鳥取大学農学部生物資源環境学科 生存環境学講座 原田昌佳 ―主題科目・主題D「人間と環境」― 「水と土と緑」 水質と湖沼の水環境 鳥取大学農学部生物資源環境学科 生存環境学講座 原田昌佳
はじめに 近年,人間の生活や産業活動の影響が海域,河川,湖沼などの水域に及び, が社会的問題. 水環境の悪化 水質汚染・水質汚濁 近年,人間の生活や産業活動の影響が海域,河川,湖沼などの水域に及び, が社会的問題. 水環境の悪化 水質汚染・水質汚濁 1.化学汚染 2.有機汚濁 人間や動物の健康に悪影響を及ぼす有害物質による汚染 富栄養化によって生じる植物プランクトンの大増殖や水の酸欠状態などによる水質悪化 かけがえのない「水」を地域環境の保全や地域資源の有効利用の観点から考えると,水質についての科学的な知見を認識しておくことは極めて重要である.
はじめに 水環境の保全・改善 水圏環境に関する基礎知識の習得 自然環境中で営まれる様々な現象の理解 1.生化学的反応による物質循環 2.生物学・生態学的な過程 3.物理的現象 (微生物の活動を介した物質の酸化還元反応,加水分解) (動植物プランクトンの発生,生態系,食物連鎖,生物濃縮) (吹送流,熱対流,成層化,拡散現象)
Contents 水質とは?(定義と表示方法) 有機汚濁とは 富栄養化とは 有機汚濁に関する水質項目 水域の窒素とリンの循環 湖沼内の物理的現象 富栄養化した湖沼の水質現象 水質の法規制と環境基準 鳥取県湖山池の水環境について
1ppm=溶質1g/溶液1ton→1g/1m3=103mg/103L=1mg/L 水質成分とその表記方法 *水質の定義: 水H2Oに含まれる理化学的・生物学的成分 2) 含有成分によって変化する属性 (例)水の密度,水温,pH,電気伝導度,透明度 *表記方法:含有成分については「濃度」 mg/L:水1L中に存在する物質の量をmgで表示. ppm :重量百万分率. (例)溶液百万g(=1ton)中に含まれる溶質のg数. 1ppm=溶質1g/溶液1ton→1g/1m3=103mg/103L=1mg/L (注)比重を1と見なせる希薄溶液の場合 *「mg/L」と「ppm」の関係
水質成分の分類 有害有毒物質 (健康項目) 重金属(水銀,カドミウムなど) 有毒物(シアン,PCBなど) 有機物など (生活項目) 有機物(BOD,COD,TOC) 溶存酸素 浮遊物質( SS,濁度,透明度) 細菌(大腸菌,一般細菌) 水素イオン濃度 電気伝導度 水温 栄養塩類 窒素( アンモニア態,硝酸態,亜硝酸態,TN) リン( リン酸態,TP ) その他 塩分,放射性物質,油
有害有毒物質に関する項目 (1)重金属 水銀(水俣病),カドミウム(イタイイタイ病) ,シアン,鉛,クロム,ひ素など. (2)有機塩素化合物 PCB(ポリ塩化ビフェニール) ・絶縁性に優れ,電気製品に使用. ・強い毒性 → 1970年以降,製造中止 ・残留性が極めて高い → 現在でも汚染が進行 ダイオキシン(ポリ塩化ジベンゾ-パラ-ジオキシン) ・ごみ焼却過程や化学物質の合成過程で生成 ・強い発がん性を持ち,体内に蓄積されやすい. *環境ホルモン(外因性内分泌撹乱物質) 生体内であたかもホルモンのように作用し,生殖異常などを生じさせるもの.
生態系の変化,毒を有する植物プランクトンの発生,悪臭の発生,景観の悪化,レジャー障害 有機汚濁 多量の有機物の流入により水質の汚濁 人間活動から排出される食物の残渣や排泄物 有機物の増大 溶存酸素の消費(好気性微生物の有機物分解) 貧酸素化 = 嫌気的状態 ①動物の死滅(食物連鎖の破壊)植物プランクトンの増殖 ②有機物の腐敗と病原性微生物の発生 ③嫌気性微生物の作用による各種物質の還元化 例)硫化水素の発生(SO42ー→H2S):悪臭・毒性 メタンガスの発生(CO2 →CH4):悪臭 リン・窒素の溶出植物プランクトンの増殖 生態系の変化,毒を有する植物プランクトンの発生,悪臭の発生,景観の悪化,レジャー障害
富栄養化とは 元々の定義 湖沼において初めに少なかった栄養塩類が様々な方法で湖沼に流入し,貧栄養湖 中栄養湖 富栄養湖と移行しながら,やがては湿原を経て草原化して行く湖沼の遷移 人為的原因によって自浄能力を超える窒素やリンなどの栄養塩類が水域に流入し,水質が悪化する有機汚濁 *何千年,何万年のオーダでの進行 *生物相の変化と調和を保ちながら移行 現在の意味 *急速かつ非調和な湖沼の遷移 栄養塩類 植物性プランクトンや水生植物の栄養となるN,P,K,Ca,Na,Mg,Fe,その他の微量金属など 制御因子 植物プランクトンの増殖を制御するような物質.リンや窒素が制御因子となることが多い.
富栄養化の基準 Sawyer(1952) 無機態P>0.01mg/l,無機態N>0.3mg/l (春の循環期) Vollenweider(1967) 分類 全窒素 無機態窒素 極貧栄養 0.005mg/L以下 0.2mg/L以下 極中栄養 0.005~0.01mg/L 0.2~0.4mg/L 中栄養 0.01~0.03mg/L 0.3~0.65mg/L 中富栄養 0.03~0.1mg/L 0.5~1.5mg/L 富栄養 0.1mg/L以上 1.5mg/L以上 吉村(1937),津田ら(1967) 全リンTP>0.02mg/L,全窒素TN>0.15mg/L
藍藻類(ミクロキスチス,アナベナなど)など 水の華,淡水赤潮,アオコ 夏期の富栄養化が進んだ水域 藻類の異常繁殖 藍藻類(ミクロキスチス,アナベナなど)など 水面に緑色や褐色の固まりとなって薄皮状に広がる. = 水の華 藍藻類 青い粉が吹いたようにマット状に広がる アオコ 渦鞭毛藻類など 水面が赤褐色に着色される 淡水赤潮
有機汚濁に関する水質項目 *水温 *電気伝導率(EC:Electric Conductivity) *pH 水隗の分布や水の素性を知りうる水質の基本的データ.水温の鉛直構造は躍層の状態や水隗の安定・不安定の指標となる. *電気伝導率(EC:Electric Conductivity) 定義 電気抵抗の逆数 指標 水溶液の電気伝導率は溶存イオンの量に比例するので,全溶解物質の概略値を表す *pH 定義 水素イオン濃度[H+]の逆数の対数. 指標 酸性・アルカリ性の尺度. 淡水域のpH値は,炭酸イオンの濃度に依存
*溶存酸素(DO:Dissolved Oxygen ) 定義 水中に含まれる酸素濃度.単位はmg/L 有機物は溶存酸素を分解する 指標 有機汚濁に関連する項目 *生物化学的酸素要求量(BOD) 定義 試料水中の有機物が,好気性微生物によって分解・安定化される間に消費される酸素量. 指標 河川における有機物量の指標. *化学的酸素要求量 (COD) 定義 酸化剤を用いて試料水を処理したとき,消費される酸化剤の量を求め,酸素量に換算したもの. 指標 湖沼における有機物量の指標.
ー = =BOD 5日間放置 (暗所,20℃) 生物化学的酸素要求量の測定方法 有機物 溶存酸素 好気性微生物 有機物 溶存酸素 好気性微生物 5日間放置 (暗所,20℃) ー = 採水直後のDO 5日後のDO 消費されたDO =BOD 注意 植物プランクンを多く含む湖沼水では,植物プランクトンの呼吸による酸素消費量も加算される. 河川における有機物量の指標.
ー = =COD 加熱分解 (100℃,30分) 化学的酸素要求量の測定方法 被酸化物 酸化剤 被酸化物 酸化剤 有機物,亜硝酸塩,硫化物,塩化物イオン,Fe2+ 被酸化物 酸 化 剤 過マンガン酸カリウム 二クロム酸カリウム ー = 初期値 滴定値 酸化剤消費量 =COD 酸素量 K2Cr2O7法はKMnO4法より,多種の有機物を酸化分解させ,酸化率も大きい.多量の水銀,銀を使用するので,分析後の廃液処理に留意.
*有機炭素量 *クロロフィルa 定義 試料水中の酸化されうる有機物の全量を,主要構成成分である炭素の量で示したもの. 指標 有機汚濁に関する項目 *クロロフィルa 説明 クロロフィルはa,b,c,dの4種類に分類されるが,クロロフィルaはすべての藻類に含まれる. 指標 植物プランクトン量の指標
*窒素とリン 説明 植物プランクトンの増殖に必要な栄養塩類 指標 富栄養化に関する指標 水域中の窒素 = 無機態 + 有機態 = 無機態 + 有機態 懸濁態+溶存態 溶存態+懸濁態 アンモニア態+硝酸態+亜硝酸態 全窒素(TN) 水域中のリン =無機態 + 有機態 懸濁態+溶存態 溶存態+懸濁態 リン酸態リン 全リン(TP)
水域の窒素循環 窒素ガス 脱窒(還元) D.脱窒作用:嫌気的条件下のバクテリアによる還元反応 窒素固定 E.窒素固定:ラン藻類(アナベナなど)が主. 排泄物・遺骸 アミノ酸・ NH4+ 有機窒素 尿素 生分解 (酸化) 生分解(酸化) A.有機窒素の分解:動物プランクトンなどによる生分解 同化 C.植物プランクトンの摂取:NH4+>尿素>NO3- 動物 プランクトン NO3- NO2- 硝化作用(酸化) 硝化作用 (酸化) B.硝化作用:好気的条件下で硝化細菌による酸化反応 植物プランクトン
水域のリン循環 摂取 動物 プランクトン 植物プランクトン リン酸態リン 排泄物・遺骸 Fe3+ Fe2+ 懸濁態有機リン 吸着 溶出 加水分解 溶存態有機リン 沈殿・堆積 好気的 嫌気的
風 熱 河川 湖沼内の物理的現象 風速・風向 吹送時間 コリオリ力 湖盆形状 波浪,波動 吹送流,水平還流 沿岸流,湧昇流 乱流混合 緯度,経度 湖水深 成層化,熱対流 内部セイシュ,結氷 熱 流量,温度湖容積 湖盆形状 河口密度流 河水噴流 表層密度流 河川 *気圧,重力の影響は大湖沼以外で無視できる
密度成層 成層化:上層の密度が下層の密度に比較して小さく, 密度の層ができること. (1) 水温成層:上層と下層の水温差に起因 成層化:上層の密度が下層の密度に比較して小さく, 密度の層ができること. (1) 水温成層:上層と下層の水温差に起因 春から夏の受熱期の深水湖にみられる現象. (2)塩分成層:上層と下層の塩濃度の差に起因 汽水湖でみられる現象
水温成層の形成 太陽からの光エネルギー ↓ ↓ ↓ 風 表層 (混合層) 水温躍層 深水層 有光層 無光層 密度界面
富栄養化した湖沼の水質現象 底質 貧酸素化 嫌気的・還元的状態 底質のヘドロ化 ・Fe,Mn等の還元溶出 ・栄養塩類の溶出 ・硫化水素の発生 ・底生生物の斃死 ・未分解有機物の堆積 深水層(分解層) 生物の死骸・排泄物 有機物体浮遊物 好気性バクテリアによる分解 ・DOの低下 ・pHの低下 貧酸素化 表層(生産層) 光エネルギー + 過剰に供給されるN,P 植物プランクトンの繁殖と活発な内部生産 ・透明度の低下 ・DOの増加 ・pHの増加 水域(表層・深水層・底質) 各層で様々な水質現象 生物システムが介在した物質収支の構成
富栄養化と有機汚濁による水質悪化 富栄養化 有機汚濁 N,Pの流入 有機物の流入 CODの増加 N,P濃度の増加 有機物の増加 藻類の大繁殖 (水の華の発生) 透明度の低下 DOの低下 (貧酸素化) H2Sの発生 底質の悪化 漁場の変化,魚介類の斃死,悪臭,景観の悪化,レジャー障害
人の健康を保護し,生活環境を保全する上で望ましい基準 水質の法規制と環境基準 水質汚濁防止法に基づいて水質の規制 「環境基準」と「排水基準」 人の健康を保護し,生活環境を保全する上で望ましい基準 ①健康項目: 人の健康を害する成分として規制. 重金属,有機塩素化合物,農薬など合計23項目. すべての水域に共通 ②生活項目: 有機汚濁の指標と富栄養化防止 河川,湖沼,海域別に基準値を設定
生活環境に関する環境基準 水域ごとに利水目的に応じた水域類型を設け,水質項目に対して環境基準を設定. COD BOD pH SS DO TN TP 大腸菌群数 n-ヘキサン抽出物質 河川 - ○ 湖沼 海域 大腸菌群数:糞便汚染の指標, n(ノルマル)-ヘキサン抽出物質:油脂類の指標 河川:AA~Eまでの類型指定 湖沼:AA~Cまでの類型指定 海域: A~Cまでの類型指定 類型の設定
生活環境に関する環境基準(湖沼)
湖沼のN,Pに関する環境基準 河川(70%台) 海域(80%前後) 湖沼(40%台) 生活項目に関する環境基準の達成率
平成11年度湖山池の水質測定結果 ・鳥取県が,水質汚濁防止法に基づいて策定した公共用水 域水質測定計画により実施 ・鳥取県が,水質汚濁防止法に基づいて策定した公共用水 域水質測定計画により実施 ・湖山池:湖沼類型A,窒素・リンについての類型IIIの環境基準 測定 地点 COD DO TN TP 75%値 (年平均値) 相当類型 年平均値 布勢地先 5.6 (4.9) C 9.7 0.53 IV 0.055 V 堀越地先 5.1 (4.6) 9.5 0.51 0.050 中央部 5.2 (4.7) 松原地先 5.4 (4.7) 9.6 0.58 0.058 環境基準 3mg/L以下 7.5~ 0.4mg/L以下 0.03mg/L以下 *CODの評価は,75%水質値(値の小さいものから並べて(0.75×データ数)の値)を用いる.