デュアルユース:フィンク報告書 講義その14 本講義に関する追加の情報は、以下のスライドに設けられた右の各リンクボタンより参照可能です。 追加情報
I. 目次 デュアルユースの概念 スライド 2 - 6 フィンク委員会報告書 報告書の目的と構成 スライド 7 - 10 報告書による提案 スライド 11 - 14 懸念分野の実験 スライド 15 - 20 注釈:本講義は米国国立科学アカデミーによる有力なフィンク報告書を使用することにより「デュアルユース」の概念を体系的に紹介する。
2. デュアルユース (i) 「デュアルユース」の概念は、古典的には軍事的に開発された技術が民生目的に利用されることを示している。 例えばインターネットは軍事技術が民生化された事例である。 現在、生命科学分野におけるデュアルユースの概念は、良好な民生目的で開発された材料、技術及び知識が潜在的に敵対的な目的に利用されることを意味している。 注釈:生命科学者が新たな形のデュアルユースの可能性を理解することは本質的に重要である。平和的利用を目的に発展した科学が不正利用されうることを認識して初めて、そのような不正利用の予防に貢献する義務の重要性を理解することが出来る。アトラス&ダンドー(2005)の下記の論文で紹介されたようにデュアルユースの概念の使われ方は非常に複雑であるが、本講義ではこのスライドで示された直接的な定義を使用する。 Ref: Atlas, R. M. and Dando, M. R. (2006) The Dual-Use Dilemma for the Life Sciences: Perspectives, Conundrums, and Global Solutions. Biosecurity and Bioterrorism, 4(3), 276-286. Available from http://www.liebertonline.com/bsp?cookieSet=1
3 デュアルユース (ii) 2007年度版ニューズウィーク 「…丁度20世紀に物理学が世界に衝撃を与えたように、21世紀に生命科学が世界を変えていくであろうことは明らかである。数年のうちに、あなたの主治医はあなたの健康予測の詳細な情報を入手するため、あなたの個人的な遺伝情報のコンピューター分析を実施することが可能になるであろう。RNA干渉と呼ばれる新技術により、どのようにあなたのDNAが「発現」するかを制御し、潜在的な健康上のリスクを避ける手伝いが出来るようになるかもしれない。…」 注釈:多くの解説者は、生命科学が決定的な影響をもたらす根本的な革命を遂げようとしていると指摘している。本スライドの引用文は雑誌ニューズウーク において公表された論文によるもので、興味深いことに、20世紀初頭に物理学の世界で起こった出来事と21世紀初頭に生命科学分野で起こっている出来事が直接的に類似した現象であると述べている。 追加情報
4. デュアルユース (iii) テロの道具としてのバイオレギュレータ(生体制御剤) 「バイオレギュレータ(生体制御剤)は構造的に多様な化合物で、気管支や血管の緊張、筋収縮、血圧、心拍数、体温、並びに免疫応答といった広範囲に亘る生理学的活動を制御することが出来る。 しかしながら、これらの物質は、高濃度で使用されたり、その特性や作用期間に変化が起きるような修飾が加えられると有害作用を表わすようになる。」 注釈:生命科学の発展がもたらす疑問の余地の無い便益を歓迎する一方で、他の専門家は敵対的使用の可能性を指摘している。2001年に公表された興味深い論文(以下の参考文献)は、病原体に関する通常の分析を行うのではなく、生物由来の生体制御物質に関して高まる我々の理解が不正利用される可能性に注目している。 本スライドの引用文は、 後の講義において紹介されるより広範囲な懸念領域を早い段階で指摘した一例である。 Ref: Kagan, E. (2001) Bioregulators as Instruments of Terror, Clinics in Laboratory Medicine, 22(3), pp. 607 - 618. Available from http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/11572142
5. デュアルユース (iv) 不正利用の可能性のある生体制御剤 サイトカイン 例 インターロイキン-1, インターロイキン-6 エイコサノイド 例 プロスタグランジンD2、 ロイコトリエンC4 神経伝達物質及びホルモン 例 カテコールアミン、神経ペプチド、インスリン 血漿プロテアーゼ カリクレイン、ブラジキニン 注釈: Kaganの論文(2001)は、なぜこれらのそして他のバイオレギュレータ(生体制御剤)が深刻な破壊作用をもたらす生理作用を有するのかを詳細に説明している(下記の参考文献) 。 Ref: Kagan, E. (2001) Bioregulators as Instruments of Terror, Clinics in Laboratory Medicine, 22(3), pp. 607 - 618. Available from http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/11572142
6. デュアルユース (v) 攻撃者にとってのバイオレギュレータ(生体制御剤)の利点 容易に入手可能 臨床効果が非特異的 急速な作用の発現 一般的に脅威となる生物剤とされていない 入手可能なワクチンが無い 広範囲に広まってしまう可能性がある 注釈:このようなバイオレギュレータ(生体制御剤)の敵対的な不正利用には限界があるが、ケーガンの論文は攻撃者にとって幾つかの重要な利点が存在していることも明示している。
7. フィンク委員会報告書: 目的と構成 (i) テロの時代におけるバイオテクノロジー研究 「米国国立アカデミーは国家安全保障に関する多くの報告書を提供してきたが、これ(フィンク報告書)は国家安全保障と生命科学を特別に取り扱う最初の報告書である。生物兵器製造を目的とした秘密裏の研究計画を有する諸国の存在が明らかになったこと、2001年の炭疽菌攻撃、バイオテクノロジーの急速な進歩、及びこれら新規技術の入手容易性の高まりというように、この文脈において生命科学を注視することを正当化するような多くの出来事が起こっている。」 注釈:先のスライドで紹介してきたような懸念は、結果的に米国国立科学アカデミーによる 「バイオテクノロジーの破壊的応用防止のための研究水準及び研究実践に関する委員会」の設置に繋がった。同委員会はジェラルド・フィンクが委員長を務め、2004年にその有力な報告書が公表された。これは国家安全保障と生命科学を分析した国立アカデミーによる最初の報告書であった。 追加情報
8.フィンク委員会報告書: 目的と構成 (ii) デュアルユース問題に対する同委員会の見解 「…我々委員会は潜在的な科学の不正利用に関する一つの重要な見解を示した。先端的な生物学研究活動が破壊や被害を発生させる能力は、大まかに言って二つの要素からなる。 (1) 研究対象となっている危険な生物剤が盗難されたり悪用されたりする危険性 そして (2)研究結果、知識及び技術が、特殊な性質を有する「新型」病原体の作成や全く新しい種類の脅威的生物剤の製造を促す危険性」 注釈: 潜在的な不正利用が広範囲にわたることを同委員会は明らかにしたが、その内容は次の二点に集約された。 (1) 研究対象となっている危険な生物剤が盗難されたり悪用されたりする脅威、そして(2) 特殊な性質を有する「新型」病原体 若しくは全く新しい種類の脅威的生物剤の製造を支援できるように研究結果、知識及び技術が悪用される脅威である。ここでの一義的な関心は第二の脅威であるが、第一の脅威もバイオセキュリティ上の考察において軽視されるべきではない。 追加情報
9.フィンク委員会報告書: 目的と構成(iii) 国際的局面 「報告書の主眼は米国にあるが、米国は最先端のバイオテクノロジー研究が最も盛んに行われている国の一つにすぎない。…国内の研究活動を監視するための枠組みを発展させることは米国にとって適切なことであるが、もしそれが国際的に採用されないのであれば、究極的に予防の枠組みとして機能することは無い。」 注釈:本報告書の冒頭、特に本スライドにおける要旨の引用より明らかなように、報告書の目的は国際的な局面の考察にある。 追加情報
10.フィンク委員会報告書: 目的と構成(iv) 報告書の構成 1. 緒言 2. 21世紀における生命科学研究を取り巻く規制の進化 3. 情報規制と統制の枠組み 4. 結論と提言 注釈:同委員会の報告書は、本講義そしてこれより先の講義での一義的な関心である科学的問題を取り扱っているが、同時に不正利用を防止するための生命科学の規制の発展も取り扱っている。生命科学者は本報告書によるこれらの両局面を検討する必要がある。科学の規制の問題に関しては特に後の講義において紹介される。 追加情報
11.フィンク委員会報告書: 提言(i) 報告書の提言 「1. 科学者コミュニティーの教育 我々は、国内及び国際的な専門家団体と関連機関及び施設が、バイオテクノロジーにおけるデュアルユースジレンマの本質と潜在的危険を回避するための科学者の責任について科学者を教育する計画を作成することを提言する。」 注釈:当該問題を理解すること無しに、生命科学者は不正利用の予防のために彼らの専門知識を貢献することはできないので、科学者のために教育コースを開発する必要性が本委員会の報告書の第一の提言とされている。 追加情報
12.フィンク委員会報告書: 提言(ii) 「2. 実験計画の審査 我々は、保健社会福祉省 (DHHS)が、現在既に国立衛生研究所により行われている組換えDNAに関する実験の審査制度を強化して、不正利用の可能性を惹起する微生物剤に関する7分類の実験(懸念対象となる実験)を審査するための制度を設立することを提言する。」 注釈:組換えDNA実験を管理するために広く普及した制度に基づいて新たな監視制度の設置を提言しているように、本委員会は漸進的アプローチを採用した。懸念対象となる科学的実験に関しては、本講義の終わりにもっと詳細に見てゆくことにする。 追加情報
13.フィンク委員会報告書: 提言(iii) 「3. 公表段階における審査 我々は、潜在的な国家安全保障上の脅威に影響を及ぼしうる研究の出版可否については、科学者と科学誌が自己統治により審査を実施することを提言する。 …研究結果の出版は、それらを不正利用する可能性の有る人間を含め、その内容を最も広範囲に知らせる情報伝達方法である。それゆえ、危険防止の追加的措置として、出版段階でどのような方法による審査手続きを設定することができるのかを検討することは適切な取り組みである。」 注釈:ここで再び、本委員会は漸進的アプローチを実施している。多くの科学誌はデュアルユースに関する査読審査の採用に向かっており、本委員会はこのような自立的な統治が政府による規制よりも好ましいと主張している。 追加情報
14.フィンク委員会報告書: 提言(iv) 「4. バイオセキュリティ国家科学諮問委員会(NSABB)の設置 注釈:これは本委員会が提案した最も急進的な内容である。これは米国政府及び本委員会報告書を受けて設立されたバイオセキュリティ国家科学諮問委員会(NSABB)(生物兵器防衛ではない:報告書による提案当時は「バイオセキュリティ」ではなく「生物兵器防衛:Biodefense」に関する委員会の設置が提言されていた)によって承認された。 NSABBのほぼ全ての会議は公開されており、議事録は同委員会の会議内容の詳細を確認できるようにウェブサイトで公開されている。 Ref: NSABBの憲章、投票メンバー及び旧委員に関する情報は次のウェブサイトより確認可能である。 National Institute of Health Office of Science Policy (2008) About NSABB. Available from http://oba.od.nih.gov/biosecurity/about_nsabb.html#xxPAGETOP 追加情報
15. フィンク委員会報告書: 懸念対象の実験 (i) 「フィンンク委員会は、この7分類の実験を、 実施に先立って、若しくは、もしそれらが実施された場合には、研究結果の全詳細の公表に先立って、科学・医学界の有識者による審査や議論が行われる必要があるような企てや発見を描いているものであると認識した。」 注釈:NSABBは、科学研究が行われる機関における審査制度の設置と、審査対象となる7つの実験分野を特定する漸進的な方法を採用することから開始することを提言した。しかしながら、次のスライドで確認するように、本7分類を超えた問題が存在することは明白である。 追加情報
16.フィンク委員会報告書: 懸念対象の実験 (ii) 「ここに挙げる7分類の懸念対象実験は、潜在的な微生物の脅威を表明するに留まっており… しかしながら、本委員会はこの先、人間、動物及び作物を対象とした広範囲に及ぶ潜在的脅威に対応するため、懸念対象の実験分野を拡大する必要があると考える…。」 注釈:提案された監視制度は米国国立衛生研究所から研究費を受けた研究を対象としているが、スライドで示された結論部分において、委員会は例えば民間企業というように米国におけるより多くの生命科学研究が監視の対象として想定されることを明確に示した。 追加情報
17.フィンク委員会報告書: 懸念対象の実験 (iii) 懸念対象とされた7つの実験分野 1. ワクチンの無効化を説明する実験。これは人間・動物ワクチンの両方に応用できる。 2. 治療上有用な抗生物質若しくは抗ウイルス剤への耐性獲得。これは人間、動物及び作物に宿る病原体の制御を目的とした治療に応用できる。炭疽菌へのシプロフロサキシン耐性の導入はこの分類に属する。 追加情報
18.フィンク委員会報告書: 懸念対象の実験 (iv) 3. 病原性体の強毒化若しくは非病原性のものに毒性を付与する改変。これは植物、動物及びヒトへの病原体に対して応用が出来る。炭疽菌へのcereolysin毒素(溶血毒素)遺伝子の導入はこの分類に属する。 4. 病原体の伝染性の増強。これは同一種内若しくは種を超えての伝染性増強の両者を含む。伝染性強化のために媒介昆虫の適性を変更する改変はこの分類に属する。 追加情報
19.フィンク委員会報告書: 懸念対象の実験 (v) 5. 病原体の宿主域の変更。これは非人獣共通感染症を人獣共通感染症病原体にするような改変を含む。ウイルスの指向性の改変はこの分類に属する。 6. 病原体の診断/検知抵抗性。この分類の実験としは、抗体検出を回避するためのマイクロカプセル化及び・若しくは既存の分子生物学的方法による検知を回避するための遺伝子配列の改変を含む可能性がある。 追加情報
20.フィンク委員会報告書: 懸念対象の実験 (vi) 7. 病原体や毒素の兵器化。これは病原体の環境に対する安定性の獲得を含む。 報告書は次のように記した。 「現在、7分類に関係する全ての実験は各研究機関内のバイオセーフティ委員会(IBC)の審査を必要とする。…ゆえに我々は懸念対象の実験に関してIBCが第一次的な審査を執り行うことを提言する。」 注釈:懸念対象の研究分野の特定及びそのリスト化とIBCによる制度的な審査がすでに要求されている事実も、フィンク委員会による提言が慎重に漸進的に行われているという特徴を強調している。 追加情報
参考文献と質問 参考文献 質問