日本における近年の出生性比低下 その要因等についての研究成果 (胎児期環境学を目指して) 野中 浩一 帝京大・医・衛生公衆衛生 2000年6月2日 於:国立水俣病総合研究センター 生まれは福岡、育ちは熊本、長崎。本籍は今も熊本県。しかし、水俣は初めて。
Contents 性比にまつわる神話 用語について(Sex ratio と Male proportion) 出生性比と一次性比 性比の低下は環境汚染の指標か? 諸外国と日本での出生性比低下の報告 死産性比の変化は出生性比の変化を説明できるか? 出生性比の変動に関与する要因 出生順位、出産年齢、地域差、季節変動、母親の出生季節、…… 自然出生力集団を対象にした研究と経世代影響 James仮説の展望 出生季節の疫学と胎児期環境学
性比にまつわる神話
男児が生まれるまで子供を産み続ける社会では性比が高くなる? 1 2 3 もちろん誤解! 性比を変化させる要因が働かなければ、集団の性比は不変(男児の末っ子割合は高くなるが) (ただし、出生順位で不変、カップルごとの「特性」に個体間変動がなければ) 4
排卵日に性交すると男児が生まれる? いわゆるシェトルズ法が人口に膾炙したが、科学論文の根拠はない。 ↓ むしろ、性周期と受精のタイミングに関する報告では女児がやや多くなる可能性がある。 そのほか、妊婦がカルシウム剤を飲むと男児が生まれる、といった噂もあるが疑問。 比重法によるXY精子の分離もまだ科学的裏付けに乏しい。
性比(Sex ratio)と男児割合(Male proportion) 比(ratio)と割合(proportion)と率(rate)の関係 分母と分子が 分母に分子が 含まれる 割合 (proportion) 同じ次元 含まれない 比 (ratio) 異なる次元 率 (rate, 速度) ※ 曖昧な用語として「比率」というものもある。 本日は性比(Sex ratio)の話をするが、まずその定義から。 性比という言葉は通常、男わる女(場合によってはその100倍)の値として定義される。その値は、女を1(または100)としたときに男がいくつに相当するかを示している。 これに対して男割合は、全体のなかに男が占める割合(0~1、または0%~100%)を示している。 このことを男児率ということもあると思うが、厳密には率はもう少し違った概念。できれば日本語でも、割合(proportion)という用語のようがよいと考えている。
Sex ratio と Male proportion の関係 M/Fの比で表すのが古典的、分母100当たりの値で表すことも。女児100人に対して男児が何人か、という意味になり、感覚的にも理解しやすい。しかし、ロジスティック回帰分析のようなものとの数理的相性から、最近の英語論文では男児割合(male proportion)で表現することも多い。サンプル数が大きいときには、どちらを使っても大差はないだろうが、回帰分析のときには(実際の人数の重みも反映されるという意味でも)割合を用いるほうがいいかもしれない。ただし、男女比1対1に近い値では、男児割合を使っても、性比を使ってもほとんど変わらない。
人口ピラミッドと性比(日本) 日本の人口ピラミッドが上に重い形になり、高齢社会を迎えることは周知の事実。 男性が死にやすいので、高齢になるほど、人口性比は低くなり、女性優位になる。 性比は100より小さくなる。現在のところ、いわゆる中年層はだいたい男女比が1:1である。 さらに若い層では男性のほうが多くなる。 しかし、出生時には女性より男性が多く、女児100人に対して、男児は105人程度生まれることが知られている。
謎 出生性比はなぜ1.05(女児20人に男児21人)なのか? 生殖年齢期の男女比を1.00に近くしようとする「神の摂理」であるかのようにも思えるが……。いずれにしてもメカニズムの説明が不可欠。 性の決定はY染色体の有無(SRY遺伝子の有無)による。 性比の決定は? (XY染色体がどう「選別」され「生き残る」か、という問題) 男は「非特異的に」女より一貫して弱いのか?
出生後、妊娠後期と同様に、ずっと男児が死にやすいとすれば、一次性比は1よりずっと大きくなる? 一次性比は? Secondary sex ratio Primary sex ratio spermatogenesis Pregnancy wastage (Abortions Stillbirths) = at birth = at fertilization Generated M:F= 1 : 1 ? Arriving M:F= 1 : 1 ? (sperm competition in uterus) Lost M:F≒= 1.2 : 1 ? (before & after implantation) ! Actual M:F ≒ 1.05 : 1 出生後、妊娠後期と同様に、ずっと男児が死にやすいとすれば、一次性比は1よりずっと大きくなる?
毎日新聞
週刊現代
西欧諸国の出生性比が過去20年以上にわたって低下してきている?
Canada
USA
Denmark & Netherlands
England & Wales
出生性比の年次推移(日本)
出生性比、日本、1899-1996 丙午 1910年ころの戦前から1970年ころまでは、出生性比は上昇しつづけていた。これは男児が多い死産によって失われていた男児が出生できるような環境的、医療的改善がなされた結果と考えれば説明できるかもしれない。 ただし、1968~70年の高さはもしかすると動態統計の形式変更による人工産物である可能性がある。しかしそれを差し引いて考えても、70年代以降は、本来達成できた水準の性比レベルよりは低いように思われる。 目立つ1906年と1966年の急な単年度ピークは、いわゆる「ひのえうま」の影響である。
死産性比の年次推移
出生性比の低下と死産性比の上昇 さきほどの出生性比の長期変動と重ねてみると、まさに性比低下と軌を一にしているように見える! 「これか!」と一瞬考えたものの、さらに詳しく見てみると、いささか統計の目くらましが存在していた。
死産を加えた性比 死産分を加えることによって、特定の胎児期の妊娠ステージでの性比がわかるだろう。
死産性比の年次推移(妊娠週数別) 22週以降はむしろ性比は低下している 22週未満の性比が急増 全体では性比上昇しているが 死産児の性比は70年ごろから上昇して、今では2.0にも達している。 まず、全体でみられた上昇も、いわゆる妊娠後期、それも統計のある最近のデータでは22週以降までさかのぼっても、むしろ性比は低下している。従来、教科書的に言われてきた死産性比1.2~1.3という値は、むしろ1.1程度にまで低下して、出生性比にきわめて近くなった。 ということはもちろん、22週以前の性比が急増している。 22週以降はむしろ性比は低下している
死産性別実数の年次推移 不明・女・男 24~週 不明・女・男 20~週 ④ ③ 不明・女・男 16~週 ② ④ ③ ② ① ① 不明・女・男 これは死産児の実数を積み重ねて年次推移にしたものである。妊娠数そのものが減少していることもあって、全体では数が減っているし、相対的に、妊娠後期の死産数が減っていることがわかる。つまり、全体の死産性比の値は、妊娠週数で調整していないので、妊娠早期の重みが増していることになる。 そして、問題は、妊娠早期になるほど、性不明の割合が大きくなるために、性判明者だけを用いた性比の妥当性に疑問が生じる。 ① 不明・女・男 12~週 死産性別実数の年次推移
【自然】 12-15週 16-19週 20-23週 24+週 死産性比 (妊娠週数、人工・自然別) 【人工】 性別不明が過半数!!
? 妊娠週数別推定性比 12週 16週 20週 24週 20週の時点では確かに性比が低下している。 16週、12週になると、性不明割合増加のために、低下しているとは断言できない。
Tentative conclusion 妊娠20週時点までは、明らかに最近の性比低下が認められる。 妊娠初期には男児流産が増加し、このステージで性比低下がもたらされている可能性がある。 もしこれが正しければ、過去20年間で、妊娠初期に男の胎芽・胎児をより多く失わせるような環境要因が働くようになったということかもしれない。 しかし、確かな結論を出すには証拠が不足している。
妊娠期間と各種定義 ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? 【妊娠期間と各種定義】 最終月経開始 ↓ 【妊娠期間と各種定義】 最終月経開始 ↓ |--I--I--I--|--I--I--I--|--I--I--I--|--I--I--I--|--I--I--I--|--I--I--I--|--I--I--I--|--I--I--I--|--I--I--I--|--I--I--I--|--I--|--I-- ↑ ↑ ↑ ↑ 受胎 品胎 双胎 単胎 |-----------|-----------|-----------|-----------|-----------|-----------|-----------|-----------|-----------|-----------|----------- 数月 第1月 第2月 第3月 第4月 第5月 第6月 第7月 第8月 第9月 第10月 第11月 |----------(妊娠第一期)-----------|----------(妊娠第二期)-----------|---------------(妊娠第三期)------------------------------ 満週 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 |←------------------------------人工妊娠中絶-------------------------------------→|(昭和23年、1948年以降) |←------------------------------人工妊娠中絶-------------------------------------→|(昭和24年、1949年以降、経済的理由可) |←------------------------------人工妊娠中絶-------------------------------------→|(昭和27年、1952年以降、中絶手続き簡素化) |←------------------------------人工妊娠中絶-------------------------------------→|(昭和43年、1968年以降、人工・自然定義変更) |←------------------------------人工妊娠中絶-------------------------→|(昭和51年、1976年以降、昭和54年、1979年以降、週で表現) |←------------------------------人工妊娠中絶-------------------→|(平成3年、1991年以降) |←死産(届)に含める----------(昭和23年、1948年以降)---------------------------------------→ |←死産(届)------------------(昭和54年、1979年以降は週で報告)-----------------------------→ |--I--I-(後期死産、平成7年、1995年より前)---→ |--I--I--I--|--|--|--|--|-(後期死産、平成7年、1995年以降)-----→ --------------------早期------I-----正期-----I過期- 妊娠期間と各種定義 ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?
妊娠11週以降
妊娠7-10週
妊娠3-6週
妊娠2週まで
妊娠初期には女児が多く失われているのか? もしXY精子の産生比が1対1だとして、妊娠満20週では性比が1を超えているとしたら、どこかで女児(X精子)が多く失われていなくては辻褄があわない。
出生性比の低下にかかわる要因? James WH (1987) Hum Biol, 59:721-752 人種(blacksで低い) 季節(否定的報告、肯定的なものでも季節は一定しない) 出生順位、母親年齢、父親年齢、夫婦の年齢差 Poisson (母親個人内での男児出生傾向の変動) Lexis(母親個人間での変動) Markov(以前の子供の性による変動) 戦争(戦後高くなる)とcoital frequency 社会階層(低階層で低い) 双生児(低い) 排卵誘発妊娠(低い) 性周期と受精のタイミング(排卵時受精で低い) 感染因子 疾病 血液型 異常妊娠 環境汚染 両親の利き手 都市と農村 James WH (1987) Hum Biol, 59:721-752
出生順位は?
母親の出産年齢は?
地域特性?
都道府県を単位とした地域特性
出生性比の季節変動
届出による(戦前の解釈に注意!) 月別出生性比の変動
最近の季節変動と低下 最近の4-7月が性比高くなる変動は、過去30年間を半分に分けてみると、どの月も平行に下がっているように見える。したがって、全体の性比の低下は、特定の季節の性比を上下させている要因が変化したためとは考えにくい。 出生季節による性比の変動も、それ自体きわめて興味深い。
Vanishing twin phenomenon の季節性
母親の出生季節?
胎児期に季節性に 働く因子が 男児喪失と 将来の受容性を 変化させている?
自然出生力集団の解析 ● French Canadians ● Hutterites Natural fertility populations without delivery birth control ● French Canadians ● Hutterites
結婚の季節と 第1子誕生 8-10月の結婚は性比低い?
8-10月の結婚では3か月以内の妊娠からは男児が少ない
出生性比の 多変量解析 * 出生季節 * 母親の出生季節 父親の出生季節
出産年齢と母親出生季節 2-4月生まれ母
出産季節と母親出生季節 2-4月生まれ母
James仮説とメカニズムに関わる謎 受精時の母親および父親のホルモン濃度が性比に影響する。 Estrogen, testosterone↑ … Sex ratio ↑ Gonadotropin↑ … Sex ratio ↓ つまり、一次性比が変化している、と考えている。 しかし、それはなぜ?という問いの答えはないようだ。 「性選択性(男児に偏って多い)流産」という考えはどうなのか? どちらにせよ、いったいどこで性比が1より有意に高くなるのかの問いの答えはない。その答えが妊娠のきわめて初期に隠されていることは確かである。
出生季節の疫学と胎児期環境学
出生季節による人間の特性を扱ったモノグラフ Huntington E (1938) Season of Birth: Its Relation to Human Abilities, Wiley, New York Dalen P (1975) Season of birth: A study of schizophrenia and other mental disorders, North-Holland, Amsterdam-Oxford Miura T (1987) Seasonality of Birth (Progress in Biometeorology 6), SPB Academic Publishing, The Hage
出生季節と疾患・体質 クラスター発生があった先天性風疹症候群(先天性疾患) 出生後間もないアレルゲンへの曝露と花粉症(乳幼児疾患) 冬~春生まれに多い精神分裂病(青年期疾患) 出生性比を変える母親の生殖特性(成人期) 出生季節と脳血管疾患(高齢疾患) などなど…
くも膜下出血死亡 と 出生季節
くも膜下出血 夏生まれの 脳血管死亡のリスク比 ○ 脳内出血 △ 脳動脈閉塞 動脈瘤の 発生起源が 胎児期? ×
胎児期環境学 外因性内分泌攪乱化学物質 Hgなどの重金属、有害元素 栄養 感染因子 ヒトでの影響はほとんど手探り状態
ここまでで終了
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