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万人に基本所得を与えられるか?ベーシック・インカム構想の実験経済学的検討
東京大学READ(障害と経済)公開講座 「ベーシック・インカムの課題と可能性」 万人に基本所得を与えられるか?ベーシック・インカム構想の実験経済学的検討 公立はこだて未来大学 川越 敏司
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ベーシック・インカムとは 老若男女を問わず、各個人に無条件で 一定額の所得を保証する所得保障制度
各個人は、この保証所得額以上の所得を得ようと労働して対価を得ると、そこにだけ所得税が課される 一人月額8万円をベーシック・インカムとし、それ以外の所得に50%のフラットな所得税を課せば現行の日本の経済・財政状態でも実現可能(小沢, 2002)
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ベーシック・インカム導入のネライ 保証所得分は労働しなくて済むので、労働需給が緩和され、ワークシェアリングが進む
余暇の時間を十分持てることで、全人格的発達の機会がより多く得られる 所得保障を「家計」ではなく「個人」を基準にすることにより、家計の中の権力関係に支配されている女性、子ども、老人、障害者たちを自律させ、その人間としての権利と尊厳を尊重できる
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経済分析の必要性 BIが労働意欲に与えるミクロ的側面の分析 モラル・ハザード(①と②に関して) 逆選抜(③に関して)
誰にでも分け隔てなくベーシック・インカムが支払われるなら、労働するインセンティブが失われてしまう? 生産性が落ちると税収が減り、BIは財政的に維持できなくなる? BIは最善の制度なのか? 逆選抜(③に関して) 子どもを増やせばそれだけ「家計」にとって総所得が増えるので、家計には子沢山になろうというインセンティブが働くかも? スウェーデンのように児童手当が手厚い国では、十分な数の子どもをもうければ、児童手当だけで一家が生活可能。 みんなが畑作りより子作りに励むと、誰も労働しなくなるので、 BIは財政的に維持できなくなる?また、女性の自立につながらない?
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研究の背景 なぜ実験経済学なのか? 実験提案例
「ベーシック・インカム実験に向けて」と題する誌上討論(Basic Income Studies, 2006年) 負の所得税の場合の様な実験的検討の必要性 実験提案例 「余生を勝ち取る("Win for Life")」(ベルギー)というくじをベーシック・インカムの社会実験の代用として使用(Peeters and Marx, 2006) コントロールされた実験室実験によって、直接的にベーシック・インカムの労働供給に与える効果を測定すべき(Noguera and Wispelaere, 2006)
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研究の目的 モラル・ハザードに関して 逆選抜に関して
フィールド実験の特徴も併せ持つ実験室実験によってベーシック・インカムが労働供給に与える影響を調べる 同値な負の所得税との比較を行ない、労働インセンティブに与える効果に差異があるかどうかを調べる 逆選抜に関して 主体は労働市場に参入して自立した生活をするのか、婚姻関係に入って子どもを産み、ベーシック・インカムだけで生活するようになるのか、結婚市場と労働市場への参入を考慮した進化ゲームによる分析を行なう
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モラル・ハザード 負の所得税(NIT) ベーシック・インカム(BI) 仮説
ある一定の所得額以上の場合は税金を取られるが、逆にその所得以下の場合は、負の所得税(つまり、補助金)が課される ベーシック・インカム(BI) 所得額に関係なく、ある一定額が基本所得として与えられ、それ以上の勤労所得に所得税が課される 仮説 BIの場合は労働に応じて獲得所得が増加するのに対し、NITの場合、所得が増加すれば支給される負の所得税額が減少するので、NITの方がBIより労働意欲を減退させる傾向がある
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モラル・ハザード 負の所得税(NIT) ベーシック・インカム(BI) T=tかつTG=gとすれば、両者は同値
獲得所得Yについて、ターゲット所得Gと所得税率Tに対して、税引き後所得Zは以下のようになる。 ベーシック・インカム(BI) 無条件に支給される所得gと所得税率tに対して、税引き後所得Zは以下のようになる。 T=tかつTG=gとすれば、両者は同値
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モラル・ハザード 獲得所得Yと税引き後所得Zとの関係
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モラル・ハザード実験 労働の課題:2桁と1桁の自然数の掛け算
課題は十分に集中力を要する「労働」として設定 1問4秒以内に解答する条件で、1セット25問をランダムに出題、各条件で5セット実施 事前の予備実験では、理系学生で平均60点 制度なし条件(条件A)と制度あり条件(条件B)を交互に、A-B-Aという順序で実施(ABA計画法) 一方のグループは負の所得税、他のグループはベーシック・インカム( 1グループ30名)を経験 制度なし条件は、ベーシック・インカムでgなしの場合にあたる
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ベーシック・インカム条件では、条件BからA2への変化で、労働量の分布が右にシフトしている
→ ベーシック・インカムが労働意欲を抑制していた
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逆選抜 研究の目的 婚姻して家計に入り、BIのみで生活するか(Mタイプの行動)、婚姻せずに熟練労働に就き、自立した生活を続ける(Bタイプの行動)、どちらが社会において支配的になるか? ただし、婚姻市場でどちらのタイプと出会えるかは、ランダムに決まる このような不確実性(逆選抜状況)に直面する時、個人はMタイプとBタイプのどちらの行動を選ぶか?
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逆選抜 2種類のタイプが、最初に婚姻市場でランダム・マッチ、その後労働市場に参入
Mタイプ 結婚してベーシック・インカムBIを受領すればそれでよいと考える Bタイプ 訓練を受けて熟練労働に就き、BI以上を稼ぐ 非熟練労働には両方のタイプが均等な時間だけ就くことができる(この俸給はBIに加算済み) 熟練労働に就くことで得られる追加所得をT、その就職率をp (0≦p≦1)、その訓練コストをcとする。(このTからはすでに所得税を差し引き済み)
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逆選抜 Mタイプ同士が出会った場合 必ず婚姻し、平均q人の子どもを出産する 。
婚姻した場合、出産した子ども一人につき追加的コストgがかかる。 平均q人の子どもに対してこの家計が受け取れるBIの平均はqBIであり、その一定割合a (0≦a≦1)を両親の一人ひとりが子育てや一家の生活のために利用する
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逆選抜 Bタイプ同士が出会った場合 MタイプとBタイプが出会った場合 互いに婚姻はせず、訓練を受けて熟練労働に就く努力をする。
それぞれ就職率pのもとで熟練労働に就き、追加的所得Tを受け取る 熟練労働に就くために必要な訓練上のコストは-c MタイプとBタイプが出会った場合 婚姻は成立せず、MはBIのみを受け取り、Bは熟練労働市場に参入する
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逆選抜 2 1 M B BI+aqBI-gq BI+aqBI-gq BI BI+pT-c BI+pT-c BI
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モデルの均衡 (aBI-g)q>pT-cならばMタイプがESS pT>cならばBタイプがESS
pT<cかつ (aBI-g)q<pT-c の場合、ESSは混合戦略 人口中にMタイプとBタイプが混在し、人口中にMタイプが占める割合は次のようになる
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比較静学 就職して得られる追加所得の期待値pTを訓練コストcが上回るほど、Mタイプの割合は増加
BIやgを一定とすると、平均出生数qは上昇して人口全体が増え、それだけ就職率pは下がるので、この条件は成り立ちやすくなる。このことがさらにMタイプを増加させていく Mタイプが増加すると、熟練労働に就くBタイプの数が減って社会全体の生産力が下がり、BIの値自体を減少させる必要性が生じる 長期的には、人口の上昇は国家による直接・間接の介入によって一定に落ち着く可能性はある
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おわりに 同値な負の所得税と比較すると、ベーシック・インカムは労働インセンティブを抑制する可能性がある
実験で恣意的に与えた限界税率などの制度的パラメータに関して、最適所得税の枠組みで再度検討する余地あり ベーシック・インカムの導入は、必ずしも個人の自立を促す制度なのではなく、自発的に婚姻関係に入るタイプが増加し、抑圧的な家族関係が再生産される側面もある 結婚市場と労働市場への参入のタイミングに関して、マッチング理論を用いたより厳密な定式化が必要
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