1.詐害行為取消権の法的性質 2.詐害行為取消権の要件 客観的要件 主観的要件
詐害行為取消権 第424条〔債権者取消権〕 第425条〔債権者取消権行使の効果〕 ①債権者ハ債務者カ其債権者ヲ害スルコトヲ知リテ為シタル法律行為ノ取消ヲ裁判所ニ請求スルコトヲ得但其行為ニ因リテ利益ヲ受ケタル者又ハ転得者カ其行為又ハ転得ノ当時債権者ヲ害スヘキ事実ヲ知ラサリシトキハ此限ニ在ラス ②前項ノ規定ハ財産権ヲ目的トセサル法律行為ニハ之ヲ適用セス 第425条〔債権者取消権行使の効果〕 前条ノ規定ニ依リテ為シタル取消ハ総債権者ノ利益ノ為メニ其効力ヲ生ス
詐害行為取消権の構造
詐害行為取消権の性質 取消を法律行為の取消とみる説 取消を法律行為全体ではなく,一部の効果のみの否認であると考える説 形成権説(債務者,受益者共同被告) 請求権説(受益者のみ被告) 折衷説(受益者のみ被告) 取消を法律行為全体ではなく,一部の効果のみの否認であると考える説 責任説(債務者のみを2度訴える) 訴権説(受益者のみ被告) 対抗不能説(債務者に対する債務名義で,受益者を訴える)
形成権説 債務者と第三者である受益者との間で行なわれた債権者を害する法律行為(詐害行為)を債権者が取り消すことによって逸失財産を債務者へと取り戻し,責任財産を確保する制度であると解する。取消の効果は民法121条によって無効となり,債務者と受益者との間でも,法律行為は無効となる。 このため,債権者が詐害行為を取り消すためには,債務者と受益者とを共同被告とする必要がある。さらに,取消訴訟の後に,転得者に対して,債権者代位権に基づいて目的物の返還を求める給付訴訟を提起しなければならない(石坂ほか)。
請求権説 債務者と受益者との間で行なわれた詐害行為について,その法律行為を「取消」すと考えると様々な弊害(取消の絶対効に伴う債務者を共同被告とする必要性,別途の給付訴訟の必要性)が生じるため,「取消」を経ることなく,債権者が,直接受益者に対して,逸失財産の取戻しを請求できる権利であると解する。 この権利は,債務者と受益者との関係には影響を及ぼさないので,債権者は,受益者だけを被告として訴えを提起できる(雉本ほか)。
折衷説(相対的取消)説 債務者と受益者との間で行なわれた詐害行為について,債権者が詐害行為を取り消すとともに,債権者が転得者に対して逸失財産の取戻しを請求できる権利であると解する。ただし,第1の取消は,相対的な取消であり,その効果は,債権者と受益者(または転得者)の間にのみ及び,債務者には及ばない。 その結果,債権者は,債務者を共同被告とする必要はなく,転得者が現れた場合であっても,受益者を被告として価格賠償を請求することもできるし,転得者を被告として現物の取戻しを請求してもよい(我妻ほか・通説)。 もっとも,この説においては,詐害行為取消訴訟は,債務者には何らの影響も与えないことになるため,登記名義を債務者に回復させたり,動産の占有を債務者に移転させることを強制出来ないはずで,「取消」によって,総債権者のために逸失財産を回復して,強制執行を可能にするというメカニズムを説明しえない。
詐害行為取消権と追及効との比較
詐害行為取消権と物上保証との比較
責任説 債務者と受益者との間で行なわれた詐害行為について,逸失財産を債務者の財産として強制執行の対象に回復させるために,責任財産の移転の取り消しを訴求し(責任無効を求める取消訴訟),その取消訴訟が確定した後に,債権者は受益者または転得者を被告として,債務者に対する債権の満足のために,受益者または転得者の手中にある詐害行為の目的物に対して強制執行をすることができる旨の判決(執行認容判決)を債務名義として,強制執行を行い,債権の満足を得ることができる制度であると解する(下森ほか)。 ただし,執行認容判決という制度は,ドイツ法の制度であり,わが国には馴染みがないばかりでなく,訴訟が二度手間となってしまう。
訴権説 責任説の主張する執行認容訴訟を別個に観念する必要はなく,民法424条の詐害行為取消訴訟こそが執行認容訴訟そのものであると解する(佐藤・平井ほか)。
対抗不能説 債務者と受益者との間で行なわれた詐害行為について,それが,債務者の責任財産から逸失したという効果のみが債権者に対抗できないとするものであり,債権者は,受益者または転得者へと移転した財産に対して,債務者に対する債務名義で強制執行を行なうことができるとする制度であると解する(片山ほか)。 対抗不能の効力(責任移転の無効)は,総債権者のために生じるので,全ての債権者が,その強制執行に配当請求できることになる(425条)。
否認の用語法 対抗不能を否認権説によって説明する場合,否認という用語は,民法49条2項において,対抗問題を表すものとしてすでに利用されている。 さらに,詐害行為取消権の本質は,債務者の破産の場合に認められている否認権(破産法72条以下)と同一の性質を有していることが一般に指摘されている(もっとも,詐害行為取消権は,破産法上の否認権よりも取り消し得る範囲は狭いが,破産宣告を必要とせずにこの権利を行使しうる点に利点がある)。
対抗不能と否認との関係
詐害行為取消権の意味 対抗不能と否認との書き換え原則を用いると,以下のようになる。 民法424条 債権者は,債務者がその債権者を害することを知ってした法律行為の取消を裁判所に請求することができる 民法424条b 債務者がその債権者を害することを知ってした法律行為は,債権者に対抗することができない。ただし,債権者が,裁判上で主張したときに限る。
詐害行為取消権の意味 もっとも,書き換え原則は,登記を要する物権変動を念頭において作成された原則である。 その際,Aは「登記」を意味し,Bは「物権変動」を意味していた。 詐害行為取消権にこれを当てはめる場合には,「Aを具備しなければ」は,「債権者の責任財産を故意で逸失させたときは」を意味し,「Aを具備することによって」は,「責任財産の減少と債務者の害意を証明した場合には」を意味する。また,Bは「詐害行為」を意味することになる。
詐害行為取消権の要件 客観的要件 主観的要件 債務者自身の行為によって責任財産が減少し,債権者の債権を満足させるのに足りなくなること。 債務者および受益者・転得者が詐害行為の当時,または,財産の取得の当時,その行為によって債権者を害することを知っていたこと。
客観的要件1/4 一部の債権者に弁済することは,それだけでは原則として詐害行為とならない(大判大5・11・22民録22巻2281頁)。 しかし,以下の場合には,詐害行為となる 一部の債権者と通謀し,他の債権者を害する意思をもって弁済したとき(最判昭33・9・26民集12巻13号3022頁) 。 代物弁済をした場合(最判昭50・7・17民集29巻6号1119頁)。
客観的要件2/4 不動産や重要な動産を売却する行為は,相当価格でも,債務者の資産が消費されやすい金銭に変じるから,原則として詐害行為となる(大判明39・2・5民録12巻136頁)。 ただし,以下の場合には詐害行為とならない。 生活費等の「有用の資を弁するため」に不動産を売却した場合(大判大6・6・7民録23巻932頁),生活費や子女の教育費を得るために重要な動産を譲渡担保として新たに他の債権者から借り入れを行なった場合(最判昭42・11・9民集21巻9号2323頁) 「弁済のために資金を得る場合」,例えば,抵当債権者に弁済するために,債務者が抵当不動産を債権者以外の者に相当価格で売却した場合(最判昭41・5・27民集20巻5号1004頁) 「新たな借り入れのためにする担保の設定」(最判44・12・19民集23巻12号2518頁)
客観的要件3/4 一部の債権者に改めて担保を提供することは詐害行為となる(大判明40・9・21民録13輯877頁,大判昭12・9・15民集16巻1409頁,最二判平成12・7・7金法599号88頁(譲渡担保の設定))。
客観的要件4/4 詐害行為は,財産上の法律行為でなければならない(民法424条2項)。離婚に伴う適正な財産分与(最二判昭58・12・19民集37巻10号1532頁),認知,相続の放棄等は,たとえ,債務者の財産状態を悪化させるものであっても,詐害行為とはならない。 ただし,離婚に伴う財産分与として金銭を給付する旨の合意が,不相当に過大な場合には,その過大部分についてのみ,詐害行為として取り消される(最一判平12・3・9裁時1263号6頁)。
主観的要件 詐害行為の成立には債務者がその債権者を害することを知って行為を行なったことを要するが,必ずしも債権者を害することを意図し,若しくは欲して行なったことを要しない(最判昭35・4・26民集14巻6号1046頁)。