シーベルトとは? 高エネルギー加速器研究機構 平山 英夫 日本原子力学会 2014 年秋の大会 保健物理・環境科学部会企画セッション
はじめに 「シーベルト」は、福島第 1 原子力発電所の事故後、 非常に有名になり、多くの国民が知る言葉となった 放射線防護では、異なる概念の「線量」に同じ名称の 「シーベルト」が使用されており、どの「線量」概念 に対応した「シーベルト」であるかということの明確 な説明抜きに「シーベルト」が使われることにより、 混乱が生じている どのような線量概念の「シーベルト」も、物理量では ないので、「温度」や「気圧」等の物理量の様に「原 理に基づいて測定する」ことが出来ないことが、理解 されていない 「シーベルト」が使用されている線量概念とその相互 の関係、「シーベルト」で表示される「線量」の測定 に関連した混乱の原因について私見を紹介する 線量概念については、原子力学会誌の解説記事を参照 – 「放射線防護に用いられる線量概念」 2013 年 2 月号
「シーベルト」が使用される「線量」 放射線測定器で 測定される線量 サーベイメー タ ( 1cm 線量当 量) ( 70μm 線量当 量) 個人線量計 ( 1cm 線量当 量) ( 70μm 線量当 量) 周辺線量当量 H*(10) 方向性線量当量 H’(0.07,0°) 個人線量当量 Hp(10) Hp(0.07) 実効線量 等価線量 計測量 実用量 防護量 岩井・佐藤のスライド:日本原子力学会 2012 年春の年会での 放射線工学部会企画セッション「福島第一原発事故対応に係る 環境放射線測定」における、岩井・佐藤のスライド
4 測定対象 防護量実用量 実効線量 周辺線量当量 個人線量当量 等価線量 方向性線量当量 個人線量当量 場所の線量測定 (エリアモニタリン グ) 個人の外部被ばく測定 (個人モニタリング) 実効線量 等価線量 放射線測定器 サーベイメー タ 個人線量計 H*(10) H’(0.07,0°) Hp(10) Hp(0.07) 法令上規制 される値 放射線測定器 の校正量 < 必要に応じて測定 防護量と実用量の関係 ( ex 皮 膚) ( 1cm 線量当 量) * ( 70μm 線量当量) * ( 70μm 線量当量) * (*障害防止 法) ( 岩井・佐藤のスライドよ り)
5 放射線防護に用いる線量概念 物理量 吸収線量 フルエンス、カーマ 実用量 周辺線量当量( Sv) 方向性線量当量( Sv) 個人線量当量( Sv) 防護量 実効線量( Sv) 等価線量( Sv) 臓器吸収線量( Gy) 放射線測定器の値 サーベイメータ 個人線量計 計算 比較 校正 線質係数、 ICRU 球放射線加重係数、組織加重係数 Reference man phantom 放射線健康リスクに関する量 (罹患率、致死率、寿命短縮、 QOL 等) 関連 ( 岩井・佐藤のスライドよ り)
6 器官・組織の吸収線量, D 等価線量, H T 実効線量, E 実効線量の計算 放射線加重係数, W R 組織加重係数, W T 器官または組織の線量 全身の線量 生物効果比 RBE or RBE M 疫学データ (がん罹患率、致死率、 寿命短縮、 QOL など) ( 岩井・佐藤のスライドよ り) グレ イ シーベル ト
7 外部被ばくによる実効線量の方向依存 性 ( 岩井・佐藤のスライドよ り)
外部被曝による実効線量 外部被ばくによる「実効線量」を知るには、評価対 象の場所に、どのような放射線が、どのようなエネ ルギーでどのような角度でどれだけ来ているかとい う情報(放射線の種類毎の、角度・角度フルエン ス)が必要 – 線源状態を取り入れて、角度・エネルギーフルエンスを 求めて、計算する 得られた角度・エネルギーフルエンスを用いて、人体形状ファ ントム中での各臓器の吸収線量を求め、実効線量を計算する – 角度フルエンス(エネルギー積分したフルエンス)から、 線源の状態に近い「照射形状」を選び、その照射形状で のフルエンスから実効線量への換算係数を用いて計算す る – 広い領域に線源が分布している場合は、散乱線が直接線 と同程度以上寄与しているので、線源から放出される γ 線 だけでなく、散乱線を含むスペクトルが必要 「外部被曝による実効線量」を示す場合には、どの ような方法で求めたかの説明が必要
9 実用量 周辺線量当量 H * (10) ・ 1つの点で1つの値(入射方向に依存しない) ・ H * (10) > 実効線量 ( AP,PA.ROT,ISO,LAT 条件 ) ⇒モニタリングに使用するサイベイメータの校正 量 整列場での 放射線入射 ● ICRU 球 直径 30cm の球ファントム ICRU が定めた人体組織等価物質 ( O:76.2%,C11.1%,H1.01%,N2.6%) d=10mm :線質係数 ( 岩井・佐藤のスライドよ り)
実用量 個人線量当量 H p (10) ・ 組織等価平板ファントム (30cm x 30cm x 15cm) に平行ビームの放射線 が垂直に入射した時の深さ d=10mm での線量当量 角度 α の放射線に対する個人線量当量は、 H p (10,α) で表す。 H p (10)=H p (10,0) ・ H p (10) > 実効線量 ( AP,PA.ROT,ISO,LAT 条件 ) ⇒ モニタリングに使用する個人線量計の校正量 校正は、平板ファントムに線量計を着用して行う ・ 透過力の弱い放射線( β 線や α 線)については、 d として、 70μm( 皮 膚 ) 及び 3mm( 目の水晶体 ) を使用する 組織等価ファントム * 10mm
サーベイメータによる測定に関する「混 乱」 (1) なぜ、使用するサーベイメータによって、線量率が違 うのか? – サーベイメータで測定する「 1cm 線量等量(シーベル ト)」は、物理量ではない – 完璧に周辺線量率と同じエネルギー応答を持つサーベイ メータはない 程度の違いはあるが、周辺線量当量のエネルギー応答に近い応 答になるように工夫したもの – Cs-137 の 0.662MeVγ 線のみを測定するのであれば、差は小さ い(サーべーメータの校正に使用されているため) セシウムのみに限定しても、 Cs-134 と Cs-137 が含まれており、同 じ濃度であれば、線量率には、 Cs-137 より Cs-134 の方が寄与が大 きい – 広い領域の地表に沈着した放射線核種からの場の場合は、 地表面に沈着している場合でも、放射性核種から放出され た γ 線とエネルギーが同じ「非散乱線」と散乱によりエネ ルギーが低くなった「散乱線」が同じ程度存在する。地中 への沈着が増えるに伴い、散乱線の方が多くなる 0.662MeV より低いエネルギーの応答により、値が異なる
放射線測定器のエネルギー特性 エネルギー範囲感 度評価適用する検出器の種類 60keV ~ 1.5MeV0.85 ~ 1.15 A シンチレーション式 ( エネルギー補償 あり) 60keV ~ 1.5MeV0.7 ~ 1.3 B Si 半導体検出器 60keV ~ 1.5MeV0.20 ~ 5.0 C シンチレーション式 ( エネルギー補償 なし) 60keV ~ 1.5MeV0.50 ~ 2.0 C GM 式 I-131,Cs-134, Cs-137 が測定可能 200keV ~ 1.25MeV 0.5 ~ 3.0 C 無補償型で、エネルギー範囲が狭いが、 福島第一原発事故で出た核種は測定で きる 最下段の適用検出器は JIS Z 4333 : 2006 には規定されていませんが、東 京電力㈱福島第一原子力発電所の事故で環境中に主に放出された I- 131,Cs-134,Cs-137 を選択的に測定する検出器として市販されているも のを掲載 平成24年度我が国情報経済社会における基盤整備事業 放射線測定機器の性能チェックシート 一般社団法人 日本電気計測器工業会 放射線測定機器の性能チェックシート作成委員会 より 感度:周辺線量 当量に対する測 定値の比
サーベイメータによる測定に関する「混 乱」 (2) モニタリングポストでの測定値が、サーベイメー タによる測定値と違う – モニタリングポストで測定している「空気吸収線量 ( グレイ ) 」は、「物理量」であり、光子場を示す一つ の線量 異なる概念であり、単位も異なるので「数値」が異なる スペクトルが判れば、周辺線量当量に変換することができる 線量 – 平常時の 0.8Sv/Gy 及び緊急時の 1Sv/Gy の措置により変 換した「シーベルト」は、防護量の「実効線量」であ り、「周辺線量当量」ではない 0.8Sv/Gy は、発電所周辺での外部被ばくの状況が「等方照射 形状」に近いことから導出された値 1Sv/Gy の根拠は明確ではない – 事故後に設置したモニタリングポストで、設置のため にモニタリングポスト周辺を整地し、コンクリートの 上に設置された場合には、空気吸収線量で比較しても、 ポスト周辺と違いが出る可能性がある
空気カーマ~空気吸収線 量
個人線量計に関する「混乱」 個人線量計により測定された「線量」は、同じ場所でのサーベイメー タで測定した「線量」より小さい 同じ実用量であっても、個人線量計の場合は、場の計測実用量と状況 が異なる – 個人線量計は、線源に対置している場合、人体に装着した状態で、周辺 線量当量に対応した線量となるように校正されている – 事故に伴い、広い領域の分布した放射線核種による被曝の場合は、四方 八方から放射線が来ている状況 胸に着用した個人線量計では、背後からの放射線は、人体が遮蔽の役割を果たすた め、前面からの放射線より「線量」としての寄与が小さくなる可能性 計算による評価の試み – 平山英夫、 “EGS5 による地表に広く分布した 134Cs 及び 137Cs の環境におけ る個人線量計の評価 ”, RADIOISOTOPES, Vol.62, No.6, (2013). – 数値的には、広く分布した線源による実効線量( ROT 照射形状の実効線量 にほとんど等しい)に相当する線量となる(周辺線量当量の 0.69) 実際の場での検証(大町先生の講演) 線量率が様々に変化する環境での個々人の被曝線量を把握する点では、 個人線量計は有用な手段である – 福島第 1 の事故に伴う放射線場での使用した場合、「実効線量に相当する 線量」になること – 被ばく線量の検討においては、防護量である「実効線量」を用いること について、関係者が理解することが前提
まとめ シーベルトの関する「混乱」は、シーベ ルトが異なった線量概念で使われている ことに主要な原因がある 防護量としての「実効線量」をどのよう な場合に、どのような方法で計測された 「線量」から評価するかということが明 確になっていないことにも原因がある