CMIP3 マルチモデルにおける熱帯海洋上の非断熱加熱の鉛直構造 廣田渚郎1、高薮縁12 (1東大気候システム、2RIGC/JAMSTEC) 1. はじめに 熱帯の対流活動に伴う大気加熱の鉛直構造は大気大循環を決める上で重要であることが知られている(Hartmann et al. 1984; Wu 2003など)。Takayabu et al. (submitted) はTRMMデータの解析から、熱帯の対流活動に関わる大気加熱率 Q1-QR (見かけの加熱-放射加熱)の鉛直構造を調べている。その結果、Q1-QRは、環境場の大規模鉛直流が上昇流の地域では500hPaと800hPa付近に2つの極大値を持ち、下降流域では下層でのみ大きな値を持つことが示された。下降流域では、中下層に非常に乾燥した気層が見られ、乾いた空気のエントレインメントが、対流が深くなることの抑制として働く可能性を指摘した。 本研究では、 World Climate Research Programme‘s (WCRP’s) Coupled Model Intercomparison Project phase 3 (CMIP3) の22種類の大気海洋結合モデルによる20世紀再現実験における非断熱加熱の鉛直構造の再現性を調べ、その構造と環境場の大規模鉛直流や相対湿度の関係を考察する。 2.データと解析手法 CMIP3データ、JRA25/JCDAS、ERA40 再解析データを用いる。解析領域は熱帯海上(30°S-30°N)とし、 1979-2000年9-11月の季節平均場におけるQ1-QR(QRはJRAのもの)と環境場の関係について議論する。特に対流活動に伴う加熱率を調べたいので、CMIP3、JRA、ERAデータでは日平均降水量が2mm/day以上のグリッドのみを考慮した季節平均場を議論する(条件付平均) 。CMIP3、JRA、ERAのQ1は日平均の東西風、南北風、気温データから評価する。この時、鉛直流ωは連続の式を用いて100hPaでゼロとなるように見積もる。 また、TRMMデータ(1998-2007)からSpectral Latent Heating (SLH) algorithm によって見積もられた潜熱加熱データ (Shige et al. 2008など) を比較のために用いる。ただし、TRMMデータでは、1日あたりのデータサンプルが少なく日平均を定義できないので、観測したピクセルにおける降水の有無で条件付平均を定義した。 3.Q1-QRの鉛直構造 図1に熱帯海上における9-11月平均のQ1-QR の鉛直構造を、環境場の大規模鉛直流が上昇流と下降流の地域で別々に示す。上昇流域では、 TRMM(黒実線)、JRA(赤実線)、ERA(青実線)のいずれにおいても、500Paと850hPa付近にQ1-QRの極大値が見られる。これらの極大はそれぞれ深い積雲対流と中層までの積雲対流の効果に伴う大気加熱と対応すると考えられる。一方、下降流域では、Q1-QRは下層でのみ大きな値を持ち、深い対流活動が抑制されている。これらの上昇流域と下降流域におけるQ1-QRの鉛直構造の特徴はCMIP3モデルの多くでよく表現されており、マルチモデル平均(黒破線)でも確認できる。 図2にマルチモデル平均のQ1-QRの鉛直流ω依存性を示した。ω=0付近を境に、前述の2つのタイプの鉛直構造を持つQ1-QRが見られ、Q1-QRの鉛直構造を決める上で、環境場の鉛直流の符号が重要であると考えられる。この様な2モード的な性質はTakayabu et al. (submitted) がTRMMデータの解析から示したものと整合的である。 4.下降流域における大気中下層の湿度とQ1-QRの鉛直構造 下降流域における対流の抑制に対する大気中下層(600hPa付近)の湿度の役割について調べる。 まず、図3に熱帯海上下降流域における相対湿度の鉛直構造を示す。CMIP3モデル、JRA、ERAデータにおいて、対流圏の中下層が下層や上層に比べて乾燥している。 次に、Q1-QRの鉛直構造と相対湿度との関係を調べた。対流活動の下層への抑制の強弱を500hPaと850hPaのQ1-QRの比(Q1rc500/850)で表し、環境場の600hPa相対湿度(RH600)との関係を図4に示した。特にRH600<35%の地域で、大気中下層が乾燥するほどQ1rc500/850が小さくなる。この傾向は解析したTRMM、JRA、ERA、多くのCMIPモデルに共通して見られ、各モデルで大気中下層の乾燥した気層による深い対流を抑制する効果が効いていると考えられる。ただし、Q1rc500/850の大きさはモデル間のばらつきが非常に大きい。 下降流でRH600<35%の地域におけるQ1rc500/850とRH600の関係の地域性を調べた。22マルチモデルの9-11月平均場の年々変動に関するQ1rc500/850とRh600の相関係数を図5に示した。中下層の乾燥した気層による深い対流の抑制は特に中部南太平洋やインド洋で明瞭である。 図1. 熱帯海上9-11月平均場におけるCMIP3、TRMM、JRA、ERAのQ1-QR(K/day)。(a)上昇流域と(b)下降流域。横軸目盛りはTRMMが下、その他は上のもの。 図2. CMIP3の22マルチモデル平均のQ1-QR(色、K/day)の鉛直流ω(横軸、hPa/day)依存性。 図4. 熱帯海上下降流域におけるQ1-QRの500と850hPaの比(縦軸左)の600hPa相対湿度(横軸、%)依存性。棒グラフはサンプル数(縦軸右、%)。 図3. 熱帯海上下降流域におけるCMIP3、JRA、ERAの相対湿度(%)。 図5. CMIP3マルチモデル、下降流域でRH600<35%の地域におけるQ1-QRの500と850hPaの比と600hPa相対湿度の年々変動についての相関係数。 5.下降流域におけるQ1-QRのモデル間の違い 下降流域におけるQ1-QRの鉛直構造のモデル間の違いを考察するため、図6に各モデルのQ1rc500/850とRH600との散布図を示す。Q1rc500/850とRH600に有意な関係はなく、モデル間の違いは、相対湿度の違いだけでは説明できない。これは図4のばらつきが大きいことと整合的であり、ここには、パラメタリゼーションの特徴が反映されている可能性が考えられる。 図6の丸印はArakawa and Schubert (1974)を基とする積雲パラメタリゼーションを用いたモデルを示す。これらのASタイプのモデルに限ると、Q1rc500/850とRH600に比例関係が見られ、モデル間の鉛直構造の違いは相対湿度の違いと対応することが示される。また、これらのモデルはQ1rc500/850が他のパラメタリゼーションのモデルと比べて大きく、中下層の乾燥による抑制効果が比較的弱いことが示唆される。 6.まとめ CMIP3の22モデルにおける、大気加熱Q1-QRは、上昇流域の500と850hPaの極大や下降流域の下層に抑制された構造をよく表現している。特に、環境場が下降流でRH600<35%の地域においては、大気中下層の乾燥した気層が深い対流の抑制に働くと考えられる。これらの傾向は多くのCMIPモデルにおいて見られたが、その抑制の強さはモデル間で大きくばらつく。モデル間の違いには積雲パラメタリゼーションの特徴が反映されている可能性が考えられる。 図6. 下降流域におけるCMIP3、JRA、ERAのQ1-QRの500と850hPaの比と600hPa相対湿度(%)。○はArakawa and Schubert (1974)、□はTiedtke (1989)を基とする積雲パラメタリゼーションを用いたモデル。