高エネルギー加速器科学セミナー 電磁石の設計と計測 5/31/2006 加速器研究施設 増澤美佳
contents はじめに 加速器電磁石 加速器電磁石の例(KEKB) 電磁石は何から出来ているか 加速器電磁石の種類と役割 電磁石の誕生 電磁石の設計に必要なもの 電磁場を表す式 起磁力 磁極形状 コイルの冷却 計算コード/計算 磁場測定
はじめに 加速器電磁石 偏向電磁石(bending magnet、dipole magnet) 荷電粒子を曲げる 四極電磁石(Quadrupole magnet) 荷電粒子の収束、発散 六極電磁石(Sextupole magnet) 収束の色収差の補正 補正電磁石(Steering magnet、correction magnet ) 軌道補正 1.と2.の機能を合わせもつcombined functionの電磁石もある。
加速器電磁石の例:KEKB リング 電子(e)陽電子(e+)衝突型加速器 電子と陽電子のエネルギーが異なる非対称エネルギー、2リング(電子リング:HER/8GeV、陽電子リング:LER/3.5GeV)型の加速器 重心系のエネルギーは10.58GeV 周長約3kmのトンネル(地下11m)に2リングが左右に並んで設置 2つのリングは2カ所で交差。そのうち一カ所で衝突実験を行う。もう一方はリングが上下にすれ違う。
加速器電磁石の例:KEKB リング ビームパイプが2本見える。 陽電子リング 電子リング 電磁石の数は約 偏向:110台×2 四極:450台×2 六極:100台×2 補正:各四極にV/H
加速器電磁石の種類と役割
電磁石は加速器の重要な要素のひとつである 電磁石はどんなものから出来ているのか?
電磁石システムとしては電磁石本体の他に 電源(コイルに電流を流す) 冷却水システム(コイルを冷却する) がある。
電磁石の誕生 磁石は紀元前に発見されていた。天然磁石を鉄にこすり つけて人工磁石を作る方法も古くから知られていた。 しかしコイルに電流を流して磁力を作るという試みは 19世紀に初めて行われた。 電気の磁気作用の発見 1820年エルスタッド(Oersted)の実験 導線に電流を流すと近くの磁針が動く。
N やがて鉄にコイルを巻いて電流を流すと 鉄が磁化することがわかった。 問題:左のN/Sは正しいか? I S コイルを2つ置いて 磁力線を戻す『リターン ヨーク』をつけると 二極電磁石の出来上がり。 コイル巻数、電流値、 磁極間隙(gap)、鉄心の磁気的性質、 で発生する磁場の強さが決まる。 S gap N
電磁石設計に必要なもの タイプ、強さ、磁極間隔(磁極径)等 必要な起磁力を計算する。 コイルに流す必要電流(アンペア×ターン数) 最適な1ターン当たりの電流値と電流密度を決める。 ターン数、コイル面積等が決まるので鉄心の形状を決める。 磁場計算コードを用いて磁極形状詳細を決める。 磁場測定、磁石の評価 製作
起磁力&磁極形状 磁極形状 必要電流(起磁力) Maxwellの方程式から磁場を表す式を導 く必要がある。
電磁場を表す式 すべての電磁気現象はMaxwell方程式によって説明できる。 第一の式(電場の源は電荷) 第二の式(磁場には源がない) 第三の式(電磁誘導:磁場の時間変化が電場を生む) 第四の式(電流、電場の時間変化が磁場を生む) ここでは静磁場問題を扱うので必要な式は第二と第四の式
BとHの関係 B-H曲線 磁界 と磁束密度 の関係は 物質の磁化率 物質の透磁率 真空中の透磁率 物質の比透磁率
電磁石では、コイルの発生した磁束を集めて少ない 電流で強い磁束密度を出すために、強磁性体の物質 をコアとして使用する。 磁石に使用するコアの性質 電磁石では、コイルの発生した磁束を集めて少ない 電流で強い磁束密度を出すために、強磁性体の物質 をコアとして使用する。 通常、コアとして鉄または鉄の合金を用いる。 強磁性体(磁場の方向に強く磁化される物質:Fe, Ni, Coなど) 永久磁石(方位針) 電磁石(コイル、永久磁石などを利用して磁石としての役割を果たすもの
起磁力(アンペアターン)の計算をする ストークスの定理 を使って上の第四式を変換すると、
必要起磁力の計算例:二極電磁石 左図の様な積分路を考える。 簡単の為磁束密度は積分路に 沿って一定とする。 コイルに流す電流をI、コイルの 巻数をNとする(J=NI)。 Bを出すのに必要な起磁力:アンペアターン(NI)が決まった
コイル1ターン当たりの電流値の決定 コイルの発熱を考える 銅の電気抵抗率をr、1ターンあたりのコイルの平均長をL、電流密度をiとする。 Nターンのコイルの抵抗 コイル導体面積は 抵抗は 発熱量は 電流密度と起磁力に比例する。
通常のホロコンを使った場合の設計では 電流密度は数A/m2から10A/m2程度 電流密度が小さい程パワー的には楽 但しコイル面積(コイルサイズには)をやたらに大きく することは出来ない。電磁石全体のサイズを考える。 電流値を小さくするとその分Nを増やす必要がでる コイル全長が長くなり冷却水が流れにくくなる。 電源、配線、冷却水等を総合的に考慮し NIのNとIをどのように振り分けるか決める必要がある。
磁極形状 取り扱う空間内に電流が存在しない場合には ラプラス方程式 空間内に電流が存在しない場合は磁気スカラーポテンシャルV ポテンシャル)。 Maxwellの第四式も満たしている のでOK ラプラス方程式 空間内に電流が存在しない場合は磁気スカラーポテンシャルV はラプラス方程式を満たす。
ラプラス方程式を円筒座標で表すと Nの値によって二極磁場(n=1)、四極磁場(n=2)、六極磁場(n=3)、、、となる。 Vをr=0のまわりでTaylor展開して 2次元磁場を過程するとn次のポテンシャルは ビームは中心(r=0)近傍を通る。 或は直交座標系では 通常加速器は水平に設置されるので利用するのはポテンシャル の虚数部から得られるNormal成分。 Nの値によって二極磁場(n=1)、四極磁場(n=2)、六極磁場(n=3)、、、となる。
磁極形状 前頁のポテンシャルを与える磁極を作ればよい。 コア(鉄)が飽和していない場合、等スカラーポテンシャル面 (Vn(x,y)=const)が磁極形状を表す。 例1:二極電磁石(Dipole magnet) 例2:四極電磁石(Quadrupole magnet)
鉄心(四極マグネット)の例
コイルの冷却 電流を流すことによりコイルに発生した 熱を取り除くのが目的 冷却の方法 自然空冷 強制空冷(ファン等で強制的に空冷する。) 間接水冷(ボビン等を水冷する。) 直接水冷(ホローコンダクターを使用する) 加速器電磁石ではよく用いられる
直接水冷式コイルの例 孔があいている。ホロコン 孔のサイズ、等をどうやって決めるか。 考慮すべきもの 電流密度、水の流速、コイル抵抗、 温度上昇、等々
直接水冷(ホロコン)式で作った コイル(4×8=32ターン)の断面
冷却に必要な冷却水の流量 q (l/sec) 発熱量 W (kWatt) 冷却水の温度上昇分 Dt (℃) ここで、n (m/sec) 流速 :あまり速いと導体の浸食が起こるので 2-3m/s 位に押さえる。 AF (mm) 穴の面積 Fs 形状因子 dh (mm) 穴の直径 孔が円形の場合 C:円周
VT(m2/s):T ℃における動粘度 …~1×10-6@20℃ v(m/s):流速 d(mm)冷却チャンネルの直径 コイルの中の水の流れ 管内の流れ方は流量が増加すると層流から乱流に遷移する。層流か乱流かはレイノルズ数(Re)を計算するとわかる。Re>2300だと乱流 VT(m2/s):T ℃における動粘度 …~1×10-6@20℃ v(m/s):流速 d(mm)冷却チャンネルの直径 q(liter/s):流量 (例)V=2m/s, d=6mmではRe>2300 多くの場合加速器電磁石冷却水システムは乱流領域である。
冷却に必要な冷却水の流量 q (l/sec)と圧力損失から 適切なdhを選べばよい。 流体が管内を通過する時、流体の摩擦などによって圧力低下が起こる。 これを圧力損失という。ホロコンの中に冷却水を流す場合に圧力損失を考慮しないといけない。 コイル(一冷却水路)の圧力損失 DPw (kg/cm2)は乱流領域の場合、 LC (m) コイルまたは冷却水路の長さ 穴が円形である時、dhをm単位で表すと、圧力損失は 冷却に必要な冷却水の流量 q (l/sec)と圧力損失から 適切なdhを選べばよい。
冷却水による銅の導体の浸食、腐食 流れが急激な変化をしている所や、流れの乱れの部分が 局所的に浸食されて銅の部分が薄くなって、その周辺に 酸化銅等が付着することが起こる。 → 水漏れ、コイルの異常な温度上昇 → コイルの破壊 冷却水管の表面皮膜(銅の酸化物)の機械的、化学的剥離 損傷速度は物理的作用と、水の性質(気泡、溶存酸素濃度 、温度、pH等)に依存する。
鉄心(コア) コイルが発生した磁束(flux)を集めて磁束密度を上げる 四極電磁石1/8モデル(poisson計算例)
どのような鉄を選ぶか 一般に鉄と呼ばれているのは鉄と炭素の合金。炭素含有量が~0.02%以下のもの(軟鉄)が電磁石に使用される。 軟鉄にもいろいろあるので電磁石のタイプにより適切なものを選ぶ。 直流電磁石 交流電磁石 パルス電磁石、e.t.c. また発生磁場によっても鉄心の最適化が必要
電磁石のタイプ 直流電磁石 交流電磁石、パルス電磁石 コイルの電流を変えない。発生させる磁場を変えない(敢えて言うなら秒の単位では、の話)。例:KEKBリングマグネット 交流電磁石、パルス電磁石 磁場を時間変化(周期的あるいはパルス的)させる。例:KEKBキッカーマグネット
要求される鉄の性質 機械加工性がよい 経年変化がない 応答性がよい 渦電流(Eddy current)損失が少ない(鉄損が少ない) ケイ素を入れることにより電気抵抗が上がり渦電流損失が小さくなる ヒステリシス損失が少ない(保持力が小さい) 飽和磁束密度が高い その他
設計 磁極形状 リターンヨークの太さ 全体の大きさ コイルスロットの大きさ マグネットタイプ(偏向/四極/六極、、、)で決まる。 あまり細いとfluxが回りにくくなる 全体の大きさ 実際の加速器ではマグネットを置けるスペースに限りがあることが多い 無駄に大きくすると必要な鉄の量も増える コスト 設置、アライメント コイルスロットの大きさ 必要ターン数のコイルが無理無く入るか。
磁場計算の計算機コード Poisson 二次元、静磁場 Opera2d 二次元、静磁場、AC、TR Opera3d(TOSCA) 三次元、静磁場 ELEKTRA 三次元、AC、TR ANSYS 二次元、三次元、静磁場、AC、TR 等
計算例(四極電磁石:Poisson ) 通常計算モデルに入れるのは 四極電磁石の場合全体の1/8 (対称性) 磁場分布は主にここで決まる (注)このモデルと写真は異なっています 磁場分布は主にここで決まる 理想的な磁極形状は双曲線 xy=r2/2
g 計算結果 どこまで、 どの程度 『平ら』にするか? 四極磁場の特徴 水平軸の座標xに於ける垂直方向の磁場成分By By=gx gは磁場勾配
磁場のquality, 強さが加速器設計グループからの要請を満たすことを計算で確認する。 計算例 リターンヨークの太さにも気をつける。細すぎると fluxがまわりにくくなり発生する磁場も弱くなる。 磁場のquality, 強さが加速器設計グループからの要請を満たすことを計算で確認する。
磁場測定 (電磁石の評価) 磁場測定の目的 加速器に据え付ける前に磁場性能を確認する必要がある。 設計通りの磁場が出ているか。 強さ、多極成分 不具合はないか?(コイル短絡とか) 同じタイプの電磁石を何台も製作する場合(大型加速器では何十台、或は100台オーダー)の個々のバラツキ。 測定される電磁石のパラメタはデータベース化され加速器の運転に反映される。
磁場測定 (電磁石の評価) 加速器用の電磁石磁場測定には高精度が(〜10-4)要求される。 磁場測定方法 測定方法(原理)だけではなく測定環境(測定する部屋の温度、冷却水温度、電源の安定度等)に注意する必要がある。 磁場測定方法 ホール効果 核磁気共鳴 サーチコイル(導体ループに誘導される電圧の測定)
ホール効果 外部磁場中で金属板に電流を 流した時、電流に直角な方向に 磁場に比例する電位差が現れる (Hall effect)。 いわゆる市販の『ガウスメーター』 はホール素子をセンサーに組み込んで あるもの。 半導体(InAs、Ge、GaAs)が 主にホール素子として使われる。 温度依存性(ホール電圧の温度変化) プローブのアライメント
ホール素子を並べてマッピングすることも出来る
核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance) 陽子、重陽子の磁気モーメント を利用する方法 磁気モーメントは外部磁場のまわりを磁場強度に比例すLamor周波数で歳差運動する。 磁気モーメントだけに依存するので正確。
水素の原子核(g=5.58554)で、 磁場が1Tの時、 n0 =42.57629MHz NMR法はサンプルを覆う範囲で<10-3程度 の磁場の一様性がないと、吸収線が見えない。 二極電磁石の中心付近等でfield qualityのよい ところでは使える。 四極電磁石ではダメ。
サーチコイル、ハーモニックコイル 誘導電圧を測定する方法 ファラデーの法則を利用 磁場中でコイルを動かして誘導電圧を測定する。
2次元の場合の磁気ポテンシャルVが満たす ラプラス方程式は 解は 磁場成分は
サーチコイルの例 Mapping coil/ Twin coil 小さなボビンに巻かれた コイルを磁場中で反転 させ誘導電圧を積分する ことによりコイル巻き線 を通過する全磁束を求める
サーチコイルの例:ハーモニックコイル
ハーモニックコイル(radial coilの例) コイルの回転中心を磁場中心に 合わせて回転させる. コイルに誘導される電圧はコイルが 横切る磁束の変化率に比例 四極電磁石の中でコイルを一回転 させた時の電圧(時系列) 磁場成分の 周波数解析を すれば 周波数成分と 位相がわかる
ハーモニックコイルによる磁場測定で 不具合マグネットが判明した例 製作段階で品質管理を行いチェックを入れる。 これは主にコイル抵抗などの電気的性能チェック、 磁極のサイズ等の機械工作精度が出ているかどうかの 測定である。 加速器に組み込む前に最終的な『磁場性能』の測定を 行う。→磁場測定 実際工場試験では合格したマグネットの不具合が磁場測定 で判明したこともある。
不良品の例 (層間短絡) ここ 生産ラインにフィードバック をかけて修正 KEKB建設
まとめ 磁石の基本構成(コイル、鉄心、、) 起磁力の計算、アンペアターン 冷却水(流量、流速に注意) 鉄心(直流、交流によって材質を選ぶ) (電流値とターン数の最適化) 冷却水(流量、流速に注意) 鉄心(直流、交流によって材質を選ぶ) 設計 磁極形状(加速器概論Iでもう少し触れる予定) リターンヨーク 計算 強さ,磁場qualityの確認 磁場測定(製品評価) 強さ,磁場qualityの現物確認 設置、アライメント ビーム運転