蛍光X線分析における検量線法 (P-XRFによる考古遺物分析向け)

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蛍光X線分析における検量線法 (P-XRFによる考古遺物分析向け) 2010/9/26 ver.

はじめに 非破壊分析の限界について (1) さまざまな試料の定量を行うにあたってまず理解してほしいのは, はじめに 非破壊分析の限界について (1) さまざまな試料の定量を行うにあたってまず理解してほしいのは, 蛍光X線分析を非破壊で行う限り,必ず限界があること。 非破壊蛍光X線分析における問題点をいくつか述べる。 マトリクス効果 蛍光X線分析を用いる限り付きまとうのがこの問題。 検量線法は実試料と似た組成の標準試料を用いて定量を行うが, 考古資料などは組成がマチマチであり, ガラスとファイアンスでは多少なりともマトリクス組成が違う。 ガラスでもカリガラスやナトロンガラスがあるわけで, 鉛ガラスともなればもはやそれは別物。 例え同じ種類のガラスであろうとも,厳密に組成を議論しようとすると, ごくわずかなマトリクス効果の違いが無視できなくなる。 そのため,たとえ状態のいい考古資料を分析しても, 定量値の合計が正しく100 %になるかは微妙。

はじめに 非破壊分析の限界について (2) 形状効果 考古遺物などを分析しようとすると,試料の形や大きさはまちまち。 はじめに 非破壊分析の限界について (2) 形状効果 考古遺物などを分析しようとすると,試料の形や大きさはまちまち。 それが分析値にどのような影響をするのか考えよs。   厚さ 基本的に非破壊での定量は無限厚を前提としている。 無限厚に達しない試料であっても一応規格化はするが, 軽元素と重元素で分析深さは違うわけで, 無限厚じゃない試料の全ての元素に対し正しく補正することは不可能。 均一性 非破壊で分析する限りは回避できないが,試料にどの程度の 均一性があるか。試料の1点を分析して代表値とする場合, それは正しい値なのかを考えねばならない。 かといって複数点を取るとそれだけ測定時間は嵩む。

はじめに 非破壊分析の限界について (3) 経年劣化 そして考古資料の場合に回避できない問題であり, はじめに 非破壊分析の限界について (3) 経年劣化 そして考古資料の場合に回避できない問題であり, かつ最大の問題ともいえるのが,経年的な劣化。 考古遺物は数百年,あるいは数千年ものあいだ 土や水の中にあったわけで,いまそこにある物体が 本来の組成と全く同じかというと,はっきりいって微妙。 そんな物の濃度を数ppmオーダーで議論する価値はあるか? つまり何が言いたいか 非破壊蛍光X線分析では,定量結果を「歪める」要因が 数多く付きまとう。遺物となればなおさら。 かといって,「限界あるならイイカゲンでよくね?」と言いたいんじゃない。 原理的・物質的に抗えないさまざまな問題があるんだから, その分データ解析は可能な限り最大限の精度で行わなきゃいけない。 少しでも真値に近づくように努力するとすれば,データ解析しかない。

規格化 (1) 蛍光X線分析において,非破壊分析の場合には特に 蛍光X線強度の規格化が必須となる。 管球由来のコンプトン散乱やトムソン散乱の強度で割る。 散乱X線がないSEM-EDSやWDSなどでは,BG強度による規格が行われる。 つまり P-XRFにおける規格化は以下の4パターンが考えられる。 Pd-Kαコンプトン散乱による規格化 Pd-Kαトムソン散乱による規格化 Pd-L散乱による規格化 ピークのBGによる規格化

規格化 (2) で,どれがいいかというと,実際に作ってみるしかない。 P-XRFでいろいろ試行錯誤した限りでは,  Ti-Kまで → Pd-Kαトムソンで規格化  それ以外 → Pd-Kαコンプトンで規格化  が適切なようだ。 80 SiO2 [wt%] 20 40 60 規格化強度 [a.u.] CuO [wt%] 2.0 0.5 1.0 1.5 規格化強度 [a.u.] ● コンプトン ● トムソン トムソン規格化が良い例 (Si-K) とコンプトン規格化が良い例 (Cu-K)

規格化 (3) 注意点 ・ WinQXASでフィッティングしている場合, 正しくエネルギー較正できていないとコンプトンがずれる。 フィッティングの段階から不必要な誤差は減らすこと。 ・ モノクロとダイレクトのデータを混ぜない。 モノクロのピークをダイレクトの散乱で割るとかは基本的にアウト。 ・ BG規格化やPd-L線規格化では,よい検量線は得られなかった。 放射光XRFとかでもない限りは高エネルギー側の散乱を使うべきか。 ・ Siなどの軽元素でトムソン,それ以外でコンプトンが最適となったが, 自分でもその物理的な説明が思いつかない。 ・ Na-K線に関しては,コンプトン規格化で対数関数の方がいい?保留中。

ゼロ点を通る必要性 (1) 蛍光X線分析は原理的に見れば至極簡単で, 試料中の元素の数に応じた量の蛍光X線が発生することによる。 よって,よほどの理由がない限りは検量線はゼロ点を通らなくてはいけない。 ゼロ点を通らない場合というのは1種類で, 試料以外に由来する蛍光X線がある場合のみ。 つまり装置由来の蛍光X線。 P-XRFであれば,古い2号機/3号機ではZrがコリメータに使われている。

ゼロ点を通る必要性 (2) 仮に装置由来の成分により検量線がゼロ点を通らないとしても, その切片 (Y軸との交点) の意味を考える必要がある。 X = 0のときのYの値により3ケースに分けると; Case 1: ゼロ点を通る Case 2: 切片が正 Case 3: 切片が負 Y (X線強度) X (濃度) Y (X線強度) Y (X線強度) X (濃度) X (濃度) 理想的な検量線。ある元素の量と蛍光X線強度が正しい比例関係にある。 装置の一部など,試料以外に由来する蛍光X線が 検出されている場合。 濃度が0になれないなど 検量線としてありえない。 ピーク分離などに問題あり。

関数の形状 (1) 蛍光X線分析における検量線は,主にマトリクス効果の影響により, 必ずしも直線にはならない。 (ただしごく低濃度の範囲であれば近似的に直線と見る) 直線になる場合とそうでない場合というのは, 試料の主成分が何か と 定量したい元素が何か の組合せで決まる。 詳しい話を知りたい場合は,「蛍光X線分析の実際」を参照。 しかし非破壊分析においては規格化の影響度が高く, すでに述べたようにコンプトン散乱で規格化すると直線, トムソン散乱で規格化すると曲線などという元素も存在する。 つまり,どの元素がどのような検量線になるかは, 実際に作ってみないとわからない。

関数の形状 (2) 作ってみなくてはならないと言ったものの, 直線以外の検量線を指定する場合には注意と根拠が必要。 高次関数を指定する場合には,それなりの点数が必要というわけ。 つまり,2次関数なり指数・対数関数を指定する場合には, 少なくとも4点以上の分析点がほしい。 Y (X線強度) Y (X線強度) 同様に X (濃度) X (濃度) 1次直線が2点を通るのは当たり前 2次関数が3点を通るのは当たり前

検量線の精度と相関係数 (1) 作成した検量線の精度を客観的に評価する方法が,相関性の検証。 Excelで近似曲線を追加しR2値を表示するか, 相関係数を求める関数を使えばすぐ求まる。 ここで 相関係数がどの程度かによって,定量精度も変化することに注意。 R2= 0.90くらいしかない検量線で,有効数字を4桁も5桁もとれるはずない。 細かい濃度差を議論したいなら,その分正確な検量線が必要。 相関係数は,できることならR2 = 0.99以上は欲しい。 10 ppmオーダーの濃度を議論したいのであれば, (検量線の範囲にもよるが),R2 = 0.999以上が理想。

検量線の精度と相関係数 (2) しかし実際にすぐさま高い相関性の検量線が得られるわけではない。 この場合は以下を検証する。 マトリクスの異なる標準試料を用いていないか アルカリガラスの標準試料の検量線には, 鉛ガラスの標準試料のデータは載らない。 明らかにマトリクスの異なる標準試料を混ぜて用いないこと。 データ処理に問題はないか フィッティング時に異常はなかったか,あるいは 規格化処理や関数の種類に問題がないか など。 認証値は正しいか まず認証値で与えられている値がどういう化学種か考える。 金属濃度 (例えばCu) なのか酸化物濃度 (Cu2OやCuO) なのか, 必要に応じてきちんと換算して揃えること。 さらに,その認証値を与えた分析が正しかったかも考えること。 内輪で作った標準などであればなおさら。数字を鵜呑みにしない。 客観的におかしいと判断できた数字は容赦なく外す。 NISTガラスなども,ICP-MSで再定量している論文があるので参照。

検量線の精度と相関係数 (3) 有効数字は何桁? 果たして定量後,何桁の有効数字を取れるかきちんと考えること。 Excelでただ計算した時点では,小数点以下に何桁も続くが, これをそのまま結果として載せてはいけない。 CuOを定量して0.0123456 wt%という結果が出たとして, これはppmに直すと123.456 ppmになる。 モノクロモードであっても10 ppmオーダーが定量限界なので, 「3.456 ppm」の部分は意味を持つ数字ではない。 0.012 wt%ないし120 ppmといった形で,きちんと四捨五入する。 ちなみに自分は… モノクロモードでR2=0.999以上の検量線が得られている場合には 0.001wt% (10 ppm) オーダーで四捨五入してます。 ダイレクトであればNa~Siは0.1 wt%,それ以外は0.01 wt%オーダー。 これが本当に正しいかというと自信がないが, 多少は緩めに (桁数を少なく) 設定してるつもり。

検量線情報一覧 (1) ガラス・ファイアンス用に作成した検量線の情報は以下の通り 測定条件 P-XRF 4号機 モノクロ: 40 kV, 1.00 mA (auto), Live time 200 sec. ダイレクト: 40 kV, 0.25 mA (auto), Live time 200 sec. 海外調査用の小ポンプを使用 標準試料 National Institute of Standards and Testing 製 標準ガラスBreitlander Eichproben und Labomaterial GmbH 製 標準ガラス 合成ガラス (ICP-AESによる定量値を使用)

検量線情報一覧 (2) 検量線の詳細 (4号機, 小ポンプの場合) 成分 wt%範囲 (注) 関数形 データ数 R2 測定モード 規格化 Na2O (Kα) ~14.4 2次 4 0.999 D40 Pd-Kα Thom. MgO (Kα) ~8.0 2次 12 0.998 D40 Pd-Kα Thom. Al2O3 (Kα) ~20.0 2次 13 0.999 D40 Pd-Kα Thom. SiO2 (Kα) ~73.1 1次 9 0.998 D40 Pd-Kα Thom. K2O (Kα) ~14.2 1次 17 0.997 D40 Pd-Kα Thom. CaO (Kα) ~17.0 2次 7 0.997 D40 Pd-Kα Thom. TiO2 (Kα) ~3.9 1次 9 0.998 D40 Pd-Kα Thom. MnO (Kα) ~1.4 1次 7 1.000 M40 Pd-Kα Comp. Fe2O3 (Kα) ~1.9 1次 10 1.000 M40 Pd-Kα Comp. CoO (Kα) ~0.7 1次 5 1.000 M40 Pd-Kα Comp. NiO (Kα) ~0.8 1次 8 1.000 M40 Pd-Kα Comp. CuO (Kα) ~1.8 1次 7 1.000 M40 Pd-Kα Comp. ZnO (Kα) ~3.7 2次 5 1.000 M40 Pd-Kα Comp. Rb2O (Kα) ~0.2 2次 5 1.000 M40 Pd-Kα Comp. SrO (Kα) ~4.6 1次 14 1.000 M40 Pd-Kα Comp. Y2O3 (Kα) ~0.5 1次 6 1.000 M40 Pd-Kα Comp. ZrO2 (Kα) ~0.7 2次 4 1.000 M40 Pd-Kα Comp. SnO2 (Kα) ~0.6 1次 4 0.998 D40 Pd-Kα Comp. Sb2O3 (Kα) ~1.5 2次 8 0.998 D40 Pd-Kα Comp. PbO (Lα) ~24.0 2次 9 1.000 M40 Pd-Kα Comp. (注) 全ての検量線は原点 (濃度 0で強度0) を通るよう設定