遺伝学・生態学的背景、 事例とガイドライン説明

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遺伝学・生態学的背景、 事例とガイドライン説明 渡辺勝敏(京大院理) この講演は,表題とは少し離れ,ある地域の女性が話していた「ムサシトミヨの泳ぐ姿が生きていく勇気を与えてくれる」という言葉にインスピレーションを受け,「生きていく勇気」をテーマに「保全としての放流」を考える. © 渡辺勝敏@京大院理2009

e.g. 子ども 現代社会の問題 不公平/ 弱者が不利 格差社会 資本 ・ 就学・経済格差 技術 ・ ヒトが未経験な 知識 の制限 生活習慣 戦争 /体制変化 富の再分配 インフラ等の  再整備 社会の発展 不公平/ 格差社会 弱者が不利 e.g. 子ども 資本 技術 知識  の制限  機構 良心 ・ 就学・経済格差 ・ ヒトが未経験な   生活習慣   食生活 ・ 肉体・精神的不健康 ・ 絶望的な世界観 現代社会では様々な制限のため,不公平な格差社会が生じ,そのしわ寄せは常に弱者にかかる. 現代社会において,子供は常に生化学的,行動学的な生体実験の対象とされている. © 渡辺勝敏@京大院理2009

野生生物(e.g. 淡水魚) 現代社会の問題 不公平/ 弱者が不利 格差社会 → 個体群・種の絶滅 (根絶やし) 資本 富の再分配 インフラ等の  再整備 社会の発展 不公平/ 格差社会 弱者が不利 さらなる弱者としての 野生生物(e.g. 淡水魚) 資本 技術 知識  の制限  機構 良心 ・ 生息場所の破壊・分断化 ・ 外来種・病気の侵入 ・ 個体数の減少 ・ 決定論的・確率的悪影響 → 個体群・種の絶滅           (根絶やし) さらなる弱者は野生生物であり,様々な人為要因により「根絶やし」さえにされてしまう. © 渡辺勝敏@京大院理2009

野生生物(e.g. 淡水魚) 野生生物(淡水魚) 保全を通じて,制限を克服し, 保全の目的 よりよい世界に変えていく 不公平/ 弱者が不利 富の再分配 インフラ等の  再整備 社会の発展 不公平/ 格差社会 弱者が不利 さらなる弱者としての 野生生物(e.g. 淡水魚) 資本 技術 知識  の制限  機構 良心 ・ 生息場所の破壊・分断化 ・ 外来種・病気の侵入 ・ 個体数の減少 ・ 決定論的・確率的悪影響 → 個体群・種の絶滅           (根絶やし) 野生生物の保全とは,究極的には,保全を通じて様々な制限を克服し,より公平な,よりよい社会に変えていくことである. © 渡辺勝敏@京大院理2009

・ goods ・ service ・ amenity 「生きていく勇気」 なぜ淡水魚を保全するのか 水産資源 物質循環,エネルギー流の変更 保全を通じて,制限を克服し,よりよい世界に変えていく なぜ淡水魚を保全するのか ・ goods ・ service ・ amenity 水産資源 物質循環,エネルギー流の変更   低〜高次消費者,回遊,基質改変 環境指標:水質,生物多様性 淡水魚の保全の重要性は,生物多様性の重要性にならって整理すると,有用物,生態系サービス,快適さの3点に要約されうる. 生態系サービスについてはまだ現代人は十分に理解できていない. Amenityに関しては考える以上に重要である.音楽がそうであるように,人が生きる意味や生きていく勇気の土台を与える. 情操・世界観の形成 環境教育 科学・文化への貢献 「生きていく勇気」 © 渡辺勝敏@京大院理2009

「保全としての放流」 なぜ淡水魚を保全するのか 「生きていく勇気」につながるのか? つながる「放流」とはどういうものか? 保全を通じて,制限を克服し,よりよい世界に変えていく なぜ淡水魚を保全するのか 「保全としての放流」 「生きていく勇気」につながるのか? つながる「放流」とはどういうものか? メダカが絶滅/減少した地域で, ・ 人類とチンパンジーの分化時間よりも古くに分かれた   「別種」のメダカを放流する ・ ヒトがネアンデルタール人と分化したほど古くに分かれた   「遠縁」のメダカを放流する ・ その地域で,数千,数万年にわたって,独自の歴史を   生き抜いてきたメダカを保護増殖し,放流する 保全としての放流:「生きていく勇気」につながる放流について考える. 保全を意図した放流にもいろいろある. © 渡辺勝敏@京大院理2009

「保全としての放流」 生物の種の保全 「それぞれの地域環境の中で, 地域個体群を 適応的に進化し続ける実体として 守ることこそが種の保全」 遺伝的多様性を源に 自ずと進化しつづける実体 分化・融合する 1つ以上の地域個体群(集団)の総体 遺伝的多様性を源に 自ずと進化しつづける実体 分化・融合する 1つ以上の地域個体群(集団)の総体 「保全」,ここでは「生物の種の保全」について改めて考える. 38億年の歴史をもつ生物の本質は「地域環境との相互作用のもとで自ずと進化し続ける実体」であり,その進化の源泉は遺伝的多様性. この進化の主体・単位は地域個体群であり,種は1つ以上の地域個体群の総体. つまり,種の保全とは,それぞれの地域環境の中で,地域個体群を,適応的に進化し続ける実体として守ることにほかならない. 「それぞれの地域環境の中で,  地域個体群を  適応的に進化し続ける実体として  守ることこそが種の保全」 © 渡辺勝敏@京大院理2009

「保全としての放流」 「それぞれの地域環境の中で, 地域個体群を 適応的に進化し続ける実体として 守ることこそが種の保全」  地域個体群を  適応的に進化し続ける実体として  守ることこそが種の保全」 「生きていく勇気」 につながる可能性 主体的関与 を満たす放流 保全としての放流,とはこういった内容を満たす放流のこと. 地位個体群を守る,放流する,という市民や行政の主体的な関与のなかにこそ,そのアクションが「生きていく勇気」につながる可能性を見いだすことができる © 渡辺勝敏@京大院理2009

「保全としての放流」 「それぞれの地域環境の中で, 適応的に進化し続ける実体として 守ることこそが種の保全」 を満たす放流  適応的に進化し続ける実体として  守ることこそが種の保全」 を満たす放流 どのように判断・実施していけばよいのか 留意しなければならない点は何か   :    : どのような点に留意し,意志決定,実施を行っていけばよいのか. そのための指針として,日本魚類学会が「放流ガイドライン」を作成した. これはIUCNの再導入ガイドラインと整合的で,特に魚類に特化したものである. 「生物多様性保全のための魚類の放流ガイドライン」 日本魚類学会(2005) 「再導入のためのIUCN/SSCガイドライン」 国際自然保護連合 種の保存委員会(1995) © 渡辺勝敏@京大院理2009

「放流ガイドライン」(日本魚類学会 2005) — 骨子 「放流ガイドライン」(日本魚類学会 2005) — 骨子 (1) その放流は,保全の役に立つのか?  (2) どこに放流すればいいのか? (3) どんな個体を放流するのか? (4) どのような手順で行えばよいのか? (5) 放流のあと何をすべきか? 5つの骨子は,保全としての放流を成功させるためのものである. これは生物学的な根拠に基づいている. 「保全としての放流」を成功させるため © 渡辺勝敏@京大院理2009

(3) どんな個体を放流するのか? 近縁 近 適 小 大 大 遠縁 遠 不適 大 小 小 なるべく歴史的に近い個体群を再導入(または人為的交流)の  対象とする(=その方が成功しやすいから) 個体群間の 分化の歴史 環境的 特徴 局所 適応 異系交配 弱勢 成功の 見込み 保全の 動機 近縁 近 適 小 大 大 たとえばどんな個体を放流するかについては,普通,もともとその場所に生息してきた個体群がもっとも適しており,次に同じ川,同じ水系...というように歴史的により近い個体群が適している. これには局所適応,異系交配弱勢,などの生物学的な根拠がある. 保全の動機にも関わり,ひいては「生きていく勇気につながる」かどうかにも関わる. 遠縁 遠 不適 大 小 小 「生きていく勇気」 につながるか? 実証的研究が さらに必要 © 渡辺勝敏@京大院理2009

実効的な攻めの保全アクション...の構築 種の効果的な保全のために,放流を含めて 「教条的」でも「安易」でもない  実効的な攻めの保全アクション...の構築 覚え書き ・ 種全体の状況に目配せする ・ 群集レベル(他の種,関係)にも目配せする ・ 「病気」は怖い(忘れがち) ・ 適切な飼育管理は,決して安くない ・ 関係者間でできるだけ話し合う ガイドラインは,決して教条的なルールではない. 広く行われてきた生物多様性の保全に無益か有害な安易な放流をなくしていくための指針であり,効果的で攻めの保全(つまり守るだけではなく増やす保全)の実現のための指針である, (以降はスライドに書かれているとおり.) © 渡辺勝敏@京大院理2009

関連する FAQ ・遺伝的な解析で違いが見いだされない場合,個体群を交ぜてもいいのか? ・人為的な原因で現在隔離された個体群を交ぜてもいいのか? ・遺伝的な差異がみられる場合には交ぜてはならないのか? ・どれくらい個体数が減ると存続できないと考えられるのか? ・個体数減少を経験している淡水魚では近交弱勢はもう起こらないのではないのか? ・遺伝的に分化した個体群を交ぜると何が悪いのか? ・飼育下での系統保存はどれぐらい効果的・現実的なのか? ・現在特に足らない科学的知見は何なのか?  ・・・などなど © 渡辺勝敏@京大院理2009

→「各生息場所・地域ごとに守る」を原則に 問:遺伝的な解析で違いが見いだされない場合,    個体群を交ぜてもいいのか? 答:そのような遺伝分析の結果は参考にはなるが,   決定条件にはならない.  理由: 1.精度の問題    検出精度は十分か(特にアロザイムやmtDNA) 2.中立遺伝マーカーの問題    局所適応やそれに関わる適応遺伝子が    存続には重要 →「各生息場所・地域ごとに守る」を原則に © 渡辺勝敏@京大院理2009

問:遺伝的な差異がみられる場合には交ぜては ならないのか?    ならないのか? 答:交ぜてはならないわけではない.   しかし,各個体群の存続の見込みをできるだけ   大きくするのが本来の目的であり,   同一個体群,次いで遺伝的・歴史的に近い   個体群の優先度が高い. 理由: 1.究極的には個体間にも遺伝的差異はあり,   遺伝的な多様性自体は重要. 2.生息環境の異なる個体群や歴史的に離れた個体群   との交配は異系交配弱勢が生じる危険性が高い. © 渡辺勝敏@京大院理2009

→「各生息場所・地域ごとに守る」 の範疇を見極める 問:人為的な原因で現在隔離された個体群を   交ぜてもいいのか? 答:必要に応じて積極的に交ぜるべき場合がある.   (例:もともと同一湿地内のハリヨ,      近隣の溜め池に隔離されたニッポンバラタナゴ等) 理由: 1.分断された小集団は絶滅しやすい 2.本来のメタ集団構造を回復する    できれば自然の回廊によって... →「各生息場所・地域ごとに守る」 の範疇を見極める © 渡辺勝敏@京大院理2009

問:どれくらい個体数が減ると存続できないと 考えられるのか?    考えられるのか? 答:一般則はなく,増殖速度や個体数変動,   個体群の経歴,危機のタイプ等によって変わる.   長期的には100個体では少なすぎ,   安定個体群では1,000個体,通常10,000個体   は最低必要と考えられている.   一般に淡水魚では大型動物よりも多めの個体数が   必要なはず.   遺伝的な側面からは,Neが重要 (通常Nの数分の1) Ht/Ho = (1 – 1/2Ne)t・・・Ne=500,50世代で95%維持              Ne=25,50世代で36%維持 → 飼育管理下では通常難しい © 渡辺勝敏@京大院理2009

近交弱勢はもう起こらないのではないのか? 問:個体数減少を経験している淡水魚では    近交弱勢はもう起こらないのではないのか? 答:程度問題に過ぎず,近交弱勢は起こる    (例?:キリクチにおける奇形個体の適応度の低下) 理由:   個体数減少過程で起こる「有害遺伝子の    除去淘汰」の速さと程度は,実験・実証例や    理論により,不十分と考えられている. © 渡辺勝敏@京大院理2009

問:飼育集団の再導入(放流による個体群の再生)は 保全策として有効か?    保全策として有効か? 答:最後の手段として重要なのは間違いないが,   有効かどうかは,現在,分からない.   検証可能な方法で,試験的・順応的に   トライしていくべき.    (例:イタセンパラ,ネコギギ,ミヤコタナゴなど) 参考:日本魚類学会「放流ガイドライン」 © 渡辺勝敏@京大院理2009

問:再導入された希少種より,在来の普通種の方が 重要ではないか?    重要ではないか? 答:命に軽重はないが,保全上の優先度は   種・地域個体群全体の危機の程度を考慮に   入れる必要がある. 問:本来の地理分布外に意図的/非意図的に    導入された希少種は保全すべきか? 答:基本的に保全対象ではないが,本来の生息地で   存続の危機にある場合には,保全計画(再導入の   供給元など)に位置付けるべき.    (例:イチモンジタナゴ,ワタカなど) © 渡辺勝敏@京大院理2009

問:だれが,交ぜる/交ぜない,その他の保全策を 決めるのか?    決めるのか? 答:関心のある人,責任のある行政・専門機関,   利害関係者が,   法律,科学的な合理性,感性,   社会と将来世代への責任感に基づいて,   話し合いで決めるべき. → 正しい答えが1つあるのではなく,本来の目的   (=生物多様性を将来世代に最大限引き継ぐ)の   ために,それぞれの立場で貢献しましょう © 渡辺勝敏@京大院理2009