高エネルギー物理学特論 岡田安弘(KEK) 2008.1.8 広島大学理学部
素粒子論 現在の素粒子物理学の最先端 TeV スケールの物理 20世紀の素粒子物理(素粒子標準模型) ゲージ理論とクォーク・レプトン
目次 距離とエネルギーと初期宇宙 現代の素粒子像 これからの素粒子物理 ヒッグス粒子 標準模型を超える物理
距離のスケール 1m 10-4m=0.1mm 104m=10 km われわれが目で認識できる範囲の距離 は8桁ぐらいにわたっている。 KEK KEKB リング 一周約3km
1m 10-4m 104m 10-12m 10-20m 10-28m 10-36m 1012m 1020m 1028m 原子 原子核 大統一スケール 太陽系 銀河系 宇宙の見えている範囲 地球の大きさ コライダー実験のフロンティア プランクの長さ 現在自然科学で扱っているスケール
エネルギーと距離の関係 特殊相対論 x t x’ t’ 時間と空間の関係 別の慣性系に移ることは時間軸と空間軸 の“回転”に対応する。 エネルギーと運動量の関係 十分運動エネルギーが大きい場合はエネルギーよ運動量はほぼ同じ。
量子力学 量子力学によるとミクロな世界では粒子は波の性質も示す。 高いエネルギーの粒子 短い波長の波 高いエネルギーの粒子 短い波長の波 小さな距離の世界を調べるためには、高いエネルギーの粒子をぶつける必要 がある。
エネルギー(E) ~ 運動量(p) ~ 1/波長 (x) 相対論 量子力学 エネルギー ~ 1/距離 陽子の質量 ~ 陽子の半径 ~
加速器の発達と素粒子物理 Livingston’s plot より細かい構造を見るためには高いエネルギーの加速器実験が必要となる。
ビッグバン宇宙 宇宙は約137億年前に高温状態から始まり、膨張とともに冷えてきた。その名残が2.7度Kの宇宙背景輻射として発見された。 「距離」 「エネルギー」 「温度」 「時間」 の関係 宇宙の始まりを知るには 小さな距離の 物理法則を知らなければならない。
反粒子の存在 相対論と量子力学の融合の重要な帰結。(Dirac 方程式) それぞれの素粒子には質量が同じで電荷が逆の反粒子が存在する。 電子 ⇔ 陽電子 陽子 ⇔ 反陽子 エネルギーを与えれば粒子 反粒子 は対生成できる。対消滅もする。 電子 光子 陽電子
現代の素粒子像 物質の基本はクォークとレプトン 四つの力のうち重力を除いた電磁力、強い力、弱い力はゲージ理論で表される。 1970年代に提唱され現在までいろいろな実験的な検証を受けている。 3世代分のクォークとレプトン
ゲージ力 力はゲージ粒子によって媒介される。 量子電気力学の一般化。くり込み可能性が主導原理となった。 電磁力、弱い力、強い力それぞれに対応するゲージ粒子が導入される。 ゲージ粒子 クォークやレプトン
どのようにしてこの描像に到達したか: 強い力 ラザフォード散乱(1911年) 原子核の発見 原子の中心には小さな正電荷を持った 核がある。 中性子の発見(1932) =>核力の導入 原子核は陽子と中性子でできている。 それらをクーロン反発力に抗してくっつけて いるには別の力が必要。
湯川中間子の導入 力の到達距離 ~ 1/(湯川中間子の質量) 100MeV(=0.1 GeV)程度の質量の 粒子があるはず。 湯川中間子の導入 核力は中間子という粒子の交換によって生じる。 力の及ぶ領域は粒子の質量の反比例する。 (1934年) 力の到達距離 ~ 1/(湯川中間子の質量) 陽子、中性子 p 時間の進む方向 100MeV(=0.1 GeV)程度の質量の 粒子があるはず。 p 中間子の発見
強い力の理論はこれで終わりではなかった。 様々なハドロンの発見。 ストレンジネスの量子数の導入。 様々な中間子やバリオンが発見 され、もはや陽子、中性子、π中間子などは最も基本的な粒子とは考えられなくなった。
クォーク、パートン模型 ハドロンはクォークからできている。 クォークをハドロンに閉じ込めている機構は何か? ハドロンはクォークからできている。 クォークをハドロンに閉じ込めている機構は何か? なぜハドロン中ではクォーク (パートン)は自由粒子のようにふるまうのか?
Quantum Chromodynamics (QCD) 量子色力学 量子色力学 強い力の結合常数のエネルギー依存性 クォークの閉じ込めと短距離での力の振る舞いを両方説明する強い力の理論 クォーク閉じ込め LEP LEPII クォーク 電子・陽電子衝突 グルーオン 反クォーク 時間の進む方向 漸近的自由の性質を示す TRISTAN 長距離では引力が強くなりクォークの閉じ込めをおこす。 Gross-Wilczek-Politzer (1973年)
どのようにしてこの描像に到達したか: 弱い力 b線の発見 弱い相互作用は19世紀の終わりに元素の変換として発見される。 b 線 = 原子核からの電子線 中性子の発見 =>フェルミ理論 (1934年) 原子核中の中性子が陽子と電子および ニュートリノに崩壊する。
Weak boson の交換 u d 湯川中間子と同様に 弱い相互作用も粒子の交換 e で生じる。 W 力が働く領域が狭いため。 π中間子中のクォークと反クォークはたまたま非常に近づいたときのみ 崩壊できる。そのためこの荷電π中間子の寿命は 10-6 秒程度で強い力で 崩壊する粒子より15桁ぐらい長い。 π中間子の大きさ ~10-13 cm 弱い力の及ぶ範囲 10-15cm
電弱理論 2つの予言 (1)ゲージ粒子は4種類ある 光子、Wボソン、Zボソン(新しい中性粒子) (2)ヒッグス場の存在 Glashow-Weinberg-Salam 弱い力と電磁力を同じ枠組みで扱う統一理論。 1960年代に S.Glashow, S.Weinberg, A.Salam により提唱され、 1970年代の初めにG. ‘t Hooft, M.Veltman により理論的に正当化 されることが示された。 2つの予言 (1)ゲージ粒子は4種類ある 光子、Wボソン、Zボソン(新しい中性粒子) (2)ヒッグス場の存在 素粒子はヒッグス場との相互作用により質量を持つ。 その証拠として、ヒッグス粒子が存在するはず。
クォーク/ レプトン 反クォーク/ 反レプトン 光子 (質量なし)-> 電磁相互作用 W粒子 (質量約 80GeV, 電荷 1) -> 弱い相互作用 Z粒子 (質量約91GeV, 電荷無し) -> 新しい中性カレント相互作用 Z粒子 1980年代にW、Z粒子発見 1990年代にZ粒子の大量生成実験 (LEP実験) ゲージ相互作用の精密検証が行われた。 陽電子 電子
LEP実験でZ粒子のLine shape の測定 軽いニュートリノの世代数を3と決めた
素粒子標準模型の検証 QCD と電弱理論をあわせて素粒子標準模型という。 1970年代の初めから様々な実験的な検証が行われてきた。 1974年 チャームクォークの発見 (SLAC, BNL) 1975年 タウレプトンの発見 (SLAC) 1977年 ボトムクォークの発見 (FNAL) 1979年 グルーオンの発見 (DESY) 1983年 W ボソン、Z ボソンの発見 (CERN) 1990年代 電弱理論の精密測定 (CERN, SLAC) 1994年 トップクォークの発見 (FNAL) 2001年 CPの破れに関する小林・益川理論の検証 (KEK, SLAC)
標準模型の実験的検証 u,d,s e,m,n photon t (SPEAR) bottom gluon W, Z bosons quark lepton ゲージ原理 ヒッグス機構 (質量生成機構) u,d,s e,m,n photon 1970 標準模型の提案 charm (SPEAR,AGS) t (SPEAR) bottom (FNAL) gluon (PETRA) 1980 W, Z bosons ( SppS ) - gluon-coupling (TRISTAN) 1990 top (TEVATRON) gauge-interaction (SLC, LEP) 2000 CPの破れ関する 小林 益川 機構 (KEKB, PEP-II) 実験的には未検証
ヒッグス機構 標準模型では、ヒッグス場の存在を仮定。 クォーク、レプトン、W粒子、Z粒子はヒッグス場との相互作用がなければ質量を持たない。 ヒッグス場の量子としてヒッグス粒子が存在する。(現代素粒子物理の重要な予言。) ヒッグス粒子の質量、いくつあるか、本当に存在するのかなど、実はよくわかっていない。
まとめ 20世紀の素粒子物理学は4つの力を理解することを中心にして進展した。素粒子標準模型は重力を除いた3つの力をゲージ力の枠組みで統一的に記述することに成功した。 標準模型のゲージ理論の性質は実験的に検証され、素粒子模型を考えるうえで、揺るぎない原理となった。 素粒子の質量を生成するためにはヒッグス場が必要。ヒッグス粒子の物理は未解決の問題である。