司法修習プログラム選択型講習(労働審判手続の概要) 2007年8月20日 弁護士 水口洋介
個別労使紛争の増加 と雇用社会の変化 景気の停滞→失われた10年 日本的雇用環境の構造的変化 企業の高コスト体質の変革 ↓ 個別労使紛争の増加 と雇用社会の変化 景気の停滞→失われた10年 日本的雇用環境の構造的変化 企業の高コスト体質の変革 ↓ 雇用の流動化・多様化 ↓ 雇用の劣化・不安定雇用の増大 個別労働紛争の急増
個別労働紛争決制度施行状況
個別労働紛争解決制度の施行状況
個別労働紛争の種類
正社員・非正社員の推移 (人数・万人)
正社員と非正社員の比率推移
労働訴訟と労働審判の件数
東京地裁の労働訴訟、労働審判
東京地裁労働審判の事件種類
東京地裁労働審判の処理内訳
労働法の役割 契約自由に対する修正として20世紀に登場 「社会的連帯を基盤とした労働者保護による公正な社会の確立、不幸にして失敗をした者や老人らを保障する福祉国家の成立」(R・ドーア氏)
規制改革の流れ -伝統的労働法への挑戦 競争市場における労働契約の自由を妨げる公的介入は、すでに雇用されている労働者の既得権を守ることはできても、社会全体の雇用需要を減らされなかった人々に犠牲を強いるものとなる。 むしろ解雇自由の原則を維持したまま、解雇の手続き面の規制の明確化を図ることが労働者の権利を保護しつつ、企業の正社員の採用コストを明確化する上でも望ましい。 八代尚宏著「健全な市場社会への戦略」(経財諮問会議委員)
個別的労使関係法 と集団的労使関係法 個別的労働関係法 使用者と労働者の労働契約に関する法 集団的労使関係法 個別的労使関係法 と集団的労使関係法 個別的労働関係法 使用者と労働者の労働契約に関する法 集団的労使関係法 使用者と労働組合の団体交渉、労働協約、争議行為等に関する法
個別労使紛争解決のメニュー 民事裁判所 →本訴、保全処分 地方労働局(個別労働紛争解決促進法) →助言・指導/紛争調整委員会 →本訴、保全処分 地方労働局(個別労働紛争解決促進法) →助言・指導/紛争調整委員会 労働基準監督署(労基法) 労働委員会(労組法) →個別労働紛争/労調法の調整
各紛争解決手段の特徴 裁判所→遅くて負担重いが、終局的解決。 労基署→労基法違反に限定。人手不足。 労働局→無料で早いが、実効性疑問。 労働委員会→無料で丁寧だが、実効性疑問。
労働審判の対象事件 ① 「労働契約の存否その他の労働関係に関する事項についての個々の労働者と事業主の間に生じた民事に関する紛争(個別労働関係民事紛争)」(法1条) 労働契約に関する民事紛争が広く含まれる
労働審判の対象 ② 利益紛争か、権利紛争か? →構成次第で利益紛争が権利紛争となる 集団的労使関係を背景とする事件はどうか? 労働審判の対象 ② 利益紛争か、権利紛争か? →構成次第で利益紛争が権利紛争となる 集団的労使関係を背景とする事件はどうか? →不当労働行為による地位確認(解雇等)、賃金請求(賃金差別)等も個人が申し立てる限り適用対象となる。
労働審判の対象外の事件 不適法な場合、裁判所が却下(法6条) →不服の場合には即時抗告(法28条) 労働組合が当事者となる事件は対象外 →不服の場合には即時抗告(法28条) 労働組合が当事者となる事件は対象外 募集・応募段階の事件 派遣労働者の事件 公務員関係は対象外 非常勤地方公務員、特定独立行政法人の国家公務員は?
手続の特徴① -徹底した迅速性 労働審判手続は、原則として3回以内で審理を終結しなければならない(法15条Ⅱ)」 手続の特徴① -徹底した迅速性 労働審判手続は、原則として3回以内で審理を終結しなければならない(法15条Ⅱ)」 「早期の主張及び証拠提出」義務(規則2条) 主張及び証拠提出時期は第2回期日まで(規則27条)
手続の特徴② -労働審判委員会 労働審判委員会は、地裁の裁判官(労働審判官)1名と労働審判員2名で構成(法7条) 手続の特徴② -労働審判委員会 労働審判委員会は、地裁の裁判官(労働審判官)1名と労働審判員2名で構成(法7条) 労働審判委員会は、速やかに当事者の陳述を聴いて争点及び証拠の整理をしなければならない(法15条Ⅰ) 労働審判委員会が評議のうえ決議(法12条)
手続の特徴③ -本案訴訟との相違点 2回以内で、裁判官と非法律家の両者を説得する手続 民事裁判の書面主義は通用しない 手続の特徴③ -本案訴訟との相違点 2回以内で、裁判官と非法律家の両者を説得する手続 民事裁判の書面主義は通用しない 審判廷での口頭での説得(主張及び立証)の重要性 調停が組み込まれている
申立ての準備(解雇事件の例) 解雇理由証明書の請求(労基法22条Ⅱ) 申立書に「予想される争点」と「争点に関連する重要な事実」を記載する(規則9条) 解雇理由に対する反論及び証拠を申立書第1回から提出する 陳述書の要否
賃金請求の場合 -予想される様々な争点 単純な不払い 懲戒処分による減額 役職(職位)の降格 職務職能給資格制度の降格・降級 賃金請求の場合 -予想される様々な争点 単純な不払い 懲戒処分による減額 役職(職位)の降格 職務職能給資格制度の降格・降級 同制度の人事査定による減額 成果主義賃金制度による減額 就業規則の不利益変更による減額
予想される争点 -残業代請求の場合 残業時間の事実認定 管理監督職性 業務指示(残業命令)の有無 裁量労働、事業場外労働のみなし労働時間制
基礎的な証拠書類 雇い入れ通知書 労働契約書、雇用契約書 就業規則(賃金規程、退職金規程等) 給与明細、賞与明細 解雇予告書、解雇理由証明書、解雇通知書 雇用保険被保険者証書 タイムカード等(残業代請求の場合)
答弁書の提出 提出時期 第1回期日の7~10日前 規則16条 4号 予想される争点及び当該争点に関 連する重要な事実 提出時期 第1回期日の7~10日前 規則16条 4号 予想される争点及び当該争点に関 連する重要な事実 5号 予想される争点ごとの証拠 6号 当事者間においてされた交渉その他の申立に至る経緯の概要
申立後、第1回期日前の準備 答弁書は1週間前に提出(規則14条) 答弁書に対する反論の準備 口頭での反論のための当事者との周到な打ち合わせ 当事者と調停の条件などの打ち合わせ
第1回期日の対応① 申立てから40日以内(規則13条) 労働審判委員会は、事前に三者で争点などについて打ち合わせてくる。 手続を指揮は労働審判官(法13条)
第1回期日の対応② 第1回期日において、当事者の陳述を聴いて争点及び証拠の整理をし、第1回期日において行うことができる可能な証拠調べを実施する(規則21条) 答弁に対する反論は、労働審判手続期日において口頭でするものとする(規則17条 口頭主義)
補充書面の位置づけ 反論をする者は、口頭での主張を補充する書面を提出することができる(規則17条Ⅰ後段) 補充書面の提出時期の指定(規則19条) あくまで口頭主義が原則で、口頭で主張しなかったことを新たに主張できない。
第1回期日での留意点 民事裁判の第1回期日と異なり、実質的かつ踏み込んだ審理が行われる。 労働審委員会からどしどし釈明と質問が行われ、当事者審尋が実施される。 口頭主義(規則17条) 時間は1時間~2時間程度
規則27条 主張及び証拠提出時期の制限 当事者はやむを得ない事由がある場合を除き、労働審判手続の第2回の期日が終了するまでに、主張及び証拠書類の提出を終えなければならない。 人証調べはどうか?
第2回期日の指定 労働審判官は、終結できる場合又は24条Ⅰにて終了させる場合を除き、第2回期日を指定し、当該期日で行う手続と準備すべきことを当事者との間で確認する(規則21条Ⅱ) 漫然と期日を続行させない。第1回期日で審理を終結させる緊張感を求められる。
第2回期日の持ち方 人証調べの実施 →審尋方式か、交互尋問か →人証調べの結果の記録 調停の実施 両者は並行的に随時行われる
第3回期日 新たな主張や証拠調べは行わない。 調停を行うか、労働審判を行う。 必ず第3回が実施されるわけではない。
労働審判 ① 労働審判委員会は、審理の結果認められる当事者間の権利関係及び労働審判手続の経過を踏まえて労働審判を行う(法20条Ⅰ) 労働審判 ① 労働審判委員会は、審理の結果認められる当事者間の権利関係及び労働審判手続の経過を踏まえて労働審判を行う(法20条Ⅰ) 当事者間の権利関係を踏まえつつ事案の実情に即した解決をするための審判(法1条)
比較 民事調停法17条 (調停に代わる決定) 裁判所は、調停委員会の調停が成立する見込みがない場合において相当であると認めるときは、当該調停委員会を組織する民事調停委員の意見を聴き、当事者双方のために衡平に考慮し、一切の事情を見て、職権で、当事者双方の申立ての趣旨に反しない限度で、事件の解決のために必要な決定をすることができる。
労働審判 ② 当事者間の権利関係の確認、金銭の支払い、物の引き渡しその他の財産上の給付を命じ、その他解決をするための相当と認める事項を定めることができる(法20条Ⅱ) 主文及び理由
労働審判 ③-手続 方式① 主文及び理由の要旨を記載した審判書の作成(法20条Ⅲ)と送達 労働審判 ③-手続 方式① 主文及び理由の要旨を記載した審判書の作成(法20条Ⅲ)と送達 方式② 当事者が出頭する期日に、主文及び理由の要旨を口頭で告知する(法20条Ⅵ)
労働審判 ④ -解雇事件の解決の在り方 解雇無効の場合、労働関係の終了と金銭の支払いを命じる審判はできるか。 労働審判 ④ -解雇事件の解決の在り方 解雇無効の場合、労働関係の終了と金銭の支払いを命じる審判はできるか。 解雇有効の場合、労働関係終了の確認と金銭の支払を命じる審判はできるか。 解雇無効の場合、原職復帰を命じる審判はできるか。
異議申し立て 労働審判に対しては、2週間以内に異議を申し立てることができる(法21条Ⅰ 書面の異議 規則31条Ⅰ) 労働審判に対しては、2週間以内に異議を申し立てることができる(法21条Ⅰ 書面の異議 規則31条Ⅰ) 異議を申し立てがあったときは、労働審判は効力を失う(法21条Ⅲ)
訴え提起の擬制 異議申立てがあった場合、労働審判の申立て時に、訴え提起があったものとみなす(法22条Ⅰ) 地方裁判所に訴訟係属(法22条Ⅱ) 申立書を訴状とみなす(法22条Ⅲ) 実際には地裁の第1回期日で準備書面にて整理することになろう。
異議申立による審判の失効 と訴え提起の擬制制度の評価 異議申立による審判の失効 と訴え提起の擬制制度の評価 当事者が異議を申し立てても、訴訟の負担を覚悟しなければならない。 そこで、安易な異議を申し立てが抑制されることが期待される。 労働審判を受け入れて解決が図られることの期待。
法24条Ⅰ 労働審判によらない事件の終了 労働審判委員会は、事案の性質に照らし、労働審判手続を行うことが紛争の迅速かつ適正な解決のために適当でないと認めるときは労働審判事件を終了させることができる。 この場合でも訴え提起が擬制される(法24条Ⅱ)
24条は例外規定 異議申立てがなされることが確実であっても24条で終了できない。 事案の客観的性質から、「紛争の迅速かつ適正な解決のために適当でない」場合に限られる。 複雑な事案で立証が極めて困難な場合で、簡易手続で黒白を決定することが適当でない場合
調停成立の見込みが高い 労働審判期日にて調停を行う(規則22条) 労働審判までの行き着くよりも、早い段階での調停成立の可能性が高い。 不調となっても、労働審判が実施されることのプレッシャーがある。
労働審判に相応しい事件 理論的問題というよりも、実務家としての見通し、戦略(戦術)の問題 申立人の本当の要求の見極め →早期で柔軟な解決を申立人が求めて いるかどうかの見極め 労働組合を背景とした場合でも、仲裁的な解決を望むケースもある。
労働者側のメリット 負担が重く本訴まで提起できない労働者の権利行使を実現する。 重い事件でなく、軽い事件が向いている。 今後は、本人申立をサポートする体制を準備することが課題
使用者側のメリット 雇用関係の変化に対応 リスク、コストをかけない早期解決 労働審判委員会(裁判所)の適正な判断に基づく解決