人口経済論: 人口高齢化と諸問題 2005年10月31日(月) 担当:辻 明子.

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人口経済論: 人口高齢化と諸問題 2005年10月31日(月) 担当:辻 明子

1.高齢化社会の到来:日本の人口高齢化 2.人口高齢化のメカニズム (1)出生率の推移 (2)死亡率と平均寿命の推移 (3)人口転換 3.高齢化がもたらしたもの (1)高齢者扶養の変化 (2)人口高齢化と社会保障制度 (3)高齢化社会の支え手:労働力人口の変化

1.高齢化社会の到来:日本の人口高齢化(1) 2000年の人口 ・人口=約1億2,692万人 ・65歳以上人口=2,200万人 ・総人口の17.3%が65歳以上の高齢者 ・21世紀の中頃には3人に1人が高齢者になると予測されている。

1.高齢化社会の到来:日本の人口高齢化(2) 国勢調査によれば、2000年(平成12年)の日本の人口は約1億2,692万人であった。そのうち、65歳以上の人口は2,200万人であったから、総人口の17.3%が65歳以上の高齢者だったことになる。総人口に占める65歳以上人口の割合は今後も一貫して上昇し続け、21世紀の中頃には3人に1人が高齢者になると予測されている。  1950年(昭和25年)以降の日本の人口変化をみると、総人口は増加し続けているが、増加数は1973年をピークにして小さくなってきた(図1)。国立社会保障・人口問題研究所の将来人口推計2) によれば、総人口は2006年まで微増した後、減少に転ずるとみられている。  総人口を年齢別に年少人口(0~15歳人口)、生産年齢人口(15~64歳人口)、老年人口(65歳以上人口)に分けてみると、年少人口は1955年の2,978万人と1980年の2,750万人をピークとして、1980年(昭和55年)以降は減少し続けている。総人口に占める割合も低下して、2000年には14.6%になった。この傾向は今後もさらに続くと見込まれている。生産年齢人口は、1920年から1995年までは増加を続けたが、1995年以降は減少し、2000年には8,622万人となった。生産年齢人口の減少は、1980年以降の年少人口の減少が生産年齢人口にまで波及し始めたことを意味する。  老年人口は、今日まで一貫して増加し続けており、老年人口の増加は2045年頃まで続くと予想されている。老年人口のピークは、第二次ベビーブーム(1971~1973年)に生まれた人々が老年人口となったときに到来する。 図1 日本の人口の推移    資料:2000年までは国勢調査,2005年からは引用文献2)

1.高齢化社会の到来:日本の人口高齢化(3) 表1 年齢構造に関する指標:1950~2050年 老年人口の割合、つまり高齢化率は、1920年から1930年にかけて若干低下した後、増加を続け、1970年には7%に達した。この時から日本は高齢化社会になったといわれている。1995年には14.5%に到達しており、7%から14%になるまでの倍化速度は約24年であった。老年人口の割合は今後も増加して、2050年には35.7%に達すると予測されている(表1)。  日本の人口を考えるうえでは、1995年が一つの分岐点になっている。それは、この年以降、生産年齢人口が減少しはじめたからである。それ以前は、老年人口が増加しても、生産年齢人口もまた増加していた。しかし、今後はそうではなく、年少人口と同様に、生産年齢人口も減少する。これから増えるのは老年人口だけであると見込まれているのである。  高齢者を前期高齢者(65~74歳)と後期高齢者(75歳以上)に分けてみると、後期高齢者の占める割合が年々増加し、将来的には前期高齢者よりも多くなることがわかる(図1参照)。前期高齢者よりも後期高齢者の方が多くなるのは2025年であるが、これは第一次ベビーブームに生まれた人々が後期高齢者になる時期にあたる。また2050年頃には、第二次ベビーブームに生まれた人々が後期高齢者となり、そのため総人口に占める後期高齢人口の割合が増えて18.8%となる。2050年には、日本人の3人に1人が65歳以上であり、かつ5人に1人が75歳以上になる。これは老年人口の高齢化であるといってよい。

1.高齢化社会の到来:日本の人口高齢化(4) 表2 年齢階級別の性比(1950年,2000年,2050年) 男女の割合は年齢とともに変化する。出生児の性比(女性100に対する男性の比率)は約105で男の赤ちゃんの方が多いが、年齢が高くなるにしたがって女性の割合が高くなり、性比は小さくなる(表2)。2000年の65歳以上の性比は72.2で、高齢者では女性が圧倒的に多い。高齢になるにしたがって性比が小さくなるのは、男性よりも女性の寿命が長いためであって、女性が多いことは老年人口の重要な特徴のひとつである。ところが、1950年と2000年の65歳以上の性比を年齢別に比較すると、85歳未満の層では、2000年の方が男女のバランスが良くなっている。これは、寿命の伸びによって、男女とも高齢になるまで生存する可能性が高くなっているからである。2000年と2050年を比べても同様である。

2.人口高齢化のメカニズム (1)出生率の推移 人口の高齢化は高齢者の相対的な増加であるから、高齢者の増加によっても、若年者の減少によっても起こりうる。高齢者数の増加は主に死亡率の低下によって、若年者数の減少は主に出生率の低下によって生じるので、死亡率の低下と出生率の低下が人口高齢化をもたらしたといってよい。図2  日本では、第2次世界大戦以前から出生率と死亡率の低下が始まっている(図2)。戦争によってその動きが大きく逆行したこともあったが、第2次世界大戦後はまた低下傾向に戻り、しかも低下は急激であった。 図2 日本の人口動態の推移

2.人口高齢化のメカニズム (1)出生率の推移(つづき) 第2次世界大戦後の出生率の推移は、戦後復興期の急速な低下期、高度経済成長期(初期・中期)の安定期、近年の緩やかな低下期に分けることができる。戦後の第一次ベビーブームの後、1人の女性が生涯に産む子どもの数の平均を意味する合計特殊出生率(total fertility rate)は急激に低下して、1957年には2.04と、人口置換水準(その人口を維持するために必要な合計特殊出生率)の2.07近くにまで低下した(図3)。1947年の合計特殊出生率は4.54であったから、10年で2.5低下したことになる。1人の女性が生涯に産む子どもの数が平均して2.5人減ったということであるから、いかに急激な出生率の低下であったかがわかる。この時期の出生率の低下は、1948年の優生保護法制定などにより人工妊娠中絶が可能になったことと、1952年以降の家族計画の推進によって避妊が普及したことによってもたらされた。  その後1973年まで、合計特殊出生率は人口置換水準に近い値で安定的に推移する。しかし、1973年の出生数209万人を頂点として出生数は減少を始め、同時に合計特殊出生率も緩やかに低下していく。1989年には丙午(ひのえうま)(1966年)の1.58を下回る1.57にまで低下して、いわゆる「1.57ショック」をもたらし、現在までその低下に歯止めはかかっていない。2000年の出生数は約119万人で、合計特殊出生率は1.36であった。現在の日本の出生率は、他の先進諸国と比べても非常に低い水準にある。 図3 日本の出生数と合計特殊出生率の推移

死亡数及び普通死亡率(1950-2003年)

2.人口高齢化のメカニズム (2)死亡率と平均寿命の推移 表3 性・年齢階級別死亡率(1930年~2000年)(‰) 1930年以降、すべての年齢階級で死亡率の低下が生じている(表3)。特に顕著なのが0~4歳での死亡率の低下であるが、1970年からは高齢者の死亡率の低下が目立ってきた。近年は、高齢者の劇的な死亡率低下が続く一方で、中年以下での死亡率の低下は小さく、下げ止まりの様相がうかがえる。ただし、高齢者で死亡率が高いことには変わりがないので、人口全体に占める高齢者の割合の増加により、総数(人口全体)でみた場合の死亡率は増加傾向にある。

2.人口高齢化のメカニズム (2)死亡率と平均寿命の推移(つづき) 死亡率の低下にともなって、平均余命(life expectancy)も着実に伸びている。平均余命は、性・年齢階級別の死亡率に変化がないことを仮定した場合に、人が平均してあと何年生きられるかを計算した値である。0歳の平均余命は一般に平均寿命とよばれている。2000年の0歳平均余命(平均寿命)は、男性で77.72年、女性では84.60年であった。1955年には63.60年と67.75年であったから、45年間に平均寿命は男性で14年、女性では17年それぞれ伸びたことになる(図4)。 65歳の平均余命は、2000年には男性で17.54年、女性では22.42年であった。1955年から1970年までの15年間に、65歳の男性の平均余命は0.68年長くなったにすぎない(表4)。ところが、1970年から1985年までの15年間では1.94年、1985年から2000年では2.98年、それぞれ平均余命が伸びている。女性の場合も同様で、1955年から1970年までが1.21年であったのに対して、1970年から1985年までは2.34年、そして1985年から2000年までの余命の伸びは実に4.74年であった。65歳の平均余命に64歳以下での死亡率の変化は基本的には影響しないから、65歳の平均余命の伸びは、65歳以上で死亡確率の低下があったことを意味する。高齢期の死亡確率が低下し、高齢者の平均余命が目立って長くなったのは、1970年以降のことである。 図4 平均寿命(0歳平均余命)の推移

2.人口高齢化のメカニズム (2)死亡率と平均寿命の推移(つづき) 参考表: 主な年齢の平均余命とその延び

平均寿命の延びへの寄与

2.人口高齢化のメカニズム (2)死亡率と平均寿命の推移(つづき) 1947年から1970年までの平均寿命の伸びは、主に0歳と1~4歳の死亡率の改善によるものであった。しかし、1970年以降の平均寿命の伸びは、中高年、特に65歳以上の死亡率の改善によってもたらされている(図5)。人が死亡しやすいのは、乳幼児期と高齢期であって、いずれの時期における死亡の改善でも平均寿命は伸びる。しかし、どちらの時期の改善によって平均寿命が伸びているのかは、その社会における人の一生を考えるうえで重要である。 図5 平均寿命の伸びに対する年齢別死亡率の寄与率

2.人口高齢化のメカニズム (2)死亡率と平均寿命の推移(つづき) 参考図: 平均寿命の延びに対する死因別寄与年数

2.人口高齢化のメカニズム (3)人口転換 人口転換(demographic transition) 多産多子→少産少子   多産多子→少産少子    安定期:高出生・高死亡    転換期:高出生・低死亡(過渡的な人口増加)    新安定期:低出生・低死亡 人口の高齢化をもたらす出生率と死亡率の低下は、「多産多死」の社会から「少産少死」の社会への移行を意味する。「多産多死から少産少死へ」という人口動態の変化は、人口転換(demographic transition)とよばれている。人口転換の理論では、人口現象を安定期、転換期、新安定期の3つの段階に分けてとらえている4)。はじめの安定期は、出生率と死亡率がともに高い水準にあって、潜在的な人口増加力がある「多産多死」の段階である。次の転換期は、死亡率は低水準であるものの出生率が依然として高いために、人口の過渡的な増加(transitional growth)が生じる「多産少死」の段階である。そして新安定期は、出生率と死亡率がともに低い「少産少死」の段階であって、人口転換の最終段階である。  人口転換の理論が提案された当時は、低い出生水準といっても、人口置換水準程度の出生率が想定されていた。しかし、2000年の日本の合計特殊出生率は1.36で、人口置換水準の2.07を大幅に下回っている。このような人口置換水準を大きく下回る出生率の出現をさして「第二の人口転換」ということがある。  出生率と死亡率の低下はそれぞれ人口高齢化を進展させる。しかし、安定人口(出生率と死亡率が長期間一定であった場合の理論上の人口)をもとに推計すると、人口高齢化の進展に及ぼす影響は、出生率の低下のほうが圧倒的に大きい。それに対して死亡率の低下の影響は小さく、また死亡の改善がどのタイミングでどの年齢に生じたかによって人口高齢化への影響は異なる。そのため、人口転換の初期(安定期)には出生率の低下が特に大きな影響力をもち、人口転換が進んだ低出生率の段階(新安定期)には、死亡率低下の影響が比較的大きくなる5,6)。これは、新安定期では死亡率の改善が高齢者に顕著で、若い人の死亡率には改善の余地が少なくなっているからである。このような人口変動の背景には、近代化とよばれる経済と産業、そしてライフスタイルの変化があった(図6)。人口高齢化を直接的にもたらす出生率と死亡率の低下は、都市化(都市への人口集中と都市的生活様式の一般化)、産業化(生産技術の発達、生活水準の上昇)、医療・衛生技術の導入と改善、教育の普及、女性の地位向上など社会の近代化なくしては生じない。

2.人口高齢化のメカニズム (3)人口転換(つづき) 死亡率の低下と出生率の低下ではどちらが、より高齢化を進展させるか? →出生率の低下の影響が圧倒的に大きい ・人口転換の初期(安定期)には出生率の低下が大きな影響 ・人口転換の後期(新案定期)死亡率の低下の影響がでてくる。(とはいえ、出生の影響が大きい)

世界各地域の高齢化率 (%) 1950年 2000年 2050年 世界全域 5.20 6.91 15.63 先進地域 7.88 14.30 世界各地域の高齢化率 (%) 1950年 2000年 2050年 世界全域 5.20 6.91 15.63 先進地域 7.88 14.30 26.80 発展途上地域 3.92 5.10 14.01 アフリカ 3.25 6.88 アメリカ 5.99 8.02 18.50 アジア 4.11 5.88 16.67 東部アジア 4.46 7.75 23.65 南部・中央アジア 3.72 4.58 13.17 南東部アジア 3.79 4.66 16.11 西部アジア 4.39 4.75 11.33 ヨーロッパ 8.22 14.71 29.20 オセアニア 7.35 9.87 18.02

先進諸国における人口高齢化の進展 65歳以上人口割合 倍化速度 7% 14% 7%→14% 日本 1970 年 1994 年 24 年 ドイツ 1932 1972 40 スペイン 1947 1991 44 イギリス 1929 1976 47 イタリア 1927 1988 61 カナダ 1945 2010 65 アメリカ 1942 2014 72 スウェーデン 1887 85 フランス 1864 1979 115

Population aged 65+ Medium variant 1950-2050 Source: Population Division of the Department of Economic and Social Affairs of the United Nations Secretariat, World Population Prospects: The 2004 Revision and World Urbanization Prospects: The 2003 Revision,

このような人口変動の背景には、近代化とよばれる経済と産業、そしてライフスタイルの変化があった(図6)。人口高齢化を直接的にもたらす出生率と死亡率の低下は、都市化(都市への人口集中と都市的生活様式の一般化)、産業化(生産技術の発達、生活水準の上昇)、医療・衛生技術の導入と改善、教育の普及、女性の地位向上など社会の近代化なくしては生じない。  出生率の低下には、人々のライフスタイルと価値観、特に「子どもをもつことの意味」の変化が大きな影響を及ぼしている。Leibenstein, H. によれば、親が子どもから得る効用には、(1) 消費効用、(2) 所得効用、(3) 年金効用があり、かつては労働力としての子どもがもつ所得効用と、自分の老後の支えとしての年金効用が大きかった7,8)。ところが、今日のように高学歴化が進み、年金などの社会保障が充実してくると、所得効用と年金効用は小さくなって、消費効用のみが重要になってくる。たとえば現在の日本では、心理的な充足を得るために子どもをもつという側面が強く、「子どもは、明るさ、活気、喜び、安らぎなど肯定的な気持ちを親に抱かせてくれる存在」9) として重要になっている。近年の低出生率の背景には、このような「子どもをもつことの意味」の変化がある。  そして、人口高齢化は、人口構造の変化、地位・役割構造の変化、経済構造の変化、生活構造の変化などをもたらし、これらがさらに人口の減少、労働力人口の高齢化、家族の変化などを生じさせる。このように、高齢化社会の問題として取り上げられる事柄は、すべて相互に密接に関係しあっており、さらに高齢化の原因と帰結の間にもさまざまな関連があって、それぞれの変化が相互に影響を及ぼしあっているのである。  図6 人口高齢化の関連図

3.人口高齢化がもたらしたもの (1)高齢者扶養の変化 フランスの人口学者Sauvy, A. 10) による、高齢者の扶養の3つの段階 「家族制度あるいは家父長制の段階」 扶養は同居と共同職業活動を通してもっぱら家族内で行われる 「資本主義あるいは個人主義の段階」 前もって老後の日々を考え、自分自身で責任をもつことが推奨され、個人が所得の一部を貯蓄して老後に支出するようになる 「社会主義の段階」 国民一般の強制的貯蓄を資本化することによって、高齢期の収入が保障されるようになる。しかし、「受取人の数が増加する一方で支払人の数が同数のままか減少するときには、財政の均衡が破錠する

3.人口高齢化がもたらしたもの (1)高齢者扶養の変化 日本における扶養の変化 第1段階から第2段階、そして第3段階へと完全に移行したのではなく、家族による私的扶養と個人の準備、社会保障制度を中心とした社会的扶養の3つが同時並行的に行われているのが現状 「社会主義の段階」の特徴である人口高齢化のもとでの財政的課題が深刻化してきたため、「資本主義あるいは個人主義の段階」に戻りかねない状況にある。 たとえば、2002年(平成14年)に示された政府・財政諮問会議の基本方針は、「小さな政府」を実現するため、財政や社会保障の改革を加速させるとしている。低福祉・低負担を特徴とする「小さな政府」の原則は、自助努力と市場原理であって、政府の介入と租税負担を小さくして市場原理にゆだねることを意味するから、それはまさに「資本主義あるいは個人主義の段階」を目指す動きであるといってよい。

3.人口高齢化がもたらしたもの (2)人口高齢化と社会保障制度 人口高齢化によってもたらされる問題は多岐にわたるが、高齢化の影響がもっとも顕著に表れるのは社会保障制度 社会保障制度は、個人の力のみでは対応困難なリスクに対して国家が保障する仕組み。近代化・産業化という経済社会の構造変化と、それにともなう家族や就業構造の変化に対応して発展してきた

3.人口高齢化がもたらしたもの (2)人口高齢化と社会保障制度 主要産業の変化は核家族化を進め、その結果、家族の機能は大きく変化した。かつて家族内で行われていた成人した子どもから老親への所得移転(経済的扶養)は、国の年金制度を介して行われるようになった。 また、病弱な高齢者の介護(身体的扶養)も、介護保険制度などの公的サービスに引き継がれつつある。これは、成人した子どもと老親がそれぞれ独立の生活を維持するライフスタイルが定着し、それを可能にする年金や介護の制度が作られてきたことを意味する。 成人した子どもと老親の生活の分離を意味する核家族化の進行と、高齢者の相対的増加を意味する人口高齢化を背景にして、高齢者のニーズを満たすための制度が充実してきた。その結果、社会保障制度による直接的な受益者が高齢者に偏ることになった。

図7 社会保障給付費の推移

表5 国民負担率の推移 (%)

3.人口高齢化がもたらしたもの (3)高齢化社会の支えて:労働力人口の変化 総務省の労働力調査によると、2000年の日本の労働力人口(15歳以上の就業者と完全失業者)は6,766万人。労働力率(労働力人口÷15歳以上人口)は62.4%。 日本の労働力人口は、1950年代からほぼ一貫して増加してきたが、1998年をピークとして、2000年にかけて若干の減少を示した(図8)。労働力人口の減少は今後も続くと考えられており、将来の労働力不足が懸念されている。

図8 労働力人口と労働力率の推移

図9 65歳以上人口の労働力率の推移

3.人口高齢化がもたらしたもの (3)高齢化社会の支えて:労働力人口の変化 65歳以上の労働力率 1955年には男性で60.2%、女性で29.1%と非常に高かったが、この年以降は低下傾向。 2000年には男性34.1%、女性14.1%になった(図9)。 労働力率の低下にもかかわらず65歳以上の労働力人口が増加しているのは、分母となる老年人口が増加しているため。高齢者の労働力率の低下は就業構造の変化を反映している。高齢になっても働ける農業や自営業の従事者は減り、組織のなかで就業する雇用者が多くなって、定年退職などによって労働力人口から排除される人が増えたのである。また、年金制度の充実によって、経済的な理由のために働く必要が減ってきたことも労働力率の低下に影響している。

3.人口高齢化がもたらしたもの (3)高齢化社会の支えて:労働力人口の変化 日本の高齢者の労働意欲が高い。また、高齢者の労働力率を高めることは、社会保障の財源の安定化にもつながる。 しかし、希望しても就業機会の確保が難しいのが現状である。若年労働力の供給が減り、高齢労働力の供給が増えるという変化にもかかわらず、年齢別の労働力の需要には大きな変化がないため、需給のミスマッチが増大している。 特に60~64歳の雇用では求人と求職の差が非常に大きい。ベビーブーム世代が60歳を越えるときまでにこのミスマッチが改善されないと、高年齢での失業が大量に発生するおそれがある。 高齢者の労働意欲を生かすためには、労働力の需要を労働力供給の変化に対応して改める必要がある。労働力人口の高年齢化にともなって危惧される労働生産性の低下や社会経済の活力減退については、生産技術の向上や効率的な働き方の開発などによって対処しなければならない。なお、高齢者の雇用増は、若年者の雇用にマイナスの影響を与える可能性があるので、この点についても細心の注意を払うことが必要である。