第10章:成層圏突然昇温 --惑星波動による平均東西風の変化について-- 10−1:Charney -Drazin の定理 この節では準地衡風近似におけるEliassen-Palmの定理であるCharney -Drazin の定理を述べる。 東西方向に平均した準地衡風近似運動方程式系である。 (1) として、熱力学の方程式は (2) 簡単な議論をする(鉛直シアーのみ)。8章の惑星波動の関数形 exp(ikx+ily-iωt) を思い出そう。このとき なので(1)の右辺はゼロになる。また、波が南北方向には伝播的でなく、もし壁かなにかで閉じられていてモード形(sinly , cosly )のときは、地衡風ではu,vは90度位相が違うのでこの項は落ちる。あとは(2)式の擾乱による南北方向の熱輸送 v’T’ の項のみを考えればよい。 定常波(及び位相速度=0)を表す線形熱力学方程式は (3) この式に圧力擾乱をかけていつものように1波長平均をおこなうと、 (4) これが、定常Rossby波のEliassen Palmの関係式(鉛直成分のみ)である。惑星波の場合、鉛直のエネルギー・フラックスが南北の熱輸送と関係している。(南北運動量輸送に関しては、準地衡風近似で のような形になる、6章参照) 6章と同じように波のエネルギー方程式が関係してくる。求めると (5)
ここで基本流の南北シアーはないと仮定してある。定常のとき上式は (6) (4)と(6)から (7) さて下部境界について考える。凸凹の山があるとする。大気中と同様に、擾乱についての2次の項を考えれば、z=0(地面)で (8) 線形の熱力学方程式を使いz=0で だから h は この式と(8)からz=0(下部境界)で (9) となる。この式はz=0でheat flux convergenceと鉛直流がバランスして波による東西平均温度の変化がないことを示している。 さらに(7)式から が高さによらずheat flux とバランスするだろう。そして連続の式から平均子午面循環がないことになり、さらに(1)から平均東西風が変化しないというCharney-Drazinの定理が得られる。
EP-フラックスによる解析について: Andrews McIntyre(1976)によって導入された、変換された(transformed)オイラ—平均で惑星波動の振る舞いをみることがよくなされる。 その基本的考えは、南北熱輸送と鉛直流が定常な波のときバランスするので、それからの残りの寄与が東西平均流を生み出すものとしてのEP-フラックス、さらに子午面循環は近似的に流体の重心の平均運動に等しい。 そこで、 のように変換すると、 熱力学の式で、擾乱の効果が見えないこと(非断熱が鉛直循環を直接駆動する形)、運動の方程式において、東西平均風の加速の項が、EP flux (Eliassen-Palm flux)の発散によって表現されることが特徴となる。 この量は惑星波の運動量を南北、鉛直に運ぶ指標で、psudo-運動量フラックスとも呼ばれる。 運動量フラックスの発散によって、風(運動量)が直接変化することを示していて、物理的に理解しやすい表現になっている。また循環は、近似的に重心の平均的な南北、上下の運動状態を記述していると考えられる(これについては後に例示する)。
6章で述べたように、下記の式がもっとも一般的なEP-フラックスである。ただし、温位を使った式である。 南北成分 鉛直成分 東西平均風の変化 以前の一番簡単な重力波の場合は鉛直フラックスの中の第2項のみであった。 惑星波の場合は南北成分は第2項のみで、鉛直成分は第1項のfの項のみになるのは想像されるとおり. 惑星波のEliassen-Palm フラックスを図にのせておこう。解析で非常に有効な手法で、よく使われている. 図:定常planetary wave のEliassen-Palm flux。1963年から1969年までの1月で波数1である。 Sato(1980, J. M. S. J. )より。年により非常に異なることに注意。
冬の成層圏は基本的な平均東西風は西風である ー>東風に変わるときがある。 西風中の定常惑星波動の伝播の様子(これは波のエネルギの流れ) 10−2:成層圏突然昇温について 西風 東風 ここらあたり 冬の成層圏は基本的な平均東西風は西風である ー>東風に変わるときがある。 西風中の定常惑星波動の伝播の様子(これは波のエネルギの流れ)
突然昇温の現象について述べておこう。3章の図を思い出して欲しい。その図は北緯80度、10hPaの1978年10月から1979年5月までの東西に平均した温度の時間変化を示したものである。冬から春への温度変化のなかで(低温からだんだん温度が上がりつつあるとき)、時々急に温度が上がっている。このときは3度起こっている。この様な突然の温度増加現象を成層圏の突然昇温と呼んでいる。英語ではstratospheric sudden warming である。また極の高温は温度風の関係から東風になる可能性があるので(夏の状況)、10mb以下で60度から極向きに温度が増加して東風が出来るとそれを major stratospheric warming 、温度は逆転するが東風はでないときminorと呼んでいる。かなり不規則で(2年に一回程度)、いつmajor warmingが起こるかまだわかっていないようである。対流圏の年々の状況にもよるであろうし(惑星波の生成問題と関わる)、また最近は赤道下部成層圏の準2年振動と関係があるともいわれている(これは波の伝播問題と関わるであろう)。 表:majorな突然昇温の起こった年。Andrews et al.(1987)より 1978 1979
図:1979年の突然昇温のときの平均東西風の時間的変化。Andrews et al.(1987)の教科書より。 12月8日/78 2月26日 1月25日 前図に対応したときの平均東西風の変化の様子を図に示そう。それぞれ12月8日、1月25日、2月6日、2月26日、3月3日である。12月8日は冬のはじめで西風が強い。1月25日および2月6日は温度が上がっており、それにともない極域に東風が吹いているが10mbでは東風になっていないので(1月25日はなっているようにも見える?)minorとしている。また2月26日には10mbで東風になっているのでこれはmajor warmingとなっている。 2月6日 3月3日
図:1979年の突然昇温のときの10mbの温度と高度の分布。Andrews et al.(1987)の教科書より。 最後の時期に対応した、10mbでの Planetary wave の振舞いを図に示す。日にちはそれぞれ2月17日、2月19日、2月21日、2月26日、3月1日、3月5日の温度(5度おき、dashed curve)とハイト(0。2kmおき)を示す。major warming のときの振舞いを示している。はじめ気圧場の水平構造は極渦が引き延ばされて、楕円のような構造になっていて、渦の中心が少しpoleから離れている。それにアリューシャン高気圧が付随している。(b)では(a)のような定常・惑星波の構造が少し変形しつつある。(c)で大きな変化が起こっている。低気圧の渦が2つに分離されたような形になり、極が高温になりつつある。(d)では極が高温になり、また極が高気圧になっている。極の高気圧にともない東風が吹く。そしてしばらく時間(数日、放射の緩和時間)がたった後また冬の状態(完全ではないが)に戻る。 180 a : 2月17日 b : 2月19日 図:1979年の突然昇温のときの10mbの温度と高度の分布。Andrews et al.(1987)の教科書より。
c : 2月21日/1979年 180 e : 3月1日 d : 2月26日 240 f : 3月5日
数値実験による説明:波動に関する時間発展の式(形は線形) この現象はMatsuno (1971)によりPlanetary wave の鉛直伝播と、その波と平均東西流(および平均温度場)との相互作用の観点から説明されている。概略を述べると以下のようになるであろうか。あるとき対流圏においてPlanetary wave が増幅される。この増幅の機構は対流圏のBlochingと関係があるらしいがまだ明確になっていないようである。とにかく惑星波が強まってその波が鉛直へ伝播していく。上方に伝播し波の振幅は密度factorによりさらに強められる。そのときtransientな波の非線形により平均流を変化させる。このとき波が定常であれば先のCharney-Drazinの定理により何の変化ももたらさない。しかしいまは波が急に増幅したので、上の定理は破綻していて平均流は変化していく。そのため例えば前の平均東西風の図の(d)のように図の(a)に比べ大きな東風が極の方に作られたと理解される。このような考えで突然昇温は現在理解されている。 数値実験による説明:波動に関する時間発展の式(形は線形) Zonal mean equation:(QBOの場合と同様に平均場が変化する) のような式をcoupleして解いてある。擾乱が東西平均場を変え(下の方の式)、変わった平均場を擾乱が感じて(上の方の式)…
結果の例示: 高度 点線は観測 西風 下部境界での惑星波動の振幅変動、t=0から波を強制する Aは一定の風の場合 東風 緯度 計算された東西平均温度の変化の緯度分布、北側で温度が上昇し、低緯度で温度が下がる。 初期 t=0(初期条件)における平均東西風
時間変動の様子: 高度 時間 60Nの平均東西風の時間変化、西風であったところから東風が生成されている。波数1の強制 波数2の場合の波の振幅の時間変化。->下図に対応 高度 初期条件からの極の温度の時間変化、成層圏は温度が上昇、中間圏は温度下降している波数1の場合。 平均東西風の時間変化、西風であったところから東風が生成されている。波数2の場合。
水平の構造: 10日後 t=0で波をforcing 緯度 平均東西風の時間変化 西風 緯度 東風 水平パターンの時間的変化の様子(30km)、波数2の場合、極の低気圧が高気圧に変わっている。 波の振幅の時間変化
概念的な図(惑星波に伴って、熱輸送がある。北側で上昇流が作られ、Charney-Drazinの定理の破れのために連続の式から南北風は北風、それにコリオリが働いて、東風をつくる。また温度は昇温) 熱輸送の効果の方が勝って温度上昇 波の鉛直伝播 西風
EP-フラックスによる解析:図はやはり1979年のmajor warmingのときのもので矢印は前に述べたEliassen-Palmのフラックス。 加速は で与えられる。*のついて残差循環はこの場合小さいと仮定する、但し理論的に、実際は決して無視される量ではない)、簡単には右辺のEliassen-Palm flux の発散が平均東西風を変化させると思う。図には収束による加速 ものっている。時間的に非常に複雑な変化を示している。21日あたりは波が収束して東風をつくっている。一方、28日ではEP-fluxは発散になっており、西風を作っているようである。
成層圏warmingのLagrange平均的な見方について: 成層圏warmingを惑星波動が鉛直(南北)に伝播して平均東西風と相互作用をすることで説明した。それを波にともなう流体粒子の変位に伴った平均をするLagrangian meanの立場で説明する(前の*で使った循環とEP fluxによる加速の話に似ている)。 Andrews and McIntyre(1978)から引用すると、 上図のような波にともなって平均をする。この粒子変位を とすると、Lagrange 的平均は のように定義される。 定常の惑星波が鉛直に伝わり、平均は東西方向にえらべば、Lagrange平均は のようになり(Matsuno and Nakamura, 1979, J. Atmos. Sci.)、平均の南北風はTaylor展開することで
のようになる。右辺1項はふつうのEuler-平均を意味する。右辺2項をStokes Driftとよぶ。 いまの場合の変位は <- を時間的に積分すればいいのであろう なる連続の式をみたす。Lagrange的子午面循環は実質的な流体の重心の平均運動と考えられていて物質粒子の運動に適用される。これは近似的に前に述べた * のついたresidual circulationと同じである。->実際の物質循環は次の章参照 惑星波が臨界層(今の場合はU=0に対応)に伝播しつつあるとき(線形の定常波のとき波は吸収される)のLagrange的な子午面循環は以下の図のように流れる。Critical Levelでは北向きとなっている。 定常惑星波動にとっての臨界層(U=0) 東風 下降流 西風
前のオイラー平均(普通の場所に固定した東西平均)における子午面循環(流線関数と鉛直流)が異なる 対応した平均東西風と温度の時間的変化 極側 今の場合、 昇温
Lagrangian-meanでの東西方向の方程式は今の準地衡風近似のもとでは(Matsuno and Nakamura, 1979) 西向き のような形になる。右辺の第2項は以前に重力波の時に表した表式 東向き と同じ形を表しており、惑星波の鉛直変位 にともなう応力をしめす。 ただし、定常惑星波の場合は 東風加速 西風 のようなEliassen-Palmの関係式となっている。 概念的には、平均東西風として、西風が吹いている(図のA点で、矢羽はEの方をむいている。下のほうから定常惑星波が伝播している。この波は山岳で励起しているとすれば分かりやすいであろう。西風が山にあたり山のDragを感じて惑星波が伝わっている。波にともなって流体粒子面は凸凹している(図のB点に対応しており、鉛直変移のx微分が+のとき圧力偏差は+になっているので、その積は+となる)。その鉛直微分はAで波がなく、Bで波が伝播しているとすればz-微分は - (負)となり、力として-加速(東風加速、西風を減速)のようになっている。 南風
最近のオゾンホールの様子(1998-2003年、 9月25日のみ)、全オゾン 2000 2001 2003 基本の構造は南極で少なく、オーストラリアの南の方で多いというパターンが多い。 オゾンホールの形が年によりすこしづつ異なっているー>運動の様子を反映している。 特に2002年はかなり形態が異なっている? ー> この年に突然昇温が起こった。
2002年オゾンホールの急激な変動(9月19-29日) 左図に対応した、南半球の10hPa等圧面高度分布図(約30kmの高度) 。単位はm、等値線間隔は200mの高さの違いを示す。 オゾン全量 9月19日 図は廣岡、森、他 (2004) から 9月29日 波数1から2が卓越している
10hPa(約30kmの高度)における東西に平均した温度、東西風の時間変化の様子(5月ー10月)、縦軸は緯度をあらわす。 極でオゾンが増大している時期ー>極の方が温度が高温になり、西風が東風に変わっている(Majorの突然昇温になっている) 波の数k=1の大きさ 右下3つの図ー>惑星波動に対応したものの10hPaの高度の凸凹を東西に波の数で分解してその成分の大きさの変化をしめしたもの。 波の数k=2 波の数k=3
2002年と2001年の南緯60度における東西に平均した東西風の時間と高度(縦軸)の図 2001年との比較: 大気の変動の仕方が年によって異なる 2002年と2001年の南緯60度における東西に平均した東西風の時間と高度(縦軸)の図 2001年との比較: 2001年では東西風が東風にならずに、西風が長い期間吹いている。 特別な年であった2002年で9月の終わり頃(波の形態がものすごく変形した時)に東風にかわっている様子をしめす。 2001年は比較的ゆっくり季節変動をしている図。 波の数k=1 波動の強さは2002年ほどには強くなっていない。 波数2、3の振幅は大きくなっていない。 高度 緯度 波の数k=2 2002 波の数k=3 2001
2002年と2001年のEP flux(矢羽根の長さ)が異なることー>大きな変動をおこす 2002年 2001年 波の数k=1 波の数k=2 波の数k=3 2002年は波の活動が強く、成層圏の中にまで侵入している様子がみえる、上から東西に波に分けて波数が小さいもの(k=1, 2, 3)から並べている(南緯50−70度平均)。色は波の東西風への作用の度合いをしめす。矢の右向きは極向きを意味する。
対流圏の様子が重要のようである:予測実験との違いから 実況 予測を外している例 9月13日を初期値にしたときのモデル結果の対流圏のパターン 東西風が異なっている 9月19日−21日の対流圏の様子 k=2のEP-flux 9月13日を初期値にしたときのモデル結果のEP-flux 傾圧波動( k=4-6 )によるEP-flux、大きな活動度がある
10−3:Arctic Oscillationについて AOの高度別パターン 東西風の南北構造 下方伝播の様子 時間的変動、下方伝播のように見える、赤がweak, warm vortexである、赤□はmajorまたはearly final昇温 極で低圧偏差のとき、中緯度では高圧パターン Baldwin and Dunkerton, 1999から
GCMの中のAOとEP-flux ( Kornich et al., GRL, 2003 ) 300hPa(上)と10hPa(下)におけるAOのパターン 東西平均した東西風anomalyとEP-flux anomaly
補足:成層圏Polar-night Jet 振動のAOへの役割について ( Kuroda and Kodera, 2004, JGR ) 極の温度の第一モードの鉛直分布 時間変動の緯度ー高度図、Sea level PressureはAO的 東風偏差 西風偏差 第一モードの時間的変動、上から下の伝播 EP-flux Divと実際の東西風の変化
補足:AOの簡単モデルによる説明 (Eichelberger and Holton, 2002, JGR EP-flux とその発散、t =590 〜 t =650までのあいだの時間変動、t=605で大きな減速、t = 635でひん曲がり 15m/s間隔 類似のパターンが得られている。 5m/s間隔 AO東西風の sinly 第1モード(全体的)とsin2ly 第2モード(南北反対)の時間変動、影は西風に対応 対応した東西風の変動、10m/s間隔
準2年振動 (QBO) の中緯度への影響:Holton and Tan, 1980 GCM実験で確かめてみる、Niwano and Takahashi, 1998 類似のパターンが得られている。 QBOが西風のとき、局域が低圧になっている、50hPa、1月 QBO西風のとき平均東西風としてみると西風偏差になる QBO東風のとき中緯度の西風は東風偏差 その時のEP-fluxのanomaly
10−4:Localな波束の波の2次量 (Plumb, 1986) 準地衡風系においてPotential Vorticityは 以下の近似をおこなう。 時間平均場とそれからのずれ(擾乱)として、ずれについての式は 結果的に または 擾乱の2次の量の式は この式を変形する 波のエネルギー これらを用いると Trap modeの励起にActivityの上向きの鉛直flux(熱フラックス)が対応しているようである <ーを導入して、
補足:傾圧不安定による擾乱の位相速度が風によって制限を受けていること、Randel and Held (1991) 1980−1987のECMWFのデ−タをもってきて,スペクトル解析をおこない,その EP-Flux を評価する。そのとき、位相速度で物事をみてみる(普通は周期でみる)、それと基本流Uとの関係で見る: 下部対流圏:4ー7の擾乱が大きい−>下図.v’T’相関 下層(700mb)のv’T’の相関の緯度分布 非定常 波数 定常 位相速度 東向き 全熱輸送量 緯度 冬 夏 位相速度
上層対流圏の擾乱は中緯度の傾圧波動が作られるところからU=cのところに伝播して行って、吸収か? u’v’ 300mb 上層対流圏の擾乱は中緯度の傾圧波動が作られるところからU=cのところに伝播して行って、吸収か? 冬 z y 夏 U U 緯度 鉛直 南北 200mb 位相速度 緯度 位相速度 300mb 上図のuvの分布が基本流Uにtrapされたような構造をもっている. charneyの不安定だと中層から下にcが出来る,上層の風よりは遅い. 500mb <ー 傾圧波動の非定常の減速が基本流より遅いところが主であること。