情報科学概論I 【第1回】数理モデリングの基礎 ~様々な力学モデル~ 徳永隆治 (情報学類)
次に,現象のしくみを理解するための重要な視点を考えてみよう. 予測は力なり 文明の黎明期以来,自然災害(干ばつ,台風,河川の氾濫) を正確に予知できる 者は,最も力のある者と考えられる. 政治―まつりごと―の起源の一つには,儀式による占いがある. 太陽・月・星座等の天体観測によって,昼夜・季節等の現象の周期性等の 規則性を発見し,暦(こよみ)を作ることで,人の営みに計画性が生まれ, 農業の採算性向上あるいは災害のリスク回避が行えるようになる. 実世界の現象のしくみを理解し,予測することは“力”と“富”を意味する. また,これを制御できるならば,さらなる“富”を得ることができる. 【質問】ビール業界も,電力業界も,最も何を予測したがっているだろうか. 思うところを述べよ. 【例解】ビールは,賞味期限が厳格なため,作り置きができない.このため,作り すぎた場合は全て廃棄処分になる.特に,冷夏が続くと損失が大きい.同様に、 電力も作り置きがないため,過度の不足あるいは過剰供給に至ると電力系統が 破損する恐れがある.特に,最高の需要は夏場のクーラーの影響が大きい. したがって,両業界とも気温の短期・長期予測が非常に重要な意義を持つ. 次に,現象のしくみを理解するための重要な視点を考えてみよう.
決定論と確率論 【決定論と確率論】 条件あるいは環境を整えても再現できない現象は,確率論的である. 逆に,条件あるいは環境を整えることで再現できる現象は,決定論的である. 【例】水中の微小物体のブラウン運動 は,再現性のない確率論的挙動である. 【質問】振られたサイコロの出目は,本当に確率論的なのだろうか.思うところを述べよ. 【例解】ロボットハンド(マニピュレータ) は決定論的にサイコロの出目を制御すること ができる.確率論においては,「無作為にサイコロを振る」という仮定が重要となる. 現象が決定論的ならば,「将来の何時何分にどこで何が起こるか」をピンポイントで予測できる.逆に確率論的現象は,期待値等の平均量で予測される. 【決定論的カオス】 ニュートンに始まる古典力学の流れは,森羅万象は決定論的であると考える. しかし,決定論的力学系から,確率論的で予測不可能な挙動が発生する.
要素還元論 【要素還元論】 「万物はそれを構成する最小の単位を持ち,より小さな要素へ分解できる」 とする立場を要素還元論という. とする立場を要素還元論という. 【例】自動車,計算機,携帯電話,等々,様々な工学系は要素還元的にモジュール毎に 設計され,モジュールの統合で構成されている.各モジュールを構成する数多くの 機械部品と電子部品であり,これらもまた,ダンパ,ギア,バネ等の機械的素子, 抵抗,コンデンサ,コイル等の電気素子へと分解される. 【質問】「西洋医学は,要素還元論的であるが,東洋医学は,要素還元論的ではない」 この命題に関して思うところを述べよ. 【例解】西洋医学は,人体の機能は脳,神経系,循環器,呼吸器,臓器等の組織の機能 に分解できると考える.例えば,外科手術は典型である.他方,東洋医学は,人体の 機能は総体として発現するものとし,組織に分解できないと考える.例えば,手,足, 顔における“つぼ”は,人体のあらゆる部分と対応関係を持ち,個々の部位を分解し て考えることはできない. ニュートンの“微分法”も,ライプニッツの“積分法”も要素還元論をテーゼとする.
要素還元できない図形:フラクタル 【質問】左の図と要素還元論との関連に ついて思うところを述べよ. ついて思うところを述べよ. 【例解】どの一部分を拡大しても全体 が現れる.このため,要素還元する ことは不可能である. 【フラクタル集合】 自分自身の縮小像によって自分自身が 構成されてる図形は,どこまでも同じ 構造が続くため,要素還元することが できない.
要素還元論としての微分法 【微分法】 いかなる複雑な曲線も,接線で近似できる.ここで,Δx→0とは, 虫メガネの半径を無限に小さくすることを意味する. 【微分方程式】 いかなる複雑な運動も,直線運動に分解できる.
運動方程式:作用は,運動量mvの時間微分 決定論的現象のモデリング:状態方程式 【状態量】 物理系の物理的状態を記述する時間変動量 【例】バネ振り子の状態量:変移 x(t) ,速度 v(t) フックの法則:バネの作用は,伸びに比例 F = -k x 速度は,変移の時間微分 dx/dt = v F 運動方程式:作用は,運動量mvの時間微分 mdv/dt = F = -kx x(t) 【状態方程式】 状態の時間変化を決定する規則 dx/dt = v, dv/dt = -(k/m)x v(t) 状態方程式が得られたならば,バネ振り子の運動は決定論的に予測することができる.
状態方程式による決定論的予測:初期値問題 【状態空間】 状態量で張られる空間 【自由度】 状態空間の次元 v x 右辺:ベクトル場 dx/dt = v dv/dt = -(k/m)x x(0) v(0) 現在の時刻 t =0 【初期値問題】 与えられた初期条件を通過する解(軌道)を求める問題.初期条件の数量はモデルの自由度に等しい. 系が決定論的であるとは,状態空間の中の交通標識が, 固定されており,永久に変化しないことを意味する. 初期条件が同じであれば,状態空間の中の軌道は, 常に同じであり,現象の決定論的予測が可能となる.
双対性 電気・磁気系 状態量対応表 機械系 状態量対応表 【双対性】自然界における物理法則は,異なる系においても対応関係を持つ. 【質問】電気・磁気系における状態量および機械系における状態量を4つづつ挙げよ. 電気・磁気系 状態量対応表 機械系 状態量対応表 v 電圧 i 電流 q 電荷 f 磁束 抵抗 v = R i v 速度 f 作用 p 運動量 x 変移 抵抗 f = m v ニュートンの 運動方程式 ファラデーの 電磁誘導則 誘導 f = L i 弾性 f = k x 容量 q = C v 慣性 p = M v 時間微分 d /dt 時間微分 d /dt 存在しない 存在しない ハイゼンベルグの 不確定性原理 【不確定性原理】量子レベルの挙動において,変移と運動量は同時に観測不可能.
等価な状態方程式:アナログコンピュータの原理 + V - i dx/dt = v dv/dt = -(k/m)x 【例】発振器の状態量:電圧 v(t),電流 i(t) L C 電荷は,電圧×容量 q = C v 電流は,電荷の時間微分 C dv/dt = -i 電圧は,磁束の時間微分 df/dt = Ldi/dt = v 物理系は異なるが等価な 状態方程式となる. C dv/dt = i L di/dt = -v 【アナログコンピュータ】目的の微分方程式と等価な状態方程式を持つアナログ回路を構成し,回路を物理的に動作させて高速に解をシミュレートする計算機.
よりリアルなモデリング:分布定数系 【集中定数系と分布定数系】状態量が,空間的に局在する系を集中定数系といい. 空間的に(一様に)分布する系を分布定数系という. 【例】弱電気系の導体の電気的特性は無視できるが,強電気系の送電線には, 抵抗,誘導,容量成分が空間分布する.このため,送電線上の状態量である 電圧vや電流iは時空間変動する関数v(t,x), i(t,x) (t ∈[0,∞], x ∈[0,L])になる. dx 送電線 x cdx gdx ldx rdx + v(t,x) - → i(t,x) 発電所 ユーザー 地面
偏微分方程式 送電線dx分の電位降下 - dx = rdx i(t,x) + ldx ∂v(t,x) ∂x di(t,x) dt dx cdx gdx ldx rdx v’(t,x) → i’(t,x) → i(t,x) v(t,x) 送電線dx分の電流のリーク - dx = gdx v(t,x) + cdx ∂i(t,x) ∂x dv(t,x) dt 状態方程式: l = -r i(t,x) - ∂v(t,x) ∂x di(t,x) dt c = -g i(t,x) - ∂i(t,x) dv(t,x) dt 【偏微分方程式;partial deferential equation】空間x上に分布する状態y(t,x)の時間微分 dy(t,x)/dtが状態y(t,x)のみならず,空間方向の偏微分∂y(t,x)/∂xに依存する場合, 状態方程式を偏微分方程式という.
偏微分方程式の自由度 状態方程式: l = -r i(t,x) - ∂v(t,x) ∂x di(t,x) dt c = -g i(t,x) - ∂i(t,x) dv(t,x) dt v(0, x) x i(0, x) x x 【偏微分方程式の自由度】 偏微分方程式では,初期状態を空間x上の関数i(0,x), v(0,x)で与える必要がある. 初期条件の数量は,有限ではなく非可算無限となり,無限自由度となる.
【離散化;discretization 】 離散化:偏微分方程式から微分方程式へ 【離散化;discretization 】 連続量を分割し,離散量へ変換する処理を離散化という. 量子化(quantization) ともいわれる. 状態方程式: l = -r i(t,x) - ∂v(t,x) ∂x di(t,x) dt c = -g i(t,x) - ∂i(t,x) dv(t,x) dt Δx ~ L R C G + v0(t) - v1(t) v2(t) i0(t) → i1(t) in(t) → + vn(t) - L R C G iN-1(t) → L R C G + vN-1(t) - L = -R in-1(t,x) – (vn(t)-vn-1(t)) , din-1 (t) dt C = -G vn (t,x) – (in(t)-in-1(t)) dvn (t) dt
時間の離散化:差分方程式 xn-xn-1 = Δt vn dx/dt = v dx/dt = (x-x’)/Δt 例えば,バネ振り子の微分方程式 dx/dt = v, dv/dt = -(k/m) x の初期値問題をデジタル計算機で計算(シミュレート)するにはどうするか? オイラー差分化 dx/dt = (x-x’)/Δt xn-xn-1 = Δt vn vn-vn-1 = - (Δt k/m) xn dx/dt = v dv/dt = -(k/m)x 【差分方程式;deference equation】微分方程式 dx/dt = F(x), x∈Rn に対して,連続時間t ∈R1を離散時間n ∈Z1に離散化した力学系 xn = F(xn-1), x∈Rn を差分方程式という.状態空間の自由度は,微分方程式と同じである.
状態の離散・有限化:オートマトン バネ振り子の状態方程式をオイラー法 x(n) = x(n-1)+Δt v(n-1), v(n) = v(n-1) - (Δt k / m) x(n-1) でシミュレートするとき,デジタル計算機の中で何が起こっているか? 【オートマトン;automata】 差分方程式 xn = F(xn-1), x∈Rn に対して連続状態x∈Rnを離散かつ有限状態z∈{0,1,…,N}とした力学モデル zn = F(zn-1), z∈ {0,1,…,N} をオートマトンという.(名称は,自動人形に由来する) デジタル計算機は,実数を有限かつ離散状態で近似して,計算を行う系である. したがって,差分方程式の状態は離散化された上でオートマトン系へと還元されて シミュレートされる.
力学モデルのまとめ モデル 空間 時間 状態 自由度 例 連続 無限 離散 有限 ? PDE 偏微分方程式 ODE 常微分方程式 DE 気象,流体,破壊等の シミュレーション ODE 常微分方程式 離散 有限 アナログ計算機 アナログ制御系 DE 差分方程式 デジタル制御系 Automata オートマトン デジタル計算機 DDE 微差分方程式 ? 通信系