個体と多様性の 生物学 第10回 神経伝達とその修飾 和田 勝 東京医科歯科大学教養部
伝導と伝達 2)軸索を伝導して 3)ここから伝達物質を放出 1)ここで活動電位が発生
シナプスの構造 シナプスは、シナプス前膜、シナプス間隙、シナプス後膜から構成されている
神経伝達物質の放出 神経軸索末端まできた電気的信号によって、どうして神経伝達物質アセチルコリンの放出がおこるのだろうか いくつかの膜タンパク質が関わっている 順を追って説明していこう
伝達物質の放出 1 インパルスが軸索末端に到着
伝達物質の放出 2 電位依存型Caチャンネルが開いてCaイオンが流入
伝達物質の放出 3 シナプス小胞がシナプス前膜と融合して開口分泌で伝達物質を放出
伝達物質の放出 4 神経伝達物質アセチルコリンはシナプス間隙を拡散し、受容体と結合
伝達物質の放出 5 受容体は開口し、Naイオンが流入
伝達物質の放出 6 アセチルコリンは分解され、小胞膜はリサイクルされる
神経伝達物質の放出 神経軸索末端まできた電気的信号によって、神経伝達物質アセチルコリンの放出がおこる シナプス前膜から放出されたアセチルコリンはシナプス間隙を拡散して、シナプス後膜のアセチルコリン受容体と結合する
アセチルコリン結合から活動電位 アセチルコリン結合 電位依存型Naチャンネル開 チャンネル開 Naイオン流入 電位変化(小) 電位変化 アセチルコリン受容体 電位依存型 Naチャンネル アセチルコリン結合 電位依存型Naチャンネル開 チャンネル開 このサイクルを繰り返す Naイオン流入 活動電位発生 電位変化(小) 電位変化
電位依存型Naチャンネルと アセチルコリン受容体 どちらもNaイオンを通すチャンネルを有す アセチルコリン受容体 どちらもNaイオンを通すチャンネルを有す 電位依存型Naチャンネルは、電位変化で開口し、アセチルコリン受容体はアセチルコリンが受容体に結合すると開口する 電位変化の影響を受けず、アセチルコリンの量に比例して開口し、全か無かの反応ではなく、段階的反応
リガンド連結型受容体 一般的に、アセチルコリンのように受容体に結合できる分子をリガンドと呼ぶ リガンド連結型受容体は、チャンネルであるとともに受容体という、二重の性格 1)リガンドに対する特異性 2)チャンネルとしてのイオン選択性
アセチルコリンの分解 アセチルコリンはシナプス間隙でアセチルコリンエステラーゼによって分解される 上:分子全体、右:酵素部分
アセチルコリン受容体 それでは、アセチルコリン受容体の本体は? ダイバーのための海水魚図鑑より いきなりシビレエイが出てきたが、、
アセチルコリン受容体 シビレエイの電気器官からmRNAを取り出し、cDNAをつくり、アミノ酸配列を推定 電気器官:筋細胞の特殊化した電気細胞が、積層電池のように重なって高電圧をつくれる アミノ酸の疎水性の度合いを計算して、横軸にアミノ酸番号を、縦軸に疎水性度をとってプロット、こうしてタンパクの構造を推定
アセチルコリン受容体
アセチルコリン受容体 4回膜貫通型のモノマーが、5つ会合した五量体である サブユニットは、α、β、γ、δからなり、αは2個で、α2βγδという構造 サブユニットαにアセチルコリン受容部がある アセチルコリンが2個、結合できる
アセチルコリン受容体
アセチルコリン受容体の性質 パッチクランプ法による
終板電位 ナトリウムイオンが流入すれば電流が流れ、局所的に電位が脱分極に向かう ガラス電極を終板のシナプス後膜側に刺入して、この電位変化を測定することができる この電位を終板電位(endplate potential、EPP)という EPPは活動電位とは異なり、全か無かの法則にはしたがわない
シナプス後電位 ニューロンが次のニューロンとシナプスをつくる場合も、終板電位と同じように、シナプス後膜側に微小な電位が発生する この電位をシナプス後電位(postsynaptic potential、PSP)という リガンドの種類によっては、塩素イオンを通して膜電位を過分極側に振ることもある
シナプス後電位 ●Naイオンを通して膜電位を脱分極側に 興奮性シナプス後電位(EPSP) ●塩素イオンを通して膜電位を過分極側に 抑制性シナプス後電位(IPSP)
シナプス後電位 EPSPの 時間的加算
シナプス後電位 EPSPの 空間的加算
シナプス後電位 IPSP
シナプス後電位 EPSPとIPSP の加算
シナプス入力の統合 1つのニューロンは、他のニューロンからの多数のシナプスを、細胞体部と樹状突起上につくっている これらの入力は、時間的、空間的に加算されて軸索丘ヘ伝えられ、軸索丘で閾電位を越えれば、活動電位が発射される シナプス後電位は段階的だが、軸索丘では全か無かの反応→アナログデジタル変換
シナプス入力の統合 3)軸索を伝導して 4)ここから伝達物質を放出 2)ここで活動電位が発生 1)ここで多数のシナプス入力が統合
シナプス入力の統合 EPSPはナトリウムイオンチャンネルが開くため IPSPは塩素イオンチャンネルが開くため どうしてその様な差が生じるか?
リガンド依存性チャンネル リガンド依存性チャンネルは、チャンネルであるとともに受容体という、二重の性格 1)リガンドに対する特異性 2)チャンネルとしてのイオン選択性
リガンド依存性チャンネル アセチルコリン ナトリウムイオンチャンネル 開口 EPSPが発生 GABA 塩素イオンチャンネル 開口 アセチルコリン ナトリウムイオンチャンネル 開口 EPSPが発生 GABA 塩素イオンチャンネル 開口 IPSPが発生
シナプス電位と活動電位 EPSP、IPSPの総和は段階的シナプス電位 軸索丘で閾電位を越えれば活動電位が発生 次のニューロン(あるいは筋肉などの効果器)へ伝えられる
介在ニューロン もっとも単純な神経系は、感覚ニューロンと運動ニューロンからなる 神経系が発達すると感覚ニューロンと運動ニューロンの間に、介在ニューロンが入る 中枢神経系は介在ニューロンの集合で、ここでいろいろな処理が行なわれる
感覚ニューロン 介在ニューロン 運動ニューロン
介在ニューロン 介在ニューロンの数が増え、介在ニューロン同士が複雑な連結をするようになる 介在ニューロンによる神経回路が、中枢神経系内につくられる 特定の神経回路が定型的行動パターンに対応する
早いシナプス伝達 さて、すでに話したように、アセチルコリンやGABAは、リガンド連結型受容体と結合 受容体に結合すると、チャンネルが開いてシナプス後電位を発生 これを早いシナプス伝達という
早いシナプス伝達 早いシナプス伝達に関わる主な伝達物質 アセチルコリン γアミノ酪酸(γ-aminobutyric acid、GABA) グリシン(glycine) グルタミン酸(glutamic acid) このうち、アセチルコリンとグルタミン酸は興奮性、GABAとグリシンは抑制性
グルタミン酸受容体 パッチクランプ の結果 4個結合するらしい Naイオンを通す
GABA受容体 Clイオンを 通す
早いシナプス伝達 ここまでは早いシナプス伝達のお話 早いシナプス伝達は、比較的単純 神経系の多様なはたらきを作っているのは、もう一つのシナプス伝達様式があるから
遅いシナプス伝達 アセチルコリンの発見 カエルの心臓をリンガー液中に入れ、迷走神経を刺激すると心拍数が下がる リンガー液を別のカエルの心臓に作用すると、この心臓の拍動は抑制される 迷走神経から液性物質が分泌される
遅いシナプス伝達 この物質がアセチルコリンであると同定される 神経筋接合部にアセチルコリンがあることが確認され、神経伝達物質であると認定される 神経筋接合部でのアセチルコリンのはたらきはこれまで話したとおりである それでは、このアセチルコリンがどうやって心臓の拍動を抑制するのだろうか
アゴニストとアンタゴニスト 薬理学ではいろいろな薬物を使い、生理反応を代替できるか、あるいは阻害するかという研究をおこなう 代替できる薬物をアゴニスト(agonist)、阻害する薬物をアンタゴニスト(antagonist)と言う アゴニストは受容体に結合して本来の作用を起こすことができるが、アンタゴニストは受容体に結合はするが、本来の作用は起こさず、場所を塞いでしまう
アゴニストとアンタゴニスト アセチルコリンの場合 神経筋接合部では、アゴニストはニコチン、アンタゴニストは矢毒であるクラーレ 心臓の迷走神経では、アゴニストはムスカリン、アンタゴニストはベラドンナの成分であるアトロピン
アセチルコリンのアゴニスト ここで回転できるので両方の受容体に結合 ニコチン受容体と呼ぶ ムスカリン受容体と呼ぶ
ムスカリン受容体 アセチルコリンが迷走神経の節後繊維から放出されて抑制的にはたらくのは、アセチルコリンがムスカリン受容体と結合するため この受容体は、ホルモン受容体のところで述べたGタンパク質連結型受容体 ヒトムスカリン受容体(青い部分は膜貫通ドメイン) 1 11 21 31 41 51 1 MNNSTNSSNN SLALTSPYKT FEVVFIVLVA GSLSLVTIIG NILVMVSIKV NRHLQTVNNY 60 61 FLFSLACADL IIGVFSMNLY TLYTVIGYWP LGPVVCDLWL ALDYVVSNAS VMNLLIISFD 120 121 RYFCVTKPLT YPVKRTTKMA GMMIAAAWVL SFILWAPAIL FWQFIVGVRT VEDGECYIQF 180 181 FSNAAVTFGT AIAAFYLPVI IMTVLYWHIS RASKSRIKKD KKEPVANQDP VSPSLVQGRI 240 241 VKPNNNNMPS SDDGLEHNKI QNGKAPRDPV TENCVQGEEK ESSNDSTSVS AVASNMRDDE 300 301 ITQDENTVST SLGHSKDENS KQTCIRIGTK TPKSDSCTPT NTTVEVVGSS GQNGDEKQNI 360 361 VARKIVKMTK QPAKKKPPPS REKKVTRTIL AILLAFIITW APYNVMVLIN TFCAPCIPNT 420 421 VWTIGYWLCY INSTINPACY ALCNATFKKT FKHLLMCHYK NIGATR
ムスカリン受容体 副交感神経迷走神経末端から放出 心臓のアセチルコリン(ムスカリン)受容体と結合 Gタンパク質を活性化 Kチャンネルを開く
交感神経と副交感神経 副交感神経である迷走神経の節後繊維から放出されたアセチルコリンが、心臓に抑制的にはたらくのは、ムスカリン受容体と結合するため それでは、交感神経が興奮性にはたらくのは? 交感神経の節後繊維からはノルアドレナリンが分泌される
交感神経の心臓への作用 交感神経の節後繊維からはアドレナリンが分泌される 心臓ではアドレナリンは受容体に結合し、アデニル酸シクラーゼを活性化してcAMPを産生する アドレナリン受容体β1(青い部分は膜貫通ドメイン) 1 11 21 31 41 51 1 MGAGVLVLGA SEPGNLSSAA PLPDGAATAA RLLVPASPPA SLLPPASESP EPLSQQWTAG 60 61 MGLLMALIVL LIVAGNVLVI VAIAKTPRLQ TLTNLFIMSL ASADLVMGLL VVPFGATIVV 120 121 WGRWEYGSFF CELWTSVDVL CVTASIETLC VIALDRYLAI TSPFRYQSLL TRARARGLVC 180 181 TVWAISALVS FLPILMHWWR AESDEARRCY NDPKCCDFVT NRAYAIASSV VSFYVPLCIM 240 241 AFVYLRVFRE AQKQVKKIDS CERRFLGGPA RPPSPSPSPV PAPAPPPGPP RPAAAAATAP 300 301 LANGRAGKRR PSRLVALREQ KALKTLGIIM GVFTLCWLPF FLANVVKAFH RELVPDRLFV 360 361 FFNWLGYANS AFNPIIYCRS PDFRKAFQGL LCCARRAARR RHATHGDRPR ASGCLARPGP 420 421 PPSPGAASDD DDDDVVGATP PARLLEPWAG CNGGAAADSD SSLDEPCRPG FASESKV
交感神経の心臓への作用 cAMPはPKA(Aキナーゼ)を活性化し、心臓ではPKAは電位依存性カルシウムチャンネルを開くことによって、興奮しやすくして心臓の鼓動を早めている 心臓に対する交感神経系と副交感神経系の拮抗的なはたらきは、このような仕組みで達成されている
自律神経系と運動神経系
シナプスは薬物の作用点 伝達物質の受容体は毒や薬物の標的であり、これを利用すると薬を開発することができる クラーレはニコチン受容体に作用して、筋肉を弛緩させるが、ムスカリン受容体には作用しないため、心臓には影響しない
シナプスは薬物の作用点 向精神薬は、中枢のシナプスに作用する benzodiazepin “tranquilizers”やbarbiturate drugsは、GABAとともにそれぞれ異なる受容部に結合し、低いGABA濃度でチャンネルを開くように作用し、GABAの作用を増強する
シナプスにおける伝達 早いシナプス伝達は信号を伝える 早いシナプス伝達には興奮性伝達と抑制性伝達がある 遅いシナプス伝達もある 遅いシナプス伝達によって、信号の伝わり方が修飾される
伝達の修飾 リガンド依存型チャンネルによる早い伝達は、チャンネルとリンクしていない細胞表面受容体により修飾される リガンド依存型チャンネルによる早い伝達は、チャンネルとリンクしていない細胞表面受容体により修飾される このような遅い効果は神経修飾(neuro-modulation)とも言う 交感神経のところで述べたように、Gタンパク質連結型受容体を介している
Gタンパク質の作用の仕方 ● Gタンパク質はアデニル酸シクラーゼを活性 化、あるいは不活性化し、cAMPのレベルを調 節。cAMPはPKA(Aキナーゼ)を活性化し、チャ ンネルをリン酸化 ● Gタンパク質はイノシトールリン脂質系を活 性化し、これがPKC(Cキナーゼ)を活性化し、 カルシウムイオンをストアサイトから放出。これ らがチャンネルをリン酸化 ● Gタンパク質は直接あるいは間接的にイオン チャンネルを開閉
平滑筋 ここでちょっと平滑筋の話 平滑筋は血管、消化管、膀胱、子宮などの内蔵器官の管壁を構成し、血管の太さ、消化管運動(蠕動運動)、膀胱や子宮などの泌尿生殖器の機能などの調節、瞳の大きさの調節など、多くの生体反応に重要な役割をはたす 平滑筋は、骨格筋と違って不随意筋で、自律神経の支配を受けている
平滑筋 ヒト十二指腸の平滑筋(http://www.med.toho-u.ac.jp/anat1/anatomy/t13.html)より
平滑筋
平滑筋の特徴 平滑筋にもアクチンとミオシンがあり、中間径フィラメントによって細胞膜と結合。Z膜もT管系もなく、dense bodyによってアクチンフィラメントの端が束ねられている 筋小胞体の発達は悪く、カルシウムイオンは筋小胞体からも放出されるが、大部分はカルシウムチャンネルを通って細胞外から流入
平滑筋の特徴(2) 交感神経系のアドレナリンと、副交感神経系のアセチルコリン(ムスカリン様)の二重支配を受け、細胞内メッセンジャーがチャンネルタンパク質を 修飾して、カルシウムイオン濃度が調節される トロポニンは存在せず、ミオシンが修飾される。カルシウムイオンはカルモジュリンと結合し、カルシウムイオン-カルモジュリン複合体となって、ミオシン軽鎖キナーゼを活性化し、ミオシンをリン酸化してアクチンと結合できるようにする
平滑筋の特徴(3) 平滑筋の中には、他の信号分子の修飾を受けるものがある たとえば子宮の平滑筋は、脳下垂体神経葉のオキシトシンによって収縮 平滑筋の中には、他の信号分子の修飾を受けるものがある たとえば子宮の平滑筋は、脳下垂体神経葉のオキシトシンによって収縮 ということは、子宮の平滑筋には、オキシトシンの受容体がある このようなメカニズムで平滑筋は複雑な反応をおこなう
中枢神経系での修飾 このような修飾は中枢神経系でもおこっている 特にモノアミンが重要 アドレナリン、ノルアドレナリン、ドーパミン、 このような修飾は中枢神経系でもおこっている 特にモノアミンが重要 アドレナリン、ノルアドレナリン、ドーパミン、 オクトパミン、ヒスタミン、セロトニンなど たとえば、ノルアドレナリンは橋の青斑核に細胞体のあるニューロンの伝達物質
中枢神経系での修飾
中枢神経系での修飾 ラット脳内のアドレナリン作動性ニューロンの走行
中枢神経系での修飾 ラット脳内のドーパミン作動性ニューロンの走行
中枢神経系での修飾例 カエルの交感神経節 節後ニューロン
3種類のEPSP ニコチニック受容体 LHRHの受容体 ムスカリニック受容体
Late, slow EPSPはLHRHで 電気刺激に よるEPSP LHRHを与える
Late, slow EPSPはLHRHで 電気刺激による反応の後でも、LHRHのアンタゴニストによってEPSPは抑制される
AchとLHRHの関係