社会主義理論学会第75回研究会 (2017.10.8.pm2:00~ 慶応大学三田キャンパス研究室棟A会議室) ウラジーミル・レーニンからウラジーミル・プーチンに ―異論派R&Zh・メドヴェージェフ兄弟のロシア革命百年観― 元札幌学院大学教員 佐々木洋 目 次 【1】 異論派歴史家ロイ&科学者ジョレスのSpokesman /『週刊金曜日』 寄稿 【2】 代表作『歴史の審判に向けて(増補改訂版)』;旧訳と違いと寄稿との関連 【3】 Spokesman/『金曜日』寄稿の注目点 a:ロシア革命と第一次大戦 【4】 注目点b:「マルクス主義の基本前提」と矛盾するレーニン「四月テーゼ」 【5】 注目点c:「先駆者」ジラスの『スターリンとの対話』と『新しい階級』 【6】 注目点d:「十月革命祝うに及ばず」/e:「世界で一番錯綜した国」 【7】 現代社会主義(史)研究の「古典」 M・ジラスやB・ラッセルなど 【8】 ジョレスの史観:撲滅した篤農家/原子力収容所Atomic Gulag=核の時代
【1】異論派歴史家ロイ&科学者ジョレス(1925~)のSpokesman/『週刊金曜日』寄稿 92歳、現役の双子兄弟 (B. Russell財団) (Nov. 3rd, 2017予定) 〇 日本語版選集(現代思潮新社)全3巻4冊刊行中 (底本の露文選集全3巻全4冊) ①ロイ『歴史の審判に向けて』2017年10月25日配本 ②ジョレス『ウラルの核惨事』2017年5月既刊 ③ジョレス『生物学と個人崇拝』今年内 ◎ 共著寄稿 Рой & Жорес Медведев ОТ ВЛАДИМИРА ЛЕНИНА К ВЛАДИМИРУ ПУТИНУ. К 100-летию Октябрьской Революции в России FROM VLADIMIR LENIN TO VLADIMIR PUTIN/100 years of The October Revolution in Russia 論点 W1と革命情勢=臨時政府の政策/4月テーゼの問題/ジラス著『新しい階級』 レーニンからプーチンに至る歴代治世の特色、各時期の特権階級 プーチン政権登場の背景、十月革命の評価(のちに概要/詳しくは掲載誌参照) 〇 現在執筆中; Жорес Медведев, ОПАСНАЯ ПРОФЕССИЯ(危険な仕事), Глава 110 ジョレスとロイの「危険な仕事」=二人の人生、学者や作家、政治家との交渉録。 科学史的にみても興味深い情報源 現在第110章まで執筆。まもなく脱稿。 〇 生物学者ジョレスはその後、老化・加齢学、栄養学のライフワークに復帰の意向 ▽ ジョレス(1987)『ソヴィエト農業』邦訳(1995年)の縁で交流1993~、ジョレス招聘
【2】 ロイ『歴史の審判に向けて(増補改訂』選集日本語版 【2】 ロイ『歴史の審判に向けて(増補改訂』選集日本語版 1.英語版Let History Judgeや石堂訳『共産主義とは何か』の底本は1968年タイプ稿 自家出版・地下出版(1962-1968サミズダート改訂11版) 2.ロイ著に西側ソ連史家が衝撃を受け、スターリン主義研究が深化 コンクェスト著第2版で「スターリン主義研究の記念碑的名著」。ボッファも 和田春樹:Stalinsm研究は「70sソ連異論派、とくに本書を判断をひとつの前提に」 3.ロイはその後もタイプ稿をたえず改訂 ①タッカー・コーエン子弟、スヴァーリン、コンクェスト、ボッファらのソ連研究 ②ソルジェニーツィンやギンズブルグ、シャラーモフらのサミズダート監獄小説 これら西側研究家、監獄文学者らとの交流をふまえ、また、 ③自著『社会主義的民主主義』『スターリンとスターリン主義』『十月革命』『フ ルシチョフ権力の時代(共著)』(『ソヴィエト農業(ジョレス)』)等の成果を組込み、 (ロイのブハーリン研究(コーエン)/トロツキー研究(反対派通報)も深化) ④ロイに寄せられor託される手稿、回想、⑤作家らのコレクションなどを踏まえ、 1989年に、68年原著を大幅に増補改訂したのが現代思潮新社版の底本
4.89年増補改訂版のスタンス(70sの変化:参照 共著『回想-1925-2010』p.279) ソ連の民主化を唱えてはいても、性急な変化を望んだことはない。過去の惰性は あまりにも重く、体制は依然としてあまりにも堅固だった・・・わたしが革命ではなく、 進化を支持する者だというのはわかりにくいかもしれない。しかし現状はそう判断 するしかないとわたしは考える・・・(1978年稿) ロイの選択肢的方法:現実的に可能なAlternative:ロイ著『十月革命』(1979) 目的論的、あるいは「実現史観」的な解釈 (石井規衛「訳者解説」参照) 単線的な「建設史観」的解釈への批判 (内戦はボリシェヴィキ政権の「誤った政策」に起因/「憲法制定議会」解散) 5.68年版との対比でみた89年増補改訂(例) ソルジェニーツィン『収容所群島』の紹介と批判 ミハイル・ヴォスレンスキー『ノメンクラツーラ』(英語版ジラス序文) ギンズブルグらの新たな監獄文学サミズダート ミロヴァン・ジラス『スターリンとの対話』の積極評価 (スターリン体制の「内部告発」) アーサー・ケストラー『真昼の暗黒』の積極評価 バートランド・ラッセル『ロシア共産主義』 (内戦期のロシア視察)
6.89年版第11章「スターリンの権力奪取を容易にした諸条件について」の変化 ▽ 「目的に手段を選ばないスターリン体制」を描いたケストラー作品の意義評価を明確に ケストラー『暗黒』引用:小項目「社会主義革命における目的と手段の相互関係」pp.245-6 三一版:「目的達成に手段を選ばないボリシャヴィキ」は西欧反ソ文献の愛好テーマ」 「議論はML主義のもっとも邪悪な誹謗。スターリン主義者の議論に酷似」の一例 選集版:「ソヴィエトではケストラー作品は「中傷」だとされ、取調官の考えはML倫理と何 (下p.170) も共通点なしいといわれる」。だが、この取調官も「わが国作家のソヴィエト誌作品の主人公と同様、 ML倫理と共通点を持たない。彼らの信条もスターリン主義者を満足」。 ▽ ロイは11章「社会主義革命における目的と手段の相互関係」で バートランド・ラッセル『ロシア共産主義』を引用。(付属資料参照) ・戦争、とくに国内戦の欠陥は凄まじい。そうした社会主義の勝利に如何なる意味があるか。 ・絶望的な闘いの中で文明が失われ、猜疑心、憎悪、残虐が人間関係で当たり前のようになる。 ・戦争に勝つには権力の集中が必須。ボリシェヴィキが権力に留まれば共産主義は色褪せる。 ラッセルは1920年、英国労働党代表団の一員として国内戦の最中のロシアを訪問、 レーニンにもトロツキーにも会い、都市も農村も視察している。
【3】 Spokesman/『金曜日』寄稿の注目点 A:第一次大戦とロシア革命 1.ロシア革命と第一次大戦 下記の「W1・W2対比試算表」は佐々木洋作成) 世界最大ロシア帝国軍(農民兵)のW1総動員と首都ペトログラードの飢饉/食糧供給 ▽ W1の1916末まで露軍戦死360万、2百万以上捕虜、 数百万負傷 首都人口3百万。食糧供給源のロシア南部と鉄道一本だけ 二月革命後の臨時政府が戦争を離脱、和平交渉入りしていたら革命は引き潮に (十月革命はなかった? )
【4】 注目点b:「マルクス主義の基本前提」と矛盾するレーニン「四月テーゼ」 【4】 注目点b:「マルクス主義の基本前提」と矛盾するレーニン「四月テーゼ」 2.レーニン「4月テーゼ」;マルクス主義の基本と矛盾 ▽「ブルジョア民主革命を社会主義革命に転化する必要」「その過程で権力をプロレタリ アートと貧農に引き渡すべきこと」を正当化 ▽ 「何はさておき(戦時下で飢えの続く)ペトログラードで革命が成功する」チャンス。 ▽ 国内戦(農民層との闘い) 【5】 注目点c:「先駆者」ジラスの『スターリンとの対話』と『新しい階級』 3.スターリン:統治構造と新しい階級 ▽ Milovan Djilas(1911-95)がThe New Classと規定する統治機構に転化 ジラス念頭:「階級としてのクラーク撲滅」を伴う工業化と集団化(・・・収容所群島) ▽ 集団化、5か年計画、収容所群島形成を突貫的に構築するにはボルシェヴィキの 独裁と党規律では足りない。党機関そのものを懲罰機関NKVDの支配下に置く ▽ この体制を支える上層官僚を買収する「第二の俸給」=ノメンクラツーラ一覧形成 4.ゴルバチョフ: ▽ チェルノブイリの致命的惨事(輸出資源石油温存・原発[電力・都市暖房]) ▽ 二月革命来の民主的政治改革=多党競争制選挙 ▽ バルト以外にも完全独立・分離主義 エリツィン主導の密約
ロシア国民に対する巨大な政治的実験にはどれも連続性/継続性がなかった。 5.エリツィン:民営化と融資担保競売でオルガルヒ台頭 ▽ マネーゲームが1998年デフォルト 危機を終息した元KGBプリマコフに人気 ▽ エリィツイン辞任=プーチン登場 【6】 注目点d:「十月革命祝うに及ばず」 / e:「世界で一番錯綜した国」 6.プーチンのオルガルヒ排除と国益=国営企業主導体制 十月革命: 祝うには及ばない。なぜなら、十月革命は、ロシア人民に幸福と正義を齎さなかった ロシア国民に対する巨大な政治的実験にはどれも連続性/継続性がなかった。 ネップは戦時共産主義を否定、スターリンの集団化と工業化はネップを埋葬、 フルシチョフはスターリンのテロル・全体主義・個人崇拝を暴露、ブレジネフは フルシチョフの恣意的政策を拒否、ゴルバチョフはブレジネフ期を停滞期と宣言、 エリツィンは社会主義とソ連の両方を破壊。 現代ロシアの政治経済制度は1917年ではく2000年からのプーチンが起点。 世界で一番錯綜した国 : プーチンの強大な権力 欠陥というより、必要性から
【7】 現代社会主義(史)研究の「古典」 M・ジラスやB・ラッセルなど ▽ ジラス:平党員から最上段まで、地方的民族的役割から国際的役割まで、 革命過程で成立した党の形成から社会主義国家の樹立までを極めた 「対話」:往年の熱烈なスターリンストがスターリンの実像を熟知する中で 葛藤しながら独自のスタンスを形成してゆく 伝聞、記述文献でなしに、ロシア語通訳者・論争当事者として スターリン本人との議論の紹介とジラスの思考過程が整理されている 「新しい階級」:ソ連とユーゴそれぞれの管理者=階級の形成と分析 ヴォスレンスキーのジラス評 「彼の唯一の欠陥はユーゴが典型的な社会主義国ではなかたこと」 ▽ ラッセル:1920年著:調査と会話の完全な自由を政府が保証。 優れた現地報告という面のほか、20年ソ連社会主義の批判的現状分析 ラッセルは本書1958年第2版の際、内容改訂の必要を認めず。 レーニンは、戦時共産主義にかわり、ネップ新経済政策を導入した。 しかし、経済政策は転換したものの、 政治的民主化には舵を切らなかった。共産党独占体制はそのまま。 それゆえ、ラッセルのソ連批判は、訪ソ当時の批判に留まらない。
【8】 ジョレスの史観:撲滅した篤農家/原子力収容所Atomic Gulag=核の時代 1.一卵性双生児の父君:粛清の犠牲になった赤軍軍政大学兼レ大哲学講師 ロイはレ大哲学部卒、優等生ながら「人民の敵」子弟ゆえ就職保証されず。在野歴史家 2.ジョレスは傷痍軍人:チミリャーゼフ農科大学に特別入学 この大学が、ルイセンコ論争の舞台のひとつ、反ルイセンコ派の拠点、弾圧対象 3.ともに60年代初めからのタイプ稿(地下出版サミズダート)を内輪の仲間に回覧 4.「生物学と個人崇拝」を米国で出版したかどで1970年精神病院に逮捕強制入院 5.英国出張中にブレジネフ政権がジョレスの国籍はく奪 6.ロンドン-モスクワの「秘密の回路」を通じて両者の出版活動が旺盛に ロイ編集『政治日誌』をジョレスがロンドンで出版、など 7.1975年共著『フルシチョフ権力の時代』 8.ジョレス著『ゴルバチョフ』等の文献多くはロイから 日本外務省はジョレスを東京に招聘 9.1987年『ソヴィエト農業』は集団化研究(文献はロイから、方法もロイ『十月革命』に準拠) スターリンが撲滅したクラーク=富農は、日本流にいえば「篤農層」 10.ソ連解体後機密解除資料に依拠した共著『知られざるスターリン』のスターリンの 原水爆開発体制の研究がソ連収容所群島=国家奴隷制による原子力収容所であった と解明。 「ソ連とロシアにとっての核」「核による現代社会主義の体制安定確保」
注 Milovan Djilas (1911-1995);モンテネグロ(クロアチア語)生。元ユーゴ副大統領。 カルデリ、ランコヴィチと共にチトー三羽烏の一人。通訳兼ねスターリンと交渉・対話体験。 チトー後継者と目されながら、1954年ユーゴ党中央委を追放さる。共産圏における党官僚の独占批判(新しい階級)、多党制主張。ハンガリー反乱でナジ支持。投獄。自著を米国で出版。ロイ『歴史の審判に向けて』がジラス引用。同著89年版=選集版序文でジラスに謝辞。 ジラスの代表作は『新しい階級』、『正義なき土地』(自叙伝)、『スターリンとの対話』 「この新しい諸階級(ジラスによれば官僚、即ち政府官僚)は、従前の諸階級の特徴を全て有するとともに、独自の固有の特徴も併せもつ。その起源も、その他の諸階級と基本は似ているものの、自身に特別の特徴も帯びている。その他の諸階級もまた、革命的な道を経て勢力と権力を獲得し、その途上で彼らがぶつかる政治と社会とその他の秩序を破壊してきた。しかしながら、ほぼ例外なく、これら諸階級は旧社会内部で新しい経済秩序を形成し終えたのちに権力を獲得した。ところが、共産主義制度の新階級の場合は逆である。ソ連の場合は逆もまた真なりである。それは新しい経済秩序を完成させようと政権に就くのではなく、社会に君臨する権力を確立するためにそうしたのだ」。(Milovan Djilas, The New Class, p.38. ジラス著/原子林二郎訳『新しい階級』時事通信社、1957, p.50-51.)