牧島一夫 東京大学 理学系研究科 物理学専攻 および 理化学研究所宇宙放射線研究室 電磁波と粒子線の観測から探る宇宙の進化 牧島一夫 東京大学 理学系研究科 物理学専攻 および 理化学研究所宇宙放射線研究室 2004/01/31 「大学と科学」
1. 自然界の4つの力(相互作用) 強い力(核力)-- 陽子と中性子が集合して原子核ができる際などに働く。短距離しか届かない。 弱い力--きわめて弱く、短距離しか届かない。中性子が陽子に崩壊する(ベータ崩壊)のさいなどに働く。 電磁気力-- もっとも身近な力で遠距離まで届く。電子、陽子、光子などに働く。静電気、磁石、電磁波の放射と検出、化学反応など。 重力-- 宇宙では根本的な力だが、きわめて弱いため、巨大な質量をもつ物体でないと発現しない。 強い力(核力)-- 陽子と中性子が集合して原子核ができる際などに働く。短距離しか届かない。 弱い力--きわめて弱く、短距離しか届かない。中性子が陽子に崩壊する(ベータ崩壊)のさいなどに働く。 電磁気力-- もっとも身近な力で遠距離まで届く。電子、陽子、光子などに働く。静電気、磁石、電磁波の放射と検出、化学反応など。 重力-- 宇宙では根本的な力だが、きわめて弱いため、巨大な質量をもつ物体でないと発現しない。 陽子 中性子 電子 ニュートリノ 光子 強い力 ○ × 弱い力 電磁気力 △ 2004/01/31 「大学と科学」
2a. 重力と宇宙 宇宙の誕生、構造形成、および進化 を支配する、もっとも根源的な力 (たとえば D:岡村の講演)。 重力の存在や強さは、重力に影響 された天体やガスの運動を、重力以外の相互作用を利用して測ることで、初めて知ることができる。 暗黒物質 (F:蓑輪)--- 重力の大部分を作り出している未知の物質。重く、相互作用の弱い、超対称性粒子か? 重力を直接に検知することは、ひじょうに難しい。 (1) 一般相対論にもとづく、重力レンズ効果。 (2) 時空の歪みが、さざ波のように伝わる、重力波。 2004/01/31 「大学と科学」
2b. 重力レンズ効果 ハッブル宇宙望遠鏡で撮影した銀河団アベル2188の画像(ハッブルHPより)。暗黒物質の作り出す巨大な重力場のため、背景の天体の像が歪んで、円弧に見える。 2004/01/31 「大学と科学」
3. 「弱い力」で見る宇宙 【弱い力】 中性子のベータ崩壊 (n → p + e + νe)などをつかさどる力。 左右の対称性の破れ、物質と反物質の非対称性などに関係した、重要な力。 きわめて弱く、短距離しか届かないので、他の力の影響に隠れてしまうことが多い。→ニュートリノを使う(G:鈴木の講演) 陽子 中性子 電子 ニュートリノ 光子 強い力 ○ × 弱い力 電磁気力 △ 2004/01/31 「大学と科学」
4a. 宇宙と「強い力」 【強い力(核力)】 陽子や中性子を結合し、原子核を形成する力。湯川博士が研究の糸口を開いた。 宇宙での元素合成(H:茂山)に重要。 宇宙の「ふつうの物質」(暗黒物質ではない物質) の主成分である陽子(=水素の原子核)は、強い力にひじょうに敏感。 詳しくいうと、強い力は、陽子を構成するクォークに働く。 陽子 中性子 電子 ニュートリノ 光子 強い力 ○ × 弱い力 電磁気力 △ 2004/01/31 「大学と科学」
4b. 宇宙線 H:山本(明)の講演など 宇宙線スペクトル 宇宙から到来する超高エネルギーの放射線で、おもに陽子、ヘリウム原子核など。 約百年前、Hess が発見。気球で上空に上がると放射能が強くなることから発見。 荷電粒子は宇宙の磁場で曲げられてしまい、どこで宇宙線が作られているか謎。 低エネルギーでは、太陽活動が高まると宇宙線の個数が減る。太陽風に押し戻されるため。宇宙線が太陽系の外から来ている証拠。 宇宙線スペクトル 30 桁 10 桁 N∝E-3 宇宙線の到来個数N 地上の加速器で到達できる最高エネルギー エネルギー E (電子ボルト) 2004/01/31 「大学と科学」
5a.電磁波で探る宇宙 【電磁力が伝わるとは…】 【宇宙観測における電磁波(光子)の利点】 波動的な描像 → 電磁波を媒介として力が伝わる。静的な電磁場はその特別な場合。 粒子的な描像 → 電磁場の量子である「光子」をやりとりすることで力が伝わる。 【宇宙観測における電磁波(光子)の利点】 電荷をもたないので、宇宙磁場に曲げられず直進できる。 検出しやすい。可視光は肉眼でさえ検知できる。 波長 (周波数、光子エネルギー) にして、25桁以上も利用でき、宇宙の異なる面が明らかにできる。 宇宙の情報の大部分は、電磁波を利用して得られて来た。 2004/01/31 「大学と科学」
5b.電磁波の種類と特徴 種 類 波長 または エネルギー 身近な利用例 検出方法 電波 長波 > 数百m AMラジオ 種 類 波長 または エネルギー 身近な利用例 検出方法 電波 長波 > 数百m AMラジオ 電気的な振動として 検知 (超)短波 数百m 〜1 m FMラジオ、テレビ マイクロ波 1 m〜 1 mm 電子レンジ、携帯電話 赤外線 遠赤外線 1mm〜10μm ヒーター、自動ドア エネルギーの流れとして検出 近赤外線 10〜0.8μm 防犯装置、カメラAF 光(可視光) 800〜400 nm 2〜4 eV 眼、光学器機、望遠鏡 紫外線 400〜20 nm 4〜100 eV 殺菌、ブラックライト エックス線 100〜 10万 eV 医療診断、非破壊検査 個々の光子として検出 ガンマ線 > 10万 eV 非破壊検査、がん治療 2004/01/31 「大学と科学」
5c. なぜ「可視光」か? 大気が可視光に対して透明。 電磁波に対する大気の透明さ 太陽の放射が、近赤外線から可視光にかけて最も強い。 生物の眼は化学変化を利用して光を検知する。可視光の光子エネルギー (2〜4 電子ボルト) は化学変化のエネルギーにほぼ一致する。 電磁波に対する大気の透明さ 電波 赤外線 紫外線 光 X線 ガンマ線 高度 50 km 100 km 太陽のスペクトル 2004/01/31 「大学と科学」
5d. 可視光の光子エネルギーを実感する 可変直流電源(0〜5ボルト) 三色の発光ダイオード(LED )を図のように共通の電源につなぐ。 100Ω 150Ω 220Ω 三色の発光ダイオード(LED )を図のように共通の電源につなぐ。 各LEDの両端電圧をテスタで測りながら、電源電圧を上げてゆく。 赤色LEDは両端電圧が約2.2ボルトになると光り始める。 緑色LEDは両端電圧が約2.7ボルト、青色LEDは約3.4ボルトで発光を開始する。 テスタ 2004/01/31 「大学と科学」
6a. 大気の2つの窓 多くの波長で、宇宙からの電磁波は大気により吸収または散乱され、地上に届かない。 しかし可視光と電波という2つの窓では、大気の影響が少ないため、地上から宇宙が見渡せる。 可視光では有史以前から宇宙が観測されて来た。 電波領域では第2次大戦後、第2の天文学が発達。 電波 赤外線 紫外線 光 X線 ガンマ線 高度 50 km 100 km 原子中の電子による光電吸収 大気分子(水、CO2など)の回転と振動 電子のコンプトン散乱 大気分子の振動 オゾンが最も長波長での吸収を担う CO2の増加による地球温暖化 2004/01/31 「大学と科学」
6b. 可視光で見る宇宙 肉眼では約6等星まで見える。 人間の瞳は、直径およそ5mm。口径5cmの双眼鏡は、肉眼の100倍の集光面積をもつ。 双眼鏡を使うと6等星の1/100の明るさの、11等星まで見える。 深宇宙を観測するには、大口径の望遠鏡、高性能のCCDカメラ、長時間の露出が必要。 「すばる」などの大形望遠鏡→深宇宙探査(E:海部の講演ほか)。 中型望遠鏡→専用連続観測 (D:岡村のSDSS、 D:吉井のマグナム)。 では小型望遠鏡の生きる道は? 2004/01/31 「大学と科学」
6c. 太陽系外惑星 (E:海部) 近傍の恒星の長期観測により、すでに木星並みの質量をもつ110個の惑星が発見ずみ。 HD210277星の4年間のドップラー曲線。公転周期P=1.19 年の惑星の存在がわかる。 近傍の恒星の長期観測により、すでに木星並みの質量をもつ110個の惑星が発見ずみ。 惑星系は、きわめてありふれた存在らしい。 太陽系とは、似ても似つかない惑星系が多い。 地球型惑星の探査が急務だが、技術的に困難。 2004/01/31 「大学と科学」
6d. 富士山頂サブミリ波望遠鏡 宇宙電波は地上から観測できるが、波長<1 cm になると、大気の吸収が効き始め、高地が必要に(H:山本智の講演)。 富士山頂 剣が峰より 2004/01/31 「大学と科学」
7a. 大気圏外に出る 大気の「2つの窓」以外の電磁波で宇宙を観測するには、気球、ロケット、人工衛星など飛翔体を用い、大気圏外に出る必要がある。これは第3の天文学として、1960年代より後に発達してきた。 電磁波に対する大気の透明さ 電波 赤外線 紫外線 光 X線 ガンマ線 高度 50 km 100 km 電磁波の波長 光子のエネルギー 2004/01/31 「大学と科学」
ヘリウムを詰めて放球。上空でドーム球場に匹敵する大きさに膨れる 7b. 大気圏外に出る手段 大気球に観測装置を載せ高度 40〜50 kmに昇ると、宇宙の赤外線やガンマ線が観測できる。 日本では岩手県三陸町。 X線や紫外線の観測にはロケットで高度100 km 以上に昇る必要がある。観測ロケットでは約5分間しか観測できないので、人工衛星が登場する。 ここに 科学衛星 が搭載されている ヘリウムを詰めて放球。上空でドーム球場に匹敵する大きさに膨れる 観測 装置 パラシュート 鹿児島県内之浦 2004/01/31 「大学と科学」
7c. 日本の宇宙開発体制 2003年10月1日、宇宙開発事業団(NASDA)、宇宙科学研究所(ISAS)、航空宇宙技術研究所(NAL)の三機関が統合し、新たに宇宙航空研究開発機構(JAXA)が誕生 (http://www.jaxa.jp/)。 固体式のミューロケットを用い、科学衛星を打ち上げて来た 液体式のHロケットを用い、実用衛星を打ち上げて来た 2004/01/31 「大学と科学」
L-4S M-4S M-3C M-3H M-3S M-3SII M-5 7d. ミューロケットによる科学衛星の打上げ たんせい4 ひのとり てんま おおぞら たんせい2 たいよう CORSA はくちょう はるか のぞみ ASTRO-E はやぶさ たんせい3 きょっこう じきけん たんせい しんせい でんぱ さきがけ すいせい ぎんが あけぼの ひてん ようこう あすか おおすみ 80年代 後半 〜90年 代前半 80年代 前半 1970年代 L-4S M-4S M-3C M-3H M-3S M-3SII M-5 2004/01/31 「大学と科学」
8a.宇宙からのX線 1962年、アメリカの宇宙線研究者たちが、観測ロケットにより、宇宙からX線が来ていることを偶然に発見。 小田稔 (1923〜2001) 東京大学名誉教授、元宇宙科学研所長、文化勲章を受賞 R.ジャコーニ (2002年ノーベル物理学賞受賞) 2004/01/31 「大学と科学」
8b.日本のX線天文衛星 「はくちょう」(1979) 96 kg、感度1 「てんま」(1983) 216 kg、感度 10 「ぎんが」(1987) 420 kg、感度200 「あすか」(1993) 417 kg、感度 5000 2004/01/31 「大学と科学」
8c. X線で見た太陽コロナ 「ようこう」、SOHO(欧)、TRACE(米)などの衛星は、X線や紫外線で、太陽の驚くべき姿を描き出した。超高温の電離ガスが磁場で閉じ込められ(太陽コロナ)、しばしば磁気エネルギーの解放のともなう爆発現象(太陽フレア)が発生。 2004/01/31 「大学と科学」
9a. ガスを吸い込むブラックホール 「はくちょう座 X-1 は、1秒以下の短時間で激しく変動しているので、極めて小さい天体と思われる。小さい天体で、X線を放射できるような極端な物理状態にあるものとしては、ブラックホールが考えられる」 (小田 1971)。 大質量の星HDE226868 2004/01/31 「大学と科学」
9b. 近傍銀河中のブラックホール候補 光(左)とX線(右)で見た渦巻き銀河M83 熱いガスの放射する広がったX線と、多数の点状のX線源が見える。そのうち最も明るい20個ほどは、中質量ブラックホールと思われる。 赤い点は右図のX線源を示す。 2004/01/31 「大学と科学」
9c. 続々登場するブラックホール天体 〜1995以前 〜1995以後 銀河中心の巨大BH (数百〜数千個) 100 102 104 106 宇宙には、さまざまな質量のブラックホールがあり、それらは宇宙の進化に重大な役割を果しているらしい。 銀河中心の巨大BH (数百〜数千個) 100 102 104 106 108 銀河中心の 巨大BH 質量(太陽比) 中質量BH (数十個) ガンマ線 バースト 恒星質量BH 恒星質量BH(数十個) 初源BH? 天の川銀河 近傍銀河 遠方宇宙 初期宇宙 2004/01/31 「大学と科学」
10a. ガンマ線バースト 1960年代の後半、アメリカはソ連の地上核実験に伴うガンマ線を、宇宙空間から監視していた。 地上からのガンマ線は検知されなかったが、1日1回ほど天空から、ガンマ線の津波が到来することが発覚。 当初は最高級の軍事機密とされたが、やがて未知の天体現象とわかった。 いつどこで発生するか予言できず、しかもガンマ線は数秒〜1分で消えてしまうので、正体解明は困難を極めた。 1997年、イタリアの衛星が、バースト後に数日続く、「X線残光」を検出。その位置に光の望遠鏡が、ひじょうに遠方の銀河を発見。 2004/01/31 「大学と科学」
10b. ガンマ線バーストを追う HETE-2 衛星 バーストが発生すると、その位置を自動で決定 理研、アメリカ、フランスの共同で作られたガンマ線バースト専用衛星。2000年10月9日、ペガサスロケットにより飛行機から打ち上げられた。 広い視野でガンマ線バーストを監視 世界の望遠鏡(ロボット望遠鏡など)が反応 バースト位置をインターネットで世界に通報 地上局 2004/01/31 「大学と科学」
10c. 2003年3月29日の巨大ガンマ線バースト 東工大キャンパス屋上にて河合誠之教授、大学院生の佐藤理江さんらが撮影。 3/29 21:57 3/30 02:08 3月29日20:37(日本時間)、巨大ガンマ線バーストが発生、HETE-2 が位置決めに成功。1時間後に、世界各地で、残光の検出に成功。 1週間後、残光のスペクトル中に明らかなハイパーノバ(極超新星)の特徴が出現。 ガンマ線バーストは、大質量星が崩壊し、ブラックホールができる際に発生するらしい。 ただし超新星のうちガンマ線バーストを伴うものは、ごく一部か。 2004/01/31 「大学と科学」
11. ハッブルとWMAP 地上から観測ができる可視光や電波の領域でも、宇宙空間に出ると、大気の揺らぎが無くなるため、はるかに高精度の観測ができる場合がある。 ハッブル宇宙望遠鏡。距離 20 Mpc程度の銀河の中に多数のケフェウス型変光星を検出し、宇宙膨張を記述するハッブル定数を、H0 = 72 ±3 km/s/Mpc と決定。 WMAP衛星による宇宙マイクロ波背景放射の精密測定(D:須藤「夜空のむこう」)。宇宙論パラメータを一網打尽に決めた。宇宙年令は137 ±4億年。 2004/01/31 「大学と科学」
12. おわりに 宇宙の研究は、理論と、先端技術に支えられた実験観測を車の両輪として、急速に進みつつある。 【今後の課題】 (1) 電磁波以外の観測手段の推進。 (2) 暗黒エネルギーの意味と正体の解明。 (3) 「進化」とエネルギー非等分配の物理。 (4) 地球型の太陽系外惑星の探査。 2004/01/31 「大学と科学」