旭川医科大学教育研究推進センター 阿久津 弘明 化学 中村 正雄、津村 直美 アミロイドベータペプチド の化学修飾解析 旭川医科大学教育研究推進センター 阿久津 弘明 化学 中村 正雄、津村 直美
はじめに 認知症のひとつアルツハイマー病(AD)は脳への老人斑(SP)の蓄積が特徴である。ADの進行は、炎症や酸化ストレスとの関連が指摘されているが、その生化学的メカニズムは明らかではない。 SPは主にアミロイドβペプチド(Aβ)1- 42およびAβ1- 41から構成されており、また高濃度の鉄、銅と亜鉛が含まれている。凝集または繊維化したAβおよびオリゴマーAβの毒性発現により神経細胞が障害を受けると考えられている(アミロイド仮説)。また、SPより採取されたAβにメチオニン残基(Met35)の酸化も確認されている。
脳内ではミクログリアがAβを貪食し分解する事がわかってきた。また、ミクログリアに存在するMyeloperoxdase(MPO)は過酸化水素と周囲の塩素イオンから次亜塩素酸を産生する。 Aβはこの次亜塩素酸により化学修飾を受けると考えられる。本研究では、次亜塩素酸とAβとの反応に焦点を当ててMALDI/MSおよびLC/MS/MSを用い構造変化の検討を行った。
Amylpid β Asp- Ala- Glu- Phe- Arg- His- Asp- Ser- Gly- Tyr- Glu- Val- His- His- Gln- Lys- Leu- Val- Phe- Phe- Ala- Glu- Asp- Val- Gly- Ser- Asn- Lys- Gly- Ala- Ile- Ile- Gly- Leu- Met- Val- Gly- Gly- Val- Val- Ile- Ala 1 12 25 35 42
実験 5mMリン酸バッファー(pH7.4)中にAβ 1-42、 Aβ 1-12あるいはAβ 25-35を100μMに調製し、これに100μM 次亜塩素酸(NaOCl)を加え反応させCHCAをマトリッスとしMALDI/MSを用い測定を行った。さらに化学修飾の詳細を検討するため、10mM酢酸アンモニウム(pH7.7)でAβ 1-12およびAβ 25-35を2μMに調製し、20μM NaOClと反応させ直ちにLC/MS/MSを用いESI(+)にて経時的に測定を行った。この時オートサンプラの温度を20℃とし反応温度を一定にした。ターゲットのプリカーサーイオンには2価イオンを用いた。
実験 MALDI/MS system REFLEX III(ブルカー・ダルトニクス) LC/MS/MS system NanoFrontier eLD(日立ハイテク) カラム MonoCap C18 Fast-Flow 0.05 x 150mm、 Monolith Trap 0.05 x 150mm(GLサイエンス) L-column2 C18 0.075 x 150mm、 Trap C18 0.3 x 5mm(CERi)
実験 LC条件 移動相 A溶媒:2% ACN in ギ酸 B溶媒:98% ACN in ギ酸 流量:200nL 移動相 A溶媒:2% ACN in ギ酸 B溶媒:98% ACN in ギ酸 流量:200nL MonoCap C18 Fast-Flow B溶媒:15%(0分) → 35%(20分) L-column2 C18 B溶媒:25%(0分) → 50%(15分) オートサンプラー設定温度 20℃
a, Aβ 1-42 b, Aβ 1-42 + NaOCl [M+H]+ [M+K]+ [M+H+16]+ [M-44]+ 4450 4470 4490 4510 4530 4550 4570 4590 m/z -1.0 -0.5 0.0 0.5 1.0 r.i. [M+H+16]+ [M+K]+ [M+H]+ b, Aβ 1-42 + NaOCl a, Aβ 1-42 [M-44]+
a, Aβ 1-12 b, Aβ 1-12 + NaOCl [M + H]+ [M + K]+ [M -44]+ [M + 35]+ 1380 1400 1420 1440 1460 1480 m/z -0.4 -0.2 -0.0 0.2 0.4 0.6 r.i. [M + K]+ [M + 35]+ [M + H]+ a, Aβ 1-12 b, Aβ 1-12 + NaOCl [M -44]+
a, Aβ 25-35 b, Aβ 25-35 + NaOCl [M + K]+ [M + H]+ [M + H+32]+ 1020 1040 1060 1080 1100 m/z -0.50 -0.40 -0.30 -0.20 -0.10 -0.00 0.10 0.20 0.30 0.40 0.50 r.i. [M + H+16]+ [M + H+32]+ [M + K]+ [M + H]+ b, Aβ 25-35 + NaOCl
Aβ 1-12 a1,TICC b1,m/z 712.80(M+H) c1,m/z 729.79(M+35) d1,m/z 690.30(M-44) 6 12 18 24 30 Retention Time (min) 1.6E+5 10 20 40 50 60 70 80 90 100 % Intensity XIC (MS) 690.3000±0.1000 c1,m/z 729.79(M+35) XIC (MS) 729.7900±0.1000 T14.6 b1,m/z 712.80(M+H) XIC (MS) 712.8000±0.1000 T14.8 T18.8 T21.0 a1,TICC 1.8E+6 TIC (MS) T15.8 T17.5 T19.6 T20.3 T22.0 T23.9 T3.8 T24.9 T2.7 T25.6 T5.5 T4.7 T26.5 T6.2 T7.1 T0.8 T28.5 T12.6 T10.6 T1.3 T8.7 T11.8 T10.0 T9.3 T13.6 d2,m/z 690.30(M-44) 1.3E+5 T15.0 c2,m/z 729.79(M+35) T14.4 b2,m/z 712.80(M+H) T14.1 T16.2 T16.8 T18.5 a2,TICC 1.6E+6 T16.7 T18.0 T19.0 T20.1 T28.9 T21.2 T27.8 T3.4 T25.2 T22.4 T23.4 T4.2 T24.2 T7.3 T0.2 T0.9 T9.2 T2.5 T1.7 T7.8 T6.4 T8.3 T10.1 T10.9 T12.4 Aβ 1-12 Aβ 1-12 + NaOCl(4分後) M+35 M-44
Aβ 1-12 + NaOCl(4時間後) a3,TICC b3,m/z 712.80(M+H) c4,m/z 729.79(M+35) 6 12 18 24 30 Retention Time (min) 1.6E+5 20 40 60 80 100 % Intensity XIC (MS) 690.3000±0.1000 T15.0 XIC (MS) 729.7900±0.1000 T14.5 T17.0 T18.4 XIC (MS) 712.8000±0.1000 T14.2 T17.1 1.4E+6 TIC (MS) T17.6 T19.0 T19.7 T20.6 T3.9 T21.4 T12.3 T5.8 T1.7 T7.4 T2.3 T22.0 T0.5 T4.9 T8.4 T9.5 T11.5 T1.2 T13.5 T10.9 T10.1 T23.2 T25.6 T27.6 T24.5 Aβ 1-12 + NaOCl(4時間後) Aβ 1-12 + NaOCl(30時間後) b3,m/z 712.80(M+H) b4,m/z 712.80(M+H) a3,TICC a4,TICC c4,m/z 729.79(M+35) d4,m/z 690.30(M-44) Tyr+35 2.2E+5 T14.6 T17.9 T18.6 T20.2 T21.1 T22.7 T15.3 T14.0 T15.8 T16.4 1.1E+6 T16.6 T17.7 T20.5 T25.2 T29.1 T8.0 T22.9 T26.0 T7.1 T2.2 T10.8 T0.9 T3.8 T5.1 T28.1 T9.6 T12.0 T5.7 T26.8 T4.4 T8.7 T6.5 T3.1
Aβ 1-12 [M+H]+ a2 b9 a10 b7 b2 b8 b5 b6 b3 a6 b11 y3 a11 b4 b12 100 380 660 940 1220 1500 m/z 10 20 30 40 50 60 70 80 90 Y a2 b9 a10 b7 b2 [M+H]+ b8 b6 b5 b3 a6 H b11 a11 y3 E b4 b12 Aβ 1-12
Aβ 1-12 + NaOCl 同位体パターン [M+35]+ y5 a2+34 b2+34 b3+34 b5+34 b7+34 b6+34 100 380 660 940 1220 1500 m/z 10 20 30 40 50 60 70 80 90 a2 a3 b2 y5 a2+34 b2+34 b3+34 b5+34 b7+34 b6+34 a6+34 b9+34 b8+34 b11+34 b10+34 a10+34 y1 y3 y2 [M+35]+ Aβ 1-12 + NaOCl 1014.0 1030.8 1047.6 1064.4 1081.2 1098.0 1049.4118 1050.4166 1021.4159 1052.4173 1022.4115 1023.4118 1032.3940 同位体パターン
Aβ 1-12 + NaOCl [M-44]+ b7-45 b9-45 b2-45 y1 b8-45 a10-45 b6-45 b3-45 100 380 660 940 1220 1500 m/z 10 20 30 40 50 60 70 80 90 [M-44]+ y1 b6-45 b7-45 b9-45 b8-45 a10-45 b10-45 b5-45 b3-45 b2-45 Aβ 1-12 + NaOCl
Aβ 1-12 + NaOCl [M+35]+ b2 a2 a10+34 b10+34 b11+34 b9 b7 b5 b8 a3 100 380 660 940 1220 1500 m/z 10 20 30 40 50 60 70 80 90 a2 b9 b7 b8 b5 a3 a10+34 b10+34 b11+34 b2 Aβ 1-12 + NaOCl [M+35]+
a, Aβ 25-35 b, Aβ 25-35 + NaOCl [M+H]+ [M+H+16]+ +16Da b10 y3 y1 y4 b8 100 320 540 760 980 1200 m/z 10 20 30 40 50 60 70 80 90 b10 [M+H]+ y3 y1 y4 b8 b7 b9 y5 b4 y2 y7 a11 b3 b5 b6 a10 b11 y1+16 y2+16 y3+16 y4+16 y5+16 [M+H+16]+ +16Da a, Aβ 25-35 b, Aβ 25-35 + NaOCl
結果 MALDI/MSによる測定ではAβ 1-42はNaOClとの反応で16Daの増加および44Daの減少を示した(図2)。Aβ 1-12では35Daの増加および44Daの減少(図3)。Aβ 25-35では16および32Daの増加が(図4)観測された。 今回測定に用いたLC条件ではAβ 1-42は難溶で、LCの配管やトラップカラムを詰まらせてしまったため、Aβ 1-41のN端またはC端側であるAβ 1-12およびAβ 25-35を用い経時的に測定を行った(図5a、図5b)。Aβ 1-12ではNaOClとの反応直後から[M+35]+のピークが増加し(図5a-c2)、4時間後
最大となった。反応直後僅かだが[M-44]+のピークも確認できた。 [M-44]+のピークは経時的に強度を増していった(図5b-d3、d4)。それぞれのピークをMS/MS測定した所、[M+35]+のピークのプロダクトイオンスペクトルからy系列イオンには変化は見られなかったが、bおよびa系列のイオンには+35Da増加が見られた(図7a)。 また、b系列イオンの同位体パターンから塩素の付加が確認できた。この事よりN端末のアミノ基が塩素化された事が確認できた。 [M-44]+のピークも同様に検討した結果(図7b)、bおよびa系列の各イオンから45Daの減少が観測された(図7b)。この事より1番目のAspからの
脱炭酸が確認できた。反応が進むと[M+35]+のピークが二峰性になる事が確認できた(図5b-c4)。 MS/MS測定の結果、b10およびa10以降のイオンに34Daの増加が観測された(図8)。この事より 10番目のTyrが塩素化された事が確認できた。 同様にAβ 25-35についても検討した。[M+H+16]+のピークのプロダクトイオンスペクトル(図10)を見ると、b系列のイオンには変化がなく、y系列のイオンは16Daの増加が観測できた。この事より10番目のMetの酸化が確認できた。なお、今回の条件ではMALDIで観測できた[M+H+32]+のピークは観測できなかった。
まとめ Aβ 1-12と次亜塩素酸の反応では、初めにN末のアミノ基と次亜塩素酸が反応し、次いでAspの脱炭酸が起きる過程を推論できた。さらに反応が進むとTyrへの塩素化が起きる事も確認できた。Aβ 1-42やAβ 25-35は次亜塩素酸と高い反応性を持つMetを有しているため優先的に酸化されたと考えられる。 今後塩基性溶媒を用いたAβ 1-42のLCによる分離条件を検討し、Aβ 1-12との比較検討を行いたい。