無線センサネットワークにおける 実測に基づいた電力消費モデルの確立 大阪大学基礎工学部情報科学科 計算機科学コース 宮原研究室 上田 健介 宮原研究室の上田です。 それでは、 「無線センサネットワークにおける実測に基づいた消費電力モデルの確立」 というタイトルで特別研究報告をさせて頂きます。 2004/2/26 特別研究報告
無線センサネットワーク センサを備えた無線端末を多数配置し、センサが取得したデータの収集を行うシステム 端末は小型かつ省電力 端末同士は自律的にネットワークを構成 端末を分散配置するだけでよい 広範囲にわたる情報収集が容易 環境のモニタリング、災害地調査などへの応用 本研究で扱っているセンサネットワークは、温度や光などのセンサを備えた無線端末を多数配置し、 無線回線を通じてセンサが取得したデータの収集を行うシステムです。 各無線端末は、小型かつ省電力であり、また、 端末同士で自律的にネットワークを構成することが出来るので、端末を分散配置するだけで ネットワークを構成することが出来ます。 このセンサネットワークを用いることにより、広範囲にわたる情報収集が容易に行えるため、 環境のモニタリングや災害地調査などといった さまざまな分野への応用が考えられています。 2004/2/26 特別研究報告
消費電力の問題 各無線端末は小容量のバッテリにより駆動 消費電力を抑えることが必要 従来の研究で用いられていたモデル さまざまなレイヤにおける研究 従来の研究で用いられていたモデル 「消費電力は通信距離のn乗の定数倍 」 実際の消費電力はこのようなモデルに一致しない 送信電力が一定でも期待される以上の距離にまで 通信が届く場合がある センサネットワークでは、各無線端末は小容量のバッテリにより駆動しています。 そのため、ネットワークの寿命を延ばすため、消費電力を抑えることが必要であり、 さまざまなレイヤで消費電力についての研究が行われています。 従来の研究では、送信時の消費電力は通信距離のn乗に比例するとの 簡単なモデルに基づいて解析的な性能評価が行われてきました。 しかし、実際の消費電力はこのような単純なモデルには一致しません。 また、送信電力を一定にしていても、期待される以上の距離にまで通信が届く場合があります。 これによりネットワークの不均一性がもたらされ、ネットワークの寿命が短くなってしまう危険があります。 よって、ネットワークの消費電力を考える際には、通信距離の性質を明らかにし、 より実際のシステムに即した消費電力モデルを考える必要があると考えられます。 2004/2/26 特別研究報告
研究の目的 センサネットワークにおける電力消費モデルの確立 さまざまな環境での通信距離の測定 送受信の際に消費する電力を測定 実測値から電力消費モデルを作成 そこで、本研究では、センサネットワークにおける消費電力モデル の確立を目的とします。 消費電力モデルを作るためのデータとして、さまざまな環境で通信距離を測定し、 送信電力に対する安定して通信を行うことができる距離を明らかにします。 また、送受信の 際に消費する電力を測定し、その実測値と測定した通信距離を用いて、消費電力モデルを作成します。 2004/2/26 特別研究報告
無線センサ端末 MOTE U. C. Berkeley校で開発された無線センサ ネットワーク評価キット Crossbow Technology 社により製品化 CPU speed 7.4 MHz プログラムメモリ 128 KB データメモリ 512 KB 無線周波数 315 MHz このような測定を行うために、本研究では、MOTEという無線センサ端末を用いました。 これはU.C.Berkeley校で開発された、無線センサネットワーク評価キットであり、 Crossbow Technology社により製品化されたものです。 端末は写真のような形をしており、大きさは名刺箱くらいの大きさです。 主な仕様は表のようになっています。 2004/2/26 特別研究報告
通信距離の定義 端末間距離とパケット損失率 通信距離=パケット損失率5%以下である距離 屋外 屋内 5%以下 -20dBm -17dBm 100 100 屋外 屋内 80 80 60 60 packet loss rate (%) 5%以下 40 40 20 20 このMOTEを使用して、まずは通信距離を定義するために、パケット損失率の測定を 行いました。 左が屋外で、右が屋内で測定した、 送信電力を変えたときの、距離に対するパケット損失率の変化です。 それぞれ横軸が距離、縦軸がパケット損失率を表しています。 左の屋外での測定結果に比べて右の屋内での測定結果は、距離を伸ばしたにも関わらず パケット損失率が減少するといったような距離に対するパケット損失率の変動が 激しくなっています。これは、屋内では周囲を壁に囲まれているので 反射により電波が干渉しやすくなっており、 場所によっては電波同士が弱めあってしまっているからだと思われます。 反射の影響が少ない左側の屋外での測定結果をみてみると、 (クリック) ある距離まではパケット損失率は常に5%以下となっています。(クリック) よって、本報告では、パケット損失率が5%以下である距離を通信距離とします。 左と右のグラフを見比べると分かるように、屋外と屋内で 通信距離は大きく異なります。 5 10 15 20 25 30 5 10 15 20 25 30 distance between nodes (m) distance between nodes (m) 通信距離=パケット損失率5%以下である距離 2004/2/26 特別研究報告
通信距離の測定場所 A B 屋上 C D 屋内 E F G 屋外 2004/2/26 特別研究報告 このような環境による通信距離の増減について調べるために、 これらの場所で測定を行いました。 屋上で2箇所、屋内で2箇所、屋外で3箇所です。 反射の影響を考えて、屋上、屋外では近くに障害物がある場合、 ない場合それぞれについて調べました。 E F G 屋外 2004/2/26 特別研究報告
通信距離の測定結果 逆方向の通信を行った場合にも通信距離に違い 非対称なリンクが生じる可能性 通信距離 壁に近い方が通信距離大 A (屋上) B (屋上) C (屋内) D (屋内) E (屋外) F (屋外) G (屋外) 20 15 transmission range (m) 10 通信距離 5 それぞれの場所で通信距離を測定した結果、送信電力に対する通信距離の変化は グラフのようになりました。 グラフの横軸は送信電力、縦軸は通信距離です。 グラフから分かるように、場所によって通信距離に2倍以上もの差がついています。 (クリック)通信距離が大きくなっているCやDは屋内で測定したものです。 (クリック)また、屋外でも壁が近くにあるB、E、Fでの測定結果は、 他の屋外での測定結果に比べて通信距離が長い傾向が見られます。 (クリック) よって、通信距離には壁が近くにあると大きくなると考えられます。 また、同じ環境においてでも逆方向の通信により通信距離の測定を行うと、 ほとんど全ての場所で通信距離に違いがみられました。 (クリック)つまり、センサネットワークを構築する際には 一方からの電波は受信可能でも逆方向からの電波が受信できない 逆方向のリンクが存在する可能性が十分にあります。 本報告では逆方向のリンクが生じないように、(クリック) 各送信電力で一番通信距離が短いものを通信距離とします。 壁に近い方が通信距離大 RF Power (dBm) -20 -17 -14 -11 -8 逆方向の通信を行った場合にも通信距離に違い 非対称なリンクが生じる可能性 2004/2/26 特別研究報告
MOTEにおける消費電力の測定 RF power = -20 dBm, packet size = 120 byte 20mV/div 50ms/div 送信時 受信時 RF power = -20 dBm, packet size = 120 byte RF power = 0 dBm, packet size = 240 byte RF power = 10 dBm, packet size = 120 byte 次に、抵抗をMOTEのバッテリに直列につなぎ、そこにかかる電圧を デジタルオシロスコープで測定することにより、送受信時に消費する 電力を測定しました。 左が送信時の、右が受信時の電圧変化の波形です。 下に書いてあるRFパワーというのが送信電力、パケットサイズというのが、パケットの大きさです。 電圧が高くなっているところでそれぞれ送受信が行われています。 パケットサイズを変えると、このように(クリック、送信時) 電圧が高くなっている時間も変化します。 (クリック)パケットサイズを変えながら、測定を行った結果、 この電圧の高くなっている時間はパケットサイズに比例することがわかりました。 送信電力を大きくすると、(クリック)このように送信時の電圧変化も大きくなるのですが、 受信時の電圧の変化は変わりません。 送信電力が小さいときには、このように(クリック、送信時の波形変わる) アイドル時の電圧より低くなる という現象も観測されました。 (クリック)また、測定した送信電力と、通信距離との関係から 送信により消費する電力は、通信距離に比例することが分かりました。 MOTEでは送信により消費する 電力は通信距離に比例 電圧の高い時間は パケットサイズに比例 RF power = 0 dBm, packet size = 120 byte 2004/2/26 特別研究報告
電力消費モデルの作成 1ホップの通信によりネットワーク全体で 消費する電力 を定式化 通信を行うときの消費電力と、アイドル時の 消費する電力 を定式化 通信を行うときの消費電力と、アイドル時の 消費電力との差を考える 使用するパラメータ : ネットワーク中の端末の密度 (端末数 / ㎡) : 実測における最短の通信距離 (m) : パケットのサイズ (byte) 電波を送信する端末1 台、受信する端末 : 台 このように測定したデータを元にして、 1ホップの通信を行うときに消費する電力と、アイドル時に 消費する電力との差Eホップの定式化を行います。 この値を求めることにより、通信を行うことにより アイドル状態よりどれだけ電力を消費することになるかを求めることが出来ます。 式のパラメータとして、 ネットワークの密度ρ、実測した通信距離r、パケットのサイズSizeを用います 送信する端末は1台で、受信する端末はρπrの2乗台と表せます。 2004/2/26 特別研究報告
MOTEにおける電力消費モデル 実測した値から (送信時とアイドル時との消費電力の差) +(受信時とアイドル時との消費電力の差) 受信により消費する電力×電波を受信する台数、と表せるので、 実測した値をこの式に代入することにより、(クリック) Eホップを式で表すことが出来ます。 このように一回の通信で消費する電力は通信距離の二次式で表せます。 2004/2/26 特別研究報告
電力消費モデルを用いての考察 経路選択による消費電力の違い 一定の間隔 をおいて端末を配置したトポロジ k ホップ離れた端末と通信する場合 一定の間隔 をおいて端末を配置したトポロジ 密度 k ホップ離れた端末と通信する場合 通信距離を大きくしての 直接通信 中継端末による転送を 利用しての通信 送信端末 宛先端末 作成した消費電力モデルを用いて、経路選択による消費電力の 違いについて考察します。 右下の図のようなある一定の間隔lをおいて端末を配置したトポロジを対象に 考えます。 このトポロジにおいて、(クリック)このようにkホップ離れた相手と通信するときに (クリック)通信距離を宛先の端末に届くまで大きくして直接通信する場合と、 (クリック)通信距離をとなりの端末に届く距離まで抑えて、kホップの転送をそれぞれ 行う場合について端末の間隔 l に対する消費電力の変化を求めます。 2004/2/26 特別研究報告
電力消費モデルを用いての考察 MOTEにおいては1ホップあたりの距離を 短くした方が消費電力は小さくなる 14 k=2のときの直接通信 12 利用した通信 10 8 energy consumption (mW * sec) k=10のときの直接通信 6 k=10のときの転送を 利用した通信 4 2 グラフは、2ホップ先の端末と通信する場合と 10ホップ先の端末と通信する場合について、 計算を行ったものです。 横軸は端末間の距離、縦軸はアイドル時に比べて ネットワーク全体で消費する電力を表しています。 ホップ数に関わらず、 中継端末による転送を行いながらの通信の方が 消費電力が小さいということがこの結果からわかりました。 また、端末間の距離が大きくなるほど密度も大きくなるのですが、 どのグラフも端末間の距離が大きくなるにつれて、消費電力も 大きくなっています。(クリック) よって、 MOTEにおいては1ホップあたりの距離を 短くして中継端末による転送を行いながら通信を行うほうが消費電力は小さくなるということが分かりました。 これは、送信時に消費する電力がアイドル時に消費する電力以下 だからだと考えられます。 -2 distance between nodes pair (m) 5 10 15 20 25 30 35 40 45 50 MOTEにおいては1ホップあたりの距離を 短くした方が消費電力は小さくなる 2004/2/26 特別研究報告
まとめと今後の課題 まとめ 今後の課題 環境が通信距離に与える影響の検証 MOTEにおける電力消費モデルの確立 電力消費モデルの拡張 通信距離の環境による違い 端末のスリープ それでは、最後にまとめと今後の課題について述べたいと思います。 本研究では、周囲の環境が通信距離に与える影響の検証を行いました。 その結果、通信距離は場所によって大きく異なり、同じ環境で逆方向の通信を行った際にも 通信距離が異なる場合があるため、非対称なリンクが生じる可能性が十分あることが分かりました。 また、本研究ではMOTEにおける消費電力モデルを作成し、それを利用して 消費電力の少ないネットワークに対する考察を行いました。 その結果、送信電力は出来るだけ小さく設定したほうが、 ネットワーク全体の消費電力を抑えることが出来ることがわかりました。 今後の課題としては、端末数が増え、通信距離の方向による違いや、 端末が消費電力を抑えるためにスリープした場合などを考慮した、消費電力のモデル化が 必要ではないかと思われます。 以上で、特別研究報告を終了させて頂きます。 ありがとうございました。 2004/2/26 特別研究報告