細胞と多様性の 生物学 第7回 細胞外からの情報が核に伝わる 和田 勝 東京医科歯科大学教養部
外部の情報が細胞内へ 前回はホルモンを例に取り、細胞の外からの情報が、セカンドメッセンジャーを介して代謝の調節をしたり(水溶性ホルモン)、転写の調節をしている(脂溶性ホルモン)ことを学んだ。 ちょっと復習
脂溶性ホルモンの作用機構 Znフィンガー ホルモン応答エレメント(HRE) 5’-AGGTCAnnnTGACCT-3’
脂溶性ホルモンの作用機構 ステロイドホルモンが受容体に結合 HspがはずれてDNA結合部位が露出 ニ量体となってDNAのHREに結合 下流の遺伝子の転写を促進 タンパク質合成
ふたたび転写について 前回はホルモンを例に取り、細胞の外からの情報が、セカンドメッセンジャーを介して代謝の調節をしたり(水溶性ホルモン)、転写の調節をしている(脂溶性ホルモン)ことを学んだ。 ちょっと復習
遺伝子と形質 形態 機能 遺伝子 タンパク質 タンパク質をコードする独立した遺伝子がある。 遺伝子は相同染色体上にペアで存在する。
遺伝子と形質 優性の遺伝子は機能的なタンパク質をコードしているが、劣性の遺伝子は機能が無いタンパク質をコードしている。 したがって、ヘテロであれば劣性の形質は現れないが、劣性ホモだと現れる。 (注)これはもっとも単純な場合で、実際はもっと複雑である。
遺伝子の発現 ふたたびセントラルドグマ 実際に 転写しているのは
RNAポリメラーゼによる転写 RNAポリメラーゼというタンパク質がDNAと結合して転写をしている。DNAとタンパク質の結合?
原核生物の転写調節 DNAには、転写の開始と終了を示す部位が存在する。 RNAポリメラーゼ着地点
転写の方向 RNAポリメラーゼのプロモータ領域への着地の仕方によって、転写の方向性が決まる。 実際は鋳型鎖の3’→5’を転写しているのだが、結果としてはコード鎖を5’→3’に読んだものがmRNAとなる。 プロモータ領域による転写の方向性が決まれば、鋳型鎖を無視してコード鎖だけを考えればいい。 そこで川の流れにたとえて、コード鎖の5’側を上流、3’側を下流という表現が使われる。
lacオペロン 原核生物の遺伝子は、機能的に関係あるタンパク質をコードする領域が複数、連なっている。
リプレッサーによる転写阻害 lacオペロンのプロモーター部のさらに上流にある調節遺伝子が常にリプレッサータンパク質を作るように指令している。 リプレッサータンパク質はオペレータ部位に結合してRNAポリメラーゼの結合を阻害する。
ラクトースによる リプレッサーの不活化 ラクトースはリプレッサータンパク質と結合してリプレッサータンパク質を不活性化する。
転写のスイッチィング この方式は、ふだんは転写スイッチをオフにしておき、必要に応じてオンにする方式。 ラクト-スしか無い環境では、ラクトースをグルコースに変える酵素が必要になり、スイッチをオンにする。
trpオペロン trpオペロンの調節遺伝子が常に不活性なリプレッサータンパク質を作るように指令している。 そのため、トリプトファン合成の代謝系は稼動している。
トリプトファンによる リプレッサーの活性化 最終産物であるトリプトファンがリプレッサーを活性化する。
転写のスイッチィング この方式は、ふだんは転写スイッチをオンにしておき、必要に応じてオフにする方式。 ふだんは必要なトリプトファン合成の代謝系を稼動させているが、最終産物であるトリプトファンがだぶつくと、スイッチをオフにする。
細菌と真核生物の遺伝子 真核生物の遺伝子は全DNAのホンの一部、しかもコード領域が連続していない。
ヒトβヘモグロビンの遺伝子 プロモータ領域 紫色はエキソン1,2,3 間にはさまれた白色は イントロン1,2 翻訳開始 翻訳終了 CCCTGTGGAGCCACACCCTAGGGTTGGCCAATCTACTCCCAGGAGCAGGGA GGGCAGGAGCCAGGGCTGGGCATAAAAGTCAGGGCAGAGCCATCTATTGCT TACATTTGCTTCTGACACAACTGTGTTCACTAGCAACCTCAAACAGACACC ATGGTGCACCTGACTCCTGAGGAGAAGTCTGCCGTTACTGCCCTGTGGGGC AAGGTGAACGTGGATGAAGTTGGTGGTGAGGCCCTGGGCAGGTTGGTATCA AGGTTACAAGACAGGTTTAAGGAGACCAATAGAAACTGGGCATGTGGAGAC AGAGAAGACTCTTGGGTTTCTGATAGGCACTGACTCTCTCTGCCTATTGGT CTATTTTCCCACCCTTAGGCTGCTGGTGGTCTACCCTTGGACCCAGAGGTT CTTTGAGTCCTTTGGGGATCTGTCCACTCCTGATGCTGTTATGGGCAACCC TAAGGTGAAGGCTCATGGCAAGAAAGTGCTCGGTGCCTTTAGTGATGGCCT GGCTCACCTGGACAACCTCAAGGGCACCTTTGCCACACTGAGTGAGCTGCA CTGTGACAAGCTGCACGTGGATCCTGAGAACTTCAGGGTGAGTCTATGGGA CCCTTGATGTTTTCTTTCCCCTTCTTTTCTATGGTTAAGTTCATGTCATAG GAAGGGGAGAAGTAACAGGGTACAGTTTAGAATGGGAAACAGACGAATGAT TGCATCAGTGTGGAAGTCTCAGGATCGTTTTAGTTTCTTTTATTTGCTGTT CATAACAATTGTTTTCTTTTGTTTAATTCTTGCTTTCTTTTTTTTTCTTCT CCGCAATTTTTACTATTATACTTAATGCCTTAACATTGTGTATAACAAAAG GAAATATCTCTGAGATACATTAAGTAACTTAAAAAAAAACTTTACACAGTC TGCCTAGTACATTACTATTTGGAATATATGTGTGCTTATTTGCATATTCAT AATCTCCCTACTTTATTTTCTTTTATTTTTAATTGATACATAATCATTATA CATATTTATGGGTTAAAGTGTAATGTTTTAATATGTGTACACATATTGACC AAATCAGGGTAATTTTGCATTTGTAATTTTAAAAAATGCTTTCTTCTTTTA ATATACTTTTTTGTTTATCTTATTTCTAATACTTTCCCTAATCTCTTTCTT TCAGGGCAATAATGATACAATGTATCATGCCTCTTTGCACCATTCTAAAGA ATAACAGTGATAATTTCTGGGTTAAGGCAATAGCAATATTTCTGCATATAA ATATTTCTGCATATAAATTGTAACTGATGTAAGAGGTTTCATATTGCTAAT AGCAGCTACAATCCAGCTACCATTCTGCTTTTATTTTATGGTTGGGATAAG GCTGGATTATTCTGAGTCCAAGCTAGGCCCTTTTGCTAATCATGTTCATAC CTCTTATCTTCCTCCCACAGCTCCTGGGCAACGTGCTGGTCTGTGTGCTGG CCCATCACTTTGGCAAAGAATTCACCCCACCAGTGCAGGCTGCCTATCAGA AAGTGGTGGCTGGTGTGGCTAATGCCCTGGCCCACAAGTATCACTAAGCTC GCTTTCTTGCTGTCCAATTTCTATTAAAGGTTCCTTTGTTCCCTAAGTCCA ACTACTAAACTGGGGGATATTATGAAGGGCCTTGAGCATCTGGATTCTGCC TAATAAAAAACATTTATTTTCATTGCAATGATGTATTTAAATTATTTCTGA ATATTTTACTAAAAAGGGAATGTGGGAGGTCAGTGCATTTAAAACATAAAG AAATGAAGAGCTAGTTCAAACCTTGGGAAAATACACTATATCTTAAACTCC ATGAAAGAAGGTGAGGCTGCAAACAGCTAATGCACATTGGCAACAGCCCTG ATGCCTATGCCTTATTCATCCCTCAGAAAAGGATTCAAGTAGAGGCTTGAT TTGGAGGTTAAAGTTTTGCTATGCTGTATTTTACATTACTTATTGTTTTAG CTGTCCTCATGAATGTCTTTTCACTACCCATTTGCTTATCCTGCATCTCTC AGCCTTGACTCCACTCAGTTCTCTTGCTTAGAGATACCACCTTTCCCCTGA AGTGTTCCTTCCATGTTTTACGGCGAGATGGTTTCTCCTCGCCTGGCCACT CAGCCTTAGTTGTCTCTGTTGTCTTATAGAGGTCTACTTGAAGAAGGAAAA ACAGGGGGCATGGTTTGACT…… 翻訳開始 翻訳終了 紫色はエキソン1,2,3 間にはさまれた白色は イントロン1,2
転写とmRNAの修飾 1)転写開始部位から終了部位まで転写される。 この配列には、エクソン、イントロンとともに翻訳 この配列には、エクソン、イントロンとともに翻訳 されない塩基配列を両端に含む。 2)5’側に7-メチルグアノシン(Cap)構造が、3’側 に100-250個の連続したA(ポリAテイル)が付 加される。 3)イントロン部分がスプライシング酵素によってつまんで 切られる(スプライシング、splicing)。 4)完成したmRNA(成熟mRNA)が核膜孔からサイトゾー ルへ出る。
転写とmRNAの修飾
真核生物の転写調節 真核生物では、転写の開始に転写基本因子が不可欠で、たくさん見つかっている。 これらの基本転写因子がプロモーター部に結合して複合体を作ると、RNAポリメラーゼが結合できるようになる。
真核生物の転写調節 これ以外に、遺伝子調節タンパク質(リプレッサーとアクチベーター)が、転写開始に影響を及ぼす。これらはかなり離れた位置にある場合もある。 原核生物ではDNAは裸だが、真核生物ではDNAはクロマチン構造をとっている。
真核生物の転写調節 原核生物よりかなり複雑
ホルモンの作用機構 ステロイドホルモン-受容体複合体は、遺伝子調節タンパク質として働く。 水溶性ホルモンは、膜タンパク質である受容体に結合し、細胞内にセカンドメッセンジャーを作り、これが最終的に代謝経路を動かす酵素を活性化(スイッチをオンに)することによって、細胞の働きを調節している。
ホルモンの作用機構
外部の情報が細胞内へ(2) これとは逆に、セカンドメッセンジャーを介して転写の調節する、また脂溶性ホルモンが膜受容体を介して代謝の調節などをnon-genomicにおこなうことができることがわかってきた。
転写のスイッチィング
インシュリン受容体 インシュリン が結合 細胞内へ情報が伝わる
受容体チロシンキナーゼ 細胞内シグナルタンパク質を活性化する 二量体型のシグナル分子が結合すると チロシンがリン酸化され
受容体チロシンキナーゼ 不活性型Rasタンパク質を活性型に変える Rasタンパク質はras遺伝子の産物で単量体GTP結合タンパク質の一つ
受容体チロシンキナーゼ 活性化したRasタンパク質は、マップキナーゼリン酸化カスケードを刺激する 最終のマップキナーゼは、さまざまなタンパク質をリン酸化して、活性化する。 この中には、さまざまな遺伝子調節タンパク質が含まれる。
リン酸化反応の相互作用 これまで述べてきたリン酸化酵素、Aキナーゼ、Cキナーゼ、CaMキナーゼ、マップキナーゼは、相互に作用し合って、複雑な「網」を形成している。 細胞は、これらの多数のシグナルを受け取って適切に反応しているようだ。
ステロイドホルモン膜受容体 ステロイドホルモンは、細胞質にある受容体に結合して、核内へ入り転写の制御をするだけでなく、膜タンパク質受容体があって、転写を伴わない(non-genomic)な作用をしているらしいことがわかってきた。
ステロイドホルモン膜受容体 プロゲステロンやアルドステロンなどの例が報告されているが、まだ不明な点が多い。ここではこれ以上触れない が、、、先日、
プロゲステロン膜受容体 http://www.utmsi.utexas.edu/people/staff/thomas/PNAS_2003.pdf
プロゲステロン膜受容体 (b) Western blot analysis of solubilized ovarian membrane proteins using monoclonal antibody PR10-1. I, plasma membrane; II, cytosol; III, partially purified membrane fraction used to generate monoclonal antibodies. (a) Northern blot analysis showing mRNA expression in ovarian (O, gel loading: 1mg) and other tissues (gel loading: 5mg); B, brain; T, testis; P, pituitary; H, heart; K, kidney; L, liver; S, stomach; I, intestine; G, gill; M, muscle. (c) Cellular localization of receptor by Western blot analysis using stmPRapAb1 antibody (gel loading: 10 mg). OC, oocyte cytosol; OM, oocyte membrane; Folli., follicle cell membrane; (d) Folli., follicle cells; PM, oocyte plasma membrane; Cyt, oocyte cytoplasm. (Magnification: 1 cm ' 20 mm.).
プロゲステロン膜受容体 http://www.pnas.org/cgi/reprint/0436133100v1
遺伝子工学 以下にDNAを人為的に操作する遺伝子工学の手法などを説明しているが、他で学習していると思うので、広義では触れない。
遺伝子工学 特定の塩基配列(回文構造)を認識して切断する制限酵素が見つかった。 上の例ではAAGCTTを認識して、右のように切断する。
クローニング 制限酵素で切断し、リガーゼでDNA断片を挿入することができる。
DNAライブラリー ゲノムDNAの断片をプラスミドベクターに挿入して、これを大腸菌に導入する と、ゲノムDNAライブラリーができる。
プローブによるコロニーの検出 目的とするDNA断片が導入されたコロニーを選び出す。
DNAライブラリー mRNAから逆転写酵素によってDNAにコピーし、これをDNAポリメラーゼで2本鎖にして組み込む。
PCR(polymerase chain reaction) DNAは加熱すると水素結合が切れて、一本鎖になる。 1組のプライマーと原料となるヌクレオチドを加え、DNAを合成させる。
PCR この操作を繰り返すと、倍々に増えていく。
DNA塩基配列の決定 3’に水酸基がないジデオキシヌクレオシド三リン酸を使うと、5’→3’合成がとまる。
DNA塩基配列の決定 ジデオキシヌクレオシド三リン酸を原料に少し混ぜて、DNAの合成反応を進める。
DNA塩基配列の決定 4種の塩基でこれを行い、ゲル電気泳動する。 4つのクロマトグラムを並べ、下から読んでいくと、それが延期の配列になる
遺伝子操作 こうして、ヒトゲノムの塩基配列は決定された。また遺伝子を使ったさまざまな応用分野が広がった。 タンパク合成をさせる ●発現ベクターに有用遺伝子を導入して タンパク合成をさせる ●遺伝子導入(transgenic)マウスの作成 ●ノックアウトマウスの作成 ●反復配列の長さによるDNA鑑定