TES型X線マイクロカロリメーターの 基礎特性の解析と分光性能の評価 首都大学東京 宇宙物理実験研究室 入江敏弘 現在 東京大学大学院 齋藤研究室
イントロダクション X線は100万~1億Kの温度の気体から原 子番号が4(Be)よりも大きい原子のイオン の電子が変換することにより発生する。 例;超新星爆発の残骸、ダークマターの分 布など X線を放出するプラズマ現象は輝線の放射吸収によりその密度と温度を求めることができて、この輝線のエネルギーによりイオンを区別することができる。 このX線を観測する検出器としてX線マイクロカロリメーターが用いられる。 ダークマター 銀河(1万度) WHIM(10万~1000万度) 銀河団(1000万度~)
TES型X線マイクロカロリメーターとは超伝導体でできているTES(Transition Edge Sensor(超伝導遷移端検出器)の略)を温度計として用いたX線マイクロカロリメーターである。 100mK以下の温度状態で一定電圧で作動することにより従来のカロリメーターよりも高いエネルギー分解能を検出することができる。 ここ数年間でTES型X線マイクロカロリメーターは次世代X線天文学に重要なものとして研究されている。
研究背景 目的;TMU‐193の性能の評価及び TMU‐146との比較から考察を行う 次世代X線天文衛星DIOSに搭載予定のX線マイクロカロリメーターの製作及び分光性能の追及 これまで、グループ内で素子TMU‐146により2.8 eV@ 5.9 keVの分光性能を達成 TMU‐146の性能の再現性を確認かつTMU‐146の分光性能を超える素子の製作をするためTMU‐193の製作 目的;TMU‐193の性能の評価及び TMU‐146との比較から考察を行う
TES型X線マイクロカロリメーター X線を吸収してそのエネルギーを素子の温度上昇によって測定する検出器 X線マイクロカロリメーターとは、X線を吸収してそのエネルギーを素子の温度上昇によって測定する検出器である。X線マイクロカロリメーターは温度計とX線吸収体、熱リンク、低温状態の熱浴の4つの部分により構成している。吸収体によって光電吸収されたX線はエネルギーが熱に変換されて温度計自身を温める。このときにエネルギーが熱として得られる。さらにこのとき温度計は温度が低い熱浴と弱い熱伝導度を持つ熱リンクと繋がっているため、吸収された熱は熱リンクを伝い熱浴へ流れてもとの温度状態に戻る仕組みになっている。このような検出器をthermal detectorと呼び、量子効率が低い回折格子のようにX線を分散して分光をしないため非分散型検出器ともいう。このタイプの検出器はその吸収体を選ぶことにより100%に近い量子効率を実現可能となる。 さらにこのX線マイクロカロリメーターは従来使用されていたシリコン半導体検出器では1つの輝線にしか分離できていなかったのがさらにその輝線の細かい構造(微細構造)に分離してX線天体の温度密度、元素組成や運動の様子などを高い精度で観測することができる。 TESは超伝導と常伝導の2種類の金属の2重の薄膜から構成していて、超伝導側のクーパー対が常伝導側へと漏れ出すことにより転移温度を下げる。そして熱浴の温度を遷移温度よりも低く保ち一定電圧、電流の状態で作動させる。 さらにTESのバイアス電圧がある範囲にある場合TESの自己発熱と熱リンクから熱浴に流れる熱がバランスしてTESの状態は遷移端上に保たれる。この状態で外部からの熱入力があるとTESの温度はわずかに上昇する。それにより、TESは遷移端上に保たれているため抵抗は急激に上昇してTESを流れる電流が減少する。 それによりTESを流れる電流による発熱は外からの熱入力を打ち消すように減少しTESの温度を一定に保つ。
TMU-193 吸収体(Au)の厚み TES(Ti/Au)の厚み 転移温度 1.55 nm 30/40 nm 164 mK アルミ配線 アルミ配線 金吸収体 TES メンブレン
カロリメーターの分光性能 エネルギー分解能 分解能の内訳 α大きいほど ΔE は良い値になる T が小さいほど 転移温度 α大きいほど ΔE は良い値になる T が小さいほど 分解能の内訳 X線マイクロカロリメーターの分光性能は主に素子の熱揺らぎによって制限される。 ここでこの分解能について式で表してみる。まず、素子の温度計の熱容量をC、ボルツマン定数をk{B}、素子の温度を$T$とする。するとエネルギー分解能は以下の式のようになる。この式より分光性能はαの二分の一条に反比例関係を持つため、下図の表から半導体より超伝導体の温度計のαの値が桁違いに大きいためこのことから分光性能は一桁ほど良い値になる。さらにこの式から熱容量を抑えて動作温度を極低温ほどまで下げることによりこのエネルギー分解能はさらに良い値を得られる。さらにパルススペクトルをEs、ノイズスペクトルをEnとして変換するとこのエネルギー分解能はこの様な式になる。 エネルギー分解能を決めるノイズは大きくわけると3つに別けられる。 1つ目は検出器のパラメーター値から生じる内部ノイズでこれはさらに2つに別けられる。そのうちの1つはフォノンノイズといい熱リンクを通じて熱が出入りすることにより生じるノイズです。このノイズは検出器のI-Vカーブから得ることができます。そしてもう1つはジョンソンノイズといいこれは抵抗温度計を用いるときに生じるノイズで温度計の電子の熱運動により生じる。この2つの内部ノイズは原理的なノイズであるため避けることができない。 2つ目はリードアウトノイズといいこれは測定セットアップにより生じる外部ノイズで温度計の読み出し回路のノイズ、熱浴の温度揺らぎ、電磁干渉などがそれに該当します。これはTESが正の抵抗値のときに得られるノイズスペクトルから求められます。 最後に3つ目は超過ノイズといい素子の制作方法により生じる内部ノイズで%吸収位置による熱パルスのばらつきや% 吸収体と温度計の間で生じる熱揺らぎなど1つ目と2つ目に該当しないものである。 2つ目のリードアウトノイズや3つ目のexcessノイズは素子や実験環境を気をつけることにより改善することができる。私たちのグループでもそのことに注意を払っている。 転移温度
希釈冷凍機 素子 X線源( Fe) 最低温度 60 mK 温度安定度 10μK X線源; Fe Mn-Kα 5.9keV シャント抵抗 SQUID SQUID array 素子 X線源( Fe) 55 最低温度 60 mK 温度安定度 10μK 希釈冷凍機の冷却はミキシングチェンバーの中にある3ヘリウムと4ヘリウムの混合液で主に行われる。この混合液は0.87K以下の温度で超流動性を示して3ヘリウムの濃厚層と希薄層に分離して、3ヘリウムは4ヘリウムよりも軽いことから濃厚層が希薄層の上に浮かぶ。このときの3ヘリウムのエンタルピーはこの2つの層で異なっていて3ヘリウムが濃厚層から希薄層に混入するときに吸熱が生じる。この吸熱を用いて希釈冷凍機は最低で60μKの温度まで下げることができる。さらに3ヘリウムを循環させることにより10μKほどの温度安定度を実現させることができる。 SQUIDは超伝導の量子性を用いた検出器である。電圧差をその側にインプットコイルを置くことにより、電流変化として検出することができる。この周期的な変化はフィードバックコイルを使って入力した磁束を戻すことにより改善することができる。 極低温での使用が可能であるため、X線マイクロカロリメーターのすぐ近くに置き一緒に極低温状態にもっていくことができ、さらにX線マイクロカロリメーターの側に置くことができることから他の読み出し装置よりも配線からの余分な熱の流入やノイズを少なくすることができる。このことからリードアウトノイズを減らすことができるのである。 さらにTESのインピーダンス(抵抗)は極低温状態において100mΩ以下になり、通常の読み出し装置がその値を読み取るには低すぎてしまい、うまく読み出すことができないのであるが、SQUIDの場合これ以下の低い値においても正確にかつインピーダンスマッチングによって最大限の電力効率で信号を読み出すことが可能となる。 55 X線源; Fe Mn-Kα 5.9keV
X線照射実験1回目 D E = 5.9 ± 0.3 eV 改善ポイント シャント抵抗を変更 9.85mΩ 3.08mΩ TES シャント抵抗 カウント数 カウント数 D E = 5.9 ± 0.3 eV エネルギー(eV) 5900 5900 エネルギー TES シャント抵抗 SQUID X線マイクロカロリメーターは測定して得たパルスの波高値だけでは、パルスに含まれているノイズの影響を受けてパルスの形状が変化した状態で測定されてしまう。そのため、よりよい分光性能を求めるにはこのノイズからの影響をできるだけ減らしていかなければならない。ここでは、optimalフィルターというものを作成してこれをフィルターとしてデータ処理を行う。 このoptimalフィルターとは、エネルギー分解能は先程の式からパルススペクトルとノイズスペクトルの比に比例関係を持っているため測定して求めたノイズスペクトル、平均パルスをそれぞれ$N$、$S$として$S/N$という比を求めて、これをテンプレート(時空間にフーリエ変換)することによって得られる。 ただし、X線のパルス波形が常に同じで、かつパルスとノイズが完全に独立しているという仮定のもとで行われている。 補正関数を代入してX線が入力した時にそれと同じだけのパルスハイトが得られているかを確認(Linearity補正)をすることにより下図のような図が生じる左図はエネルギーごとのパルスハイトの図でMn-K$_{\alpha}$ 、Mn-K $_{\beta}$ 、原点を結んだ曲線の関数を表していて、この図から入射したX線のエネルギーに対してどのくらいのパルスハイトが検出しているかという関係性がわかることができる。そしてこの関係性から本来入射したx線に対するパルスハイトからどのくらいLineaityからずれているかを知ることができる。 この2つの補正をかけることによりこのような図ができる。 改善ポイント シャント抵抗を変更 9.85mΩ 3.08mΩ
X線照射実験2回目 ΔE=5.0±0.2 eV達成 パルスハイト Time (s) 回路の最適化からフィードバッグが変化してパルスハイトが増加 ΔE=5.0±0.2 eV達成 カウント数 パルスハイト 5.0eV 5.9eV 次は先程の状態でさらなる分光性能を追求していくために実験環境を変えて読み取りノイズを減らすということとしてシャント抵抗を用いて測定をやり直す。 そうすることにより抵抗が減りフィードバッグが変化してパルスハイトが増加してより正確なパルスを得ることができて分光性能が5.9eVから5.0evに改善することに成功した。 5900 Time (s) エネルギー(eV)
ベースラインノイズについて TMU-146の値を用いてTMU‐193のベースライン分解能を求める 転移温度が低い素子であれば、分光性能改善 熱容量C 転移温度T ベースライン分解能(実測値) TMU-146 0.23 pJ/K 105 mK 2.4 eV TMU-193 0.33 pJ/K 164 mK 4.28±0.08 eV 表の値とαは等しいと仮定:ΔE193/ΔE146 1.89 (ベースライン) カウント数 TMU146の実測ベースラインΔE (2.4 eV)を代入すると、ΔE193 = 4.46 eVとなる 予想値と実測値がほぼ一致 転移温度が低い素子であれば、分光性能改善 エネルギー分解能はこの式のように表すことができ、α、そしてkbは一緒になるとするとT√cを比較してやることにより146と193の分光性能の差を知ることができるこの式より、このような結果がでる。この結果から転移温度を改善することによりTMUー146と同様な素子の製作を可能にすることができると考えられる。 エネルギー(eV)
まとめ TMU193において D E=5.0eV @ 5.9 keV 達成 今後は、詳しいノイズ測定をもとに、ノイズの内訳を詳しく調べる必要がある 転移温度を改善して、TMU‐193と同様の制作方法により、良いエネルギー分解能を得られると考えられる。 TMU146 とほぼ同程度の性質の素子製作に成功