高エネルギー物理学特論 岡田安弘(KEK) 2007.1.23 広島大学理学部
素粒子・原子核物理学理論 2回目 素粒子の世界での対称性 自発的な対称性の破れとヒッグス機構 ヒッグス粒子の物理 素粒子標準模型を超えて
前回のまとめ 20世紀の素粒子物理学では、4つの自然界の基本的な力のうち重力以外の強い力、弱い力、電磁力をゲージ理論の枠組みで理解することに成功した。これを素粒子標準模型という。 素粒子標準模型では、クォーク、レプトン、W粒子、Z粒子の質量はヒッグス機構によって生じている。このことを解明するのが現在の素粒子実験の最大の課題である。
素粒子と対称性 対称性と保存則は物理系で重要な役割を果たす。 時間並進対称性 エネルギー保存則 空間並進対称性 運動量保存則 時間並進対称性 エネルギー保存則 空間並進対称性 運動量保存則 電荷の保存則やバリオン数の保存則も素粒子の相互作用を表す ラグランジアンあるいはハミルトニアンの持つ対称性から導き出す ことができる。 d u W e ed=-1/3 電子 eu=2/3 光子 陽電子 ee=-1
正確な対称性と近似的な対称性 電荷の保存のような正確な対称性でなくても、近似的な対称性でも 役に立つことがある。 SU(3)フレーバー対称性 up/down/strange quark 間の 近似的な対称性 クォーク・反クォーク対でできている 中間子の質量 (MeV)
自発的対称性の破れ 物理法則は対称性を持っている場合でも真空が対称でない場合がある。このとき対称性の帰結として特徴的な効果が現れる。 (隠れた対称性) このような状況を自発的な対称性の破れという。 2重井戸ポテンシャルを持った場の理論。 真空
宇宙全体としては真空状態は2つある。 縮退した真空の間の遷移確率はゼロ。 (一体問題の量子力学とは違う。)
連続的な対称性の場合 f(x) :複素数の場 連続して縮退した真空がある。
Nambu-Goldstone ボソン 真空のまわりの揺らぎの伝播 ひとつの真空状態 縮退した真空の方向があるために、真空のまわりの揺らぎを引き起こすのに小さな エネルギーしか要らない。 => 質量ゼロ (スピンもゼロ)の粒子が出現する。 これを 南部・ゴールドストンボソンという。
南部陽一郎はπ中間子がほかの粒子(ρ中間子など)に比べて特に軽いのは、強い相互作用の真空の自発的な対称性の破れのためである と主張した。 (1961年ごろ) 現在ではこのことはQCDの重要な性質として確立している。 素粒子の世界の法則を決めるには、真空の構造が重要であることを明らかにした。 質量(MeV)
ヒッグス機構 ゲージ理論の枠内で自発的な対称性の破れを引き起こすと、特別なことが起きる。 もともと質量ゼロのゲージ粒子と南部・ゴールドストンボソンが組み合わさって、質量を持ったゲージ粒子が出現する。これをヒッグス機構という。 (P.Higgs, 1964) この方法が弱い力を媒介するW粒子、Z粒子に質量を与える唯一の理論的に正当なやり方。 (G. ‘tHooft, 1971)
f=v 基本的な相互作用 W 粒子の質量 W v W f v W W 粒子は背景に溜まっているヒッグス場の中を進むときヒッグス場との
ほんとうにヒッグス場なんてあるのだろうか。それを確かめる方法。 ヒッグス粒子を生成する。 素粒子標準模型では W粒子、Z 粒子 クォーク、レプトン ヒッグス機構によって質量を生じる。 光子 グルーオン ヒッグス場と直接には相互作用をしないため 質量は生じない。 これらの素粒子の質量は、ヒッグス場との結合力が大きいほど重くなる。 ヒッグス機構による質量生成の特徴 ほんとうにヒッグス場なんてあるのだろうか。それを確かめる方法。 ヒッグス粒子を生成する。
ヒッグス粒子 ヒッグス場の真空からの揺らぎに対応する粒子。 ヒッグス粒子 ヒッグス場の真空からの揺らぎに対応する粒子。 真空にエネルギーを集中させてやれば励起されるはず。(コライダー実験でのヒッグス粒子の生成) ヒッグス粒子がいくつあるか、その質量はいくらかは、実はよくわかっていない。最も簡単な模型の場合は中性のヒッグス粒子がひとつだけ存在するはず。 ヒッグス粒子
David J. Miller (University College London) 氏の ヒッグス粒子の解説
LHC 実験: ヒッグス粒子の発見 LHC 実験: CERNで2007年に実験開始される最高エネルギー実験。 重心系のエネルギーが14TeV(14000GeV)の陽子・陽子衝突加速器。 ヒッグス粒子の発見が主要な目的のひとつ。 ヒッグス粒子 グルーオン 陽子 陽子
LHC実験 でのヒッグス粒子の発見過程の例 光子 Z 4つの電子 (陽電子)または ミュー粒子 LHC 実験では 標準模型のヒッグス粒子は必ず発見できる。
電子陽電子リニアーコライダー: ILC ヒッグスファクトリー 次世代高エネルギー加速器 International Linear Collider (ILC) 重心系エネルギー 500GeV -> 1000 GeV (第二期) 2010年代中ごろ実験開始をめざす。 目的のひとつがヒッグス粒子を大量に作りその性質を詳しく調べる。 ~30km
ILC実験におけるヒッグス粒子の生成と崩壊過程 ヒッグス粒子は重い粒子ほど強く結合する。なぜなら、ヒッグス場は素粒子に 質量を与える場だから。 ヒッグス生成過程 崩壊過程 =>分岐比の精密測定
素粒子の質量生成機構の検証 ヒッグス粒子と 素粒子の結合定数 ILC 実験後の予想 質量
さらなる素粒子物理の課題 ヒッグス場は何からできているか。 力は統一されるか。 宇宙の進化と素粒子物理の関係は。 =>標準模型を超える物理の存在を示唆する。
ヒッグス機構の背後にある物理は何か ヒッグス場が登場して、それが真空で一定値を取るにはまだ知られていない 力が関与しているはず。 超弦理論 複合ヒッグス模型 ヒッグス粒子 ~ より基本的な素粒子 超弦理論 重力子、光子、ヒッグス粒子 ヒッグス粒子はひもの一自由度 たとえば二つの考え方でヒッグス粒子はまったく違うもの。
力の統一 LEP実験などで決定された三つのゲージ結合定数をインプットにすると、超対称性というボソン フェルミオン間の対称性を導入したときのみ結合定数の大統一がおきる。 ニュートリノが小さな質量を持つことともうまく合う。(シーソー機構) 超対称性が無い場合 超対称性がある場合
宇宙のエネルギー組成 最近のWMAP衛星による宇宙背景輻射の揺らぎの精密測定により宇宙のエネルギー組成が決まった。 約2割は未知の物質(暗黒物質) 約3/4は宇宙項(暗黒エネルギー) たとえば、超対称模型では暗黒物質の候補 となる中性の安定な粒子の存在が予言されている。 コライダー実験での暗黒物質を同定することが可能。
1TeV=103GeV 100 GeV 1019 GeV 弱い力 標準模型 ヒッグス物理 電磁力 強い力. 重力 大統一理論 超対称性 シーソー ニュートリノ 複合ヒッグス模型など 100 GeV 暗黒物質 物質優勢宇宙 インフレーション宇宙 宇宙項 1019 GeV 超弦理論 LHC/ILCの物理。素粒子物理のこれからの方向を決めるのに決定的な役割を果たす。
まとめ 素粒子標準模型では素粒子の質量はヒッグス機構によって生じる。しかし、このことははまだ実験的な検証がなされていない。 素粒子の質量生成機構を検証するには、ヒッグス粒子を発見し、その性質を詳しく調べることが必要。そのためにLHC実験が今年から開始され、ILC実験が計画されている。 ヒッグス機構の背後にある物理は何か、力は統一されるか、宇宙の暗黒物質の正体は何かなどの問いは、標準模型を超える物理ではじめて答えが得られる。LHC実験により始まるTeVスケールの物理の探索は素粒子物理の進む方向を決める分かれ目になるはずである。