明治大学知的財産法政策研究所セミナー 2012・6・10 パブリシティの権利構成の 展開とその意味

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明治大学知的財産法政策研究所セミナー 2012・6・10 パブリシティの権利構成の 展開とその意味 明治大学知的財産法政策研究所セミナー 2012・6・10 パブリシティの権利構成の 展開とその意味 国士舘大学 本山雅弘

1.本報告の課題 ・「ピンク・レディ」最判は、パブリシティ権が「人格権に由来する権利の一内容を構成する」と説いた。 ・「おニャン子クラブ」控訴審:「顧客吸引力のもつ経済的な利益ないし価値を排他的に支配する財産的権利」 ・「人格権を根拠」(「矢沢永吉」)、「人格権の一部」(「ピンク・レディー」一審)、「人格権に由来する権利」(「ピンク・レディー」控訴審) ・「人格権とは別個独立の財産権」から「人格権に由来する権利」への展開 ・人格権由来説は、端的に、パブリシティに関し、財産権とは別個独立の人格権による構成を意味するものと解すべきか?

2.人格権由来説の理由の探究(1) ―「権利」の側面からの考察 2.人格権由来説の理由の探究(1)    ―「権利」の側面からの考察 (1)権利の排他性なり差止請求権を導くためか ・財産権構成を採用すると差止めの根拠に窮するか?  ※排他的財産権構成の承認例    ①「おニャン子クラブ」控訴審、②「土井晩翠」、③加  勢大周」一審、④同控訴審、⑤「キング・クリムゾン」一審、⑥同控訴審、⑦「ブブカスペシャル7」一審、⑧同控訴審  ※①③および⑤判決は差止め請求を認容 ⇒財産権構成にあっても、裁判所は、権利の排他性を認め、現に差止めを承認してきた。

2.人格権由来説の理由の探究(1) ―「権利」の側面からの考察 2.人格権由来説の理由の探究(1)    ―「権利」の側面からの考察 (1)権利の排他性なり差止請求権を導くためか ・人格権構成は差止めの効果の取得にそれほど有効か?  ※「人格権であるという属性決定は、従来の判例に照らしても、それ    だけでは具体的事案における差止を肯定することにはつながら    ないだろう。・・・パブリシティの権利の性格をどのように理解する    のか・・・という問題は差止の問題を直接に左右するわけではな    い。」(窪田充見・民商法雑誌133巻4・5号748頁注36)  ※東京高判平2・7・24判時1356号90頁「週刊フライデー」    「肖像権は、その対象たる肖像について物権と同様な包括的か     つ完全な支配を包含する程熟成した権利ではない」「肖像権に     基づく妨害排除ないし予防請求権は発生しない」 ⇒人格権構成は、即座に差止めの効果を導くほど、単純なものではない。

2.人格権由来説の理由の探究(1) ―「権利」の側面からの考察 2.人格権由来説の理由の探究(1)    ―「権利」の側面からの考察 (1)権利の排他性なり差止請求権を導くためか ・「人格権」に言及する裁判例の構成は、実際上、差止めを認める必要と結び付いていたか?   ※「矢沢永吉」(「人格権を根拠」)     →パチンコ遊技機の使用差止め請求を棄却   ※「ピンク・レディー」一審(「人格権の一部」)、同控訴 審・上告審、「河合我聞」、「ペ・ヨンジュ」(「人格権に由来する権利」)     →差止めが請求内容に含まれない ⇒パブリシティ権の人格権構成を窺わせる裁判例も、差止めの必要とは無関係にその権利構成を採用している。

2.人格権由来説の理由の探究(1) ―「権利」の側面からの考察 2.人格権由来説の理由の探究(1)    ―「権利」の側面からの考察 (2)パブリシティは馬には認めず人にのみ認める「権利」だからか  ※最判平16・2・13「ギャロップレーサー」上告審が「物のパブリシティ権」を否定した理由    ①「顔真卿自書建中告身帖」最判      →物の外観の無形的利用場面での所有権侵害を否定    ②物の無体物の面の利用に関する既存の知的財産権の       関係諸法の法的安定性を害する懸念  ※パブリシティ権を人格要素との関係では承認する一方で、物に関してはそれを否定する意図と解することは、最判の読み込み過ぎか ⇒「ギャロップレーサー」最判をもって、パブリシティ権の人格権構成を導く論理的ないし理論的な前提とはなし難い。

2.人格権由来説の理由の探究(1) ―「権利」の側面からの考察 2.人格権由来説の理由の探究(1)    ―「権利」の側面からの考察 (3)「権利」の特殊性との因果関係の希薄性   ※「権利」の側面から、人格権の特殊性に着目しても、人格権由来説の理論的背景ないし理由を特定することは難しい   ※人格権の「権利」の特殊性に注目していても、人格権由来説の意味は解きほぐし難い ⇒新たな分析視角としての、パブリシティ権の侵害ないし不法行為成立を支えてきた判断枠組みとその変遷。

3.人格権由来説の理由の探究(2) ―権利侵害成立の「判断枠組み」の側面からの考察 3.人格権由来説の理由の探究(2)  ―権利侵害成立の「判断枠組み」の側面からの考察 (1)パブリシティ権侵害事案における侵害の判断枠組みの変遷  ※東京地判昭51・6・29「マーク・レスター」  ※東京地判平2・12・21「おニャン子クラブ」一審  ※東京高判平3・9・26「おニャン子クラブ」控訴審  ※東京地判平10・1・21「キング・クリムゾン」一審  ※東京高判平11・2・24「キング・クリムゾン」控訴審

3.人格権由来説の理由の探究(2) ―権利侵害成立の「判断枠組み」の側面からの考察 3.人格権由来説の理由の探究(2)  ―権利侵害成立の「判断枠組み」の側面からの考察 ※東京地判昭51・6・29「マーク・レスター」 人格的利益の保護は、侵害行為の態様等との比較衡量の判断枠組みのもとで制約を受け得る一方で、経済的利益は、まさに人格的利益の比較衡量による制約とは裏腹に、無断の宣伝利用という形式的要件さえ整えば「当然に」不法行為法によって保護される。 氏名・肖像に関する人格的利益が総合衡量的に制約されるがゆえの、その経済的利益の形式的保護の可能性が示される。

3.人格権由来説の理由の探究(2) ―権利侵害成立の「判断枠組み」の側面からの考察 3.人格権由来説の理由の探究(2)  ―権利侵害成立の「判断枠組み」の側面からの考察 ※東京地判平2・12・21「おニャン子クラブ」一審 人格権侵害の認定場面では、行為の態様等との比較衡量による判断枠組みが採用される一方で、財産価値の侵害認定に際しては、そうした総合衡量的な判断枠組みとは異なり、財産価値の認定と無断使用の認定という形式的要件判断のみで(人格権侵害の認定場面と比較すると極めて簡素・単純な理屈で)不法行為の成立を肯定するもの。

3.人格権由来説の理由の探究(2) ―権利侵害成立の「判断枠組み」の側面からの考察 3.人格権由来説の理由の探究(2)  ―権利侵害成立の「判断枠組み」の側面からの考察 ※東京高判平3・9・26「おニャン子クラブ」控訴審 原審と同様に、人格権侵害の認定場面では、行為態様等との比較衡量による判断枠組みが使用され(原審と異なり人格権侵害が否定され)る一方で、顧客吸引力の財産的権利に関しては、「無断で販売」の形式的認定で権利侵害の成立を認めており、人格権侵害の判断場面におけるような比較衡量の判断枠組みは採用されない。

3.人格権由来説の理由の探究(2) ―権利侵害成立の「判断枠組み」の側面からの考察 3.人格権由来説の理由の探究(2)  ―権利侵害成立の「判断枠組み」の側面からの考察 ※東京地判平10・1・21「キング・クリムゾン」一審 パブリシティ権の侵害を即違法(不法行為成立)と捉える理解を示すとともに、具体的な侵害判断の基準を、侵害行為の態様等との比較衡量を経ずに、パブリシティ価値の利用の有無という形式的な認定の問題と捉えている。「おニャン子クラブ」控訴審とほぼ同様の理論構成・判断枠組みの下で、パブリシティ権侵害を認めている。 ⇒「キング・クリムゾン」一審までは、パブリシティの無断使用は即違法とされる。権利侵害・利益侵害の事実が形式的に認められれば、不法行為成立を認める判断枠組み。

3.人格権由来説の理由の探究(2) ―権利侵害成立の「判断枠組み」の側面からの考察 3.人格権由来説の理由の探究(2)  ―権利侵害成立の「判断枠組み」の側面からの考察 ※東京高判平11・2・24「キング・クリムゾン」控訴審 →初めて比較衡量型の判断枠組みが示される 「パブリシティ権の侵害として不法行為を構成するか否かは、他人の氏名、肖像等を使用する目的、方法及び態様を全体的かつ客観的に考察して、右使用が他人の氏名、肖像等のパブリシティ価値に着目しその利用を目的とするものであるといえるか否かにより判断」 →パブリシティの無断使用は即座に不法行為を成立させるのではなく、他の使用利益との比較衡量により、使用行為の態様等も総合的に判断して、権利侵害の有無が判断される。

3.人格権由来説の理由の探究(2) ―権利侵害成立の「判断枠組み」の側面からの考察 3.人格権由来説の理由の探究(2)  ―権利侵害成立の「判断枠組み」の側面からの考察 ※東京地判昭51・6・29「マーク・レスター」 ※東京地判平2・12・21「おニャン子クラブ」一審 ※東京高判平3・9・26「おニャン子クラブ」控訴審 ※東京地判平10・1・21「キング・クリムゾン」一審 ------ 分水嶺------------- ※東京高判平11・2・24「キング・クリムゾン」控訴審 ↓ 以後、使用類型を問わず、比較衡量型の判断枠組み ⇒パブリシティ権の裁判例は、「キング・クリムゾン」控訴審を分水嶺として、形式的な侵害判断から相関関係的な比較衡量による判断へと、その判断枠組みを転換している。

3.人格権由来説の理由の探究(2) ―権利侵害成立の「判断枠組み」の側面からの考察 3.人格権由来説の理由の探究(2)  ―権利侵害成立の「判断枠組み」の側面からの考察 (2)不法行為とその判断枠組みの類型化   ※不法行為法上の保護利益    ①権利侵害の形式的認定により常に損害賠償の承認  (「絶対的権利・利益」)    ②被侵害利益の種類・性質、侵害行為の態様等を総合的に判断して違法性有無を判断(「相対的権利・利益」)   ※双方の判断枠組みの相違による類型化    ①=「権利侵害類型」、②=「違法侵害類型」             (加藤雅信『新民法体系V[第2版]』184頁)

3.人格権由来説の理由の探究(2) ―権利侵害成立の「判断枠組み」の側面からの考察 3.人格権由来説の理由の探究(2)  ―権利侵害成立の「判断枠組み」の側面からの考察 (2)不法行為とその判断枠組みの類型化   ※パブリシティ権侵害に関する裁判所の判断枠組みは、この二類型の間を、すなわち前者の形式的判断による「権利侵害類型」から、後者の比較衡量による「違法侵害類型」へと移行。

3.人格権由来説の理由の探究(2) ―権利侵害成立の「判断枠組み」の側面からの考察 3.人格権由来説の理由の探究(2)  ―権利侵害成立の「判断枠組み」の側面からの考察 (3)枠組み移行期における人格権法理の確立   ※この移行期は、プライバシー・肖像等の人格侵害の不法行為に関して、対立利益との相関的な比較衡量型の判断枠組みが、はじめて最高裁の判例理論として明確にされてきた時期と一致する。   ①最判平6・2・8「ノンフィクション逆転」において、プライバシー保護と加害行為(表現の自由)との相関関係的な比較衡量の判断枠組みが最高裁判例として確立。   ②最判平15・3・14「週刊文春」において、この比較衡量論が改めて承認のうえ踏襲。   ③最判平17・11・10「毒入カレー」において、肖像権侵害との関係でも、肖像の保護に関する利益と肖像の撮影・公表に関する利益との比較衡量による総合的判断の判断枠組みが是認・踏襲。

3.人格権由来説の理由の探究(2) ―権利侵害成立の「判断枠組み」の側面からの考察 3.人格権由来説の理由の探究(2)  ―権利侵害成立の「判断枠組み」の側面からの考察 (4)パブリシティ権侵害の判断枠組みの移行と人格権法理の発展との関連性(その推論) ①パブリシティ権の裁判所における判断枠組みの移行は、人格要素をめぐる類似の紛争解決で最高裁が確立した判断枠組みを採用しようと考えたから。 ②パブリシティ権侵害が問われる場面も、人格権侵害の場面と同様に、表現の自由等の対立利益との調整局面にほかならないことが認識され、その判断枠組みを、人格権侵害に関して最判が明確にしてきた比較衡量論と整合させようと考えられた。 ③近年のパブリシティ権の裁判所が「人格権」の明示的言及を始めたのも、自らが修正的に採用してきた比較衡量型の判断枠組みの理論的後ろ盾を、一連の最判に求めるためであった。

3.人格権由来説の理由の探究(2) ―権利侵害成立の「判断枠組み」の側面からの考察 3.人格権由来説の理由の探究(2)  ―権利侵害成立の「判断枠組み」の側面からの考察 (4)パブリシティ権侵害の判断枠組みの移行と人格権法理の発展との関連性(その徴ひょう)   ①「キング・クリムゾン」控訴審    比較衡量の判断枠組みを確立した「ノンフィクション逆転」最判の後に現れた最初のパブリシティ侵害事案で控訴審判決。   ②「矢沢永吉」    人格権構成の不要性。比較衡量の考慮要素としての「人格情報の内容・性質」と「被害者の損害の程度」。「週刊文春」最判の「プライバシー情報の種類・内容」と「具体的被害の程度」との類似性。   ③「ピンク・レディー」控訴審    「利益衡量の問題として相関関係的に捉える必要がある」として「総合的に観察して判断されるべき」。「毒入カレー」最判が示した諸要素の総合衡量による比較衡量論と判断枠組みを共通。

4.ピンク・レディー最判の「人格権由来説」の意味と評価 (1)人格権由来説の意味するもの ※人格権由来説を、権利構成論それ自体と結び付けて読む必然性・必要性は、必ずしもない。むしろ、パブリシティ権侵害の判断枠組みとの関係で、最高裁判例で確立された人格権侵害法理との通有性を示唆する。 ※財産権構成をもとより明確にする学説さえも、パブリシティ権を「その根源は人格権たる氏名・肖像権に由来する」と説いてきたところ(竹田稔『プライバシー侵害と民事責任〔増補改訂版〕』288頁)。

4.ピンク・レディー最判の「人格権由来説」の意味と評価  (2)権利構成論の帰趨とその帰結   ①パブリシティ権を精神的利益を保護法益とする人格権と構成する場合、「人格権に由来する権利」との表現の固有の意義はなにか?   ②パブリシティ権を財産権なり経済的利益を保護法益とする権利と構成する場合にこそ、「人格権に由来」なる表現は、人格権の母権性を示唆し、一般の財産権にはない処分等における制約を素直に説明できる。

4.ピンク・レディー最判の「人格権由来説」の意味と評価 (2)権利構成論の帰趨とその帰結 ③今回の最判は、氏名権・肖像権をも、「人格権に由来するもの」と捉える。 →×人格権=精神的利益を保護法益とする権利 ○人格権=精神的利益の構成部分と経済的利益 の構成部分とが併存。 →パブリシティ権は後者の構成部分 →ドイツ法:「一般的人格権の財産価値的構成部分 (die vermögenswerten Bestandteile des allgemeinen Persönlichkeitsrechts)」

4.ピンク・レディー最判の「人格権由来説」の意味と評価 (3)判断枠組みの類型論からみたパブリシティ権侵害の類型化の可能性 ※パブリシティの使用態様・目的によっては、そもそも表現の自由等の対立利益に対する顧慮の要請が極めて低く、したがって、比較衡量の判断枠組みを要しない侵害類型の存在する可能性。 ※その典型例としての商品化(ブロマイド、カレンダ等) ※広告・宣伝目的での使用の場合は、広告対象商品・役務あるいは使用態様の違いにより、利益衡量の結果は異なり得る。

4.ピンク・レディー最判の「人格権由来説」の意味と評価 (4)パブリシティ権の譲渡性と相続可能性の検討 ①譲渡性 ※パブリシティ権の客体は権利主体の人格要素にほかならず、その支配権の譲渡を認めて主体と客体との分離の状況を作り出すことには、違和感。この点は、氏名権・肖像権等の純然たる人格権の場合と同様。 ※ただし、純然たる人格権とパブリシティ権との間には、権利機能に相違も認め得るところ。

4.ピンク・レディー最判の「人格権由来説」の意味と評価 (4)パブリシティ権の譲渡性と相続可能性の検討 ②相続可能性 ※相続の場合は、すでに人格要素の主体が存在せず、その相続を認めたとしても、主客の分離問題は生じないのであるから、相続可能性を否定すべき有効な根拠はないのではないか。 ※存続期間 著作権・特許権→新たな創作活動等の利益を保護するための保護期間の有限設定。 パブリシティ権→権利の輪郭は社会共同体に存在する表現の自由等の様々な対抗諸利益との相関的衡量によってはじめて画定される。その権利承認の場面で、著作権等がその存続期間を有期に限定する段階で考慮すべき対抗利益をすでに織り込んだ権利とも解し得る。