第2章:血栓形成メカニズムと血小板 この章では、血栓の形成メカニズムと血小板の役割について解説する。
止血血栓とアテローム血栓 止血血栓 アテローム血栓 ・外傷などによる出血に対する生体防御反応として形成される。 ・外傷などによる出血に対する生体防御反応として形成される。 ・血小板は内皮下組織に直接粘着する。 ・フィブリノゲンを介して血小板血栓が血管の外側に向かって進展す る。 アテローム血栓 ・動脈硬化性プラークの破綻が原因で形成され、血栓症の発症にお いて重要な役割を果たす。 ・血小板は von Willebrand 因子(VWF)を介して内皮下組織に粘着す ・止血血栓と異なり、血管内腔に向かって進展する。 血栓には「止血血栓」と「アテローム血栓」が存在する。 通常の血栓(「止血血栓」)は、外傷などによる出血に対する生体防御反応として形成される。健康な動脈では、血小板は内皮下組織(コラーゲン)に直接粘着し、フィブリノゲンを“分子糊”とした血小板血栓が血管の外側に向かって進展することによって止血する。 一方、血栓症の発症に関わるのは、止血血栓とは異なる機序で形成される「アテローム血栓」である。動脈硬化性プラークの破綻により血管内皮細胞が損傷を受けると、血小板はvon Willebrand因子(VWF)※を介して損傷を受け露出した内皮下組織(コラーゲン)に粘着し活性化され、VWFを“分子糊”とした血小板血栓が成長し血管を閉塞させていく。アテローム血栓は止血血栓と異なり血管内腔に向かって進展するため、血管内腔の狭小化に伴う血流速度や血液粘度の影響(高ずり応力)を大きく受けながら成長する。 ※von Willebrand因子:主に血管内皮から産生され、血中に放出される蛋白質。速い血流状態において 血小板と血小板が結合する(血小板凝集)際に、結合の糊としての役割を担う。
止血血栓の形成1 粘着・凝集 トロンビン フィブリン 止血血栓の凝集塊 凝固 血小板粘着・凝集 0 分 10 分 5 分 二次止血 一次止血 止血とは、“生理的な化学反応によって出血を止めること。または、血管収縮、血小板凝集、トロンビンやフィブリンの生成などによって構成される複雑な血液凝固過程により出血を止めることである。”2 一次止血とは、内皮細胞の損傷部位に血小板が粘着・凝集する(血小板血栓が形成される)過程を指す。一次止血は、損傷から数秒間のうちに起こり、出血を止める上で最も重要である。1 二次止血とは、最終的にはフィブリン形成を引き起こす血液凝固システムの反応を指す。二次止血が完了するまでには数分間を要する。フィブリン綱は一次止血血栓を強固にする。最初の損傷から数時間あるいは数日後の再出血を防止する上で、大血管におけるこの反応は極めて重要である1。 ここでは経路を分けて示しているが、一次止血と二次止血は密接に関係している。例えば、活性化された血小板は血液凝固を加速し、トロンビンなどの血液凝固反応による生成物は血小板凝集を促進する1。 1. Ferguson JJ. The Physiology of Normal Platelet Function. In: Ferguson JJ, Chronos N, Harrington RA (Eds). Antiplatelet Therapy in Clinical Practice. London: Martin Dunitz; 2000: pp.15–35より改変 References: 1. Ferguson JJ. The Physiology of Normal Platelet Function. In: Ferguson JJ, Chronos N, Harrington RA (Eds). Antiplatelet Therapy in Clinical Practice. London: Martin Dunitz; 2000: pp.15–35. 2. Mosby’s Pocket Dictionary of Medicine, Nursing and Allied Health. United States: Mosby-Year Book Inc, 5th edn., 1998, pp.7500.
止血血栓の形成機序 ※スライドショーを開始すると動画が始まります。 外傷などによる血管壁の損傷が発生すると、止血血栓が形成される。 止血血栓は血管の外側に向かって形成されるので、血管を閉塞することはない。 止血血栓の形成機序: <血小板の粘着>損傷を受けた内皮下組織に血小板が直接粘着する。 ↓ <血小板血栓の形成>フィブリノゲンを介して血小板同士が次々と結合し、血栓が成長する。 <止血血栓の形成>フィブリノゲンから不溶性のフィブリンが形成され、血小板とからみあって強固な止血血栓が形成される。 ※スライドショーを開始すると動画が始まります。
アテローム血栓の形成機序 ※スライドショーを開始すると動画が始まります。 高血圧、高脂血症、糖尿病、虚血性心疾患、慢性動脈閉塞症、加齢、飲酒、喫煙、ヘマトクリット値上昇などのリスクファクターを有する患者では、プラークの破綻によりアテローム血栓が形成される。 アテローム血栓の形成機序: <動脈硬化の進展とプラークの破綻>血管壁が損傷を受けるとそこにvon Willebrand因子(VWF)※が結合し、さらにこれを標的に血小板が粘着。 ↓ <血小板血栓の形成>高ずり応力の下でVWFを介した血小板凝集が惹起され、ADP(アデノシン二リン酸)などのアゴニスト凝集も加わり、血小板血栓が形成される。 <血栓の成長>血流による剥離を受けながら、徐々に大きな血栓へと成長する。 ※von Willebrand因子:主に血管内皮から産生され、血中に放出される蛋白質。速い血流状態において 血小板と血小板が結合する(血小板凝集)際に、結合の糊としての役割を担う。 ※スライドショーを開始すると動画が始まります。
血栓形成の3大要因(Virchow’s triad) 血栓形成における血流の重要性 血栓形成の3大要因(Virchow’s triad) 血管壁 血 流 血小板・凝固因子 などの血液成分 血栓形成には、(1)血液成分の異常、(2)血管壁の異常、(3)血液の流れの異常、の3つが重要とされている。
血管内におけるずり応力(Shear Stress) 血栓形成における血流の重要性 血管内におけるずり応力(Shear Stress) 動脈での血流でとくに重要となるのが、「ずり応力」(shear stress)である。 ずり応力とは、動脈の中央部の流れ(速い)と、血管壁近くの流れ(遅い)の速度の差によって作り出される物理的な力をいう。 血流速度が速いほど、また血液粘度が高いほど強くなる。また、血小板は血管壁近くを流れているためずり応力を受けやすく、そのため凝集能が亢進することがわかっている。
高ずり応力下での血小板凝集メカニズム ※スライドショーを開始すると動画が始まります。 血小板凝集には、アゴニスト惹起血小板凝集とずり応力惹起血小板凝集(SIPA:Shear-Induced Platelet Aggregation)がある。 とくに血流が速い動脈においては、血小板の凝集にSIPAが大きく関係する。 高ずり応力の条件下で発生するSIPAは、von Willebrand因子(VWF) ※を分子糊とした血小板凝集であり、アテローム血栓の形成で重要な過程となる。 ※von Willebrand因子:主に血管内皮から産生され、血中に放出される蛋白質。速い血流状態において 血小板と血小板が結合する(血小板凝集)際に、結合の糊としての役割を担う。 ※スライドショーを開始すると動画が始まります。
血小板の形状変化と粘着1 血液中を浮遊する ディスク状の血小板 回転するボール状の 血小板 血管内皮表面に 広がった血小板 半球状の血小板 強固だが、 可逆的な粘着 非可逆的な粘着 プラークの破綻により血管内皮が損傷されると、血小板はvon Willebrand因子 (VWF)※を介して血管内皮に粘着する。 このとき、血小板は膜糖蛋白である「GPIb」と呼ばれるVWFのレセプターに結合してVWFと相互作用を起こし、形を球状へと変化させる。 この相互作用がきっかけとなり、血小板はさらに“inside out”シグナルを出しながらローリングを開始し、半球状になる。この変化により体表面積が増えるため、血小板は動脈での速い血流でも血管内皮から引き剥がされないようになる(ただし、この時点での血管内皮への結合は可逆的)。 その後、“out in”シグナルが出されると、血小板は血管内皮表面に広がって非可逆的に粘着し、VWFを介して次々に血小板を結合させ、血栓としての基盤を形成する1。 ※von Willebrand因子:主に血管内皮から産生され、血中に放出される蛋白質。速い血流状態において 血小板と血小板が結合する(血小板凝集)際に、結合の糊としての役割を担う。 円盤状で、休眠状態にある血小板 (走査電子顕微鏡写真) フィブリン鎖を示す、活性化され 凝集する血小板 1. Kuwahara M et al. Arterioscler Thromb Vasc Biol 2002; 22: 329–34.より改変 Reference: 1. Kuwahara M et al. Arterioscler Thromb Vasc Biol 2002; 22: 329–34.
血小板の粘着・活性化・凝集に関わる メディエーター1 損 傷 ずり応力 血 栓 VWF ADP受容体 粘 着 活性化 凝 集 ・VWF ・トロンビン ・コラーゲン ・フィブロネクチン ・膜変化 ・顆粒分泌 ・GPⅡb/Ⅲa発現 ・複数の作用物質 ・フィードバックループ ・GPⅡb/Ⅲa-媒介 ・フィブリノゲン 血小板の粘着、活性化、凝集の3過程には、さまざまなメディエーターが関連することが知られている。 粘着:まず、動脈が損傷した部位で、血小板は、露出したコラーゲン、von Willebrand因子(VWF)※、およびフィブリノゲンに粘着する。粘着した血小板はその後、コラーゲン、トロンボキサン、アデノシン二リン酸(ADP)、およびトロンビンを含むいくつかのメディエーターによって活性化される。 活性化:活性化された血小板は脱顆粒し、ケモタキシン、凝固因子、および血管収縮因子を分泌することで、トロンビン産生、血管痙攣、さらなる血小板の凝集を促進する。そして、血小板からのADPとトロンボキサンの放出は、二次的なフィードバックループによって、血小板活性化のプロセスをさらに増幅する。また、活性化された血小板の形状変化に伴い細胞膜も変化し、血小板膜上のGPⅡb/Ⅲa受容体が構造的に変化して、フィブリノゲンやVWFに結合しやすくなる。 凝集:アテローム硬化性のプラークを有する疾患では、ずり応力がかなり亢進していることがある。この場合VWFとADP受容体を介して、凝集だけでなく、粘着から凝集にいたるまでのすべての過程が促進・増幅されてしまう。 ※von Willebrand因子:主に血管内皮から産生され、血中に放出される蛋白質。速い血流状態において 血小板と血小板が結合する(血小板凝集)際に、結合の糊としての役割を担う。 1. Ferguson JJ. The Physiology of Normal Platelet Function. In: Ferguson JJ, Chronos N, Harrington RA (Eds). Antiplatelet Therapy in Clinical Practice. London: Martin Dunitz; 2000: pp.15–35. Reference: 1. Ferguson JJ. The Physiology of Normal Platelet Function. In: Ferguson JJ, Chronos N, Harrington RA (Eds). Antiplatelet Therapy in Clinical Practice. London: Martin Dunitz; 2000: pp.15–35.
血小板から産生される炎症性モジュレーター 血 小 板 血小板第4因子 [1] ずり抵抗による単球の内皮 細胞への粘着を制御する マクロファージと平滑筋 細胞の機能を制御する CD154 (CD40リガンド) [1,4] トロンボスポンジン [1] 細胞表面レセプターと相互 に作用する 一酸化窒素 [3] 単球、白血球、内皮細胞、 平滑筋細胞に作用する 形質転換成長因子-β [5] 平滑筋細胞の生合成を 促進する RANTES [2] マクロファージの内皮細胞 への粘着に作用する 血小板由来成長因子 (PDGF) [1] 血小板は、血栓形成系の刺激に対する単なる「レスポンダー」ではなく、同時に数々の炎症性メディエーターを産生する細胞でもあることが、近年の研究から明らかになってきた。 したがって、血小板はアテローム硬化性病変の進展において重要な制御機構を果たしていると考えられる1。 血小板から産生される炎症性モジュレーター: <血小板第4因子>炎症性モジュレーターのCXCケモカインファミリーに属し、内皮細胞に対する単球による剪断抵抗の抑制を媒介する1 。 <RANTES(Regulated upon Activation, Normal T Cell Expressed and Secreted)>RANTESの産生は、炎症した血管内皮やアテローム硬化した血管内皮における「ずり応力」に抵抗性を示す単球の接着のトリガーとなる。したがって、炎症やアテローム性動脈硬化症の病因において極めて重要な役割を果たすと考えられている2。 <一酸化窒素>内皮細胞の持つ抗アテローム硬化性の性質に関与する主要因。 血小板と血管の相互作用、ならびに単球や白血球の内皮細胞への粘着を防ぐ。また、血管平滑筋細胞の増殖や遊走を阻害することが示されている3。 <CD154(CD40リガンド)>アテローム関連細胞において認められる。 CD40ライゲーションは、アテローム性動脈硬化症の病態に関わる平滑筋と内皮細胞の機能を制御することが示されている1,4。 <トロンボスポンジン> さまざまな細胞表面レセプターと相互作用する1。 1. Libby P, Simon DI. Circulation 2001; 103: 1718–20. 2. von Hundelshausen P et al. Circulation 2001; 103: 1772–7. 3. Wever RMF et al. Circulation 1998; 97: 108–12. 4. Hermann A et al. Platelets 2001; 12: 74–82. 5. Robbie L, Libby P. Ann N Y Acad Sci 2001; 947: 167–79. をもとに作成 References: 1. Libby P, Simon DI. Circulation 2001; 103: 1718–20. 2. von Hundelshausen P et al. Circulation 2001; 103: 1772–7. 3. Wever RMF et al. Circulation 1998; 97: 108–12. 4. Hermann A et al. Platelets 2001; 12: 74–82. 5. Robbie L, Libby P. Ann N Y Acad Sci 2001; 947: 167–79.
第2章 まとめ プラーク破綻を契機に生じる血管内皮細胞の損傷により、血小板の粘着と凝集、および血栓形成が引き起こされる。1 大規模なプラーク破綻は、大規模な血栓を形成し血管を完全に閉塞し、急性血管症状を引き起こす原因となる。 2 小規模な破綻は、動脈を部分的あるいは一時的に閉塞する血栓を生じる。これは急性虚血を引き起こし、長期的にはATIS(アテローム血栓症)の進行を促進する。 2 血小板は、いくつかの炎症性モジュレーターを産生し、アテローム硬化性病変の進展において重要な役割を果たす可能性がある。3 1. Ferguson JJ. The Physiology of Normal Platelet Function. In: Ferguson JJ, Chronos N, Harrington RA (Eds). Antiplatelet Therapy in Clinical Practice. London: Martin Dunitz; 2000: pp.15–35. 2. Falk E et al. Circulation 1995; 92: 657–71. 3. Libby P, Simon DI. Circulation 2001; 103: 1718–20. をもとに作成 References: 1. Ferguson JJ. The Physiology of Normal Platelet Function. In: Ferguson JJ, Chronos N, Harrington RA (Eds). Antiplatelet Therapy in Clinical Practice. London: Martin Dunitz; 2000: pp.15–35. 2. Falk E et al. Circulation 1995; 92: 657–71. 3. Libby P, Simon DI. Circulation 2001; 103: 1718–20.