軽い原子核ビームに対する無機シンチレータの応答の研究の発表を行います。
無機シンチレータには、大きい蛍光量、大きい密度に伴う大きなstopping powerと、大口径なものでも作りやすい等の特徴があり、原子核ビームの全エ ネルギー検出器として有用であると考えられます。 原子核ビームの全エネルギーは数GeV以上のオーダーになるため、その高いエネルギー損失により、シンチレータ検出器のエネルギー分解能は1\%以下を実現できると期待できます。 そこで本実験の目的として、代表的な無機シンチレータであるNaI検出器の、原子核ビームに対する応答のエネルギー依存性と入射粒子依存性を調べ、分解能について、この3つのシンチレータの比較をしました。 また、原子核をビームとして用いる場合、検出器との核反応がエネルギースペクトルに影響を及ぼすため、その寄与についても調べました。
この実験の背景として、現在理化学研究所で進められているRIビームファクトリー計画というのがあります。
シンチレータ検出器は、このようにルミネッセンス機構によって、入射粒子のエネルギーを光に変換し測定します。 このとき、クエンチングという効果が現れ、原子核ビームの場合、その大きなdE/dxのために発光量が制限されてしまい、エネルギーと光出力の線形性が失われてしまうことがあります。 シンチレータからの光は、光電子増倍管等の光検出器によって、電気パルスに変換されます。
実験は3回に渡って行われました。 1度目の実験は、放射線医学総合研究所のシンクロトロン加速器を用いて行われました。入射ビームは20Ne 1次ビームを用い、核子あたりのエネルギーをこのように変えて測定しました。 無機シンチレータは、このようにプラスチックシンチレータでまわりを覆い、核反応によって検出器外へ放出されたイベントを捕まえました。
理化学研究所のE1Cビームコースで行った実験では、入射粒子が入射した位置による応答の依存性を調べました。このように20Ne 1次ビームをコリメートし、runごとにNaI検出器のこれらの各点に照射しました。 また、理化学研究所のRIPSビームコースでは、A/Z=3付近の2次ビームに対する応答を測定しました。 1次ビームをターゲットに照射し、生成されたフラグメントを、各種セパレーターにより分離、識別し、識別された各粒子の全エルギーについて、飛行時間により求めました。
解析について簡単に説明します。 この図は、NaIの典型的なエネルギースペクトルです。 この全エネルギーピークをガウス関数でフィッティングすることによって、ピークの中心値から平均光出力を、半値幅からエネルギー分解能を求めました。また、低エネルギー側と高エネルギー側に見えるテールを、核反応による寄 与とみなし、これらの数を数え核反応率を求めました。
光出力についての結果です。 この図は、A/Z=3付近の不安定核に対する、NaIシンチレータの光出力のエネルギー依存性を示した図です。この図をみると、光出力はエネルギーに対して線形性を示さず、同じエネルギーで考えた場合、入射粒子の$Z$が大きい程、光出力が小さくなっているのがわかります。そこで、単位飛程あたりの光出力をこのような式で表されるとします。 ここでSは蛍光効率を、kBはクエンチングを、dE/dxは単位長さあたりのエネルギー損失をあらわします。 dE/dxが、ベーテ-ブロッホの式から単純にAZ2/Eに比例するとして考えると、光出力はこのように近似できます。 そこで図aの縦軸、横軸を、入射粒子のAZ2で割ると図bになり、全ての点 が一直線上にのることがわかりました。 このことから、光出力はこの式により表され、エネルギーに対して傾きSで増加し、粒子のAZ2に依存するクエンチングを示すことがわかりました。 20Ne 1次ビームに対するこれらシンチレータの光出力を、この式に よってそれぞれフィッティングし、蛍光効率$S$とクエンチングファクターkBを求めました。その結果、パラメータSのNaIとCsIの比はこのように.gamma線に対するNaI,CsIの比とほぼ一致しました。またkBの値から、NaIが最も小さいクエンチングを示すことがわかりました。
次に、NaI,CsI,GSOシンチレータのエネルギー分解能の比較を行いました。NaIが最も優れた分解能を示しました。分解能を、これら電気的ノイズと、シンチレーション光子のポアソン揺らぎと、検出器に入射した位置による依存性で決まるとし、この式でフィッティングしました。この結果、3つのシンチレータに対して、ほぼ同様なパラメータで与えられることがわかりました。この時光子のポアソンゆらぎはほぼ無視でき、電気的ノイズと位置依存性によって分解能が決まることがわかりました。またNaIでは、位置依存性によってほぼ分解能が決まってしまうことがわかったため、NaIの光出力の位置依存性を詳しく調べました。 この図は、横軸はビームを照射した位置のNaI中心からの距離を表し、縦軸に光出力を表しました。図のように、中心から離れる程光出力は低下 し、大きく揺らぐことがわかりました。ビームスポットサイズを絞った場合とそ うでない場合、分解能はこのように変わり、このビームスポットサイズによる分 解能の低下は、上の図から求めたcの値とほぼ一致しました。
次に、検出器内での核反応による寄与について、安定核ビームに場合について説明します。 検出器内で入射粒子が核反応を起こしてしまうと、より軽い粒子に分割し、そのため飛程が大きくなり、図のように検出器の外に放出する場合があり、このようなスペクトルにテールを引いてしまいます。高エネルギー側のテールは、クエンチングにより軽い粒子程蛍光量が大きくなり、totalで全エネルギーピークを上回ったため、テールを引くと考えられます。これらテールの部分を計数し、全カウント数で割ることによって核反応率を求めました。 この図は、NaI中での20Ne 1次ビームの核反応率を、エネルギーの関数とし て示したものです。実線は、原子核の反応断面積を良く再現するKoxの経験式により計算したものです。このように安定核では、Koxの式からの計算値は実験値を良く再現しました。
次に不安定核ビームについて説明します。 この図は、A/Z=3付近の不安定核の核反応率です。この場合、Koxの式からの計算値は、実験値より小さく見積もってしまいました。これは、20Neビームと6Heビームのスペクトルです。このように不安定核では、ある特定の反応の増大により、核反応率が安定核の場合より大きくなってしまうことがわかりました。そこで検出器内での核反応を、単純に原子核の大きさと、出会うターゲッ ト核の数の積に依存するとし、原子核の大きさを平均自乗半径で、ターゲットの数を飛程で表し、この式を横軸に核反応率をプロットすると、このようにほぼ直線的に増加していくことがわかりました。
検出器内での核反応は、スペクトルのバックグラウンドになってしまうため、こ のようにNaI検出器のまわりをプラスチックシンチレータで囲い、検出器外へ放出した粒子をキャッチすることにより、核反応によるバックグラウンドの除去を試みました。 この図は、22Neビームに対するNaIシンチレータのエネルギースペクトルで、 青で示した部分は、除去システムにより核反応と認識されたイベントです。こちらのヒストグラムは、除去システムのプラスチックシンチレータのエネルギースペクトルです。これらの連続したテール部分が、核反応により放出したイベントであると考えられ、このプラスチックシンチレータのスレッショルドを300keVに設定した場合、除去効率は75\%でした。しかしこの場合、このピーク内の核反応を起こしていない部分も核反応イベントと認識してしまっている部分があり、徐々にスレッショルドを上げた場合、このピークは減少しましたが、このように除去率は下がりました。 したがって、除去システムは、より低ノイズで使用する必要があると考えられます。
まとめです。 原子核ビームに対する無機シンチレータの光出力は、入射エネルギー に対して線形に増加し、入射粒子のAZ2に依存したクエンチングを持つことがわかりました。 NaI,CsI,GSOの3つのシンチレータの比較では、NaIが最大の光出力をも ち、分解能も優れていました。 結晶内の核反応率は、安定核ビームにおいては、Koxの経験式から見積もられました。不安定核ビームでは、Koxの式は通用せず、原子核半径の次乗×飛程に対して単調に増加することがわかりました。 核反応によるバックグラウンドを除去するためのシステムは、約70%以上の除去効率を示しました。 今後の課題として、RIBFで使用するためには、より重い原子核ビームを用いてテストする必要があります。また、NaIでは、位置依存性がほぼ分解能を決定するために、結晶の非一様性をより少なくする必要があり、また、核反応イベントによるバックグラウンドを減らすためには、より大口径NaI検出器を利用することが有用であると考えられます。 以上で発表を終ります。