~建築市場の素晴らしさ,そしてその立ち上げのポイント~ 〔建築市場基調講演,第3年度第7回〕 建築市場集団の形成時の核心部を発掘する ~建築市場の素晴らしさ,そしてその立ち上げのポイント~ 早稲田大学ビジネススクール 経営専門大学院(MBA担当) 大学院アジア太平洋研究科 教授 椎 野 潤
1.プロローグ 今日も建築市場研究会の愛知大会に,大勢の人が集まっている。それは,この「建築市場」が素晴らしいものだからである。今日は,まず,その素晴らしさを,しっかり理解しなおすことにしよう。そして,その素晴らしい集団を,どのようにして作って行けばよいかを,ここで徹底的に探究していくことにしよう。
2.建築市場は,何故,素晴らしいのか 2.1 素晴らしい企業集団「建築市場」 建築市場の集団は,とにかく素晴らしい。良い住宅が安く予定の工期通りに出来て,顧客には,深く信頼されている。グループの中に争いがなく,信頼関係で結ばれ見事な秩序を生み出し,この透明な情報と信頼関係により,どこからともなく利益を生み出し,これを公平に分けている。どう考えても,これまでの普通の建設業界とは違っている。どこか狡い,信用できない,汚いと言う,これまでのイメージは消えている。それでは,これからこれを解明する旅に出よう。
顧客 良い家 信頼 信頼 透明な情報 設計者 工務店 予定 通りに 安く 信頼 信頼 職人組合 利益 図1 素晴らしい企業集団「建築市場」
2.2 建築生産の新しいビジネスモデル 2.2.1 ビジネスモデルの比較 この建築市場の企業集団が事業利益を得るパターンは,これまで建設業で利益を得てきたパターンとは基本的に異なっているようである。ここではビジネスにおいて,どのようにして利益を得るのかと言う「利益の獲得のパターン」をビジネスモデルとよぶことにすると,結局ここでは,両者のビジネスモデルに,基本的な相違があると言うことになる。そこでまず,このビジネスモデルの比較を試みることから,はじめてみることにしよう。
1)建設業のビジネスモデル 建設業のビジネスモデルは,一言で言えば「差益を得る」ビジネスモデルである。しかし,近年における,わが国の建設業のように,市場規模が縮小して行く時代には,このビジネスモデルは,悪循環に陥っていくおそれが多いようである。すなわち,以下の悪循環が生ずる。 (1)建設業者は,顧客(発注者)に対して,利幅のある見積を,細部が判らないように隠蔽して提出する。 (2)顧客(発注者)は,値引きの余地があると考えて,値引き交渉する。または,受注を希望する他の競争相手と競わせて契約額の引き下げをはかる。すなわち,逆オークションを実施する。
(3)度重なる駆け引きの末,合意に達して契約する。ここで,建設業者は,仕事がない時期なので,取れないよりはましと考えて,有り難くない仕事と思いながら安値で受注する。発注者は,まだ,値切れたのではないか,これでも,まだ十分,業者は儲けるだろうと考えている。 (4)建設業者は,受注した価格よりも安い価格で下請け業者に請け負わせる。値切られた分は,そのまま下請け業者を値切って契約する。
図2 建設業のビジネスモデルの悪循環 安い見積書は 作れない 顧客に利幅のある 見積を提出する 利益が出ない 値引交渉 値引を見込んだ 逆オークション 値引を見込んだ 見積書を作る 駆け引きの 上で契約 顧客に利幅のある 見積を提出する 安い見積書は 作れない 利益が出ない 協力しない 不信感をもつ 値引かれた分 を安く下請に 請負わせる 差益をうる 図2 建設業のビジネスモデルの悪循環
(5)一方的な値切りで,下請け業者は,不信感をつのらせる。 (6)下請け業者は,本気で協力する意欲を失っていく。 (7)利益がでなくなる。 (8)顧客へ出す見積は,コスト低減の方向へ向かわなくなる。また,値切り代を乗せて見積を出す。 すなわち,関係者の間で交換される情報は,駆け引きを意図して作為的に加工されており透明でない。これが相互不信を生み,さらに,これが増幅していく。
2)サプライチェーンマネジメントのビジネスモデル 近年,多くの産業でサプライチェーンマネジメントと呼ばれる改革が進められている。ここでは,そのサプライ(供給)のチェーン(連鎖)の上にいる企業が,情報を公開し共有し,お互いの間にあるむだを共同で排除している。この結果,サプライのチェーンは,次第に合理化されていき,コストが低減していく。これにより利益が,どこからともなく湧いてでるように出でくるが,これは関係者が公平に分配する。
このビジネスモデルは,順調に進展すれば好循環し,次第に競争力のある集団になっていくが,わずかなところで躓くと,悪循環に転落してしまう危険も常にはらんでいる。すなわち,以下のような循環が形成される。
(1)お互いの情報を透明に公開しあう。 (2)サプライのチェーン上の問題点が,関係者全員に見える。 (3)これにより,関係者が全員で協力して改善を進めることができる。 (4)全体最適をめざした合理化をおこなう。 (5)コストが低減される。 (6)利益がでる。 (7)利益も互いに公開する。 (8)信頼感が一層増幅する。 (9)情報が一層透明になる。 (10)(2)へもどる(好循環が回転する)。
図3 信頼の好循環と悪循環への転落 情報が不透明 になる 駆け引きを 始める 不信感が増幅する 利益は出ない コストは下らない 合理化が 進まなくなる 不信感が 芽生える 問題点が 見えなくなる 情報透明に 公開する みえる 協力して 改善できる 信頼感が 生まれる 合理化する コストが下がる 利益が出る 利益を公開する 信頼感が増進する 一層透明になる 欲が出る 利益をかくす 図3 信頼の好循環と悪循環への転落
しかし,利益が出たときに欲がでると,今度は,悪循環に転落していく。 (1)利益がでる。 (2)利益を隠す。情報の一部の隠蔽により,情報が不透明になる。 (3)問題点が見えなくなる。 (4)不信感が芽生える。 (5)合理化が進まなくなる。 (6)利益が出なくなる。 (7)不信感が増幅する。 (8)相互で駆け引きを始める(悪循環に落ち込む)。
すなわち,サプライチェーンマネジメントのビジネスモデルが順調に回転すれば,次第に利益を生み出す好循環が生ずるが,利益を得たときに欲をだすメンバーが現れると,悪循環に一気に転落する。
このサプライチェーンマネジメントによる建築生産のビジネスモデルは,これまでの建築生産のビジネスモデルとは,基本的に利益の生み出す構造が違っている。すなわち,このビジネスモデルは,巧みに契約して差益を得るのではなく,透明な情報を互いに公開して共有し,全体最適をめざして共同で改革し,その総合的な合理化によるコスト低減で,利益を得るビジネスモデルである。これは高度情報化社会において,ネットワークコンピューティングによる情報の共有・共用ができるようになったため,実現したものである。
近年,高度に進展した情報化社会の中で,ITを高度に使用して連携し,合理化を実現している集団が,すでに現れてきている。この研究会で研究している建築市場のビジネスモデルは,どうやら,このタイプらしい。そこで,この集団の先頭に立って改革を進めている鹿児島建築市場を,とりあげて,その特徴をもう一度再点検してみよう。
図4 新しいタイプのビジネスモデルの登場 (ⅰ)これまでの建築生産ビジネスモデル (ⅱ)新しいビジネスモデル 顧客 顧客 巧みに交渉して契約 建材店 巧みに 契約 工務店 建材店 工務店 職人達 巧みに交渉 職人達 無駄 無駄は宝物、皆で みつけて掘り出す 宝の山(合理化) 利益 利益 (ⅰ)これまでの建築生産ビジネスモデル (ⅱ)新しいビジネスモデル 図4 新しいタイプのビジネスモデルの登場
2.2.2 新しいビジネスモデルの実践者,鹿児島建築市場 この建築市場集団を牽引しているのは鹿児島建築市場である。この鹿児島建築市場は,鹿児島県で木造軸組工法の戸建て住宅を建設している中小の160社ほどの企業の集団であり,IT技術を高度に活用し,集団として秩序のある行動をとり,合理的な生産を実現している。 この集団の素晴らしいところを,列記してみると以下のようになる。
(1)全員がコンピュータを使い,インターネットとホームページにより日常業務を消化しており,緩やかな連携の中に整然とした秩序が形成されている。 (2)共同で本社機能の統合センターであるCAD積算管理センターを設け,ここに参加している工務店の経営者達は,積算・見積,資材調達の折衝と工事管理をアウトパートナリングして,自身は営業に専念し,自社内の経営効率化に成功している。 (3)顧客と工務店の間で,建築したい住宅のラフプランが固まると,翌日,明細見積書を提出できる体制が確立している。
(4)必要資材の数量を,早い時期に精算数量として算出し,これをメーカーに提示し,顧客との間の工事契約の確定とともに,メーカーへの発注内容を確定して送信し,納入日を明確に指示することにより,メーカーおよび問屋側の流通の合理化を可能にし,この結果,資材を安価に入手することに成功している。すなわち,デマンドマネージメトによる流通費の削減に成功している。これは,建設業界で普通におこなわれている大量発注による値引き要求とは,根本的に相違するものである。
(5)工事の工程を早期に確定しで資材の納品を9回に整理し,建設資材は,共同で設置した調達物流センターを経由して,各工事現場にJIT配送で巡回共同配送している。これにより資材の運搬費は最小になっている。 (6)また,必要な資材が,必要なときに丁度配送されることにより,現場の大工等が,資材を探す,移動するなどの行為が減り,手待ちも減少し,作業効率は,格段と向上している。 (7)工事中に発生する残材は,現場に設置したリサイクルボックスの中に集めておき,巡回回収便で回収している。すなわち,循環型建築生産の起点となる自主共同巡回回収を具体的に開始している。
(8)住宅品質確保促進法に積極的に対応して,高度の品質性能の保証体制を確立している。 (9)自主的な金融システムを構築し,日常業務管理のコンピュータデータを活用し,これにより工務店ならびに調達物流センターに対して新たな与信を獲得し,エスクロウを通じた新たな形態の融資を試行している。これにより,メーカーに対する資材購入代金の現金決裁体制が確立し,これがコスト低減に貢献している。 これらの成果は,このグループに所属する全ての企業が,業務処理の全てをコンピュータ処理により行い,そのデータを互いに連携させ,その全てを公開していることにより実現したものである。
3.建築市場をどうやってつくるか さて,次に,この素晴らしい建築市場を,どうやって作るのか,探検してみよう。この建築市場のビジネスモデルは,構成員が自主的に活動し,秩序を自己組織的に生成していくものである。これにより組織の壁を持たず,環境変化に柔軟に対応できる生きた組織になるのであるが,このため,これを形成して行く過程が大変に難しい。これは中央の強力な指導力で,統制して全国に展開していく組織化とは基本的に異なるのである。ここでは,この建築市場集団の形成過程に視点をあて,詳細に検討していくことにしよう。
この集団構成を大きくわけると次の4段階になる。 (1)第一段階:建築市場協議会の設立に至るまでの段階 (2)第二段階:CAD積算管理センター(以下,省略して「CADセンター」と呼ぶ)を設置して運用できるようになるまでの段階 (3)第三段階:住宅の品質確保の促進等に関する法律(以下,「品確法」と言う)による品質・性能保証と積算・見積業務を実務として受託して,これを消化できるようになるまでの段階 (4)共同調達システム,金融システムの運用ができるようになるまでの段階
第1段階:建築市場協議会の設立に至るまでの段階 次に,この各段階で,実施しなければならないことと注意点等を列記してみよう。 第4段階:共同調達と金融 第3段階:品確法・見積業務受託まで 第2段階:CAD積算管理センター設置まで 第1段階:建築市場協議会の設立に至るまでの段階 図5 建築市場の立ち上げの段階
3.1 建築市場協議会設立まで 建築市場協議会の設立までの間の期間は,この集団作りにとって,きわめて重要な期間である。この鹿児島モデルの新しい発想を十分理解し,強い絆に結ばれた人間集団のコアーができるのは,この段階だからである。この第一段階には,以下の二つのステップがある。 (1)ステップ1:コアーになる集団の形成,息の合った5~6人でミーティングを重ねて,建築市場のパラダイムと方法を学習する。 (2)ステップ2:建築市場協議会を設立する。
1)コアーメンバーの形成 鹿児島モデルを実践する集団を形成する場合の最初の仕事は,仲間作りである。まず,数人,気の合った人々で会合を持つ,この場合に,その人選が重要である。誠実な人柄で積極性があり,心が広くて柔軟性のある人がよいことは言うまでもない。そして,信頼し合えること,お互いのこれまでの仕事ぶりに尊敬の念をもっている間柄であれば,最も良い。しかし,このような仲間を見つけるのは,なかなか難しい,その点で,早稲田大学建築市場研究会と各地の建築市場協議会が開催している「パラダイムシフト大会」が有効である。ここで感動して出会い,素晴らしいグループが形成された例が沢山ある。
グルーブが形成されて意気統合すると,鹿児島へ鹿児島建築市場を見学にいく。鹿児島建築市場の高橋寿美夫氏は,この見学を歓迎してくれる。日本全国から,このうような見学者が押しかけており,自分の会社の仕事ができないほどなのだが,丁寧に案内して細かく説明してくれる。そして多分,この人達は,高橋氏と意気投合するだろう。 鹿児島から帰った人達は,周囲の人達に鹿児島で見て学んだことを話すだろう。見てきて一番驚いたのは資材が安く買えていることである。大勢集まって買えば,そんなに安く買えるのかと単純に驚く。次に,見積書が翌日にできてしまうことである。この噂がひろまると,急に大勢の人達が仲間に入りたいといってくる。
しかし,ここで困った問題が起きてくる。資材が安く買えることに目が眩んだ人々の中には,周囲との協調などには関心がなく,金儲けのためなら手段を選ばないひとも多い。自分勝手で,猜疑心が強く協調性に欠けている。この人達が入ってくると,新しいパラダイムを共有する強い絆に結ばれた集団作りは難しくなる。そこで資材が安く買えるということは,できるだけ表にださないことにする。そうすると,今度は,説得が難しくなる。皆,建築市場に入れば,どこで幾ら儲かるのかをさかんに聞くからである。たしかに鹿児島モデルが実現すると利益が出てくるのだが,その利益は,どこからともなく泉のように湧いてでるものなのである。
目をぎらつかせて儲け,儲けと追いかけると,どこかへ消えてしまう。これを分かってもらうのが難しい。大変,辛抱強いコアーチーム作りとなる。良いことだから早くやりたいのだが,焦ってもうまくいかないのである。最短でも半年はかかる。5~6人からはじめて,本当にわかり合える人が30人になるまで,焦らず粘り強く,コアー作りの話し合いを重ねる。
建築市場パラダイムシフト大会 最初のコアー 外へ行くほど ゆるいつながり 図6 コアーメンバー作り
2)大きい会社のコアー作り 鹿児島モデルの新しいパラダイムに会社を大変換させるには,総勢5~6人位の小さい会社の方が楽である。社長が,それまで自分でやっていた,顧客へ提出する見積書の作成や,納入業者との資材購買の値引き交渉をやめて,営業に専念し,社員達にも,明日からは営業に専念してくれと言えば,これで新しい体制ができるからである。しかし,少し大きい会社で,設計部長,見積室長,調達室長,工事部長などがいる会社では,そう簡単にはいかない。このことから,建築市場集団の最初のコアーチームに参加する企業は,小さい企業の集まりの方が成功率が高いのである。
しかし,コアーになりそうな人達とミーティングしてみると,少し大きい会社の経営者の方が,さすがに見識があり頼りになる人が多い。ここに大きなジレンマがある。 このような大きい会社では,短期間に会社全体のパラダイムをシフトするのは困難なので,会社の事業の内,ごく一部を鹿児島モデルに変えてみて様子をみることになる。そうすると会社の中に,また会社ができたようになり,大部分の社員は,関係ない余所の会社のことのように傍観して関心を示さない。
結局,このような会社では,社内で新しいパラダイムを共有するコアーメンバー作りから始めねばならないが,それには,その社員達を鹿児島に行かせて見学させ,高橋氏の話をきかせるのが有効である。そして,さらに,建築市場研究会に大勢派遣して勉強させるのも,さらに有効である。ここでは経営者自身が勉強し,会社の経営陣全員のパラダイムをシフトさせることが,最終的に必要となる。しかし,これがもし実現すれば,大きい会社は,それなりに強力であり,すごい力を発揮するだろう。現在,各地の建築市場の中で,大きい会社が中心になって,熱心に集団作りを進め,成功しつつある地域も現れてきている。そのような企業では,社内の体質が急速に変化している。
図7 大きい会社のコアー作り 各地の建築市場 パラダイムシフト 大会 建築市場研究会 パラダイム シフト 営業 経理 設計 工事 見積 管理 調達 見積 設計 小さい鹿児島 モデル 大きい会社 CAD積算 管理センター アウトパートナリング パラダイムシフト 大会 建築市場研究会 パラダイム シフト 小さい 会社 各地の建築市場 図7 大きい会社のコアー作り
3)建築市場協議会の設立 各地で建築市場を形成しようとしている人達にとって,建築市場協議会の設立総会は,第一段階完了の節目である。数人のコアーメンバーのミーティングから始まり,志を同じくする仲間を集める間,建築市場協議会設立準備会という組織を作って活動している地域も多いが,この日は,それが正式の組織として認められる記念日でもある。この設立総会は,第一段階の終了の節目であると同時に,第二段階の出発の重要な日でもある。この設立総会で,その後の活動のための役員の役割が決まると,すぐ,各役割ごとの次段階の計画を決定して,実行に移さねばならない。
2003年9月26日に,東京建築市場協議会の設立総会が行われた。この東京建築市場は,鹿児島建築市場を立ち上げて,ここまで育ててこられた高橋寿美夫氏が,自ら運営することになった鹿児島以外では最初の建築市場である。高橋氏は鹿児島建築市場を立ち上げ,全国各地から指導して欲しいという要望に応えて,その立ち上げを指導してきた。しかし,大都市では,軌道にのせるのが難しく,鹿児島と大都市では状況が違うので,同じ考え方による立ち上げは難しいのではないかと言う声が絶えなかった。
そこで筆者が,大都市でも立派に立ち上がることを,自らの行動で示していただきたいと強く要望し,ご決断いただいたのである。そして,東京建築市場では,東京地区の住宅建設事業そのもののためではなく,全国の建築市場の立ち上げのモデルを示すことに専念しいただきたいと要望したのである。全国各地で建築市場を立ち上げようとしている人達にとって,これから,ここに良い事例が示されることだろう。
東京建築 市場 鹿児島 建築市場 建築市場のモデル 大都市のモデル 図8 東京建築市場の役割
さっそく,東京建築市場の設立総会で決められた事項を,建築市場立ち上げのモデルとして示しておこう。 この設立総会では,以下の順序で議事進行がおこなわれた。 (1)東京建築市場のこれまでの経緯と設立主旨の説明 (2)協議会の規約の審議と決定 (3)役員選出 (4)構築スケジュールの決定 (5)その他確認事項の確認
なお,東京建築市場は全国の建築市場立ち上げのモデルグループと言うことで,筆者も顧問として参加させていただくことにした。今後は,時間の許す限り参加して情報を収集し,建築市場研究会の月例会等を通じて,その進め方のモデルを,皆様に開示していきたいと考えている。 なお,その他の確認事項として,以下の諸点が確認された。
(1)東京建築市場は,全国の建築市場のモデルとなるような集団の形成を目指す。 (2)工務店30社,職人組合15社,建築士会3社を基本ユニットとする。中小工務店を対象とし,注文住宅建設を中心とする。 (3)性能表示制度申請料は,一律20万円とする。 (4)協議会参加費用は,一社,一律月額2千円とする。 (5)東京建築市場協議会の入会条件に,法規の遵守を記載する。 (6)役員の名刺を作成する(事務局担当)。 (7)建築士会に谷合氏を依頼する。 (8)次回の日程,10月20日(月),16:00,ベンシステム東京支店
図9 東京建築市場協議会の立ち上げの手順 東京の標準プラン 決定 東京データベース 自動積算 計算式 CADセンター 設置 オペレータ 採用・訓練 運用開始 建築士会 結成 工務店集団 職人組合 匠塾 鹿児島 データベース 2000プラン システム充実 不動産システム充実 図9 東京建築市場協議会の立ち上げの手順
担当の役員が決まったあとに,会長に選出された高橋氏から,東京建築市場協議会の構築のスケジュールについて,以下のように方針の提示がなされた。 (1)全国の建築市場のモデルになるようなCADセンターを早急に立ち上げる。ここでは実務の工事物件は最小限実施し,これを各地の人達が見学,研修に来れる場とする。 (2)早急に工務店集団と職人組合を形成する。 (3)設計士会,工務店,匠塾(大工),職人組合と連携し,東京地区の住宅の当面の標準プランを定め,鹿児島建築市場のデータを基に,東京建築市場のデータベースを早急に構築する。これにより,東京において自動積算が出来る体制を迅速に構築する。
(4)CADセンターを2004年1月をめどに設置し,3月の運用開始を目指す。 (5)大工の匠塾,専門工事業者の職人組合のメンバーの募集を直ちに開始し,10月中旬に第一回目のミーティグをおこなう。 (6)12月まで,工務店と建築士会のメンバーを募集する。 (7)不動産システムを12月までに立ち上げる。 (8)2000プランシステムの充実を11月から開始する。
筆者は,「インターネットで結ばれた企業または個人の集団で,それ自体,実際の企業ではないが,一つの企業以上に連携の取れた行動をする経営意図をもった集団」をバーチャルエンタープライズと呼んでいるが,この集団は,その典型的な実例である。 この建築市場集団は,近年,製造業,流通業等において経営革新の旗印となっているサプライチェーンマネジメントを具体的に実践している。
この各項目は,第二段階での計画の項目そのものである。この設立総会で,第二段階での計画が十分に合意され,各担当の役割が決まっていなければ,第二段階の進展は遅々として進まないだろう。
この総会に参加して,筆者が強く感じたことが幾つかあった。すなわち,以下の諸点である。 (1)匠塾,職人組合のメンバーを,まず,先に探している。工務店,設計士,CADオペレーターを探すのは後である。 (2)次に工務店,設計士を探そうとしている。CADオペレーターは,この後である。 (3)匠塾,職人組合,工務店,設計士の意見を総合して,データベース作りを先に行おうとしている。 (4)このデータベースによる自動積算を確立しようとしている。品確法は,まだ,後である。 (5)発注してくれる顧客を探すのも,この後である。
図10 建築市場の望ましい展開 建築市場研究会 パラダイムシフト大会 建築士会形成 職人組合結成 匠塾結成 工務店組織形成 標準プラン作成 データベース構築 自動積算計算式 自動見積システム 工務店集まる 顧客工事依頼 良い大工を紹介してもらう 良い工務店を紹介してもらう 見積の精度に感心する 口コミで評判になる 図10 建築市場の望ましい展開
これを見て,この建築市場システムが,大工(匠塾),専門工事の職人(職人組合)の技能中心のシステムであることを,あらためて痛感した。この匠塾,職人組合の強力な体制があって,はじめて,積算に熟練した工務店の社長が感心するような精緻な積算が自動で出来るのであり,これによって工務店が集まってくるのであり,この感心した工務店の口コミにより,顧客(施主)から注文が来るのである。これは,商品魅力と広告宣伝によって顧客を集め,この受注を施工者に配分する,住宅メーカーやフランチャイズチェーンのアプローチとは正反対である。これは,建築市場を立ち上げたいと考えながら,なかなか立ち上がらなかった地域の人達にとっても,貴重な示唆となるだろう。
図11 フランチャイズチェーンの展開 注)建築市場は、このパターンではない 市場調査 商品開発 モデル住宅展示 広告宣伝 集客 工務店に受注を分配 工務店集まる 量をまとめて資材を安く買う 工事費が安くなる 図11 フランチャイズチェーンの展開 注)建築市場は、このパターンではない
3.2 CADセンター設立まで 早稲田大学の建築市場研究会で定めていた建築市場立ち上げのステップによると,この第二段階は,以下の3ステップにより構成されている。 (1)ステップ3:CADセンターを設置する。 (2)ステップ4:コンストラクション サービス プロバイダー(CSP)を導入する (3)ステップ5:Webカメラを設置し,ざ現場監督によるシステム的な工事管理を試行する。これによりWebによる業務処理と管理に慣れさせる。
1)CADセンターの設置 前項の東京建築市場協議会の設立総会の記録には,CADセンター設立まで行わねばならない諸事項が示されていた。ここで,これを参考にして,CADセンターの設立前後までの期間における実施事項を整理してみると以下のようになった。 (1)職人組合のメンバーの募集と組合結成 (2)大工募集と匠塾の結成 (3)工務店の募集
(4)建築士の募集 (5)CADセンターの設置,CAD要員の確保 (6)協議会メンバーにとってモデル的な住宅についてのCADデータベースの作成 (7)同上自動積算システムの構築 (8)不動産システムの構築 (9)2000プランシステムの充実
図12 CADセンター運用までの手順 CADセンター設立 地域の標準プラン作成 CADシステム導入 地域データベース作成 地域の自動積算計算式 見積システム訓練 地域の自動見積システム 物流システム訓練 ざ・現場監督 現場実験 配送コード設定 工事標準化 地元センター実証実験 現場実証実験 CADセンター 図12 CADセンター運用までの手順
なお,東京建築市場協議会では,この一連の業務の最終段階にCADオペレータの導入を計画している。しかし,この東京建築市場は,ベンシステム自身が構築しようとしているものであり,CADシステムは既に保有しており,データベース作成の要員も既に存在する。新たに建築市場を構築しようとするグルーフでは,具体的な活動を始める前に,CADシステムの導入と担当者の手配をしなければならないだろう。そこで,ここでは(5)に,CADセンターの設置と要員の確保を入れておいた。
ただし,ここで熊本建築市場の齋藤百樹氏からいただいた「くまもと建築市場の設立過程」の一文を思い出す。それは,CADセンターの高額な設備投資をする前に,要員の訓練・習熟をはかっておいた方が良いという助言である。設備投資をすると,以後,毎月,費用がかかることになるので,訓練と習熟は,その投資の前に終わらせておいた方が,経済効率から見て有利だというのである。齋藤氏は,要員の習熟に要する期間を以下のように示されている。
(1)意匠・構造CADと生産CAD(プレカットCAD)を,性能表示を含めて十分に使えるようにする訓練(約6ヵ月) (2)見積機能およびデータ構築を理解し操作できること(約1ヵ月) (3)物流・配送のシステムおよび「ざ現場監督」を操作できること(約1ヵ月) (4)地元CADセンターで実証実験をおこない実際に機能するまでの準備期間(約1ヵ月)
なお,有能な人材であれば,全てを3ヵ月以下でクリアーすることも可能であると判定されている。ここでは,CADセンターの有能な人材の獲得が重要なのであり,CADセンター設立に先立って有能な人材を早くから探しておくことが,きわめて重要であると言うことになる。
2)コンストラクション サービス プロバイダー(CSP)の導入 CAD導入と平行して,建築市場システムの情報のインフラストラクチャーである,コンストラクション サービス プロバイダー(CSP)の導入がおこなわれる。これにより建築市場の情報システムが完備することとなる。この段階で,匠塾の大工達による打ち合わせで,標準工程が定められ,これにより資材のJIT配が可能となる。また,このために,各工程ごとに搬入される資材のリストが整理され,各資材に工程コードが付与される。さらに,現場作業における資材の材料取りと数量積算式のチェックもこの段階で,十分に行う必要がある。
3)Webカメラ,ざ現場監督 ここまでくると,CSPのインフラストラクチャーを用いて,実際の現場において,Webカメラ,ざ現場監督を用いた実験を行うことができる。現場の大工や職人組合の職人達には,これらの実験を通じて。ITを使った工事管理に早期に慣れさせ,その効果を実感させておくことが必要である。早稲田大学建築市場研究会では,2003年度の国土交通省支援の実証実験で,建築市場研究会を設立準備中のグループにも,システムを貸与して実験を行っている。
この実験は,まだ,建築市場設立の初期のグループでも簡便に実施でき,さらに大工,職人組合など地域の中核となるメンバーの発掘にも,この実験が有益であると思われたからである。 その意味で,この職人達へのWebカメラ等の実験は,ステップ1の段階から実施してみるのも有効であると思われる。 ここでは,職人達全員のパソコン教育が必要である。ざ「現場監督」を使った,高度IT利用現場管理では,職人全員にインターネットを使わせることが必要であり,ここではパソコン教室等を開催し,全員を訓練しておくことが重要である。
図13 CADソフト、CSPソフト、 パソコン教室の連携 CADソフト導入 CSP導入 パソコン教室 作業方法検討 調達・物流ソフト導入 ざ・現場監督導入 積算式設定 標準工程決定 Webカメラ設置 現場管理試行 見積実証実験 資材コード決定 現場実証実験 試行工事実施 図13 CADソフト、CSPソフト、 パソコン教室の連携
なお,顧客(施主)を見つけるのは準備が進んでからで良いと,先に述べたが,この段階まで来ると,見積の精度のチェック,工事管理の実践など,実工事物件で行いたい。実際に発注してもらえる顧客を是非みつけたい。口コミで建築市場の評判を聞いて,顧客が頼みにきてくれる姿が,最も望ましいが,そうなるまでには時間がかかる。その意味で,建築市場立ち上げ時の顧客の獲得は,当然,極めて重要な課題である。その点で,試行工事を,いつでも提供してもらえる会員が,メンバーの中にいると大変に心強い。
図14 高度IT利用現場管理実験の実施地域 大阪建築市場 ひょうご木のすまい建築市場 広島東建築市場設立準備会 青森建築市場検討グループ 岩手建築市場設立準備会 宮城建築市場設立準備会 栃木北建築市場設立準備会 栃木建築市場設立準備会 東京中央建築市場設立準備会 東京建築市場 西東京建築市場 静岡建築市場 岐阜建築市場設立準備会 愛知建築市場 大阪建築市場 ひょうご木のすまい建築市場 広島東建築市場設立準備会 広島建築市場 島根建築市場設立準備会 山口建築市場設立準備会 福岡東建築市場 福岡南建築市場 佐賀建築市場 長崎建築市場 くまもと建築市場 鹿児島建築市場 香川建築市場設立準備会 高知建築市場設立準備会 大分建築市場 宮崎建築市場 図14 高度IT利用現場管理実験の実施地域
3.3 品確法の設計・監理と自動積算 第三段階は,以下の2ステップにわかれている。 (1)ステップ6:品確法による設計と監理を受託して実施する。 (2)ステップ7:標準統合CADによる自動積算を受託して実施する。 すなわち,第二段階までで,一応,設計,積算ができ工事管理ができるようになった。この第三段階では,一流の設計・監理,積算ができるまでを目標にしている。
ここまでくると,品確法への対応も,そう難しいことではなくなっている。品確法に対応すると,新たな書類作りが多くなり大変だと良く言われる。しかし,このグループではそういう事態にはならないように,日常の管理でデジタルデータが残る体制になっている。ただし,このあたりで,あらためて建築士会の体制整備が必要になるだろう。品確法の設計審査に合格する設計をする体制,鹿児島建築市場でおこなっている工事中286工程でのチェックと540枚の写真撮影,さらに,これを「ざ現場監督」へ収納する体制作りを進めねばならない。
図15 品確法への対応 品確法対応設計訓練 工程チェック訓練 品確法対応設計の整理 工事管理チェックリスト整理 自主性能評価実施 第三者評価性能評価実施 品確法申請ソフト訓練 品確法対応整理 図15 品確法への対応 図15 品確法への対応
筆者は,ここまできたら,工事の施工を請け負わない物件でも,品確法対応の監理だけをCADセンーが請け負っても良いと考えている。その意味で,見積についても,工事は請け負わなくても,見積だけCADセンターが引き受けても良い。つまり,その位,信頼のある精度の高い見積ができる,見積のセンターにしたいのである。
図16 見積業務受託までのステップ CADソフト導入 地域の標準プラン作成 地域のデータベース構築 地域の積算式作成 地域の自動積算システム構築 積算試行・照合 実工事試行 確認・精度向上 見積業務受託 手拾い積算 工事手順検討 修正 図16 見積業務受託までのステップ
3.4 最終段階 第四段階は,建築市場システム構築の最終段階である。以下の5つのステップがある。 (1)ステップ8:調達・物流センター,e-マーケットプレイスを設置する。 (2)ステップ9:資材の共同調達・共同配送を開始する。 (3)ステップ10:エスクロー金融を実施する。 (4)ステップ11:ファクタリングを実施する。 (5)ステップ12:建築市場の全機能を運用する。
1)調達・物流センター,共同調達・配送 ここまできて,ようやく調達物流センターと共同調達・配送の段階になる。建築市場を構築する人達は,大勢集まって資材を安く買いたいと念願しているが,建築市場程度の量では,バイイングパワーは知れている。そのアプローチで,安く買えるとは思えない。これまでの三段階7ステップを確実にこなして,ある程度の量がでてくれば,自然と安く買えるようになるのである。調達物流センターの構築は,その意味で最後で良い。共同配送も,建築市場として,ある程度の量がまとまってからで良い。
2)金融システム 金融システムは,建築市場立ち上げの仕上げ段階である。第三段階までに立ち上げた諸システムが円滑に運営され,その透明な情報が公開されていれば,地域の金融期間は,建築市場のエスクロウシステムを,すぐに認めてくれるだろう。これは建築市場の卒業証書のようなものである。なお,ここではエスクロウ金融の出来高計算のための金融コードを付ける作業が必要になる。さらにe-マーケットプレイスの体制が確立すれば,ファクタリングも実施できるようになるだろう。これについては,現在,鹿児島で行われているシステム開発と試行実験の成果に期待している。
図17 エスクロウ金融システムの実施ステップ e-マーケットプレイス構築 e-調達試行 ファクタリング試行 ファクタリング契約 ファクタリングシステム構築 自動積算システム実施 図17 エスクロウ金融システムの実施ステップ
図18 e-マーケットプレイスとファクタリング エスクロウシステム構築 金融コード設定 自動出来高計算試行 エスクロウ実証実験 自動出来高計算システム構築 自動積算システム実施 エスクロウ金融システム実施 エスクロウ金融システム契約 図18 e-マーケットプレイスとファクタリング
ここまで卒業すると,最終のステップ12:建築市場の全機能を運用するに到着する。最後の課題,ファクタリングが実現すると鹿児島建築市場が,まず,第1号でゴールインということになる。
3.5 建築市場集団の立ち上げの現状 ここまでに述べてきた,建築市場集団立ち上げの手順は,以下の四段階,12ステップであった。 第一段階 建築市場協議会設立まで (1)〔ステップ1〕コアーになる工務店の集団を形成する。息の合った5~6人でミーティングを重ね,建築市場のパラダイムと方法を学習する。 (2)〔ステップ2〕建築市場協議会を設立する。
第二段階 CADセンター設立まで (3)〔ステップ3〕CADセンターを設置する。 (4)〔ステップ4〕コンストラクション サービス プロバイダー(CSP)を導入する。 (5)〔ステップ5〕Webカメラを設置し,ざ現場監督によるシステム的な工事管理を試行する。これによりWebによる業務処理と管理に慣れさせる。 第三段階 品確法の設計・監理と自動積算 (6)〔ステップ6〕品確法による設計と監理を受託して実施する。 (7)〔ステップ7〕標準統合CADによる自動積算を受託し実施する。
第四段階 最終段階 (8)〔ステップ8〕調達物流センター,e-マーケットプレイスを設置する。 (9)〔ステップ9〕資材の共同調達・共同配送を開始する。 (10)〔ステップ10〕エスクロウ金融を実施する。 (11)〔ステップ11〕ファクタリングを実施する。 (12)〔ステップ12〕建築市場の全機能を運用する。 各地域の建築市場の立ち上げの進捗状況を次表に示す。
この表に示されているように,建築市場の設立が全国各地で進められている。一方,早くから取り組んできた地域においは,既に2年以上の歳月が経過している。しかし,このグループと,先行者の鹿児島建築市場との差は縮んだようには思えない。むしろ,差は拡大しているようにも見える。これは鹿児島建築市場が,この2年間も,引き続き著しく進化を遂げたと言うことであるが,後続グループの取り組みに,不十分なところがあったことも否定できないだろう。鹿児島と他の地域とは事情が違う,地方都市と東京,大阪などの大都市とでは状況が大いに異なる,工務店グループ中心のグループ立ち上げと流通企業中心のグループ立ち上げでは,アプローチも相違するだろう
筆者も,建築市場の進め方に,幾つものアプローチがあっても良いのではないかと考えてきたが,最近,やはり成功する道は一つしかないと,確信するようになった。 結局,地道に,コツコツと順序を追って確実に進めていくしか成功の道はない。良いところ取りは全く駄目であり,途中を抜かすのも駄目である。順序を変えるのも,まず,成功しない。すなわち,不成功には幾つかの原則があって,この内の,どれか一つでも当てはまっていれば成功は難しいということである。
そこで,これをやったら,まず,失敗するだろうという,不成功の原則を以下に示しておこう。 (1)不成功の原則1:自分は見積のベテランであり,見積は簡単にできる,また,その方が正確である。自社には既に良い見積システムがあるといって,建築市場の自動積算システムを,本気で作ろうとしないグループ。これは,まず,成功しない。 (2)不成功の原則2:職人は,どこにもいるからといって,職人組合の結成を後にまわしているグループ。これも成功しない。 (3)不成功の原則3:中核になる技術のある大工がいないグループ。これも不成功に終わる。
(4)不成功の原則4:大工,職人の技能を積算システムに作り込んでいないグループ。この結果,工務店の社長が,感心するほど精度の高い見積ができる水準に到達できないグループ。これも成功できない。 (5)不成功の原則5:(1)~(4)を解決できない内に,顧客(施主)や参加工務店の募集に力を入れるグループ。これも,これより先には進まない。 (6)不成功の原則6:設計士集団が先にできて,(1)~(4)を軽視するグループ。または,工務店,大工,職人組合を下請け業者扱いするグループ。これも基本的に建築市場には発展しない。
(7)建材流通およびプレカット企業が,工務店を組織化しようとし,(1)~(4)のいずれかを,ないがしろにしている場合。これも建築市場としては成功しない。 (8)グループの中に駆け引きが多く,情報が不透明で,信頼関係が確立できていない集団。これも,結局,難しい。 (9)地域のデータベース作りを,本気で行わず,形だけ建築市場を真似て,積算システム,ざ現場監督等に入れるデータを,その都度作って間に合わせているグループ。このグループは,最初の1棟,2棟は,なんとか頑張って消化しても,すぐ息切れする。この体制を維持していくのは,いかに大変かを思い知ることになる。これも典型的な不成功組である。
(10)顧客に対する透明な情報開示に踏み切れないグループ。このグループは,最終的な顧客の信頼を得ることが出来ず,建築市場のポジティブフィードバックが回転しないため,最終的に軌道に乗ることはできない。
結局,成功への道は,これ等の不成功の原則のどれ一つも当てはまらないようにして,正しい手順を,確実に,一歩一歩進めていくしか方法はないのである。その代わりに,この地道な努力で,ついに彼岸にたどりつけば,そこには,明るく信頼の絆で結ばれた集団が形成されて,輝く成功者になれることだろう。成功者への道は,原点に立って,正しい道に沿って,共同で頑張っていくしかないのである。
参考文献 1)椎野 潤:顧客起点サプライチェーンマネジメント,日本の産業と企業の混迷からの脱出,その道を拓く「建築市場」,流通研究社,2003.11 2)椎野 潤:建設ロジスティクスの新展開,IT時代の建設産業変革への鍵,彰国社,2002.02