研究開発課題(素粒子分野)の紹介 筑波大学計算科学研究センター 藏増 嘉伸
素粒子物理学とは 宇宙を支配する基本的自然法則を探求する学問 ・物質の最小構成単位は何か? ・最も基本的な相互作用は何か?
現在までに知られている素粒子 u c t d s b +2/3 −1/3 電荷 クォーク (赤、青、緑) e m t ne −1 クォーク (赤、青、緑) e m t ne −1 電荷 レプトン ヒッグス粒子(未発見)
素粒子間に働く基本的相互作用 力の種類 大きさ(目安) 媒介粒子 理論 1 0.01 0.00001 10−40 強い力 電磁気力 弱い力 力の種類 大きさ(目安) 媒介粒子 理論 1 0.01 0.00001 10−40 強い力 電磁気力 弱い力 重力 グルーオン 光子 弱ボソン 重力子 QCD(量子色力学) QED(量子電磁力学) Weinberg-Salam 超弦理論(?) 格子QCDは30年にわたって計算素粒子物理学を牽引 次世代スパコンでも核となる課題
Outline §1. 素粒子物理学とは §2. 格子QCDによる非摂動計算 §3. QEDの摂動計算 §1. 素粒子物理学とは §2. 格子QCDによる非摂動計算 §3. QEDの摂動計算 §4. 標準理論を超える物理をもとめて §5. PetaからExaへ向けて §6. まとめと展望
§2. 格子QCDによる非摂動計算 強い相互作用: 漸近自由性と閉じ込めという非摂動現象が特徴 基本自由度はクォークとグルーオン 基本自由度はクォークとグルーオン QCD Lagrangian 結合定数gとクォーク質量mqはフリーパラメータ π, K, K*, ρ, ω, η, φ, a, b, f, D, B, ... メソン ハドロン p, n, Δ, Λ, Σ, Σ*, Ξ, Ξ*, Ω, Λc, Ξc, Λc, ... バリオン
数値計算手法(1) 空間3次元+時間1次元を離散化(4次元格子)し、モンテカルロ法を用いて経路積分を実行 物理演算子の期待値は配位に関する平均
数値計算手法(2) 数個のパラメータ ・4次元体積: V=NX・NY・NZ・NT ・格子間距離: a(結合定数g) ・クォーク質量: mq
格子QCDの研究目的 クォーク・グルーオンを自由度とした第一原理(QCD)計算によって ・ミクロの世界の物質構造・相互作用 ・ミクロの世界の物質構造・相互作用 ・有限温度・有限密度の相構造 を定量的に調べる では、次世代スパコンで具体的に何を目指すのか?
研究開発課題(2) [責任者: 藏増] 「格子QCDを用いた第一原理計算の微細化とマルチスケール化によるクォーク力学の統一的解明」 電磁相互作用を入れた1+1+1フレーバーのphysical point simulation ・QCD理論のパラメータであるクォーク質量の決定と基本物理量の測定 ・physical pointでの軽原子核の構成(初期目標は4He)
2+1フレーバーQCDでのハドロン質量(PACS-CS) physical input mπ, mK, mΩ 1% K+(us) K0(ds) 497.6 MeV 493.7 MeV - ⇒ mu=md, ms, a 2−3%の誤差で実験値を再現 2+1(mu=md≠ms) ⇒ 1+1+1(mu≠md≠ms) with QED
QCDの基本定数 結合定数 クォーク質量 u 1.5 to 3.5 MeV d 3.5 to 6.0 MeV PDG2009 結合定数 クォーク質量 u 1.5 to 3.5 MeV d 3.5 to 6.0 MeV s 105(+25/−35) MeV c 1.27(+0.07/−0.11) GeV b 4.20(+0.17/−0.07) GeV t 171.3(±1.1±1.2) GeV u,d,sクォーク質量の不定性は大きい
格子QCDによる原子核の直接計算 階層的物質構造をクォークの力学であるQCDのみによって解明する ことは、マルチスケールフィジックスを目指す計算科学にとっての挑戦 計算コスト∝原子核の伝播関数におけるクォーク場の縮約数 4He : 12C = (6!)2 : (18!)2 初期目標は4Heの構成、その後質量数を拡張 原子核 クォーク 陽子 中性子
研究開発課題(1) [責任者: 橋本] 「素粒子模型にもとづくビッグバンにおける相転移の解明」 有限温度QCD相転移の精密解明 小林-益川行列要素精密決定による標準理論を超える物理の探索
QCDにおける有限温度の相図 KSクォーク作用での結果 ・physical pointではクロスオーバー ⇒ 非局所的操作によって 2/2+1フレーバー作用を構築 ユニバーサリティの議論が成り立つのか? KSクォーク作用の結果を異なる作用(Wilson,overlap)で検証 physical point? * *
小林-益川行列の検証 KEKB ⇒ SuperKEKB ルミノシティ ×40 格子QCDによる B中間子遷移行列の 1%レベルでの決定 Stocchi@CKM2006 KEKB ⇒ SuperKEKB ルミノシティ ×40 格子QCDによる B中間子遷移行列の 1%レベルでの決定 2006 2015 精密測定(10%⇒1%)によって小林-益川理論からのズレを探る
なぜ精密化が必要か? 超弦理論(4つの力を統一的に記述?) 実験による新しい物理の探索 Weinberg-Salam QED QCD 標準理論 Weinberg-Salam QED QCD 一般相対性理論 (古典) 重力 弱い力 電磁気力 強い力
今後の素粒子加速器実験 (1) エネルギーフロンティア ・エネルギーを上げることによって新しい粒子・物理を発見 (1) エネルギーフロンティア ・エネルギーを上げることによって新しい粒子・物理を発見 − TEVATRON@FNALによるトップクォークの発見 − Large Hadron Collider (LHC)@CERNによるヒッグスの探索 (2) ルミノシティフロンティア ・精度を上げることによって新しい物理を発見 − B-factory@KEKによるB中間子系でのCPの破れの発見 − SuperKEKB計画 ・既存の理論を定量的に高い精度でコントロールする必要性
§3. QEDの摂動計算 担当者: 仁尾 真空の量子的ゆらぎによるレプトンの異常磁気能率の摂動的評価 g=2 ⇒ g=2×(1+ae,μ) (1) 電子の場合 微細構造定数αの最も精度の良い決定方法 ae=1 159 652 180.73 (0.28) 10−12 (Harvard 08) ⇒ α−1=137.035 999 084 (51) (Kinoshita et al. 08) cf. me=0.510 998 910 (13) MeV (PDG2009) QEDおよび物理理論全般の体系を検証 (2) ミューオンの場合 実験による精密測定と標準理論による精密計算のズレから 未知の重い粒子の効果を探索 ⇒ J-PARCに期待
ミューオンg-2の理論計算 微細構造定数αの摂動展開 aμ(total)=aμ(QED)+aμ(hadron)+aμ(weak)+aμ(new physics) 実験(World Av.) 理論 aμ=1.16592080(63)×10−3 aμ=1.16591790(65)×10−3 Δaμ=(290±90)×10−11 3.2σのズレ ⇒ aμ(new physics)の効果? 1-loop αA(2)+α2A(4)+α3A(6)+α4A(8)+α5A(10) γ νμ χ− ~ μ
10次のファインマン図 合計 12672個 set I: 208個 set II: 600個 set III: 1140個 set IV: 2072個 set V: 6354個 set VI: 2298個 合計 12672個
数値計算の特徴 A(5)=∫dk1…dkN f(k1,…,kN) ・O(10)次元のモンテカルロ多重積分 (注:格子QCDはモンテカルロ法を用いた非摂動計算) ・trivial parallelで計算が可能(被積分関数に対する操作は独立) ・問題点: 紫外・赤外発散の処理に起因する桁落ち ⇒ 4倍精度計算が必要
§4. 標準理論を超える物理をもとめて 担当者: 早川 (1) 複合ヒッグス模型(Walking TechniColor)の探索 ・LHC実験がもたらすTeV領域の新しい物理に備える ・QCD-likeな理論のため現在の手法を応用可能 − ある程度大きなgTC2でβ(gTC2)≈0 − カイラル対称性の自発的破れ ・具体的ターゲットは10〜14フレーバーをもつSU(3)ゲージ理論 gTC2 β(gTC2) gTC2 μ2
§4. 標準理論を超える物理をもとめて(つづき) 担当者: 西村 (2) 超弦理論による時空の量子ダイナミクスの研究 ・プランクスケールの理論の最有力候補 − 弦の振動パターンにより粒子を記述 ⇒ 力の統一 − 量子重力の発散の困難を回避 ・理論を実証するための試金石 − ダイナミクスとして(3+1)次元時空を出せるか? 非摂動的定式化による非摂動計算が必要 − ブラックホール内部における重力の量子効果
§5. PetaからExaへ向けて Peta Eraのキーワード=“並列化” ・対象としている系の大規模化によって新しい地平を目指す Exa Eraのキーワード=“predictability” ・更に計算を大規模化することによって予測精度が上がるのか? − 真の意味の第一原理計算か? ⇒ 系統誤差の評価が可能か? cf. 格子QCDの場合は4次元体積と格子間隔 − モデルや近似計算の選別・淘汰 格子QCDを含めた素粒子物理はExa scaleのアプリとしてqualified
よりわかりやすく言えば Peta Era: 実験(自然現象)を理解できるか? Exa Era: 実験にとって変われるか? 素粒子物理は更に一歩進んで実験結果と既存の理論(QCD,QED)のズレによって新しい物理を探索
§6. まとめと展望 ・格子QCD − QCDのパラメータの決定と基本物理量の測定 − physical pointでの軽原子核の構成 − 小林-益川行列要素精密決定による新しい物理の探索 ・QEDの摂動計算 − ミューオンg-2の10次の計算 ⇒ 理論と実験のズレの確定を目指す ・標準理論を超える物理 − 複合ヒッグス模型の探索 − 超弦理論による時空の量子ダイナミクスの研究
§6. まとめと展望(つづき) ・標準理論に対して − 定性的 ⇒ 定量的 ⇒ 精密化の歴史 PetaからExaへとつづく − 精密実験+精密理論計算 ⇒ 標準理論を超える物理の探索 ・標準理論を超える物理 − 模型の非摂動的研究・検証が可能な時代の到来 − 今後定性的 ⇒ 定量的 ⇒ 精密化のステップへの発展を期待