岡田安弘(KEK/総合研究大学院大学) 札幌Winter School 2011 2011年2月7日 北海道大学

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岡田安弘(KEK/総合研究大学院大学) 札幌Winter School 2011 2011年2月7日 北海道大学 素粒子現象論 岡田安弘(KEK/総合研究大学院大学) 札幌Winter School 2011 2011年2月7日 北海道大学

内容 現代の素粒子像 素粒子の対称性とヒッグス機構 LHC実験への3つの期待 Super KEKB への期待

(1)現代の素粒子像 自然界には4つの基本的な力がある。二つは古い力(重力と電磁力)で後の二つの新しい力(強い力と弱い力)。このうち重力以外の3つの力はハドロンの奥深くでは本質的な違いはない。 基本となる考え方(量子場の理論)  力は粒子が運ぶ  結合定数は走る まだ見つかっていない力や粒子があるはず。

素粒子物理は限界に挑む 距離の限界 1m 10-4m=0.1mm 104m=10 km われわれが目で認識できる範囲の距離 は8桁ぐらいにわたっている。 KEK KEKB リング 一周約3km

1m 10-4m 104m 10-12m 10-20m 10-28m 10-36m 1012m 1020m 1028m 原子 原子核 大統一スケール 太陽系 銀河系 宇宙の見えている範囲 地球の大きさ コライダー実験のフロンティア プランクの長さ Einstein方程式 Maxell 方程式 現在自然科学で扱っているスケール

距離の限界=エネルギーの限界 量子力学によるとミクロな世界では粒子は波の性質も示す。 高いエネルギーの粒子  短い波長の波 ~陽子の質量 ~陽子の半径  小さな距離の世界を調べるためには、高いエネルギーの粒子を ぶつける必要がある。

時間の限界=宇宙初期 宇宙は約137億年前に高温状態から始まり、膨張とともに冷えてきた。その名残が約2.7度Kの宇宙背景輻射として発見された。 「距離」 「エネルギー」 「温度」 「時間」 の関係

温度 ビッグバン インフレーション 良く分からない 時間

現代の素粒子像=標準模型 物質の基本粒子 3世代12種類のクォークとレプトン 基本的な力 4種類 強い力 弱い力 電磁気力 重力 物質の基本粒子  3世代12種類のクォークとレプトン 基本的な力 4種類   強い力   弱い力   電磁気力   重力    力を伝える素粒子が存在する (ゲージ粒子) これだけでは不十分 ヒッグス粒子が存在するはず 粒子  反粒子

どのようにしてこの描像に到達したか: 強い力 ラザフォード散乱(1911年) 原子核の発見 原子の中心には小さな正電荷を持った 核がある。 中性子の発見(1932) =>核力の導入 原子核は陽子と中性子でできている。 それらをクーロン反発力に抗してくっつけて いるには別の力が必要。 

湯川中間子の導入 力の到達距離 ~ 1/(湯川中間子の質量) 100MeV(=0.1 GeV)程度の質量の 粒子があるはず。 湯川中間子の導入  核力は中間子という粒子の交換によって生じる。 力の及ぶ領域は粒子の質量の反比例する。 (1934年) 力の到達距離 ~ 1/(湯川中間子の質量) 陽子、中性子 p 時間の進む方向 100MeV(=0.1 GeV)程度の質量の 粒子があるはず。 p 中間子の発見

場と粒子 湯川は核力を説明するために新しい場の存在を仮定した。 場があればそれに対応した粒子が存在する(量子力学) 場の質量項が力の及ぼす範囲を表し、同時に対応する粒子の質量を表す。 平面波 運動量 p の相対論的粒子を表す 球対称解 核力ポテンシャル

強い力の理論はこれで終わりではなかった。 様々なハドロンの発見。  ストレンジネスの量子数の導入。 様々な中間子やバリオンが発見 され、もはや陽子、中性子、π中間子などは最も基本的な粒子とは考えられなくなった。 1950-60年代

ハドロンのスペクトラム=> strangeness, SU(3) 対称性 ゲルマン(1969年ノーベル賞)  ハドロンのスペクトラム=> strangeness, SU(3) 対称性 

PDG 2010 現在の理解  Meson

Baryon

クォークをハドロンに閉じ込めている機構は何か? クォーク、パートン模型  ハドロンはクォークからできている。 クォークをハドロンに閉じ込めている機構は何か? 1960年代終わりから 電子 光子 meson  クォーク―反クォーク baryon 3つのクォーク

QCD(量子色力学) F0i: 電場 Fij: 磁場 クォークの閉じ込めと短距離での力の振る舞いを両方説明する強い力の理論 数学的には電磁気学の拡張 量子電磁気学(QED) Maxwell 方程式の相対論形式 電子 光子 F0i: 電場 Fij:  磁場 電荷をもった粒子が光の放出や 吸収の源となる。(電磁相互作用)

QCD (a=1-8) カラーの自由度を導入 (U(1) からSU(3) への拡張) 運動方程式 グルーオン自体がグーオン吸収、放出の源になる。 グルーオン QCDはQEDと数学的な形式は似ているけれども、 物理的な効果には大きな違いが出る。 クォーク

漸近的自由性 nf :クォークの種類 クォーク間に働く力は距離によって変わる。近距離(高エネルギー)になるほど 力は弱くなる。 逆に長距離では力は強くなり、クォークはハドロンの中に閉じ込められる。 nf :クォークの種類 Gross-Wilczek-Politzer (1973年)

強い力の結合常数のエネルギー依存性 クォーク 電子・陽電子衝突 グルーオン 反クォーク

どのようにしてこの描像に到達したか: 弱い力 b線の発見 弱い相互作用は19世紀の終わりに元素の変換として発見される。 b 線 = 原子核からの電子線 中性子の発見 =>フェルミ理論 (1934年) 原子核中の中性子が陽子と電子および ニュートリノに崩壊する。

W ボソンの交換 弱い力も粒子の交換で生じる。 ただし、交換される粒子の質量は湯川中間子の約500倍重い。 陽子 中性子 u u 弱い力も粒子の交換で生じる。 ただし、交換される粒子の質量は湯川中間子の約500倍重い。 弱い力が弱く働くのは、力の到達距離が短いため。 d d d u W粒子 電子 ニュートリノ 弱い力  到達範囲が短い重い粒子によって媒介される 弱い力を記述する理論があるか?

電弱理論 2つの予言 (1)ゲージ粒子は4種類ある 光子、Wボソン、Zボソン(新しい中性粒子) (2)ヒッグス場の存在 弱い力と電磁力を同じ枠組みで扱う統一理論。 1960年代に S.Glashow, S.Weinberg, A.Salam により提唱され、 1970年代の初めにG. ‘t Hooft, M.Veltman により理論的に正当化 されることが示された。 自発的対称性の破れという概念に基づいている。 QCD と電弱理論をあわせて素粒子標準模型という。 2つの予言 (1)ゲージ粒子は4種類ある 光子、Wボソン、Zボソン(新しい中性粒子) (2)ヒッグス場の存在 素粒子はヒッグス場との相互作用により質量を持つ。 その証拠として、ヒッグス粒子が存在するはず。

標準模型の実験的検証 u,d,s e,m,n photon t (SPEAR) gluon bottom gluon-coupling quark lepton ゲージ原理 ヒッグス機構 (質量生成機構) u,d,s e,m,n photon 1970 標準模型の提案 charm (SPEAR,AGS) t (SPEAR) bottom (FNAL) gluon (PETRA) 1980 W, Z bosons (CERN) gluon-coupling (TRISTAN) 1990 top (TEVATRON) gauge-interaction (SLC, LEP) 2000 CPの破れ関する 小林 益川 機構 (KEKB, PEP-II) 実験的には未検証

(2)素粒子の対称性とヒッグス機構 対称性と保存則は物理系で重要な役割を果たす。 時間並進対称性  エネルギー保存則 時間並進対称性   エネルギー保存則 空間並進対称性   運動量保存則 電荷の保存則やバリオン数の保存則も素粒子の相互作用を表す ラグランジアンあるいはハミルトニアンの持つ対称性から導き出す ことができる。 d u W e ed=-1/3 電子 eu=2/3 光子 陽電子 ee=-1

正確な対称性と近似的な対称性 電荷の保存のような正確な対称性でなくても、近似的な対称性も 役に立つ。 SU(3)フレーバー対称性   up/down/strange quark 間の 近似的な対称性 クォーク・反クォーク対でできている 中間子の質量 (MeV)

自発的対称性の破れ 物理法則は対称性を持っている場合でも真空が対称でない場合がある。このとき対称性の帰結として特徴的な効果が現れる。 (隠れた対称性) このような状況を自発的な対称性の破れという。  2重井戸ポテンシャルを持った場の理論。 真空

宇宙全体としては真空状態は2つある。 縮退した真空の間の遷移確率はゼロ。 (一体問題の量子力学とは違う。)

連続的な対称性の場合 f(x) :複素数の場 連続して縮退した真空がある。

Nambu-Goldstone ボソン 真空のまわりの揺らぎの伝播 ひとつの真空状態 縮退した真空の方向があるために、真空のまわりの揺らぎを引き起こすのに小さな エネルギーしか要らない。 => 質量ゼロ (スピンもゼロ)の粒子が出現する。      これを 南部・ゴールドストンボソンという。

南部陽一郎はπ中間子がほかの粒子(ρ中間子など)に比べて特に軽いのは、強い相互作用の真空の自発的な対称性の破れのためである と主張した。 (1961年ごろ) 現在ではこのことはQCDの重要な性質として確立している。 素粒子の世界の法則を決めるには、真空の構造が重要であることを明らかにした。 質量(MeV)

ヒッグス機構 ゲージ理論の枠内で自発的な対称性の破れを引き起こすと、特別なことが起きる。 もともと質量ゼロのゲージ粒子と南部・ゴールドストンボソンが組み合わさって、質量を持ったゲージ粒子が出現する。これをヒッグス機構という。 (P.Higgs, 1964) この方法が弱い力を媒介するW粒子、Z粒子に質量を与える唯一の理論的に正当なやり方。 (G. ‘tHooft, 1971)

f=v 基本的な相互作用 W 粒子の質量 W v W f v W W 粒子は背景に溜まっているヒッグス場の中を進むときヒッグス場との

f=v とおくと最後の項はゲージ粒子の質量項になる。 数式では Maxwell 方程式 複素数の場と結合させると右辺に余分な項が加わる。 f=v とおくと最後の項はゲージ粒子の質量項になる。

ほんとうにヒッグス場なんてあるのだろうか。それを確かめる方法。 ヒッグス粒子を生成する。 素粒子標準模型では SU(2) X U(1) -> U(1)em ゲージ場に吸収されるNGボソンは3つ W粒子、Z 粒子 クォーク、レプトン  ヒッグス機構によって質量を生じる。 光子 グルーオン ヒッグス場と直接には相互作用をしないため 質量は生じない。 これらの素粒子の質量は、ヒッグス場との結合力が大きいほど重くなる。 ヒッグス機構による質量生成の特徴 ほんとうにヒッグス場なんてあるのだろうか。それを確かめる方法。         ヒッグス粒子を生成する。 

ヒッグス粒子 ヒッグス場の真空からの揺らぎに対応する粒子。 ヒッグス粒子  ヒッグス場の真空からの揺らぎに対応する粒子。 真空にエネルギーを集中させてやれば励起されるはず。(コライダー実験でのヒッグス粒子の生成) ヒッグス粒子がいくつあるか、その質量はいくらかは、実はよくわかっていない。最も簡単な模型の場合は中性のヒッグス粒子がひとつだけ存在するはず。 ヒッグス粒子

(3)LHCへの3つの期待 ヒッグス粒子またはそれに代わるもの (必ず存在する。LHCで現れる。) 力の統一    (必ず存在する。LHCで現れる。) 力の統一    (あるかもしれない。既に示唆はある。) 暗黒物質    (必ず存在する。LHCで見つかるかもしれない。)

CERN LHC 実験 4実験 (ATLAS, CMS, LHCb, ALICE) ATLAS と CMS がエネルギーフロンティア実験 2011年 7TeV 引き続き2012年も実験継続 2014 年から~14 TeV 実験へ

1. ヒッグス場とヒッグス粒子 ヒッグス粒子はヒッグス場からNGボソンの自由度を除いた残り 最も簡単な模型では中性のスピン0粒子が一つだけ現れる。 拡張した模型ではいろいろな可能性がある。  (2ヒッグスダブレットモデル、中性3つと荷電1組) ヒッグス粒子が存在しない模型も考えられるが、すでに1990年代の電弱理論の精密測定の実験結果と相性が悪い。 本当に知りたいことは、電弱対称性の背後の新しい物理法則。ヒッグス粒子はその手掛かり。

ヒッグス粒子の質量 素粒子は質量は大きいほど、ヒッグス場との結合力は大きい。 ヒッグス粒子の質量もヒッグス場自身の自己相互作用が大きいほど大きくなる。 ヒッグスの質量は標準模型を超える物理への手がかり。 

ヒッグスポテンシャル 素粒子の質量公式  ヒッグス粒子 トップクォーク W粒子 Z粒子 ヒッグス場の真空期待値

ヒッグス粒子の質量に関する実験的制限 LEP実験による直接探索 電弱相互作用の精密測定による間接的制限 Z粒子 陽電子 Z粒子 電子 LEP EW Working Group

SM Higgs 粒子の崩壊分岐比

H->gg H->WW-> lnln H->ZZ-> 4l

LHC Higgs discovery Discovery of the Higgs boson at 10 fb-1

いったんヒッグス粒子が見つかったら、ヒッグス粒子に関する相互作用を 決めることが重要になる。 High Luminocisy (HL)-LHC: 2020-30年に3000fb-1 データをためる International Linear Collider (ILC) :  次世代電子・陽電子コライダー の主要な目標となる。 ~30km

ヒッグス粒子の結合の精密測定 ゲージ力と違ってヒッグス粒子に関する結合は重い粒子ほど強い。 完全な比例関係からのずれを探すことが重要。 ILCにおけるヒッグス結合定数の決定 LHC: 結合常数の比が0(10)% LC:  結合常数自身を数%の精度で決められる。 ILC Reference Design Report, 2007

2.力の統一 三つのゲージ力は小さな距離では似た性質を持っている。もともと同じ力から分かれたのではないか?(大統一理論) SU(5) やSO(10)などの大きな群をとると、クォークとレプトンがうまくこの枠組みに収まる。陽子と電子の電荷の大きさが等しいことが群論的に説明できる。 1990年代のLEP などの実験で3つのゲージ結合定数が精密に決定された。その結果は、超対称粒子がTeVスケールに存在する場合は、大統一が起こると解釈できる。

超対称性 ボソン(整数スピン粒子)とフェルミオン(半整数スピン粒子)の間の対称性。 相対論の拡張になっている。 重力を含む統一理論への道を拓く対称性。 通常の粒子に対して超対称粒子が存在する。 超対称粒子の質量は同じとは限らない。(超対称性の自発的破れ) スーパースペース (時空の概念が拡張されたと思ってよい)

超対称大統一理論 LEP実験などで決定された三つのゲージ結合定数をインプットにすると、超対称性というボソン フェルミオン間の対称性を導入したときのみ結合定数の大統一がおきる。 ニュートリノが小さな質量を持つことともうまく合う。(シーソー機構) 超対称性が無い場合 超対称性がある場合

LHC 実験でのSUSYの探索 スクォークやグルーイーノといった カラーを持った超対称粒子が大量に 生成され、その崩壊からいろいろな mSGURA スクォークやグルーイーノといった カラーを持った超対称粒子が大量に 生成され、その崩壊からいろいろな 超対称粒子が見つかる。 Missing energy signal によって スクォーク、グルイーノが 2-3 TeV までSUSY 粒子の 探索領域が広がる。 ATLAS

もし最も単純な超対称模型(MSSM)なら、 軽いヒッグス粒子が存在する MSSM Higgs discovery at LHC 最も軽いヒッグス粒子は140 GeV以下 重いヒッグス粒子も存在する

もしLHCでSUSYが見つかったら 超対称性の破れを通じて、電弱スケール(TeV)とプランクスケール(1019GeV=重力とゲージ力の統一が起こるエネルギー)を行ったり来たりして調べることができる。 大統一が起こるか、ニュートリノの質量生成機構は、宇宙のバリオン数はいつ生成したか等に答えることができるかもしれない。 そのためには、いろいろな実験が必要。(lepton colliders, Super B factories, precise muon experiments, electric dipole moments 等) ゲージフェルミオン質量項 スクォーク、スレプトン質量項 LHC+ILC

3.暗黒物質 銀河の回転曲線を説明するには見えない物質があるはずであることは古くから提唱されていた。 近年、CMBの観測等で宇宙のエネルギー組成が正確に見積もられ、暗黒物質の量が正確に見積もられた。 銀河クラスターの衝突の様子から、確かに通常の物質と違うほとんど重力しか感じない物質が存在するらしい証拠がある。 暗黒物質の正体を突き止めることは、現代科学の大きな課題の一つ。

宇宙のエネルギー組成 銀河クラスターの衝突

WIMP の宇宙初期からの残存量 高温で熱平衡にあったWIMPは宇宙が冷えるとともに対消滅。ある温度で対消滅の相互作用が凍結する。  SUSY 模型のneutralino  Kaluza-Klein 模型のKK-photon Little Higgs 模型 のheavy photon など。 TeV ぐらいの質量だと大体残存量があう。 ただし、Axion 等別の可能性もあり

LHCでの暗黒物質の発見 もし、カラーを持った粒子の崩壊により安定な暗黒物質が生成されるなら、LHCではMissing energy のシグナルで暗黒物質の候補が見つかる可能性がある。 どんな模型が正しいかは詳細に調べる必要がある。 neutralino sneutrino KK photon

超対称模型の場合 LHCとILCで得られる情報を組み合わせることにより、宇宙の残存量の計算と比較することができる。 このようにして、暗黒物質の正体を 同定する。 E.A.Baltz,M.Battaglia,M.E.Peskin,and T.Wizansky