作用をするのでショットキー障壁(Shottky barrier)と呼ばれる。また、接合面に光照射すると起電力(pn接合より小さい)を生じ太陽電池となる。
半導体+水溶液 半導体と電解質溶液が接触すると、半導体と金属との接触と同様のことが起こる。図にn-型半導体と電解質溶液との接触による空間電荷層の形成を示す。p-型半導体については省略する。このようなショットキー型の障壁ができることは実験により確かめられている。この空間電荷層に光照射して電子-正孔対ができると、電場勾配のために電子はバルク方向へ、正孔は表面へと分離する。このような分離を電荷分離といい、半導体光電極や半導体光触媒で重要な役割を果たす。
5.本多―藤嶋効果と光触媒 半導体光触媒研究の歴史の中で30年ほど前に重要な発見がありました。本多と藤嶋は酸化チタン(ルチル型)を電極として光電気化学の研究をしているとき、光による水の分解を発見したのです。図6(a)のような酸化チタン電極と白金電極からなる電気化学セルを用い、酸化チタン電極に紫外光をあてると酸化チタン電極から酸素が、白金電極から水素が発生しました(実際にはバイアスが必要)。
この結果は、電気を使わなくても光によって水を酸素と水素に分解できる、すなわち、光エネルギーを直接、水素エネルギーに変換できることを示したものでした。当時、オイルショックで石油に変わる代替エネルギーが求められており、この発見は光エネルギー利用につながるものと考えられ、本多―藤嶋効果として有名になりました。半導体を光電極として水の光分解ができるのは、半導体表面に電子と正孔を分離する状態(空間電荷層)ができるためです。 空間電荷層(space charge layer) 半導体光触媒および半導体光電極の場合、半導体が電解質溶液に接触することによって生じる表面付近のバンドの曲がった領域をいう。電子が溶液と出入りすることによって生じる現象である。電子あるいは正孔がほとんど存在しない状態になっているので空乏層あるいは欠乏層(depletion layer)ともいう。空間電荷層によって整流機能や電荷分離機能が生じ、太陽電池や光触媒で重要な役割をする。
図6 (a)光電気化学セル、(b)光化学ダイオード (c)Pt担持光触媒
本多・藤嶋効果 n-型半導体電極と金属対極から 構成される半導体光電極セル TiO2光電極による水の光分解 -本多・藤嶋効果-
バンドギャップと、水の酸化・還元電位
分解力 様々な有機物を分解。雑菌や細菌をなくしたり、汚れのこびりつきや臭いの発生を防ぎます。
親水性 様水の汚れの下に入り込み、浮き上がることによって、汚れが流れ落ちます。
6.酸化チタン光触媒の特徴と応用 現在、用いられている光触媒は酸化チタン単独のものです。 現在、用いられている光触媒は酸化チタン単独のものです。 試薬として市販されている酸化チタンは白色の粉末ですが、光触媒はコーティング液あるいはいろいろな物にコーティングされた形で市販されています。 酸化チタン単独では水による光酸化は起こらなくなり、空気中の酸素による光酸化が起こるようになりますが酸化力に変わりはありません。
酸素による光酸化反応では一般に酸化チタンの粒径が小さいほど効率が高くなります。これは酸素の酸化チタンへの吸着が粒径が小さいほど起こり易くなるためと考えられます。コーティングをするためにも粒径の小さい方が有利になります。酸化チタンの結晶形には低温で安定なアナタース型とブルッカイト型、高温まで安定なルチル型があります。このうち市販の光触媒として使われているのは微粒子を作りやすいアナタース型です。
図7 酸化チタン薄膜についた水滴は光照射に よって一様な水膜となる
酸化チタンには光酸化力の他にも優れた性質があります。それは光によって表面が水を強く吸着して超親水性になることです。図7に示すように、酸化チタン表面の水滴は光照射によって一様に広がり、表面をすき間なく完全に覆ってしまいます。これは光によって水が強く吸着するようになるためです。ガラスや鏡が水蒸気で曇るのは、小さな水滴がすき間なくつき光を散乱するからです。超親水性表面では水滴が表面全体に均一に広がるので透明になり曇らなくなります。さらに、酸化チタンでは表面に付いた汚れが表面での光酸化や水の光吸着によって浮き上がり、水(雨)によって流されます。これらの機能によって窓や鏡の曇り防止、建物外壁、自動車ボディーなどの防汚ができます。
超親水性とは逆の性質の超撥水性というのもあります。超撥水性表面には水や雪がまったくつきません。酸化チタンの超親水性を超撥水性材料とうまく組み合わせると、超撥水性効果を高めることができるという研究結果があり、今後の発展が期待されます。
7.光触媒の効果的な使い方 光触媒は光がなければ働きません。酸化チタンでは波長が390nm以下の紫外線が必要です。戸外では太陽光が利用でき、たとえ日陰でも十分な紫外線量が得られるので光触媒の効果は顕著です。 しかし、室内では窓から入る太陽光を除けば蛍光灯のわずかな紫外線しかありません。蛍光灯もカバーをつければ紫外線量は減るし、白熱電球では紫外線はまったく出ません。
7.光触媒の効果的な使い方 室内における光触媒の利用はシックハウス症候群を起こすような環境ホルモン物質、タバコなどの臭いの除去など、微量の物質の処理に限られます。 台所の油汚れなどを取るためには特別な紫外光源(殺菌灯など)が必要となります。ただし、市販のファン付き光触媒空気清浄機は通常、内部に紫外光源を持っているので処理能力は大きくなっています。
8.光触媒の評価法 市販されている光触媒はメーカーが効果があると宣伝していても実際の効果は確かめにくいのが実状です。窓ガラスや外壁面の汚れを取るような用途では、施工していない部分と比較すれば容易に判定できますが、環境ホルモンの除去などについては、一般家庭では判定しようもありません。 このような商品については性能、品質等の適正な評価方法を定め、一定の基準を満たした物であることを表示するシステムが必要でしょう。さもないと、まがい物が横行することになりかねません。
8.光触媒の評価法 光触媒の効果をあらわす量に光触媒活性があります。ここで通常の触媒(以下、熱触媒という)と光触媒では活性の表し方に違いがあることに注意しなければなりません。 熱触媒では触媒の量を増やせば増やすほど効果が上がります。すなわち、反応が速くおこります。したがって、熱触媒の活性は重量(通常、グラム)あたりで表されます。
8.光触媒の評価法 一方、光触媒では光が当たっている表面だけが働くので、入ってくる光を全部、吸収する量より多く使っても効果はあがりません。 したがって、光触媒活性を重量あたりで表すのは正しくありません。
8.光触媒の評価法 光触媒反応の速度は光の波長と強度によって変わります。これは熱触媒反応の速度が温度によって変わるのと同じです。 光触媒反応の速度は光の波長と強度によって変わります。これは熱触媒反応の速度が温度によって変わるのと同じです。 触媒活性は同じ条件で比較しなければ意味がありません。熱触媒については触媒量と温度が測定されなければなりません。 光触媒では光の波長と光量(光強度)です。もっとも信頼できる方法は一定の波長で光量あたりの収率(量子収率という)を測定することです。 ところが、温度と違って光の波長と強度は簡単に測ることができないことが問題になります。
8.光触媒の評価法 そこで簡便な方法として、(1)標準光触媒と比較する、(2)同じ光源を使う、などが行われています。(1)については、光源が違っても構わない(本当は同じ方がよい)ので簡単ですが、標準が決まっていません。 よくデグサ社のP-25TiO2が使われますが、光触媒活性が製造ロットによって異なりますし、前処理等によっても変わります。一方、(2)として市販のブラックライト(殺菌灯)を使うなどがありますが、光源と光触媒との距離、光源の劣化などによって光量が異なります。
8.光触媒の評価法 結局、なかなか良い方法がないというのが現状です。 現在、「光触媒製品フォーラム」で標準化、規格化の作業が行われていますのでその成果に期待したいと思います。
9.人工光合成の夢 植物の光合成によって炭酸ガスが消費され酸素が作られることにより地球上の生物が生きることができます。 植物の光合成によって炭酸ガスが消費され酸素が作られることにより地球上の生物が生きることができます。 光合成過程は基本的機能として水の光分解の部分と炭酸同化作用の部分に分けられます。
9.人工光合成の夢 後者は理屈の上では熱触媒でもできる(実際にはできてないが)ので、光エネルギーの変換・貯蔵という点では水の光分解がもっとも重要です。人工光合成は古くからある意味で化学者の夢でした。 現在、人工光合成の研究は主に二つのアプローチから行われています。一つは有機物を使って植物を真似するやり方で、もう一つは半導体光触媒です。
9.人工光合成の夢 半導体光触媒による水に光分解は紫外光を使って実現しています。しかし、太陽光を十分に使える光触媒はまだ開発されていません。 半導体光触媒による水に光分解は紫外光を使って実現しています。しかし、太陽光を十分に使える光触媒はまだ開発されていません。 従来からある、可視光でも使える半導体は水の中では分解してしまうという欠陥があります。最近、可視光を使える新しい半導体光触媒がいくつか提案されています。
9.人工光合成の夢 近い将来に可視光による水の光分解ができるかもしれません。 できたとしても効率が相当高くないと植物の光合成に敵いませんから実用的になるのはまだかなり先のことになるでしょう。
Q:光触媒とはなに?光触媒になるものは? A:光触媒とは簡単に言うと光で働く触媒です。普通の触媒は熱によって化学反応を速くしますが、光触媒は光を吸収して化学反応を促進します。光触媒になる物質は主に半導体と色素(有機金属錯体)です。 いずれも内部の電子が光で励起されることにより光触媒作用をします。市販されている光触媒はほとんど二酸化チタン(TiO2)です。植物の光合成をしている葉緑素(クロロフィル)もまた一種の光触媒です。
Q:光触媒はどういう働きをするのか? A:一般に使われている酸化チタン光触媒では酸化反応が起こります。光触媒表面に吸着した有機物が空気中の酸素によって酸化、分解されて除去されます。 これにより脱臭、殺菌、防汚、公害物質除去、などができます。また、酸化チタン表面は光によって超親水性になるので鏡やガラスの曇り防止ができます。
Q:光触媒に必要な光の波長と強さは? A:酸化チタン光触媒の吸収する光は波長400nm(0.4ミクロン)以下の紫外線です。この紫外線は太陽光中に約5%含まれており、蛍光灯の光にもわずかに含まれています。空気中の有害物質は通常ppm(百万分の一)程度であり、蛍光灯の弱い光でも除去することができます。しかし、汚れのひどい場合には弱い光では間に合わなくなるので使用条件を考えて使う必要があります。
Q:光触媒は人体に無害か? A:酸化チタンは昔からペンキや化粧品に使われている身近にある物質です。肌に直接つけて光にあてるようなことをしない限り無害です。また、光触媒の表面には活性酸素種ができますが、これが空気中に飛び出して漂うようなことはありません。光触媒により有害物質が分解されてさらに有害なものになることは一般にありません。
Q:光触媒の効果は持続するか? A:光触媒の効果が持続するかどうかは、光触媒の表面にやってくる汚染物質の量と光の強度のバランスによって決まります。光が弱ければ処理できる汚染物質量は少なくなりますし、逆に汚染物質量が少なければ弱い光でも間に合います。一般に、室内では紫外線の量が少ないので汚れのひどい場所には不向きです。
セルフクリーニング 酸化チタンは酸素があると非常に強い光酸化力を示す。表面に吸着している有機物はこの光酸化力によって水と炭酸ガスにまで酸化されてしまう。大気中から器物に吸着する汚れはほとんどは有機化合物であり、その量もそれほど多くない。窓ガラスに酸化チタンを薄くコーティングすると、ほとんど透明な膜となるが、太陽光中の紫外線を吸収して光酸化反応が起こり、その表面は常に清浄な状態に保たれる。窓ガラスが自分自身でクリーニングしていることになるのでセルフ(自己)クリーニングと呼ばれる。汚れの量が少なければ室内の蛍光灯の光でもセルフクリーニングを行うことができる。ガラスコップに酸化チタンをコーティングしたセルフクリーニングコップが市販されている(写真1)。しかしながら、台所のように汚れがひどい場所でのセルフクリーニングは期待できない。
超親水性と曇らない鏡 湯気で鏡が曇るのは表面に小さな水滴がびっしりと付くためである。曇っている鏡に水をかけると見えるようになることからわかるように、水が水滴とならずに水膜となれば鏡は曇らない。酸化チタンの表面を光照射すると、水の吸着が促進されることが見出されており、これにより超親水性という機能が発現する。鏡の表面に薄く酸化チタンをコーティングすると、表面の汚れが光酸化で取れるとともに、水の接触角が非常に小さくなる。その結果、鏡に吸着した水は水滴を作ることなく表面全面をぬらすことになり、鏡は曇らなくなる。これを応用した透明フィルムが市販されており、自動車のバックミラーに張り付けると曇らなくなる(写真2)。超親水性はまた、光触媒表面に付着した油汚れを浮き上がらせて水に流れやすくする。建物外壁、テント、自動車などにTiO2をコーティングすると汚れを防ぐことができる。
グレッツェル太陽電池(Grätzel cell) (色素増感太陽電池) 新しいタイプの太陽電池がスイスのGrätzel教授らによって開発され、ひろく研究が行われている。この電池は多孔質の酸化チタン薄膜に太陽光を吸収する色素を吸着させた電極と対極の白金電極から構成される、一種の湿式太陽電池である。色素の中には可視光を吸収して光触媒として働くものがあり、さらに、太陽光によって発電ができる可能性のある色素も多い。しかし、色素に光照射するだけでは光励起状態がすぐに緩和するために電気は取り出せない。 半導体表面の電荷分離機能と色素を組み合わせる、太陽電池のアイデアは古くからあったが効率はきわめて低かった。Grätzel教授らは大表面積の多孔質酸化チタン膜を用いることで色素の吸着量を飛躍的に増大させることによって効率を大きく向上させることに成功した。簡単な構造なので安価に太陽電池が作れる可能性がある。
可視光で働く酸化チタン光触媒 可視光で働く酸化チタン光触媒 現在、光触媒として使われているTiO2は光触媒活性は高いが紫外光しか吸収しないので太陽光では使えない。TiO2を可視光でも働くように改質する試みはすでに30年以上前から行われている。もっとも一般的なのは、Ti以外の金属を入れ込む(ドーピングする)方法である。この方法では、吸収波長端が長波長側に広がって可視光応答性はでるが、紫外光領域の反応収率が低下するので実用化されることはなかった。 最近、TiO2に窒素をドーピングすることで可視光応答性を持たせることが流行っている。TiNやTa3N5などの窒化物を酸化したオキシナイトライドが可視光触媒活性を示すことも報告されている。窒素ドーピングと同様のメカニズムである可能性がある。その他、TiO2を水素中でプラズマ処理することによる可視光応答化が報告されているが、メカニズムは不明である。可視光応答光触媒についてこれからの研究の発展が期待される。
自動車由来有害大気汚染物質の光分解除去 低濃度NOxの分解除去から、アルデヒド類、BTX、多環芳香族炭化水素、粒子状物質中の有機分など各種の有害大気汚染物質の除去へ。 光触媒の固定化・性能向上が必要
可視光動作化への挑戦 ~実用化光触媒~ 人類の夢をのせて
光のエネルギー 光化学反応でも光触媒反応でもすべての光が使えるわけではない あるエネルギー以上の光だけしか使えない 光のエネルギーは波長が短いほど高くなる 光のエネルギー(eV, 電子ボルト) =(プランクの定数)×(光の速度)÷波長(nm、ナノメートル) =1240÷波長(nm)
太陽光 可視光領域
図 各酸化物、硫化物のバンドギャップ
可視光化は永遠の課題? 第9回シンポジウム「光触媒反応の最近の展開」 2002年12月2日(月)9:00~20:00 東京大学安田講堂など P-1. 窒素ドープ酸化チタン薄膜の親水化特性に対する窒素置換量依存性 ○入江 寛、鷲塚清多郎、橋本和仁 東大先端研 P-2. 窒素ドープ酸化チタン薄膜のバンド構造と親水化特性の相関 ○鷲塚清多郎、入江寛、橋本和仁 東大先端研 P-3. 窒素ドープ酸化タンタルの光触媒活性評価 ○村瀬隆史、入江寛、橋本和仁 東大先端研 P-4. 窒素ドープした酸化チタンのゼータ電位と光触媒特性 ○宮内雅浩、池澤綾子、亀島順次、島井 曜、飛松浩樹、橋本和仁* 東陶機器㈱、東大先端研* P-5. 窒素ドープ酸化チタン粉末の光触媒活性に対するNドープ量依存性 ○渡邊裕香、入江寛、橋本和仁 東大先端研 P-6. 可視光応答型光触媒材料:硫黄添加二酸化チタン ○梅林 励、八巻徹也、田中 茂、浅井圭介 東大工、日本原子力研究所高崎研 P-7. 硫黄ドープ型二酸化チタン光触媒の調製と可視光照射下での反応活性 ○横野照尚、満居隆浩、松村道雄 阪大太陽エネルギー化学研究センター
可視光化は永遠の課題? P-8. 可視光増感型光触媒の開発 P-9. 水酸化チタンと尿素との加熱により得たTiO2粉末の可視光応答 ○西川貴志、秋田彰一、石灰洋一、二又秀雄 石原産業㈱ P-9. 水酸化チタンと尿素との加熱により得たTiO2粉末の可視光応答 小早川紘一、○村上祥教、佐藤祐一 神大工 P-10. 低エネルギーイオン照射による光触媒TiO2薄膜の可視光応答化 ○岡田昌久、山田保誠、金 平、田澤真人、吉村和記 産業技術総合研究所 P-11. ゾルーゲル法による遷移金属イオンをドーピングした光触媒の合成と可視光応答性(1)――V4+イオンのドーピング効果 ○孫 仁徳、池谷和也*、廣田 健*、土岐元幸、山口 修* ㈱関西新技術研究所、同志社大工* P-12. 光触媒を利用した海水殺菌システムの構築(その2) ○野口 寛*’**、磯和俊男***、角谷祐公****、橋本和仁*’***** 東大先端研*、㈱明電舎**、㈱エコグローバル研究所***、㈱日本フォトサイエンス****、KAST***** P-13. 湿式法による可視光応答型酸化チタンの可視光活性と結晶子との関係 ○三好正大、井原辰彦、杉原慎一* 近畿大院工、エコデバイス㈱* P-14. Tiメタルターゲットを用いた反応性マグネトロンスパッタ法によるTiOxNy光触媒薄膜の作製 ○石井慎悟、山岸牧子、宋 豊根、重里有三 青山学院大院理工
人工光合成システムで可視光による水の完全分解に世界で初めて成功 (産総研・光反応制御研究センター) 人工光合成システムで可視光による水の完全分解に世界で初めて成功 (産総研・光反応制御研究センター)
ヘテロ原子の導入 豊田中央研究所のグループ 硫黄ドープによってバンドギャップの可視光化が実現できる 窒素をドープすることによる可視光化を実現 実際にTiO2のOの代わりにSを入れることは困難 R.Asahi, T.Morikawa, T.Ohwaki, K.Aoki, and Y. Taga, Science, 293, 269 (2001).
ヘテロ原子の導入 ~最近の研究 Umebayashiら ヘテロ原子の導入 ~最近の研究 Umebayashiら 二硫化チタン(TiS2)を空気中500℃あるいは600℃でアニールすることにより、硫黄ドープした酸化チタンを合成 この材料の可視光領域での吸収は必ずしも多くなく、部分硫化は失敗したかに見えた。 しかしながら実際にメチレンブルーの光酸化分解反応に極めて高い活性を示すことが、同じ著者らによって報告された。 T.Umebayashi T.Yamaki, S.Tanaka, and K.Asai, Chem. Lett., 32, 330 (2003).
ヘテロ原子の導入 ~最近の研究 Ohnoら チタンイソプロポキシドをチオ尿素とともにエタノール中で1時間混合し、その後エタノールを蒸発させる ヘテロ原子の導入 ~最近の研究 Ohnoら チタンイソプロポキシドをチオ尿素とともにエタノール中で1時間混合し、その後エタノールを蒸発させる 得られた固体を焼き固めることにより硫黄ドープ酸化チタンを得た
ヘテロ原子の導入 ~最近の研究 温度は400℃~700℃の範囲で、3~10時間行った ヘテロ原子の導入 ~最近の研究 温度は400℃~700℃の範囲で、3~10時間行った このUVスペクトルを見ると、500 ~600nmの可視光領域にも吸収をもったスペクトルが得られた X線回折結果から、格子酸素は700℃以上で完全にSに代わるとしている。 T.Ohno, F.Tanigawa, K.Fujihara, S.Izumi, and M.Matsumura, J. Photochem. Photobiol., A:127, 107 (1999). T.Ohno, Y.Masaki, S.Hirayama, and M.Matsumura, J. Catal., 204, 163 (2001). T.Ohno, T.Mitsui, and M.Matsumura, Chem. Lett., 32, 364 (2003).
硫黄ドープの問題 問題は果たして格子酸素を硫黄に替えることが光溶解安定性を含めた光触媒実用化上の問題解決につながるのか 水の光分解の場合、触媒表面ではプロトンが電子を貰って水素に、水酸化物イオンが電子を離して酸素になるが、硫化硫黄構造の格子硫黄が反応に入ってしまうと、いわゆる光溶解という現象が起こる アナタースかルチル構造を保持したまま酸素と硫黄が置換した方がいいのかもしれない 硫化チタン構造をとらない方が良いのではないか
わたしたちの研究 多元物質科学研究所の取り組み
TiO2の部分硫化 アナタース構造をとったまま、酸素と硫黄を置換させる 可視光化 最適部分硫化条件の探索
太陽光とTiO2 可視光領域 部分硫化で レッドシフト? TiO2アナタース バンドギャップ
石原産業TiO2 - ST01 酸化チタンST01 20nm アナタース構造 アナタース構造
TiO2-ST01の部分硫化 TiO2-ST01のTG T>450℃ 顕著な重量増加 硫化物生成 T<450℃ 硫化反応? 硫化反応? TiO2-ST01 部分硫化装置概略図
硫化温度を450℃以上にすると、TiS2(二硫化チタン)が生成してしまう 部分硫化処理 部分硫化TiO2のXRD 硫化温度を450℃以上にすると、TiS2(二硫化チタン)が生成してしまう
部分硫化TiO2の吸収スペクトル 500℃ 吸収スペクトル
処理 温度 外観 結晶構造 紫外線 光触媒性能 可視光 未処理 白色 TiO2(a)のみ 505 4.0 100℃ 745 8.4 150℃ 780 6.8 200℃ ベージュ 743 8.8 250℃ 薄茶色 833 9.5 300℃ 637 8.5 350℃ 黄土色 516 4.3 400℃ 焦茶色 595 0.0 450℃ 黒色 TiO2(a)+TiS2 93 500℃ 109
要約 酸化チタン微粒子ST01の二硫化炭素による硫化挙動を解明した。 硫化物が生成し始める温度(500℃)以下で部分硫化した。 部分硫化酸化チタンの構造は、部分的に付着しているか、格子上の酸素と一部置換しているか、あるいは結晶構造の格子内に入り込んでチタンや酸素と結合している状態にある。 この状態の部分硫化酸化チタンは、可視光吸収性を示し、可視光動作型光触媒としても有用であることがわかった。
BaTiO3の部分硫化 優れた誘電体の光触媒への応用 最適部分硫化条件の探索
TEM microphotograph of BaTiO3 Characteristics of ultrafine BaTiO3 particles BaTiO3 particles were obtained by using TIPO and TEA as precursors. Characteristics: Phase: Cubic Particle size: 95 nm Lattice parameter: 4.0061 Å Specific area:12.42 mg/m2 H2O (%): 1.6 200 nm TEM microphotograph of BaTiO3
XRD patterns for partially sulfurized BaTiO3 Peaks corresponding to BaTiS3 appears only when BaTiO3 is sulfurized at 500ºC
UV-Vis spectra for partially sulfurized BaTiO3 Band gap of BaTiO3: 378 nm Increasing the sulfurization temperature, the absorption of visible light increases in sulfurized BaTiO3 samples.
今後の展望 種々の部分硫化材料の光触媒プロセスへの応用 新たなエネルギー資源の創出 硫黄消費の新しい形の創出 硫黄利用の多角化とエネルギー資源保全