生物学基礎 第5回 遺伝子の本体を求めて  和田 勝 東京医科歯科大学教養部.

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生物学基礎 第5回 遺伝子の本体を求めて  和田 勝 東京医科歯科大学教養部

生物学の基本的な枠組み 5.遺伝子の実体 遺伝子の実体はDNAであった。

遺伝子とDNA これまではメンデルの要素と遺伝子あるいはDNAを、あまり厳密に区別をせずに使ってきた。また遺伝子が染色体に載っているとも言ってきた。これはどういうことだろうか? ちょうど今から50年前の1953年に、DNAの構造が明らかになった。ここではDNAと遺伝子について整理しながら理解していこう。

DNAの発見 DNAが発見されたのは1869年で、比較的、昔のことである。ただしこのときは物質としてのDNAが発見されたのであって、機能は不明だった。 ミーシャーが、膿(白血球の死んだもの)から抽出する。

DNAの発見 有名なホッペザイラーは、細胞説の化学的な裏付けをテーマとして、研究室で取り組んでいた。 研究室に入ってきたミーシャーに、白血球の細胞の化学的成分の研究を命ずる。

DNAの発見 白血球を生体から集めるのに苦労したミーシャーは、病院の包帯に付着した膿に注目した。 膿は白血球の死体である。病院通いをして交換して捨てられた包帯を集めた。

DNAの発見 包帯を洗って細胞成分を洗い出し、これにアルカリ溶液を加えて核を集めた。写真は当時の実験室。 集めた核からリンが豊富な物質を得た。これをヌクレインと名づけた。 しかし、その機能は分からなかった。

遺伝子と染色体 第4回でお話したように、20世紀に入ってすぐに、減数分裂時の染色体の動きから、染色体と遺伝子の関係が明確になった。 染色体上に遺伝子が並んでいる?

遺伝子と染色体 モーガンが、ショウジョウバエを実験材料に使って、実験を開始する。 ショウジョウバエは世代時間が短く、突然変異体を比較的容易に作り出すことができた。 左が野生型、右が白眼の突然変異体

遺伝子と染色体 前のスライドの図は、白眼の突然変異体だが、ここでは二遺伝子雑種についての研究についてふれよう。 体色が黒い突然変異体(b)と痕跡翅(vg)となる突然変異体が得られた。いずれも劣性である。体色の野生型をb+とし、痕跡翅の野生型をvg+とする。

モーガンの実験 メンデルの二遺伝子雑種と同じ実験(優性ホモの個体と劣性ホモの個体を掛け合わせ)をおこなった。 雑種第一代は、すべて優性の形質があらわれた。 雑種第二代では、2つの形質の組み合わせが9:3:3:1にならなかった。

モーガンの実験 そこで、雑種第一代のヘテロの個体と劣性ホモの個体を掛け合わせ(戻し交配)、雑種第一代の2遺伝子の組み合わせを調べた。 もしも2つの遺伝子が別の染色体にあって、独立の法則に従うならば、当然b+vg+、 b+vg、 bvg+、bvgは1:1:1:1となるはずである。

モーガンの実験 もしも同じ染色体上にあって、完全連鎖をしているなら、 b+vg+とbvgは、1:1のはずである。 実験の結果、b+vg+、 b+vg、 bvg+、bvgは965:206:185:944であった。 この結果は、2つの遺伝子が同じ染色体上にあり、遺伝子の組み換えがおこったことを示している。

モーガンの実験

遺伝子の組み換え そこで組み換え率を計算してみた。 組換え体 206+185 x100=17% 全体の数 965+206+185+944 2つの遺伝子座が、近ければ組み換えは起こりにくく、遠ければ起こり易いと考えられる。

染色体地図 そこで組み換え率は距離に比例すると仮定し、3つの遺伝子の2つづつを組み合わせて組み換え率を求め、3つの遺伝子の並び方を推定した。 新しく同じ染色体上のcn(眼の色の突然変異体)で実験したところ、bとcnの組み換え率は9%、vgとcnは9.5%だった。

染色体地図 すでにbとvgは17%だと分かっているので、 b vg cn 9% 17% b vg cn 17% 9.5% X X 17% b

染色体地図 こうして、いろいろな突然変異体を使い遺伝子座の配列を調べていった結果、4つの連鎖群(ショウジョウバエの染色体は8本)があることが分かり、遺伝子座の相対的な配列が明らかとなった。 遺伝子は染色体上に、線状に配列していることが確認された。

一遺伝子一酵素説 モーガンのところで眼の色の遺伝の研究をおこなっていたビードルは、ショウジョウバエでは埒があかないと、アカパンカビに転向。

一遺伝子一酵素説 いろいろと突然変異体を作って、栄養要求性にいきあたる。 アルギニンを培地に加えないと生育できない突然変異体。 よく調べてみると、3つの系統があることが分かった。

一遺伝子一酵素説 野生型と3つの系統を使って栄養要求性を調べる実験をおこなった。 結果は右の図のようだった。

一遺伝子一酵素説 右図のように考えるとうまく説明できる。

一遺伝子一酵素説 こうして、遺伝子は酵素というタンパク質をコードしていることが明確になる。 現在では、遺伝子は1つのポリペプチド鎖をコードしていると、訂正されている。

遺伝子の本体 遺伝という現象は複雑なので、タンパク質が遺伝子の本体であろうと漠然と考えていた。 遅れてDNAが遺伝情報を担っているのではないかという研究があらわれる。 細菌やウイルスが使われた。

遺伝子の本体 グリフィスは、肺炎双球菌を使って形質転換因子があることを示す。

遺伝子の本体 病原性のなかったR型が、死んだS型菌と混ぜることによって、病原性が現れ、S型菌に変わっていた。 何らかの因子が、病原性(およびコロニーの形と莢膜のあるなし)という形質を転換させた。 因子の本体は、わからなかった。

遺伝子の本体 アベリーは、形質転換因子が何かを求めるため、分解実験をおこなった。 プロテアーゼ(タンパク質分解酵素)で処理 形質転換おこる RNAase(RNA分解酵素)で処理 形質転換おこる DNAase(DNA分解酵素)で処理 形質転換おこらない

遺伝子の本体 アベリーの実験は、形質転換因子の本体がDNAであることを示している。 しかしながら、この結果はすぐには受け入れられなかった。

バクテリオファージ 決定的な証拠はバクテリオファージを使った実験から得られた。 バクテリオファージは細菌を食うウイルスで、特有な形態をしている。

バクテリオファージ バクテリオファージは大腸菌の表面に取り付いて、形質因子を大腸菌内に注入。 大腸菌のタンパク合成工場を乗っ取って増殖する。

ハーシェイ・チェイスの実験 取り付いたバクテリオファージが何を注入するかを確かめる実験をおこなった。 まず、外皮のタンパク質を放射性同位元素Sで標識したメチオニンで標識したファージと、DNAを放射性同位元素Pで標識したファージを用意する。

ハーシェイ・チェイスの実験

ハーシェイ・チェイスの実験 ハーシェイ・チェイスの実験は、ファージはDNAを大腸菌内に注入し、これをもとに外皮タンパク質をつくっていることを示している。 遺伝子の本体はDNAだという決定的な証拠が得られた。

DNAの構造 ヌクレインとして発見されたDNAは、ヌクレオチドのポリマー。 + =ヌクレオシド ヌクレオシドにリン酸がついたものがヌクレオチド

DNAの構造 シャルガフはDNAの塩基の組成を調べ、4種の塩基の比は等しくないが、AとTおよびGとCの量が等しいと言う関係があることを見つける。 したがってプリン塩基(A+G)=ピリミジン塩基(T+C)という関係があることを明確にした。

DNAの構造 ワトソンとクリックの出会い DNAの構造を解くことが生命の謎に肉薄できることで意気投合し、DNAの構造模型を組み始める。 あるとき、塩基が相補的に水素結合をつくれることに気が付く。

DNAの構造 フランクリンの撮影したX線回折像とシャルガフの通則にピッタリかなう構造をくみ上げることに成功。 二重ラセン構造模型を提出(1953年)

DNAの構造

DNAの構造 DNAの画面をマウスで指し(指形)左クリック

DNAの構造 フランクリンの撮影したX線回折像とシャルガフの通則にピッタリかなう構造をくみたてることに成功。 片方が決まれば塩基の相補性によって、もう一方も自動的に決まることで複製のメカニズムの説明がついた。

DNAからタンパク質へ 4種類しかない塩基でどうやって20種類のアミノ酸を決めているのか。 3つの塩基が1つのアミノ酸を指定していると考えれば、説明がつく。 実際にこの仮説が正しいことが証明される。塩基の3つ組をコドンという。

DNAからタンパク質へ セントラルドグマ

DNAからタンパク質へ 実際に合成したmRNAを使ってタンパク質を無細胞系で合成させ、これを分析して暗号を解読。 最初にUUUがフェニルアラニンをコードしていることがわかる。 暗号対応表が解明される。

DNAからタンパク質へ 2番目の塩基 T C A G 1 番 目 の 塩 基 Phe Ser Tyr Cys 3 Leu Stop Trp   2番目の塩基 T C A G 1 番 目 の 塩 基 Phe Ser Tyr Cys 3 Leu Stop Trp Pro His Arg Gln Ile Thr Asn Lys Met Val Ala Asp Gly Glu

遺伝の本体 遺伝子型   →    表現型 (genotype)        (phenotype) DNA     →    タンパク質

DNAからタンパク質へ DNAの5’→3’の並び方 アミノ酸のN末端からC末端への並び方 《ただし3つの塩基(コドン)が 1つのアミノ酸を指定》

DNAからタンパク質へ こうして、染色体を構成しているタンパク質とDNAのうち、DNAに遺伝情報が書き込まれていることが明確になった。 3つの塩基の組み合わせ(コドン)がアミノ酸を指定(コード)している。 塩基が変わればコードするアミノ酸が変わり、タンパク質が機能を失うことがある。これが突然変異。