平成16年度 商法Ⅰ 講義レジュメNo.10 運送人の責任 高価品の意義(578条) 運送人の重過失(581条)

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平成16年度 商法Ⅰ 講義レジュメNo.10 運送人の責任 高価品の意義(578条) 運送人の重過失(581条) 最判昭55・3・25判時967号61頁 最判昭45・4・21判時593号87頁 神戸地判平2・7・24判時1381号81頁 テキスト参照ページ:新商法講義 255~270p    プライマリー 173~184p              百選:190~191p、194~195参照

商法Ⅰ講義レジュメNo.10 事実の概要1 Xは司法書士としての業務に際して録音した会話や講演等の録音テープの内容を文書として入力したデータの入ったワープロ用FDをPC用のFDに変換入力する作業をAに委託した。(空のFD自体の価格は総額3万円程度) Aは入力作業を完了したFDと元のFDを茶封筒に入れ、日常取引している宅配業者YにXへの配達を委託した。この際、封筒の中身がFDであることは告げたが、データの内容については特に告げていなかった。

事実の概要2 Yの従業員Bは、X宅へと配達したが、Xが不在であったため引渡しができなかった。X宅はガレージの奥に事務所入り口があり、表の道路から入り口は見通せない構造であったため、Bは玄関先にX宛の茶封筒と送り状を置いて帰社した。 その後Xから荷物が届かないとの問い合わせがあり、Bが説明したが、Xは封筒を発見できず、結局滅失してしまった。

事案の概要3 Xは、YおよびBに対して、債務不履行(運送契約)に基づく損害賠償(577)と不法行為(Bの不法行為;民709とYの使用者責任;民715)に基づく損害賠償を選択的に請求した。 Yらは、Xの請求する損害額からは、本件FDは高価品であるが、荷送人であるAは高価品である旨明告しておらず、賠償責任は発生しないと抗弁した(578)。

X A Y B ワープロ専用機用フロッピーディスクに記録されたデータをPC用フロッピーディスクに変換する作業を委任(請負契約) 商法Ⅰ講義レジュメNo.10 X 司法書士(荷受人) ワープロ専用機用フロッピーディスクに記録されたデータをPC用フロッピーディスクに変換する作業を委任(請負契約) A Xから預かったフロッピーと変換済みのフロッピーをXの自宅兼事務所に配送委託(運送契約) (荷送人) X宅へ配達したが、Xが不在だったため、道路からは見えない場所に封筒を置き、帰社した。 Xが帰宅した際封筒はなく、滅失。 B Yの従業員 Y 運送業者 配達を指示

Y X B ディスク自体の価格は計3万円だが、中のデータの価値は400万円であるとして、YおよびBに400万円の損害賠償を請求。 商法Ⅰ講義レジュメNo.10 ディスク自体の価格は計3万円だが、中のデータの価値は400万円であるとして、YおよびBに400万円の損害賠償を請求。 (577条、民709条、715条) Y 運送業者 B Yの従業員 X 司法書士 運送契約に基づく債務不履行 責任(577) Bの不法行為責任(民709)と Yの使用者責任(民715) 運送品が目的地に到達した後は、荷受人は、運送契約によって生じた荷送人の権利を取得する(583条1項)。したがって、Yとの運送契約の当事者ではない荷受人Xは、契約当事者である荷送人Aが有する運送品の滅失に対する損害賠償請求権と同一の権利を取得する。ただし、荷受人は、荷送人が運送人に対して有する権利と同一内容の権利を取得するに過ぎないので、運送人が荷送人に対して対抗できる運送契約上の抗弁は、荷受人に対しても対抗することができる。 Aからは高価品であるという明告を受けておらず、YもBも高価品であることを知らなかった。したがって、損害賠償責任を負わない(578条)。

本件の争点 商法578条の高価品とは?本件FDは高価品に該当するか? 債務不履行責任と不法行為責任は競合するか? 不法行為責任に対しても578条は適用されるか? 581条の重過失とは? 本件におけるBに重過失があるといえるか?

商法Ⅰ講義レジュメNo.10 運送人(物品運送)の責任総論 運送人は、自己もしくは運送取扱人またはその使用人その他運送のために使用した者が、運送品の受取り、引渡し、保管および運送に関し注意を怠らなかったことを証明しなければ、運送品の滅失、毀損または延着について損害賠償責任を免れることができない(577条)。 現在、民法415条においても、履行補助者の過失や無過失の証明責任について、同様の解釈がなされているため、577条は民法の特則を定めたのではなく、一般原則の注意的規定に過ぎないと解されている。 ・物品運送においては、荷送人から引き渡された物品が荷受人へと届けられるまでの間、完全に運送人の支配下に置かれるため、輸送の途中で物品の滅失・毀損等が生じた場合に、運送人の義務違反につき、故意・過失を荷送人や荷受人が立証することは困難である。そのため、運送人に対して、不可抗力によることを証明しなければ運送品の滅失・毀損等につき賠償責任を免れないとする無過失責任主義をとる立法もある(フランス法系)。 ・日本ではドイツ商法の影響で過失責任主義を採用している。そこで、従来577条については、履行補助者の過失についても責任を負わせている点、無過失(注意を怠らなかったこと)の立証責任を運送人側に負担させている点で、運送人の責任を加重する趣旨の規定であると説明されていた。 ・滅失:物理的滅失、盗難、遺失、没収や第三者による善意取得など運送品の引渡しが不可能になった場合 ・毀損:物質的損敗 ・延着:約定の日時または通常到達すべき日時に到達しないこと

商法Ⅰ講義レジュメNo.10 請求権競合に関する学説 請求権競合説:両請求権は、別個の法律要件によって基礎付けられるから、ともに成立し、請求権者がいずれを選択して行使しても構わない。 ⇒契約責任(債務不履行責任)を減免する特則が無意味になる 修正請求権競合説:法律上、または約款等により契約責任の減免に関する特則は不法行為責任にも類推適用される。 ⇒類推適用を正当化する理論的根拠が不明確であり、約款上の免責特約を不法行為責任に類推することは難しい。 運送人の債務不履行責任が成立する場合、同時に他人の財産に対する侵害行為として不法行為責任を基礎付ける場合がある。債務不履行に基づく損害賠償請求権と不法行為に基づく損害賠償請求権とが同時に成立しうる場合に、両請求権がともに成立することを認める(競合する)か否かについては、学説・判例上の争いがある。

商法Ⅰ講義レジュメNo.10 請求権競合に関する学説 折衷説:契約の履行上、通常予想される程度の過失行為については、契約関係の存在が違法性阻却事由となり、不法行為責任の成立は否定されるが、故意または重過失による行為から生じた損害については、不法行為責任が成立する。 ⇒契約の存在が不法行為の違法性を阻却する根拠が不明確。 法条競合説:契約法と不法行為法とは特別法と一般法の関係にあり、契約責任が認められる場面では、不法行為責任は成立しない。損害賠償請求権の根拠条文は競合するが、請求権は競合しない。

法条競合説について 不法行為責任に比べて、契約責任を追及する方が損害賠償請求する側には有利である場合が多い。 商法Ⅰ講義レジュメNo.10 法条競合説について 不法行為責任に比べて、契約責任を追及する方が損害賠償請求する側には有利である場合が多い。 しかし、不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は損害・加害者を知ったときから3年であるので、契約責任について3年より短い消滅時効期間が定められている場合は、不法行為責任を追及した方が有利である。 運送人の責任の消滅時効期間は1年。 ・債務不履行責任を追及する場合、債権者は債務者の責めに帰すべき事由の存在を立証する必要はなく、債務者側が故意・過失のなかったことを立証しなければならないと解されているのに対し、不法行為責任を追及する場合、被害者側が加害者の故意・過失を立証しなければならない。

請求権競合に関する考え方 裁判で認められる給付 損害賠償請求権 損害賠償 請求権 請求権競合 商577条 法条競合 民709条 商法Ⅰ講義レジュメNo.10 請求権競合に関する考え方 裁判で認められる給付 損害賠償請求権 損害賠償 請求権 請求権競合 法条競合 民709条 商577条 判例は従来一貫して純粋請求権競合説の立場にたってきたが、最近、場屋の主人の責任に関して、595条が不法行為に基づく損害賠償責任にも適用されるとして修正請求権競合説の立場に立つ判例も現れている。 運送人が運送品を不注意で壊してしまった

商法Ⅰ講義レジュメNo.10 損害賠償額(580条) 大量の運送品を廉価かつ迅速に運送しなければならない運送人を保護するため、運送品の滅失または毀損にかかわる損害賠償額の算定基準を定めている:民416条の一般原則を修正 特別損害については、たとえ予見可能なものであっても特約がない限り損害額として算定しない。 通常損害についても、その範囲を到達地の価格を基準として一律に算定する。 延着それ自体による損害については一般原則に従う 運送人が悪意または重過失により運送品を滅失・毀損させた場合は、一般原則に復帰(581条) ・民法の一般原則(416条)では、通常損害については実際に生じた損害のうち相当因果関係を有する一切の損害の賠償、特別損害については、予見可能な範囲で損害の賠償を請求することができる。 ・580条の趣旨に関しては、運送人の保護に加えて、損害賠償額の画一化による紛争防止が挙げられる。

581条の悪意・重過失の意義 悪意とは、ある事実を知っていること、ではなく「故意」という意味に解する。 商法Ⅰ講義レジュメNo.10 581条の悪意・重過失の意義 悪意とは、ある事実を知っていること、ではなく「故意」という意味に解する。 重過失とは、ほとんど故意に近いほど著しく注意を欠如した状態を意味する(判例・通説) 本条は、損害賠償額の算定基準に関する規定であり、578条の適用を排除する規定と解するべきではない。 ・581条の悪意を通常の意味と同じように事実の存在を知っていること、と解すると、滅失の場合は常に悪意となり、580条の存在意義が失われる。 ・重過失の概念は相対的であり、それぞれの局面においてその意義を明らかにしなければならない。 例えば、貨物を積んだトラックの荷台扉を閉じたことの確認を怠った場合に重過失を認定した判例がある。 ・近時、重過失の意義を比較的緩やかに解する判例もあり、故意と過失の中間くらいをいうとする学説も主張されている。 ・昭55年最判の原審は、運送人の使用人に重過失がある場合、581条の規定から578条による免責を受けることはできないと判示しているが、この点は解釈を誤ったものというべきである。

商法Ⅰ講義レジュメNo.10 高価品の特則(578条) 貨幣、有価証券その他の高価品については、荷送人が、運送を委託する際に、その種類および価額を明告しなければ、運送人は損害賠償責任を負担しない。 普通品としての価額を算定することは困難であるので、高価品の場合、明告がない限り普通品としての賠償責任も負わない。 貨幣、有価証券は例示にすぎない ・原則として、種類および価額の明告が必要であるが、種類の明告により価額を推知できるときは価額の明告は必要ではない。

商法Ⅰ講義レジュメNo.10 578条の趣旨 高価品は滅失の危険が高く、損害が高額であることから、予め高価品であることが明告されていれば、運送人は相当な割増運賃を徴収し、保険をかけ、運送上も特別の注意を尽くすことが期待できることから、明告を促し、運送人が予想外に高額の賠償義務を課せられることから保護する。 明告された額より運送品の価額が下回る場合は、賠償額を減ずることができる。 明告された額を上回る場合は? ・明告された額は、運送人が負担するべき損害賠償額の最高限度額を予知させるものと解されるから、「価額の明告は、運送品の概算価格の申告を意味するにすぎず、上限を意味するものではない」というような特別な商慣習が存在しない限り、実際の損害額が明告した額を上回ることを立証したとしても、その超過額については損害賠償請求をすることはできない。 ・高価品の明告がなければ、原則として運送人は滅失・毀損に関して損害賠償責任を負わないが、「明告はなかったが、運送人が高価品であることを知っていた場合に578条により免責されるか?」 ⇒否定説、普通の運送品としての注意をも怠った場合に限り、高価品としての損害賠償責任を肯定する説、たまたま知っていたとしても免責を認める説などが対立している。 ⇒明告は高価品についての賠償責任の発生原因であり、明告があり割増運賃が支払われない限り、責任を負わないとするのが最近の判例である。これに対しては、運送人が高価品であることを知った場合は荷送人に対してその旨告知し、割り増し運賃を請求するべきであり、それをせずに明告がないことを奇貨として賠償責任を免れることは信義則に反する。高価品としての損害賠償責任を認めた上で、荷送人が明告しなかったこととの過失相殺をなすべきである。

高価品の意義 重量および容積に比して著しく高価な物品をいう:最判昭45・4・21等、通説同旨 商法Ⅰ講義レジュメNo.10 高価品の意義 重量および容積に比して著しく高価な物品をいう:最判昭45・4・21等、通説同旨 肯定された事例:貴金属、象牙、郵便切手、美術品、骨董品、絵画、呉服、イラン製絨毯 否定された事例:外国製研磨機、パスポート、医薬品(抗生物質)、ゴルフ道具1式 ⇒一目見て高価な品であることが明らかなものや、個人にとって貴重品であってもそれ自体に交換価値がないものは高価品に該当しない。 運送取引実務においては、約款が多く用いられており、約款中に商578条と同旨の条項を設けることが多い。 標準貨物自動車運送約款:高価品として容器および荷造りを加え1キログラムあたりの価格が2万円を超える貨物を挙げている。

商法Ⅰ講義レジュメNo.10 578条は不法行為責任にも適用されるか? 純粋請求権競合説(判例):578により免責されるのは契約責任のみであり、不法行為責任まで免責されるものではない。 修正請求権競合説:578条は契約責任と不法行為責任の双方を免責した規定である。 法条競合説:不法行為責任を負わない以上、578条の適用の有無を論じるまでもない。 ・請求権競合説を前提とした場合、高価品の明告がなく、運送人が債務不履行に基づく損害賠償の責任を負わない場合にも不法行為に基づく損害賠償請求が理論上可能であるが、これを認めると、578条の趣旨が無意味にならないか?旧判例は、免責を認めるのではなく、責任を認めた上で過失相殺により賠償額を制限してきた。 ・宅配便約款による責任制限条項は、契約責任のみならず、不法行為責任にも適用されると解することが当事者の合理的意思に合致するというべきである、として修正請求権競合説に近い判断を下す判例が現れている(百選196~197p)。

運送人が故意・重過失により滅失・毀損させた場合の578条の適用の有無 商法Ⅰ講義レジュメNo.10 運送人が故意・重過失により滅失・毀損させた場合の578条の適用の有無 運送人またはその履行補助者が故意に運送品を滅失・毀損させた場合、明告がなくても578条の適用は認められず、運送人は損害賠償責任を免れない(通説) 重過失による場合には、578条の適用を認める見解と認めない見解が対立している。 ⇒最判平15・2・28は、免責約款についてであるが、故意・重過失がある場合に適用を否定した。 ・重過失の場合に578条の適用を認める見解は、高価品について明告を欠くと損害発生の蓋然性に差異を生じるとともに、損害額も運送人にとって通常予見できないほど高額となることなどを理由とする。 ・適用を否定する見解は、578条が免責を認める趣旨(運送人の保護)からすると、運送人に故意・重過失がある場合に、損害賠償義務が制限されることは、著しく衡平を害するものであり、当事者の通常の意思に合致しないことを理由とする。

本事例へのあてはめ 本件FDは高価品にあたるか? XはYらの不法行為責任を追及できるか? 不法行為責任への578条の適用あるいは類推適用はあるか? XはYに対していくらの損害を賠償請求できるか?

1:本件FDは高価品にあたるか? 運送品の本件フロッピーは、大型封筒入りの容積、重量であるのに、原告主張によると、評価額393万6千円もの財産的価値を有する物品というのであるから、高価品に当るといわなければならない。 (神戸地判平2・7・24)

商法Ⅰ講義レジュメNo.10 2:不法行為責任 本件FDの紛失は、Bにおいて運送品配達の基本的注意義務を怠ったために生じたというべきであるから、Bの過失(民709)によると認めるのが相当である。 YがBの使用者であることは当事者間に争いがなく、Bの行為はYの事業の執行中の行為であることも明らかであるから、YはBの不法行為につき使用者責任(民715)を免れない。 以上のように請求権競合説の立場から不法行為責任の成立を認めた。 ・本件においてBの重過失とまではいえないと判断した。

商法Ⅰ講義レジュメNo.10 3:不法行為への578条の適否 商法578条による運送人の保護の特則は、運送契約上の債務不履行責任にのみ関するものであって、運送人の不法行為責任も右法条によって免責されると解することはできない。 従来の判例と同じく純粋請求権競合説の立場に立った上で、過失相殺により原告の過失を6割と認定し、損害と認定された額の4割の賠償を命じた。 ・ そうとすると、録音テープの反訳、文書化の費用は、一時間テープで二万五〇〇〇円と認めるのを相当とする。そこで前記のとおり本件フロッピーは、少くとも録音時間八七時間の録音テープに集録の会話、講演等を文書入力したものであるから、文書入力に二一七万五〇〇〇円(齊條ヤ当り二万五〇〇〇円×八七時間)の費用がかけられたものと推認するのが相当であり、これに弁論の全趣旨により認められる。本件フロッピーの入力前の材料としての価額三万六〇〇〇円(一枚当り二〇〇〇円の割合で一八枚分)を加えると、本件フロッピーは二二一万一〇〇〇円の価額の財産的価値を有する物品と認めるのが相当である。原告は本件フロッsーの紛失により右価額相当の損害を被ったというべきである。 ・ そうとすると、原告において本件フロッピーの運送委託に際し、内容物の価額を明告することによって、運送人ないしその被用者をして特別の注意を払って運送に当らせることにより損害の発生を防止できたというべきであるから、損害発生を防止しようとしなかった原告側にも大きな過失があったと認めるのが相当である。  そして原告の右過失は本件フロッピーの紛失による原告の損害発生の一因となっていることは否定できない。前記認定の本件フロッピーを原告方に配達に赴いた谷の過失と対比し、原告の右過失を斟酌すると、原告の前記損害額二二一万一〇〇〇円のうち被告大阪佐川急便に賠償を命ずべき金額は、右損害額の四割に当る八八万四四〇〇円とするのが相当である。

商法Ⅰ講義レジュメNo.10 私見 運送人またはその履行補助者の重過失とは、運送契約における具体的な注意義務に照らし、同様の立場の者であれば、まず怠らないであろう注意を怠った著しい不注意をいう、と解する。 契約責任と不法行為責任がともに成立しうるとしても、事実は一つであり、その評価の観点が異なるに過ぎない。したがって、過失による損害は契約責任のみで評価し、故意または(上記の意味での)重過失による損害についてのみ不法行為責任でも評価しうると解するべきである。 明文の規定のない限り、契約責任の制限は不法行為責任には適用されないと解する。 私見によると、軽過失の場合は契約責任のみを追及できるので、578条により免責される場合は、不法行為責任は追及できない。(本件の場合、Xは損害賠償請求できない。Xに酷なようであるが、FDであると告げただけで数百万円の価値があると推認することは不可能であり、明告するべきであった。このように解することで、明告を促し、かかる事件の発生自体を減少させることにつながる。) 故意または重過失による損害の場合は、契約責任が免責されるとしても、不法行為責任を追及する余地がある。ただし、明告をしていないことによる過失相殺が可能である。 ・もっとも、本事例におけるBの行為は重過失と評価することもできるのではないか、と思われる。