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「医療裁判の動向と医療者に望むこと」 ~過失の判断を中心に~
「医療裁判の動向と医療者に望むこと」 ~過失の判断を中心に~ 2013年5月17日 独立行政法人国立病院機構大阪医療センター講堂 弁護士 宮 沢 孝 児 大阪弁護士会 医療委員会所属 ひまわり総合法律事務所
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本日のテーマ(医療裁判の動向と医療者に望むこと) 第1 最近の医療裁判の動向 1 民事責任 2 刑事責任 第2 医療事故と医療過誤 第3 過失(総論) 1 過失の本質 2 医療水準論 3 過失の分類 第4 過失(各論) 1 注意義務違反型 2 説明義務違反型 3 施設管理上の過失 第5 非賠償型クレーム 第6 最後に
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第1 最近の医療裁判の動向 1 民事責任
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第1 最近の医療裁判の動向 1 民事責任(診療科目別既済件数)
第1 最近の医療裁判の動向 1 民事責任(診療科目別既済件数) 平成22年 平成23年 平成24年 内科 237 181 164 小児科 22 19 精神科(神経科) 29 30 33 皮膚科 17 7 6 外科 142 123 145 整形外科 105 93 99 形成外科 24 泌尿器科 9 15 18 産婦人科 89 82 59 眼科 34 耳鼻咽喉科 16 歯科 72 76 86 麻酔科 8 その他 104 81 103
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第1 最近の医療裁判の動向 1 民事責任 ・訴訟提起件数は,平成16年をピークに減少傾向,現在は年間約800件程度で落ち着いている。 ・背景 病院側による安全管理体制の構築,過失の有無についての見極めが迅速に行われるようになった。 →過失を認める場合には,早期に示談 →過失について争う場合には,病院側が争う姿勢を示すことで,患者側も訴訟を断念する。 ・診療科目別 内科,産婦人科の減少と眼科,歯科の増加
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第1 最近の医療裁判の動向 1 民事責任 最近の訴訟の特色 ・病院だけでなく,医師個人が共同被告となるケースの増加 ・従来であれば,訴訟にたえられないような事案についての訴訟提起の増加 背景 ・クレーマー(モンスターペイシェント)の増加 ・ 事故の再発防止,被害救済という目的を忘れた弁護士の増加
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第1 最近の医療裁判の動向 2 刑事責任
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第1 最近の医療裁判の動向 2 刑事責任 ・届出数の大幅減少 ・年別立件送致件数は平成24年に大幅に増加 ∵届出数減少のため,滞留分を送致したものか? ・刑事処分件数については,激減 平成15年から平成19年 年間 10人程度 平成20年以降 年間 2,3人程度 ・以前は,人為的エラーで民事上の過失が明らかな場合には,刑事責任も問われていたが,最近は極めて抑制的である。 ∵組織システムの欠陥は,個人の処罰によって防止できるものではない。
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第2 医療事故と医療過誤 1 定義 ・医療事故 医療に関わる場所で,医療の全過程において発生する全ての人身事故 ・医療過誤 医療事故のうち,医療従事者が,医療の遂行において,患者に有害事象を発生させ,病院側に責任があり,何らかの損害賠償請求に応じざるを得ない場合
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第2 医療事故と医療過誤 3つのポイント ① 医療の全過程か,医療の遂行においてか ② 全ての人身事故か,患者に対するものか ③ 病院側に責任があり,何らかの損害賠償請求に応じざるを得ないか ☆☆☆ ③が極めて重要な差異である。
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第2 医療事故と医療過誤 医療事故 医療の遂行過程 患者に対するもの 医療過誤 病院側に責任があり賠償に応じざるを得ない場合
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第2 医療事故と医療過誤 病院側が損害賠償に応じざるを得ない場合とは ・法的思考 ①過失②損害③因果関係の3要件が必要 ・医療現場での思考 ③有害事象(損害)が生じた場合,医師の行為に②過失があり,かつ,③過失と損害との間に因果関係がある場合 ☆ 過失の有無の判断が極めて重要である。
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第3 過失(総論) 1 過失の本質 (1)定義‐医療過誤事案に即して 患者の生命ないし身体に有害事象が生じた場合,その有害事象(損害)の発生について予見可能性があり,結果を回避すべき注意義務に違反した場合 ① 予見可能性がなければ過失がない。 ② 予見可能性があっても,結果回避義務に違反していなければ,過失がない。 ③ 予見可能性があり,かつ,結果回避義務に違反している場合に過失がある。
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第3 過失(総論) 1 過失の本質 (2) 予見可能性とは ・平均的医師にとって予見ができない結果が生じた場合,予見可能性がなく,過失はない。 →医師個人が具体的に予見していたかどうかが問われるものではない。 ・平均的医師にとって,患者に生じた有害事象がなぜ生じたのか,その原因と機序が不明な場合,予見可能性はない。 ・発生頻度が稀であっても,平均的医師にとって知りうる状態にあるときは,予見可能性があるとされる。 ・平均的医師とは・・・医療水準論
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第3 過失(総論) 1 過失の本質 (3)結果回避義務違反とは ・平均的医師であれば,結果(有害事象)の発生が回避できただろうという場合に,結果回避義務を尽くしていなかったと評価される。 ・平均的医師とは・・・医療水準論 ・結果を回避するために,どのような手段を採るかについては,医師の裁量があるので,結果回避義務違反は,そう簡単に認められない。 →☆患者側からすれば,医師の裁量の範囲を逸脱していると主張しなければならないため,過失を問うことのハードルは極めて高い。
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第3 過失(総論) 2 医療水準論 (1)定義 医療水準とは ・治療(事故)時の臨床医学の医療水準 ・医学的知見・・・医学雑誌,論文,文献,ガイドライン,医薬品添付文書,インターネット(?) ・医療機関の性格,所在地域によって異なる。 ・経験年数は問われず,研修医であれ,専門医・認定医であれ異ならない。→転医転科義務,相談義務へ ・平均的医師が現に行っている医療慣行とは必ずしも一致しない。
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具体例:投薬の種類や量を間違える,患者を間違える,輸血の際の血液型を間違える,手術の際に,患者の体内にガーゼを遺残する
第3 過失(総論) 2 医療水準論 (2)医療水準が問題にならない過失 人為的エラーに基づく過失 具体例:投薬の種類や量を間違える,患者を間違える,輸血の際の血液型を間違える,手術の際に,患者の体内にガーゼを遺残する ・過失であることは明らかであり,医療水準は問題にならない。 ・有害事象が発生しないことも多く,この場合,損害がないとして,責任を問われることがない。 ・ただし,有害事象が発生しなくても,患者より慰謝料請求がされる可能性はある。 ☆速やかな事実確認と記録,生じた後の説明,謝罪が重要
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第3 過失(総論) 3 過失の分類(3類型) ◎注意義務違反型 ・作為型 ・不作為型 ・患者の同意権と選択権を保障 するための説明義務 ◎説明義務違反型 ・療養指導としての説明義務 ・その他 ◎施設管理上の過失
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(1)注意義務違反型の2分類(作為型と不作為型) ①作為型 積極的な医療行為に過失があって有害事象が生じた場合
第4 過失(各論) 1 注意義務違反型 (1)注意義務違反型の2分類(作為型と不作為型) ①作為型 積極的な医療行為に過失があって有害事象が生じた場合 手技上の過失,適応違反等 ②不作為型 やるべき医療行為をしなかったことで,原疾患が悪化して有害事象が生じた場合 治療義務違反(方針の選択,時期),問診義務違反,検査義務違反等
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・いわゆる手技ミス,過失か合併症かが問題 ・医学文献で合併症とされているから,過失なしとは直ちにはいえない。
第4 過失(各論) 1 注意義務違反型 (2)作為型(手技上の過失) ・いわゆる手技ミス,過失か合併症かが問題 ・医学文献で合併症とされているから,過失なしとは直ちにはいえない。 ・不可避的に生じた有害事象か,手技上の注意義務違反により生じたものか,個別具体的に判断される。 ・考慮ファクター:操作部位と損傷部位との場所的近接性,手技と症状発生との時間的近接性,当該手技の一般性,危険性の程度,他の原因による症状発生の可能性,合併症発生率の統計的データ,事故報告の有無等
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第4 過失(各論) 1 注意義務違反型 (2)作為型(手技上の過失) 裁判例の傾向 ・患者側からすれば,どのような手技が行われたか,客観的に確定することは困難 →有害事象が生じたら,手技上の過失を事実上推定するという裁判例も ・近時は,たとえ,結果が悪くても,それに至る一連の行為のプロセスに着目し,医学的準則に則り,結果を回避する努力をしていれば,過失なしという裁判例が出ている。
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第4 過失(各論) 1 注意義務違反型 (3)不作為型 医師の裁量論
第4 過失(各論) 1 注意義務違反型 (3)不作為型 医師の裁量論 ・医学的合理性が認められる診断や治療方法が複数存在する場合,どのような診断をするか,いずれの治療を施行するかは,医師の裁量の範囲内の問題 ・診断が結果的に誤っていたり,治療方法が結果的に功を奏さず,不幸な転帰をたどったとしても,レトロスペクティブに評価するのは相当ではない。 ・患者側からすると,作為型に比して,過失を問うことが困難であるケースが多い。
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第4 過失(各論) 1 注意義務違反型 (2)不作為型 判例1 東京地判平成23年3月24日判タ1362号178頁 事案 X,胃がん及び腎がんに対する手術後の経過観察を目的として継続的にYに通院,通院中にCEAが上昇し,大腸がん及びこれに起因する多発転移性肝がんと診断され,ラジオ波焼灼術を受けたが,肝不全によって死亡 争点 CEA6.0ng/mlを確認した時点で,再度CEAを測定し,大腸内視鏡検査を行うべき注意義務違反があったか 結論 否定
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第4 過失(各論) 1 注意義務違反型 (2)不作為型 判例2 東京地判平成19年8月24日判タ1283号216頁 事案 X,高血圧及び糖尿病の治療等を目的として,継続的にYに通院。小球性低色素性貧血,血便,便柱の狭小,腹部の張り,体重の減少といった症状があったが,Y医師は,内痔核があったため,痔が落ち着いてから,再検査するとの処置。後に,大腸がんが発見されたが,既に肝臓及び肺に転移があり,手術,放射線療法,化学療法の適応がなく,死亡 争点 患者が血便等を訴えた時点で,下部消化管の検査を実施すべき注意義務があったか 結論 肯定
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第4 過失(各論) 1 注意義務違反型 (2)不作為型 両裁判例の比較 不作為型においては,医師の裁量は広範囲に認められており,過失が認められるのは例外的な場合に限られるが,医療水準に明らかに反している場合には,過失となる。 判例2は,大腸がんの諸症状出ていることは明らかであり,医療水準(大腸がんガイドライン)にも反している。 判例1についても,「診断が確定しないときは1~2か月後に再検査を行い,測定上昇の有無と程度を把握する」「CEAが軽度上昇した場合には,消化器がんを中心とした精査を実施すべきである」等の文献が提出されたが,採用されなかった。
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第4 過失(各論) 2 説明義務違反型 (1)説明義務の3分類 ① 侵襲的な治療に対し,患者の同意権と選択権を保 障するための説明義務(患者の自己決定権に由来) ② 療養指導としての説明義務 ③ その他(病状を説明すべき義務,転医を勧告すべき義務,結果を説明すべき義務,医師付属情報について説明すべき義務,顛末報告義務)
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第4 過失(各論) 2 説明義務違反型 (2)患者の同意権と選択権を保障するための説明義務 ・患者の自己決定権に由来(インフォームドコンセント) ☆他の説明義務とは異質 ・医師は,侵襲的な医療行為を行うにあたっては,患者にそのことを説明し,患者の同意を得なければならないし,複数の治療方針の選択肢がある場合には,それぞれのメリット・デメリットを提示して,患者に選択させなければならない。
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第4 過失(各論) 2 説明義務違反型 (2)患者の同意権と選択権を保障するための説明義務 ・説明すべき項目:診断の内容,病状,予定している治療法の概要と目的・方法,治療の危険・副作用の可能性,代替できる治療法の存否とそこから期待できる効果,放置した場合の転帰,治療期間 ・どこまで,どの程度説明するかは,医師の合理的裁量による。 ・もっとも,患者が選択するにあたって,最も重視すべき情報は何か,個別具体的に考える必要がある。 ・リスクが大きいほうの選択肢を選ぶ場合には,メリット,デメリットを説明して,患者に選択させる形を作っておく。 ☆訴訟に至るケースの圧倒的多数が,医師の説明に対する不満,不信感に基づく。 ☆十分な説明が行われていれば,有害事象は生じなかったとして,全損害の賠償を認めるケースもある。
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第4 過失(各論) 2 説明義務違反型 (2)患者の同意権と選択権を保障するための説明義務 記録として残す方法 ・同意書の徴求 手術や侵襲的な検査について ・説明書の交付 同意書の補充,説明を聞こうとしない患者に対して有効 渡したことはカルテに記載する。 ・口頭による説明 患者が自己決定をするにあたり,重視すべき事項は何か 説明後は,カルテへ記載し,必ず証拠化しておく。 カルテに記載がなければ,説明しなかったと認定される。
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第4 過失(各論) 2 説明義務違反型 (2)患者の同意権と選択権を保障するための説明義務 判例 東京地判平成23年6月9日 事案 Xは,Yにて,総胆管に結石とみられる陰影があったため,ERCP(内視鏡的逆行性膵胆管造影)及びEPBD(内視鏡的乳頭バルーン拡張術)を行うこととなり,Y医師から説明を受けた。 Y医師は,同意書を交付し,同意書には,消化管穿孔のおそれがあること,消化管穿孔,大量出血の時,緊急開腹手術を行う場合があることが記載され,これに沿った説明を行っていた。 十二指腸のファーター乳頭近くに憩室があった(穿孔のリスクが高い)が,問題ない,安全な方法であり,病院には実績があるので安心して任せてほしいと説明した。 施術後に十二指腸穿孔が生じ,XがYに対し,損害賠償請求
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第4 過失(各論) 2 説明義務違反型 (2)患者の同意権と選択権を保障するための説明義務 判例 東京地判平成23年6月9日 結論
第4 過失(各論) 2 説明義務違反型 (2)患者の同意権と選択権を保障するための説明義務 判例 東京地判平成23年6月9日 結論 Y医師が,憩室部分は,憩室がない正常な十二指腸の腸壁と比較すると脆弱であって,ERCP及びEPBDを実施した場合,その部分に穿孔を生じる危険性が正常な腸壁を比較して高いこと,そして,穿孔が生じた場合,消化液などが腸管外に漏れ,生命の危険も生じさせる重篤な症状を呈するおそれがあり,緊急手術が必要になることについて,具体的に説明した事実を認めるに足りる証拠はない。かえって,問題はない,安心して任せてほしいと述べている。 実際にXに行われた説明だけでは,Xは,ERCP及びEPBDの実施に伴う具体的な危険性を正確に理解できず,承諾を与えていいかどうかを的確に判断することができなかった。 →説明義務違反に基づく自己決定権の侵害による精神的苦痛の慰謝料等として,220万円の請求認容
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第4 過失(各論) 2 説明義務違反型 (3)療養指導としての説明義務 医師の管理が及ばない患者の疾患が増悪することが予想 される場合に,受診を指示するなどして,それ以上の悪しき結果が生じないよう,患者に対して,必要な注意や指導を行うべき注意義務 ☆患者の自己決定権に基づくものではない。 ・投薬時・・・服用中,どのような場合に医師の診察を受けるべきかについて ・退院時・・・退院後の生活の留意点について ・「何かあれば来てください」という一般的注意では足りない。
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第4 過失(各論) 3 施設管理上の過失 (1)定義 ・医療行為とは直接関係しない(※実際の定義は様々)施設や設備の使用・管理上の事故について,医療機関に責任があるもの ・定義上,医療の遂行過程において発生したものではないので医療過誤には含まれないが,損害賠償請求の対象になる。 ・典型例 患者の転倒,転落と病院の観察監視体制
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第4 過失(各論) 3 施設管理上の過失 (2)患者の転倒,転落と病院の観察監視体制 予見可能性と結果回避義務違反
第4 過失(各論) 3 施設管理上の過失 (2)患者の転倒,転落と病院の観察監視体制 予見可能性と結果回避義務違反 ・予見可能性がない場合には,過失なし(患者が異常な行動をとることは予見不可能な場合が多い) ・予見可能性があっても,事故防止策が講じられていれば,結果回避義務違反は問われない。 継続観察義務,身体抑制義務 ・看護師が観察していない間に事故が起こったとしても,事故防止策が講じられていれば,結果回避義務違反は問われない ・もっとも,患者をより注意深く観察・監視すべき特別な事情が存在するときには,継続して観察看護すべき義務,身体抑制義務が生じることもある。
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第4 過失(各論) 3 施設管理上の過失 (2)患者の転倒,転落と病院の観察監視体制 判例 広島高平成22年12月9日判時2110号47頁
第4 過失(各論) 3 施設管理上の過失 (2)患者の転倒,転落と病院の観察監視体制 判例 広島高平成22年12月9日判時2110号47頁 事案 自宅で痙攣発作を起こしてこん睡状態となったXがY病院に救急車で搬送された。CT上は異状ないが入院となり,ICUにて治療を受けた。 意識回復したが,不穏状態で安静保持ができなかったため,セレネースを投与したが,体動激しく,ベッド横の柵を乗り越え,両手でぶら下がり,転落,横に転倒,左側頭部の打撲 その後,監視強化,ベッドの右側を壁につけ,左側に同じベッドを接着し,不穏状態続くのでセレネースを投与 看護師が,別の患者への処置のため,1,2分離れた際,再びベッドの足側から転落し,頸髄損傷等の傷害(後遺障害1級相当)を負った。 X,Yに対し,継続監視義務違反,身体抑制義務違反を根拠に損害賠償請求(反訴)
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第4 過失(各論) 3 施設管理上の過失 (2)患者の転倒,転落と病院の観察監視体制 判例 広島高平成22年12月9日判時2110号47頁
第4 過失(各論) 3 施設管理上の過失 (2)患者の転倒,転落と病院の観察監視体制 判例 広島高平成22年12月9日判時2110号47頁 結論 ・継続監視義務について ICUにおいても,一人の患者を一人の看護師が常時監視していることまでは予定されておらず,Xの病状からも,常時監視義務はない。 ・身体抑制義務について 第一事故を起こしており,セレネースの効果は限定的であった 何度もベッドから降りようとしており,幻覚も見ていた ICU特有のベッドは,非常に高く,自力で安全に降りることができない構造 看護師による常時監視は,ICUの体制上困難であった →抑制帯を用いて身体を抑制する必要性があり,義務があった Yに過失があり,4424万円もの損害賠償請求を認容
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第4 過失(各論) 3 施設管理上の過失 (3)患者の身体抑制の問題 ・一般診療科では,法的規定はない(cf 精神科) ・患者の抑制に関する医学的知見(大阪地判平成19年11月14日判タ1268号256頁参照) ・厚生労働省「身体拘束ゼロへの手引き(平成13年)」の要件 ①切迫性(転落の危険が切迫していること) ②非代替性(身体拘束以外の代替する方法がないこと) ③一時性(身体拘束が一時的であること) ・身体拘束をすることで,人権侵害として,患者から訴えられるリスク
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第4 過失(各論) 3 施設管理上の過失 (3)患者の身体拘束の問題 判例 最判平成22年1月26日判時2070号54頁
第4 過失(各論) 3 施設管理上の過失 (3)患者の身体拘束の問題 判例 最判平成22年1月26日判時2070号54頁 事案 80歳の女性が入院中,腎機能の悪化で夜間せん妄状態が出現,看護師が抑制具であるミトンを使用して患者の両手をベッドの両側の柵にくくりつけ,患者はほどなくしてミトンのひもをかじり片方を外してしまったが,やがて眠り始めたので,抑制開始から約2時間後に看護師によって,もう片方のミトンが外された。 患者から,当該拘束は違法であるとして損害賠償請求 原審 名古屋高判平成20年9月5日(判時2031号23頁) 患者は夜間せん妄状態であっても,患者の挙動はせいぜいベッドから起き上がって車いすに移り,詰所に来る程度のことであって,本件抑制行為を行わなければ,患者が転倒転落により重大な傷害を負う危険はあったとは認められない。 →切迫性,非代替性を欠くとして,抑制行為は違法 慰謝料50万円の限度で請求を認容
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第4 過失(各論) 3 施設管理上の過失 (3)患者の身体拘束の問題 最高裁 最判平成22年1月26日判時2070号54頁 患者は,せん妄の状態,深夜頻繁にナースコールを繰り返し,車いすで詰所に行ってはおむつの交換を求め,大声を出すなどして,興奮してベッドに起き上がろうとする行動を繰り返し10日ほど前にも,せん妄の状態で転倒したことがあった(切迫性) 4時間にもわたり,落ち着かせようと努めたが,患者の興奮状態は収まらず,つきっきりで対応することは困難であった(非代替性) 拘束時間は2時間であった(一時性) →拘束行為は,患者が転倒転落により重大な傷害を負う危険を避けるためやむを得ず行われた行為であって,違法ではない
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第4 過失(各論) 3 施設管理上の過失 (4)看護師の過失 ①絶対的看護行為 「療養上の世話」(経過観察,患者の主訴に対する対応,環境管理) ・看護師の本来の業務であり,医師の指示内容が誤っていたとしても,責任を免れる余地はない。 ②相対的看護行為 「診療の補助」 ・医師の指示に反した行為を行った場合,責任を問われる。 ・医師の指示に従っていれば,責任を問われないのが原則であるが,看護師の知識・経験に照らして,当然に医師の誤りに気付くべき事案では,従っていたとしても,医師とともに責任を問われる。 ☆問題は①と②の区別
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第4 過失(各論) 3 施設管理上の過失 (4)看護師の過失 判例 最判平成22年1月26日判時2070号54頁 争点
第4 過失(各論) 3 施設管理上の過失 (4)看護師の過失 判例 最判平成22年1月26日判時2070号54頁 争点 当直医の判断を得ることなく,看護師が抑制行為を行ったことは違法か。 高裁 単なる「療養上の世話」ではなく,医師が関与すべき行為であって当直医の判断を得ることなく,看護師が当該抑制行為を行った点でも違法である。 最高裁 前記事実関係の下においては,看護師らが事前に当直医の判断を経なかったことをもって違法とする根拠を見いだすことはできない。
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第5 非賠償型クレーム (1)定義 いわゆる苦情であり,客観的な損害は発生しえない。 謝って,改善に努め,患者の納得を得る。 悪質なものに対しては,弁護士や警察へ ・具体例 接遇の悪さに起因するクレーム 医師,看護師の言葉づかい,態度,スタッフ対応の不備 システムないしは設備の不備に基づくクレーム 食事が遅い,予約時間が守られていない ・不快な思いは損害賠償の対象にならないのが原則 ・ただし,医療行為がからみ,損害賠償の対象になる場合も
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第5 非賠償型クレーム (2)例外的ケース 判例 最判平成23年4月26日集民236号 事案 抑うつ神経症,薬物治療中のXが,頭痛を訴え,Yにて,MRI検査をうけた。診療受付終了時刻の前に,受付に電話し,少し遅れるが診察してほしいと頼み,看護師が,緊急ではなく検査結果の確認のみであるなら次回にお願いしたいと告げると,興奮した状態で要求を続けたため,Y医師は,検査結果を伝えるだけという条件で会うことを了承した。 Y医師,検査結果には異状なし,脳神経外科のみ受診すればよいと指示,Xが応じず病状に関する質問を繰り返したため,「人格に問題があり,普通の人と違う」「病名は人格障害である」と発言し,診察を打ち切って診察室から退出 X,Y医師の言葉によりPTSDになったとして,損害賠償請求
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第5 非賠償型クレーム (2)例外的ケース 判例 最判平成23年4月26日集民236号 原審(東京高判平成21年1月14日) PTSDを発症する可能性がある患者に対しては,温かい受容的な態度で接する必要があり,十分な問診も行わず,短絡的に「人格障害」との病名を告知したことは,精神科医としての注意義務に違反する。 医師の言動により,PTSDの症状が現れる結果となった。 →結論として,201万円余りの支払いを求める限度で認容
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医師の言動とXのPTSDとの間に因果関係なしとして,請求を棄却した。
第5 非賠償型クレーム (2)例外的ケース 判例 最判平成23年4月26日集民236号 最高裁 医師の言動について,「その発言の中にやや適切を欠く点があることは否定できない」としても,直ちに,精神神経科を受診する患者に応対する医師としての注意義務違反に反する行為であると評価するのは疑問を入れる余地がある。 医師の言動とXのPTSDとの間に因果関係なしとして,請求を棄却した。 ☆過失について判断せず,因果関係で切っているが,医師の言動について,「やや適切を欠く点があることは否定できない」と問題視している。
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第6 最後に ☆医療事故と医療過誤の区別 ☆過失については,予見可能性と結果回避義務,医療水準を意識する。 ☆医師には裁量があり,病院が責任を問われる場合は限定的である。 ☆患者への説明については,同意書,説明書だけでなく,カルテへの記載を意識する。 ☆患者の転倒,転落事故については,状況に応じた結果回避措置を講じておくことが必要 ☆患者に対する態度や言動には注意
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ご清聴ありがとうございました ひまわり総合法律事務所 大阪市北区西天満4丁目1番20号リープラザビル5階 TEL06-6311-7688 FAX06-6311ー7689 弁護士 宮 沢 孝 児
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